ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第137局 試練の中堅戦

 

 

 次鋒戦決着。

 またもやオーラスに役満が決まるという劇的な展開で幕を閉じたために、会場の興奮は一向に冷める気配がない。

 南3局での反則、しかしそこから、1年生である漫の諦めない姿勢。結果的に次鋒戦を通してのスコアはマイナスなものの、漫が観客に与えた衝撃は計り知れない。

 

 そんな劇的な次鋒戦を終えて、控室に戻る選手たち。

 

 晩成の控室に戻ってきた紀子は、やや肩を落としていた。

 

 

 「戻り、ました」

 

 「紀子先輩お疲れ様です!」

 

 紀子にまず近づいたのは、1年生2人組。

 初瀬と憧が次鋒戦を終えた紀子をねぎらう。

 

 紀子としては前半戦を自分のペースで運べただけに、後半に入ってかなり点数を失ったのは痛かった。

 大半が大きな和了のツモ削られであることから、紀子に非はないのだが、何もしなければ点棒が減っていくだけなのが麻雀。紀子は責任を感じていた。

 

 

 「紀子、お疲れ様。後半戦は荒れたから厳しかったね」

 

 「そうだね……オーラスは場を安くしたかったから初打にドラを切ったんだけど……失敗だったかな」

 

 反省点は尽きない。

 全力を出し切る覚悟で向かった決勝卓ではあったが、やはり終われば反省点も見えてくる。

 

 

 「紀子」

 

 「っ!はい!」

 

 悲嘆に暮れていたところを、最奥のソファで座るやえに呼ばれて、紀子がやえの元へと歩み寄る。

 

 

 「前半戦が完全に紀子のペースだっただけに、後半戦は悔しかったでしょ」

 

 「……はい」

 

 「でもね、私はしっかり見てたわよ」

 

 「……?」

 

 やえが真っすぐな瞳で紀子を見つめている。

 言葉の意味がわからずに、紀子は首をかしげる。

 

 

 「オーラス。最後まで緊急回避用の役アリ聴牌を組もうとしていたこと……点数が低くても、安全に和了りをとれるルートを最後まで探していた」

 

 やえの言葉に、紀子は一瞬驚き……しかしこの人ならその程度のことはお見通しだったか、と割とすぐに腑に落ちた。

 

 

 「あなたは他のウチのメンバーとは少し違う。けどね、あなたの最後の姿勢は、間違いなく『前のめり』だった。自信を持ちなさい、紀子。あなたは私の誇らしい後輩で……晩成の戦士よ」

 

 「……!はい……!ありがとうございます……!」

 

 紀子の目尻には、涙が浮かんでいた。

 泣いても笑っても、やえの下で戦える最後の団体戦。

 反省点こそあるが、後悔はない。

 

 

 

 「さて、じゃあ中堅戦以降に向けてだけど……」

 

 やえがソファから立ち上がり、全員を見渡す。

 まだ対局をしていないのは、中堅戦以降である、憧、初瀬、由華。

 

 その3人にしっかりと一人一人視線を合わせ、その意志が揺らぎないことを確認する。

 

 

 「結果的に、姫松首位のまま中堅戦に突入することになってしまった……これは私の力不足。けれど、紀子が最大限の努力をしてくれたおかげで、その点差はほぼない。この団体戦であればほぼ並びと言って差し支えないでしょう」

 

 試合前から、『中堅戦に姫松を首位にしていたらいけない』という条件は、達成できなかった。

 姫松はここから出てくる3人の防御力が異次元。生半可な攻撃では、その絶対的な防御を崩すことはできない。

 

 しかし、それはあくまで、生半可な攻撃力であった場合の話。

 

 今やえの前に立つ3人の攻撃力は、生半可などでは決してない。

 間違いなく高校トップクラスだ、と言える。

 

 

 「……今なら、あの難攻不落の姫松を落とせる。あなたたちだから、できる」

 

 「はい!」

 

 「もちろんです……!」

 

 「必ず」

 

 憧、初瀬、由華の意気込みを、熱を感じて、やえが安心したように笑みを浮かべた。

 

 

 「よし。行きなさい。……晩成の麻雀を全国に見せつけてきて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同刻、姫松高校控室。

 

 

 「ほんっっっっとうにすみませんでしたあ!!!!!」

 

 そこには深々と頭を下げる漫の姿が。

 

 

 「何度も何度も、部活で使ってるんと違う形式の自動卓やからって言われてたのに……先輩達の決勝戦でチョンボやなんて……!」

 

 後半戦南3局、後のない親番で、その悲劇は起きた。

 大会が始まる前から、自動卓の形式が違うというのは十二分に聞かされていたし、気を付けているつもりだった。

 しかし、好配牌で気分が高揚し、一瞬頭が真っ白になってしまったことで、あの事故は起きてしまったのだ。

 

 ただひたすらに頭を下げ続ける漫に、多恵が歩み寄る。

 

 

 「解説席の三尋木プロも言ってたけど、チョンボは誰にでもある。でもね、漫ちゃんはその後、確かに立ち直って見せた。最高の結果を、私達に見せてくれたんだよ?」

 

 「で、でも……」

 

 「でももへちまもないで!漫!ナーイスファイトや!おかげでたくさん元気もらったで」

 

 「そーなのよー!漫ちゃん超ナイスファイトよー!」

 

 洋榎が、由子が、そろって漫の頭を撫でる。

 こんな大舞台でチョンボをしてしまったのだ。普通の高校一年生なら、次の局まで引きずってあのまま次鋒戦を終えていたことだろう。

 しかし、漫は違った。最後の最後まで、姫松に入ってから教えてもらったことを貫き通してみせた。

 

 その勇姿に、姫松のメンバーは皆もう一度奮い立たされたのだ。

 

 

 そんなメンバーからの労いの言葉の最後に、バインダーを手にした恭子が漫の前に姿を現す。

 

 

 「……とはいえまあ、チョンボは反省すべき点や。次からは気をつけなあかんな」

 

 「はい……」

 

 当然だろう。結果的にいい方向に働いてオーラスの和了りこそとれたが、親番であの手牌を逃していたと思うと確かに痛い。

 もしあのまま対局が終わっていたら、と考えるだけで漫も冷や汗が止まらなかった。

 

 と、反省している漫に、多恵が耳打ちしてくる。

 

 

 「とかなんとか言ってますけど、恭子、漫ちゃんがツモった瞬間に飛び上がって喜んでたよ?」

 

 「……え?」

 

 「多恵、いらんこと言うてるみたいやなあ???」

 

 優しく胸倉を掴まれる多恵。あ、照れてる?という多恵の言葉と同時に多恵の胸元を掴む力が強くなり、ギブギブ!と多恵が言うことでようやく恭子の手が離された。

 

 え?私のチームメイト、力強すぎ?とかなんとか訳のわからないことを言って地面に這いつくばる多恵を呆れながら眺めて、恭子はもう一度漫に向き直る。

 

 

 「ま、ともかくや。最後の和了りは完璧の一言なんやけど、やっぱり今日のことを忘れへんためにも、罰は受けなあかんな」

 

 「はい!!もちろんです!!油性でもクレヨンでも墨でもなんでも受け入れますんで!!!」

 

 恭子がそう言うが早いか、待ってましたとばかりに自らのデコを差し出す漫。

 これにはこらえきれなかったのか、恭子以外の3人が声を上げて笑い出す。

 

 デコを差し出して目を閉じたまま動かない漫にむかって、恭子は微笑みながら手を伸ばした。

 

 

 「しゃーないなあ……」

 

 漫の身体に力が入る。

 

 少し間があって、デコに、感触。

 

 

 (……あれ?)

 

 何か書かれていることはわかるのだが、そのデコに当たる感触に、違和感を覚える漫。

 よし、という恭子の声を聞いて、漫がこわごわと目を開いた。

 

 恭子の手に握られていたのは、サインペンや、ましてや筆などでもない。

 

 

 (口紅……?)

 

 漫がおそるおそる鏡を見る。

 

 後ろでは姫松の先輩達全員が笑顔で漫のことを見守っていて。

 

 

 

 

 「鳴門巻き……花丸や!」

 

 

 漫のおでこには、口紅で鮮やかな花丸が描かれていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『中堅戦に出場する選手は、対局室に集まってください』

 

 

 昼休憩を終え、中堅戦が間もなく開始される旨を伝えるアナウンスが、会場に流れた。

 

 

 「よし……行ってきます!」

 

 晩成高校の控室から飛び出していこうとするのは、晩成の制服をオシャレに着崩している新子憧。

 両頬をパシン、と叩くと、控室の扉を開けようとする。

 

 

 「憧」

 

 ふと、呼び止められて振り返る。

 晩成のメンバー全員がこちらを見ており……その真ん中にいるやえが、ゆっくりと憧に歩み寄った。

 

 

 「さっきも言った通り……今日のあなたの相手は格上よ」

 

 「もちろん、わかってます!」

 

 中堅戦。

 準決勝ですら辛かったというのに、決勝戦は更にヤバいのがいる。

 憧が気を緩められるはずがなかった。

 

 苦戦は必至。それでも、憧は負ける気はそうそうなかった。

 

 

 「よし。いい目ね。とにかく、全力をぶつけてきなさい。昨日のミーティングで話したことをふまえて……あなたのできるベストを私に見せて」

 

 「……はい!やえ先輩のためにも、新子憧、いってきますっ!」

 

 憧が元気よく控室を飛び出す。

 その身体には、闘志がみなぎっている。

 

 

 (さあ~やってやるんだから……!準決勝はいいようにやられちゃったけど……私だって、負けられないッ……!)

 

 同級生の初瀬が準決勝では大活躍だった。

 先ほどの次鋒戦では、合宿を共にした同じ1年生の漫が最後まであきらめない姿勢を見せた。

 

 だから今度は、私の番。

 

 

 憧に課せられた使命は、姫松を玉座から引きずり降ろし、他2校の超火力型を封殺すること。

 

 両方達成できればベストだが……そう簡単にそれを許してくれるとはおもっていない。

 

 

 (白糸台の初打を全部覚えなきゃいけないのがめんどーね……)

 

 白糸台の中堅、渋谷尭深は、その特殊な能力によって、最初の打牌がオーラスで集まってくる。

 故に、なるべく親番を連荘する、されることは避けたい。

 

 最速でオーラスを迎えさえすれば、渋谷尭深に集まる牌は7牌。

 大したものは集められないのだ。

 

 

 そんなことを頭に思い浮かべながら歩いていたら、対局室の扉の前まで来た。

 ここの扉を開けば、もう後戻りはできない。

 

 もう一度、憧は自らがクリアするべき条件を再確認する。

 

 

 (姫松を1位から引きずり降ろして……渋谷尭深に勝負手を入れさせない。私の得意な速攻で、できるだけ局を流す……)

 

 

 言い聞かせながら、胸に左手を当てて……扉を開いた。

 

 眩しいくらいの照明が憧を襲う。

 物々しい階段を昇った先にある、一台の自動卓。

 

 

 そこにはもう、2人の選手が腕を組んで立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……また会うたな、晩成の。やえからポーカーフェイスは教えてもらえたんか?」

 

 「コイツがやえのとこの1年坊か……ええやん。おもろそうやないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 姫松の守りの化身と。

 

 千里山の打点女王。

 

 

 

 

 

 

 

 

 (この2人を相手にするんだ……!)

 

 

 

 ゴクリ、と憧が生唾を飲み込む。

 

 

 

 

 

 

 

 憧の最大の試練が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 


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