ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第140局 三元牌

 

 

 

 点数状況

 

 1位 千里山 江口セーラ 109600

 2位  晩成   新子憧 106900

 3位  姫松  愛宕洋榎 102000

 4位 白糸台  渋谷尭深  81500

 

 

 

 

 

 『大混戦!インターハイ団体決勝戦は、中堅戦を迎えて更に混戦模様となってまいりました!白糸台高校が一歩出遅れているものの、十分に一半荘でひっくり返る点差です!……過去の決勝戦と比較しても、今年はかなり差がつまっているようにみえますね』

 

 『開催側としちゃあ美味しい展開かもしんねえなあ、知らんけど!過去の大会じゃあ決勝戦なのに大将戦までいきませんでした、なんてこともあるくらいだからねい……』

 

 『確かにそんな年もありましたね……圧倒的な選手が出てくる年というのは、そういった展開になりがちなのですが……ここまで卓越した選手が各校に多いと、こんな接戦になるものなんですね』

 

 『ま、ハッキリ言っちまえば、点差が開こうが、接戦になろうが、毎年選手たちは全力でやってる。それをこの代は盛り上がったとかこの代は微妙だったとかで片付けんのは、一番ナンセンスだと思うけどねい。知らんけど』

 

 『……この大会の中で一番三尋木プロのことを尊敬したかもしれません』

 

 『いや知らんし!あっはっは!!そうだぞもっと敬っていいんだぞ?』

 

 

 

 

 

 

 

 東3局 親 洋榎 ドラ{4}

 

 

 

 憧の満貫のツモ和了りで、セーラの親は落ちた。放っておいたらいつまででも連荘しそうな雰囲気があっただけに、この親落としは大きい。

 しかしその親を落としたとしても、この中堅戦で何度も訪れるピンチの内、1度を乗り越えたに過ぎない。

 

 憧はもう一度深呼吸をして、配牌をテキトーに理牌している上家の様子を眺めていた。

 

 (今度は守りの化身の親番……!今度はアシストなんか絶対してくれないだろうし、なんとか自力で落とす……!)

 

 憧の基本方針は、なるべく相手の親を迅速に落とし、この中堅戦を少ない局数で終えること。そして自分が細かに稼いだ点棒でトップになれればベスト。

 連荘を少なくすればオーラスで渋谷尭深の配牌に舞い降りる『種』が少なくなる上、江口セーラの高打点の被害に遭う確率も減る。

 だからこそ、自分の親番で打点もないのに無理に連荘するつもりはないし、穏便に済ませられるならそれで良いと思っていた。

 

 (それにしても……なんか変)

 

 憧の胸に去来するのは、この半荘が始まってから常に付きまとう違和感。

 江口セーラが高打点を作ってくるのは想定通り。愛宕洋榎も今はおとなしいが、あまり派手なことを開幕からするタイプではないし、対戦相手の力量を判断してリーチ基準を行っている、というのはやえから聞いていた。

 

 と、すると、今この胸に感じる違和感の正体は一体何なのか。

 

 

 「ポン」

 

 小さい発声。

 この場にいるメンバーの中で、こんな小さい発声をする打ち手は、一人しかいない。

 

 

 (渋谷尭深が動いた……?)

 

 2巡目の出来事だった。

 尭深がセーラから出てきた{発}をポンして、ポン出しは{2}。

 

 第一打に切っているのは、{南}だった。

 

 

 (やっぱりおかしい……!一番作りやすい役満をオーラスに目指すなら、対子の{発}を切り崩してでも初打は{発}のはずでしょ?!)

 

 尭深の能力……『収穫の時期(ハーヴェストタイム)』は、全ての局の第一打で切った牌が、オーラスの配牌にやってくるというもの。

 そしてその能力故に、今年のインターハイでも既に3度の役満を和了している。

 

 そして一番和了しやすい役満が、大三元だった。

 

 

 

 

 洋榎 手牌 

 {①③赤⑤2378二三四六東発} ツモ{1}

 

 洋榎が持ってきた牌を手牌の上に横向きに置き、横目で尭深の様子を伺う。

 

 

 (ポン出し{2}……ほーん……白糸台の。まるっきりデクのおたんちんかと思っとったが……そうでもないんか)

 

 ハッキリ言ってしまえば、対局開始前、洋榎から渋谷尭深への評価は高くなかった。

 油断していたわけではなく、洋榎は客観的視点から相手の力量を判断する。だからこそ、1年生で実績もあるわけではない憧の方を、どちらかといえば評価していた。

 

 それは今まで尭深がオーラスに重きを置いた麻雀をしており、オーラスに確実に良い配牌が来るような立ち回りをしていたから。

 オーラスが流された瞬間、即ゲームオーバー。その麻雀スタイルを、洋榎は「面白くない」と言い切った。

 

 

 (麻雀に絶対なんかあらへん。オーラスどんだけ良い手が来ようが、天和を作れない限り和了れる保証なんてないんや。そのオーラス頼みで、今目の前の勝負に全力を尽くせない人間なんか怖くなかってんけどな……これは少し話が変わるかもしれへんな)

 

 洋榎は少しだけ思考を巡らせた後、ポンされて用済みになった{発}を切り出していく。

 こういった安牌は取っておくべきと考える打ち手もいるが、洋榎からはもう3人に対しての安牌を確保している故に、自分の手牌で絶対に必要にならない牌を残しておく理由が無かった。

 

 

 セーラ 手牌

 {④⑤⑥24688赤五六六七東} ツモ{四}

 

 

 (白糸台は役満目指すために第一打は基本三元牌……って船Qが言ってた気するんやけどな……ま、俺にゃこまいことわかんねえし、真っすぐ行きますか)

 

 セーラが切り出したのは{東}。

 456三色が色濃くみえるセーラの手牌は、またしても高打点の予感だ。

 尭深の仕掛けに不気味さを感じながらも、セーラは自分の調子を崩さない。

 

 

 

 

 8巡目。

 

 洋榎はいつものようにツモ山から持ってきた牌の表側を親指でなぞる。

 そうした得た情報で、まだ手牌の上に重ねる前から、洋榎はあからさまに嫌そうな顔をした。

 

 

 洋榎 手牌

 {①③赤⑤⑥123788二三四} ツモ{八}

 

 

 

 「っかあ~よう掴むわあ~」

 

 急に喋り出した上に豪快に頭を掻きだすものだから、隣に座っていた憧がビクりと肩を強張らせた。

 

 

 (急に大きな声出さないでよね……!)

 

 親番ということもあって、洋榎の一挙一動に気を使っていた憧は、急な洋榎の発言に驚いてしまう。

 

 

 (しかも掴むってなによ……渋谷尭深の手出しはあの後2回だけ……それだけで当たり牌がわかるものなの……?!)

 

 憧も尭深の仕掛には警戒をしている。普段なら絶対に鳴くことのない三元牌を使って渋谷尭深が攻めてきているのだ。早いか高いか……そのどちらかは確実に要素としてあると思っているからこそ、油断はしない。

 

 しかしあのポン出し{2}から手出しは2度だけ。それだけで当たり牌がわかるとは到底思えない。

 

 (まあこの人の場合完全なホラってこともあるし……考えすぎは良くないよね)

 

 器用に小手返しをしてから洋榎が切り出したのは{①}。現物だ。

 

 

 憧も育ってきた自分の手牌を一瞥して、1枚の牌を切りだしていく。

 

 

 

 「ツモ」

 

 そしてその言葉は、唐突に告げられた。

 

 

 尭深 手牌

 {44赤567六七九九九} {発発横発} ツモ{八}

 

 

 「2000、4000」

 

 

 

 『白糸台の渋谷尭深選手!満貫のツモ和了りで点棒を回復です!』

 

 『へえ……今までの対戦だったらきっとこの{発}は切ってるだろうけど……この手は和了りに行くって基準があったのかもねい……』

 

 

 

 渡された点棒を、ゆっくりとしまう尭深。

 その時間も、憧の視線は尭深の手牌と捨て牌に向かっていた。

 

 

 (やっぱり、2回目の手出しは空切り……ってことはポンの時点で一向聴か……早いし、高かったってことね)

 

 これまでとは違う戦い方。

 相変わらず無表情な尭深を見ながら、憧は警戒心を高めた。

 

 

 

 

 

 

 

 姫松控室。

 

 

 「末原先輩、白糸台の中堅は手牌に三元牌の対子や暗刻があったとしても、一打目に切るんじゃなかったですっけ?」

 

 「……準決勝までは、そうやった。これは少し部長に情報の更新をせなあかんな……」

 

 恭子が手元のタブレットを操作しながら、漫の質問に答える。

 そのタブレットを覗き込みながら、同じく多恵も今の尭深の和了について思考を巡らせていた。

 

 

 「今の局、配牌はドラの対子と{九}の暗刻。それに役牌{発}の対子。{発}を鳴ければ和了れそうで……逆に言えば{発}が鳴けなかったら手牌の完成は遅くなり、鳴きも使えない。そこで一発目に持ってきた{赤5}でメンツ完成。少し悩んで一打目の{南}。……もしかしたら三元牌を切る基準があるんじゃないかな。例えば……『満貫以上が確約されていて、なおかつ二向聴以内なら』……とか」

 

 「まあそう考えるのが妥当なとこやろな。せやけど……今まではこれだけの条件でも大体{発}を初打に切っとった。決勝用に何か変えてきてるんか……?」

 

 今までであれば、渋谷尭深はオーラス以外は怖くない。それが姫松の認識。

 そしてそのオーラスさえも、洋榎ならばどうにかできるケースの方が多いと来ていた。

 

 局回しの達人とも言える洋榎からすれば、自分が和了る以外にも選択肢は無限にある。

 引き出しの多い洋榎だからこそ、オーラスの一局勝負でも勝率が悪いとはとても思えなかった。

 

 多恵は思案しながら、自分の対局を終えた時のことを思い出す。

 

 

 

 

 『楽しかった』

 

 

 

 

 そう言った宮永照の表情は、嬉しさ……まではいかないまでも、今まで見てきた彼女の表情(テレビを除く)で一番晴れ晴れとしていたように思う。しかしそれでいて、このままチームが負ける……といった悲壮感は微塵も感じられなかった。

 そこから導き出される答え。

 

 

 (照も、信頼してるんだね。きっと)

 

 話を聞けば、あのチームは照が選抜したと言っても過言ではないらしい。

 そうであるならば、彼女たちの実力も知っているのだろう。

 

 

 「なにはともあれ、簡単な中堅戦にはならなさそうだね……」

 

 頑張れー、と応援する漫と由子の後ろで、多恵も洋榎の様子を見守る。

 

 

 (ま、それでも洋榎が負けるなんてことはあり得ないんだろうけど)

 

 信頼という面で言えば、多恵から洋榎への信頼も絶大であった。

 

 

 

 


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