南2局 親 セーラ
「っしゃあ親番~サイコロ回すで~」
再びセーラの親番がやってきた。
前局の洋榎にはっきりと恐怖を感じた憧だったが、こちらの江口セーラも放っておくわけにはいかない。東場ではその強さを遺憾なく発揮し、暴れまわった打点女王。
少しでも油断を許せば一撃で点棒を奪い去る彼女のポテンシャルを考えれば、できればもう2度と和了ってほしくなどない。
(どうしてこうアホっぽいのに打点作る技術だけは飛びぬけてるのよ……)
そう弱気な感想ばかりも言ってられない。江口セーラは渋谷尭深の能力などお構いなしに親番で和了りを取りに来る。
どこからでも仕掛けていくんだという強い気持ちを持って、憧は配牌を開いた。
セーラ 配牌 ドラ{四}
{③⑤⑥⑦⑨224二三八東南中}
『さあ親番の江口選手の親番……一面子はあるもののドラもなければ赤もない……あまり彼女の好きそうな配牌ではないですかね?』
『ん~知らんけど……逆に聞きたいんだけどさ、この配牌の完成形……どう思う?』
『え、完成形ですか……ドラ辺りを引けたら嬉しいなって感じでタンピン系に私はみえますが……』
『へえ……まあそれも悪くないと思うケド。打点女王はどこに打点を求めに行くのか……さっきの晩成のコとは違って打点を基準にした第一打。気になるよねえ……』
『……どういうことですか……って』
解説陣の視線の先。セーラが理牌を終えて切り出したのは、{八}だった。
『{八}ですか……三尋木プロ、これは一体どういう意図でしょう』
『意図っつーか、染め手は見てるだろ。筒子の染め手が一番高くなりそうだから、そこは残したい。字牌の重なりも痛い。んで、さっき話題に挙がったタンピン系も残したいから索子の形はいじりたくない。だから、くっついてもタンヤオが安定しない{八}切り。最速を目指す打ち手とは違った、最大手を逃さない第一打なんじゃねえの?知らんけど』
セーラはいつも通りの表情を崩さない。この大舞台であっても、むしろセーラは楽しんでいる。あの洋榎とガッチガチの殴りあいができるこの日をどれだけ楽しみにしていたことか。
(一局一局で種蒔きだあ……?上等だよ。オーラスはそん時また考えりゃいい)
セーラ 手牌
{③⑤⑥⑦⑨224二三東南中} ツモ{一}
『江口選手、面子が完成ですが……タンヤオとドラ、どちらも同時に失ってしまいましたね』
『はっはっは!そうだな!もうひとつ、筒子の染め手も目指しにくくなったわな。一面子崩すのも悪くないのかもしれねーけど……』
咏が言葉を濁し、扇子を広げて他の対局者を見つめる。
『そんなゆっくりしてて許してくれるようなメンツじゃないよねい』
「チー!」
迷わず動き出したのは憧。4巡目に洋榎から出てきた{6}をチー。
憧 手牌
{③③⑥⑦45三四四北} {横678}
『新子選手またも両面からの仕掛けで加速します。ここの親は落としたいでしょう』
『両面つっても片方はタンヤオにならねえ{9}だ。このコにとっちゃあカンチャン鳴いてるのとなんら変わりはないだろうねい。知らんけど』
6巡目 セーラ 手牌
{③⑤⑥⑦⑨2246一二三三} ツモ{①}
『江口選手、苦しい形が残りながらも一応一向聴までこぎつけました。新子選手の仕掛けも見えてるはずですし、ここは{⑨三}の2択ですかね?』
『ドラ受けを残したいなら{三}は残したいトコだけど……どうかねえ』
セーラの切る牌に迷いはない。さして時間も要さずに{三}を切り出していった。
『選んだのは{三}でしたね』
『まあ今一時的に{四}を引いても裏目じゃないしねい。{一}とスライドしてドラを使えるんだし、そこは問題じゃねえんじゃねえの?……まあそれでも{二}引きとかは少し痛いワケで……それよりも{⑨}を優先して残す理由があった』
『理由……それはなんでしょうか』
『見てりゃわかんだろ!知らんけど!』
セーラは打点を重視する打ち手。かといってどこかの旅館の娘のように、ドラが手元に集まってくるわけではない。どこかの巫女のように手牌が一色に染め上がるような何かをもっているわけでもない。
それであるのに、これだけ平均打点が高い理由。
7巡目 セーラ 手牌
{①③⑤⑥⑦⑨2246一二三} ツモ{⑧} 打{6}
8巡目 セーラ 手牌
{①③⑤⑥⑦⑧⑨224一二三} ツモ{④}
高打点への嗅覚。
手役は絶対に逃さない。
「リーチや!」
洋榎が下家に座る憧をジト目で睨む。
(いや私だって早く和了りたいんですケド?!)
おそらくセーラも、相手の力量がもう少し低かったら、もう2手ほど待って、あるいは手組の段階から構想を変えて、更に打点を上げにかかっていたかもしれない。
しかしセーラは今日の相手が強敵であることを理解している。だから、打点と速度の『折り合い』をつけた。
(洋榎と晩成の1年が合わさった局回しはめんどい。白糸台のもやる気出してきてるみたいやしな。でもな、連荘を避けてる洋榎と晩成の1年。それは大きな間違いや。麻雀はなあ……)
セーラがツモ山へと手を伸ばし……ニヤリと口角を上げた。
(親番で強い奴が勝つんや!)
「ツモ!!」
セーラ 手牌
{①③④⑤⑥⑦⑧⑨22一二三} ツモ{②}
「4000オール!」
『決まりました!!千里山女子の江口セーラ!!赤もドラもない手牌を12000点に仕上げてみせました!!』
『ここ一番の勝負強さ……打点へのこだわり。いやあ流石だねい』
千里山女子控室。
「やったやった!怜!セーラがやってくれたで!」
「セーラ頼りになるわあ……」
相変わらず竜華の太ももから離れる気配の無い怜が、セーラを素直に賞賛する。
「白糸台がデータに無い動きしてきたんは気になりますが、おおよそウチのペースではありますね」
「洋榎さんが妙に静かなんも気にはなりますけどね……」
セーラの親満貫ツモで、もう一度セーラが大きく点棒を伸ばした。
大将である竜華の負担も考えた上で、なんなら副将戦も相当厳しい戦いになることが予想される。
千里山陣営はここでなんとしてもセーラに点数を稼いで帰ってきて欲しいところ。
「それにしても晩成の1年生も強いなあ……今年も強い1年生ばっかりや」
「晩成は副将も1年生やしね……船Qには頑張って蛮族を止めてもらわんと」
「蛮族って……確かにこの晩成1年コンビは厄介ですね」
今大会は3年生がやはり注目を浴びているが、1年生も負けず劣らず注目を集めている。
決勝のスタメンに1年生が5人も入っていること自体が、異例なのだ。
そんな上級生の会話を聞いて、泉が手元の出場校紹介パンフレットに目を落とす。
「大星淡……ね」
白糸台のページで不敵に笑う1年生を見て、泉は少し目を細めるのだった。
南2局 1本場 親 セーラ
セーラの12000を受けて、また少しずつ縮まっていた点差が開いた。
まだ満貫だったから良いものの、裏が1つでも乗っていたら跳満になっていたことが恐ろしい。
流せなかった悔しさを感じながら次の局の理牌をする憧。
(早く流せやみたいな顔してきおってなんなのこの守りの化身とかいう奴はあ……!)
思い返せば前局、セーラのリーチがかかるまえに憧は聴牌を入れていた。例のごとく洋榎から鳴ける牌が出てきて、聴牌すればそのアシストがピタっと止まる。「聴牌は入れさせてやるが、あとは自分でどうにかしろ」とも言わんばかりのその姿勢に、憧は恐怖を通り超えて怒りを感じていた。
(そこまで言うならやってやるわよ……!)
憧も舐められたまま終われない。
配牌を眺めて即座に鳴ける配牌かどうかを判断し、鳴く箇所を決める。
このあたりは準決勝で洋榎にやられた経験が活きている。
(安全度ばっかり考えてたら、この人達に対抗できない。できる限り受け入れは広く!)
通常憧は、鳴きを駆使する打ち手だからこそ、手牌の防御力にも常に気を配っている。鳴くという行為は、手牌の数を少なくする行為。当然相手からのリーチに対して手詰まりを起こしやすい。
それでも憧が放銃率を低い値で保っていられるのは、この鳴いた後のバランスが優れているからだった。これは、姫松の大将、恭子にも同じことが言える。
しかし今憧は、手詰まりを起こすことよりも、先にセーラに和了られて失点する方が痛いと判断した。オリれば流局という線もあるが、今日の江口セーラが流局までツモれないとは考えにくい。事実今までの手もなんなくツモってきている。
6巡目 憧 手牌 ドラ{6}
{③③④567二三四五} {横423} ツモ{③}
(よしっ!)
広く打っていれば、こうした聴牌にもこぎつけることができる。
いわゆるくっつき聴牌の場合は、多少無理してでも受け入れは広くとったほうが良い。
「リーチ!」
「ロン!!」
今度は、セーラからの宣言牌を憧が捉えることに成功した。
憧 手牌
{③③③④567二三四} {横423} ロン{②}
「3900!」
「……やるやんけ」
広く受けなければ、おそらくこの最終形にはならなかったであろうことを捨て牌から感じ取り、セーラが賞賛を口にする。
(よしっ。戦えてる……あとは……!)
これで恐ろしいセーラの親番を流すことができた。
さあ、次は。
「ほな、遊ぼうや」
(ここで来るか……守りの化身!)
未だ静観を貫く、守りの化身の親番だ。