『前半戦もついに佳境!勝負は南3局へと移り、姫松の誇る守りの化身、愛宕洋榎選手の親番です!かなり意外なのですが、ここまで愛宕洋榎選手の和了りが一度もないんですよね』
『いや~、ここまでも存在感はたっぷりあるんだけどねい。ま、仕掛けてくるとしたら、この親番かねい。知らんけど』
中堅前半戦南3局。
ここまではセーラの大きな和了が3回と、尭深の満貫が2回、そして憧の細かい和了。局への影響力は大きいものの、洋榎は未だに和了りを掴めずにいた。
しかしとうの本人はそんなことを気にしている様子は一切なく、今この瞬間も無表情に配牌を理牌している。全く焦りを感じさせないその姿勢に、会場の観客たちもどこか洋榎のこの親番に対して期待をしていた。
「愛宕洋榎の親番……!絶対なんかあるよな!」
「ってかそろそろやってくんねえと困るって」
「姫松が決勝戦の折り返しでに3位とか信じらんねー」
口々に感想を述べるのは、インターハイを会場で見ている観客達。彼らの目の前に用意されている大きすぎるモニターは、逐一選手たちの状況、点数、手牌などを映し出している。
ここ観客席にいるのは、今戦っている4校の、メンバーに入れなかった者達や、その保護者。そしてそういったものとは関係なくただ純粋にインターハイを楽しみに来ている高校麻雀ファン。そして。
「まったく……三尋木プロも勘違いしとる。麻雀はバトル漫画やなか」
「部長の言う通りです!」
「姫子が言ってもあまり説得力がないのでは……」
ここにいる新道寺女子のように、インターハイ団体戦を終えたメンバーも、この大会の結果を目に焼き付けようと、こうして観戦に来ていた。
「いくら気合の入ろうが、配牌の良くなるわけやなか。愛宕洋榎やって、そう思っとる」
「確かに……麻雀は運が大きいゲーム……実力者やって、この局ば和了ろうって和了れるもんやなかですよね」
「だからあなたがたに言われてもあまり説得力がないのですが……」
「なんもかんも政治が悪い……」
部長の哩と、大将を務めていた姫子の会話に辟易とするすばら先輩こと花田煌。確かに彼女たちに言われてもあまり説得力はないが、哩の言っていること自体は正しかった。
ここまで洋榎は配牌にもツモにも恵まれず、自身で和了ることができていない。普通の人間ならむしろ空気と化している所を、彼女の超人的な読みがあって他家を使っての局回しが成り立っているだけ。
洋榎は苦しい状態をしのいでいるに過ぎないのだ。
「ばってん、愛宕洋榎が守りの化身呼ばれとるんは、攻撃ができんからやなか。……むしろ愛宕洋榎の攻撃こそ、読みば最大に活かした寸分違わぬ一撃になる」
「部長……」
哩の口調は、洋榎の実力を認めているが故に、真剣そのもの。洋榎が『守りの化身』などという大層な名前で呼ばれているのは、放銃しないからという生ぬるい理由ではない。正直、『当たり牌がわかる』程度の能力を持つ者なら他にもいるだろう。しかし彼女が優れているのはそこではない。自身の読みを活かし、何故その牌が当たるかのプロセスを大事にし、相手の手牌を明らかにしてしまうこと。そしてそれは決して、防御だけに使われるわけではない。
「部長にそこまで言わせるとは……愛宕洋榎さん。すばらです」
またしてもあまり良くない配牌を受け取った洋榎を眺めつつ、煌もまた洋榎に静かに賞賛を送るのだった。
点数状況
1位 千里山 江口セーラ 113700
2位 晩成 新子憧 102800
3位 姫松 愛宕洋榎 92000
4位 白糸台 渋谷尭深 91500
南3局 親 洋榎 ドラ{3}
10巡目
「ロン!3900!」
「まーたザンクかい。こまいねえ……」
ロン発声をした直後。憧は今この瞬間、南3局が終わったことを理解した。何を言っているんだと思うかもしれないが、それほどあっさりとこの南3局は終わってしまったのだ。
(守りの化身が……何もしてこなかった……?いや、できなかったの?)
憧の和了形を確認した後、ゆっくりと手牌を手前に倒し、
(確かにまだ前半戦。後半戦があるから前半戦は無和了でも良い……ってこと?いやでも流石に良いわけはないよね。良いわけじゃないけど、手牌が良くなくて和了れなかったんだ。ここは素直に、ラッキーと思っておこう)
この世界では、強い打ち手はブレなく強い。訳の分からない和了りもしてくるし、3、4巡目で和了られることも珍しくない。そういう打ち手ばかりを見ていたから麻痺していたが、洋榎はそういった打ち手とは一線を画す存在。素直に配牌が厳しければ控えめな打ち回しになるし、上手く配牌がかみ合えば、強い。『常に強い』のではなく、洋榎は『弱い時の打ち方が異常に上手い』のだ。
(んで、これが本番……来る。
憧、セーラ、洋榎の注目が、唯一人に集まった。
南4局 親 憧 ドラ{③}
地道に、一つずつ。この中堅前半戦でゆっくりと種を蒔いてきた渋谷尭深。必ず帰ってきてね、と。しっかり育ってね、と。一打一打に思いを込めた尭深の想いが、この瞬間に実を結ぶ。
さあ。
尭深 配牌 ドラ{④}
{134六発発発白白中中南南} ツモ{赤⑤}
尭深は配牌をゆっくりと理牌して……小さく笑った。
ここまで大切に育ててきた我が子達を愛でるように、道中引くことができなかった{中}が、偶然自分の手牌に2枚来てくれたことに感謝をしながら。
憧がゆっくりと息を吐く。この局一番注意しなければならないのは、言わずもがな白糸台の渋谷尭深だ。
(江口セーラのせいで、ここまでの局数は9……渋谷尭深の今までの第一打は……)
他視点 尭深 配牌
{裏裏裏裏3発発発白白中南南}
憧だけでなく、セーラと洋榎ももちろん尭深のこれまでの第一打は頭に入っている。
あとは手出しとツモ切りを見て、どう判断するか。
(問題は2枚集まらんかった{中}やな。これを枯らすことさえできるんやったら、怖くないんやけどな)
セーラも努めて冷静に状況を判断する。自分の手牌に{中}があれば一番良かったのだが、生憎無い。放銃だけは避けるかと心に決めつつ、セーラも第一打を河に放っていった。
4巡目。
「ポン!」
洋榎が切り出した{⑧}にいち早く反応を示したのは、憧。
憧 手牌
{②②③78三三五七八} {横⑧⑧⑧}
『やはり仕掛けていきました新子憧選手……しかしこれは流石に厳しい仕掛になっていますね』
『いや、そうでもねんじゃねーの?いつもだったら絞られる状況かもしれない……ケド、今はオーラス。白糸台にバカみたいな配牌が入ってることはみんな分かってんだろ?そんで、晩成のコの上家は守りの化身。多少無茶でも、私は動けます、ってアピールしておいた方が、後々いいんじゃね?』
『なるほど……!愛宕選手からしても、安手でオーラスが終わるのは悪いことではありませんしね!さあ、この仕掛けに対して渋谷選手がどのように立ち回っていくかも見ものです!』
針生アナの指摘の通り、憧にとってもこれが無茶な仕掛けなのはわかっていた。しかしわかっていてなお、仕掛けていくしかなかった。
(どうせ江口セーラは三元牌を絞る以外は普通に打ってくる。守りの化身は終始キツそう……ここを和了らせないためにも、私がギリギリの戦いをするしかないっ!)
自分の手元に三元牌が無い以上、ある程度憧は攻めるつもりだった。自分が放銃してしまうのは元も子も無いが、もし仮に他の2人に{白中}が行っていたら2人は動けない。渋谷尭深の一人舞台になってしまう。
(やるんだ……私が終わらせる!親被りなんかさせないんだから!)
6巡目。
「チー!」
憧が続け様に洋榎から出てきた{六}をチー。急所を一つ埋めることができた。
(やっぱり……愛宕洋榎は私に対して絞ってこない!河も中張牌だらけだし……私が鳴ける所は全部出してくれるはず!)
憧の指摘通り、洋榎の河は尭深に当たりうる索子の下以外の中張牌だらけ。憧にとっては願ってもない僥倖だった。
まだ一向聴ではあるが、尭深より先に和了れる可能性はまだある。そう思っていた。
しかし憧の下家である尭深のツモ番。
(うっ……!)
尭深が手から出してきたのは、{1}。尭深の河に、初めて索子が並んだ。
『さあ渋谷選手の怪物手が一歩前進……!これは各校にもプレッシャーがかかりますね……!』
『そりゃこえーだろ!めちゃくちゃ上手くいってれば、もう面前で大三元聴牌が入っててもおかしくないわけだろ?たまんねーなあおい』
『なぜ喜んでいるのかはわかりませんが……前半戦南4局、各校にとってここが大きな勝負所になりそうです!』
会場もにわかにざわめきだす。渋谷尭深はこのインターハイで誰よりも多く役満を和了っている打ち手。その大きな和了がこの決勝でも炸裂するのではないかという期待と緊張が、異様な空気を作り出していた。
10巡目。
尭深の手出しという他家が行きにくくなる状況。それに追い打ちをかけるかのように、憧の手元にある牌がやってきた。
憧 手牌
{②③③88三三} {横六七八} {横⑧⑧⑧} ツモ{中}
(うっそ……サイアク……!)
憧の手元にやってきたのは、さながら地獄への片道切符。
まだ場に{中}は1枚も出てきておらず、尭深がこの10巡の間に重ねていない保証はない。むしろまだ重ねていないという考え方は楽観的すぎるだろう。
(渋谷尭深の手牌は……)
尭深のこれまでの手出し情報を鑑みて、今の尭深の手牌をもう一度考える。
しかしどう考えても、この{中}が当たりではない保証にはならない。
切りたくても、切ることのできない牌。憧は恨みがましく手元の{中}を見つめて、{②}を切り出した。
(どうする……自力で重ねるしかないの……?)
焦りが憧の全身を支配する。このままでは尭深の役満成就は時間の問題。流局を願うにはあまりにも早すぎる巡目だった。
13巡目。
憧が{中}を掴んで足踏みをしている間に、時間がかかったことによって得する人間が一人いる。
「あららあ……ええんか?俺はそんな脅しで止まる相手とちゃうぞ?」
不敵に笑ったセーラが、鋭い視線を尭深に向けた。
「リーチ!」
大きな発声と共にセーラが河に叩きつけたのは{南}。
「ポン」
やはりか、とおそらく今日一番大きな声を出した尭深の方へセーラが視線を投げる。
{南}は尭深の配牌に確実に入っていた牌で、河に出てきていない以上、手牌にあることが確定していた。
セーラはそれを分かっていてなお、この牌を横に曲げた。
セーラ 手牌
{一二二二二三五五六六七九九}
(張ってるかもわかんねえ大三元に脅えるなんてありえねえ。いいぜ。勝負だ。やれるもんならやってみな……!)
獰猛にセーラが笑う。ダマで跳満のこの手だが、セーラの判断はリーチ。尭深の手には萬子が無いことがほぼ確定していて、憧の手の内のターツもだいぶ割れている。洋榎の河にも乱雑に萬子の中張牌が並んでおり、残りの萬子はほぼ山にあるとセーラは確信している。
決して無謀な勝負ではない。勝てる確率の高いリーチ。
セーラのリーチを受けて、憧はオリを選択。
(リーチした以上、この局は横移動の可能性もある……江口セーラが勝つと1位との差が開くけど、白糸台に役満ツモられるよりはマシ……!)
憧が捨て牌を手牌から選んだことを見て、尭深が珍しく少し息を吐いてからツモ山へと手を伸ばす。
いかに普段温厚で物静かな尭深とはいえ、この局は譲れない。
しっかりと盲牌をして……そしてその感覚に全身を強張らせる。
尭深 手牌
{344発発発白白中中} {南南横南} ツモ{白}
役満、大三元聴牌。
ドクン、と大きく尭深の心臓が跳ねる。この{3}はセーラに当たることは無い。あとは純粋に引きあい。分が悪いであろうことはわかっている。このオーラスでここまで時間をかけてしまった時点で、自分が悪いのだ。
しかしここからでもどちらが勝つかわからないのが麻雀。もし仮に自分の{中}が山に残り1枚だけで、セーラの待ちが山に7枚のこっていようとも、先に自分か相手のツモに牌のいたほうの勝ち。これはそういうゲームだ。
(私も、役に立ちたい)
今まで絶対的であった存在のチャンピオンが敗戦した。そうなるかもしれないと聞かされてはいても、正直信じられていなかった。それだけチャンピオンの存在は大きかった。
先鋒戦が終わった時、尭深は使命感に駆られた。今までおんぶにだっこだった先輩に恩返しができるとしたら、今日だと。
チームに加えてくれて、自分を育ててくれたのは間違いなく照だ。
今日照が負けた後が総崩れでは照に顔向けができない。
(勝ちたい……な)
自然な感情だった。相手が強いことなど百も承知。
きっとこのセーラのリーチも、もし放銃してしまえば火傷程度ではすまされないであろう。散々その火力は見てきた。
それでも尭深は立ち向かう。この役満を成就させれば、この後の展開も楽になる。白糸台が優勝に近づく。
手牌から、強く切り出すは{3}。
尭深は収穫しに向かう。自身が時間をかけて育てた、役満大三元という果実を。
尭深は、仲間のため、自分のために、役満大三元を和了らなくてはいけないと思った。それ自体は悪いことではない。
しかし、この場面は別に役満にこだわる必要は無かった。それなのに、自分が育てた果実を、最高の状態で収穫して勝ちたいと思ってしまった。
その、ほんの少しだけの“欲”。
「ロン」
その“欲”を、
洋榎 手牌
{12999東東東北北北西西} ロン{3}
対局室が、会場が、空間ごと切り裂かれたかのような静寂。
浮かれた熱を刈り取るかのような、静かな一撃。
「16000」
自分の顔から血の気が引いていくのを感じながら、洋榎の捨て牌を見る。
2巡前に洋榎が手出ししている牌は……{1}。
(なん……で……)
それの意味するところ。
愛宕洋榎は、ツモり四暗刻の聴牌を
「ダブ南、小三元、混一……倍満で手打ちにしとったら、ジブンの勝ちやったかもな。あるいはウチが並の打ち手やったら、その大三元も成就してたのかもしれへん……けどな」
「ウチを相手に、その“欲”は痛すぎるで、渋谷尭深」
守りの化身、愛宕洋榎のあまりにも高度な『読み』は、今まさに結実し、尭深の手に収まろうとしていた大きな果実を、容赦なく横薙ぎに切り裂いた。
前半戦終了
1位 姫松 愛宕洋榎 108500
2位 千里山 江口セーラ 107800
3位 晩成 新子憧 107700
4位 白糸台 渋谷尭深 76000