姫松のいるブロックの先鋒戦が終わったタイミングで、もう1つのブロックの先鋒戦が始まろうとしていた。
機材の調整で開始が少し遅れていたのが、余計見る者の期待感を上げていた。
『死の先鋒戦が始まろうとしています……!最初に入場してきましたのは、去年の個人戦準優勝!優勝候補の一角、臨海女子の先鋒を務めます辻垣内智葉!去年までは全員が留学生という編成だった臨海女子ですが、今年は唯一の日本人、辻垣内が先鋒です!』
眼鏡をかけて長髪ロングを後ろでしばってまとめた智葉が、卓につく。その様子はいつもと何も変わらない、淡々とした所作に見えた。
『続きまして鹿児島の永水女子のエース、神代小蒔!全国ランキング6位の高校のエースを務める実力は、1回戦でも証明しています!』
巫女服に身を包み、おだやかな表情で卓に座るのは、鹿児島、霧島のお姫様だ。
『そしてこの2回戦のダークホースとなるか、清澄高校、片岡優希!東場での爆発力で、他校を引き離しにかかります!』
1回戦とは打って変わって、マントに身を包んだその姿は、小さいながらも、ヒーローを志す少女にも見えた。その瞳に揺らぎはない。1年生だからという言い訳もしない。ただ目の前の強敵たちしか、彼女の瞳には映っていないようだった。
『そしてそして1回戦では圧倒的な力を見せつけました、関西は奈良の晩成高校の王者、小走やえ!!その好戦的な雀風は、今日は誰をねじ伏せるのか?!」
王者がやってくる。右手はポケットのお守りを握りしめ、覚悟を決めるように入る前に一礼すると、顔を上げたその表情は真剣そのもの。覚悟の宿った晩成の王者は今日も暴れるつもりだ。
全員が卓についた。2回戦の中で最も注目度の高いカードが始まる。
放送用の荘厳な局の開始音が流れた。
「「「「よろしくお願いします」」」」
『大変お待たせしました!2回戦先鋒戦、スタートです!』
東1局 親 片岡 ドラ{三}
(さて、やはり起家は清澄の1年か)
自動卓から山が上がり、清澄の優希が回したサイコロの出目に応じて、各自配牌を取る。今回は7……対面の智葉の山だ。
東家 片岡優希
南家 小走やえ
西家 辻垣内智葉
北家 神代小蒔
すぐに場は動く。
「リーチだじぇ!」
(3巡目……)
やはり先制したのは親の片岡優希。{2六横八}と切ってリーチに打って出た。東場での速さは、常人を遥かに凌駕する。
その捨て牌を見て、少し考えた後、下家の智葉を見て、静かにやえは{六}切りとした。
「チー」
その捨て牌に反応したのは智葉。即座にまずは起こりうる最悪の偶発役、一発を消した。神代も、それを見て現物を合わせる。
優希はやえと智葉の狙いが一発消しであることは気付いていた。
(3年共が……小細工すんなだじぇ)
「ツモッ!4000オール」
優希 手牌 ドラ{4}
{②③④234567三四四四} ツモ{三}
(ズラしてもツモり上げるか)
倒された手牌を見て、智葉が口角を上げる。これは思ったよりは楽しめそうだ、と。
対するやえはつまらなさそうに手牌を閉じた。
「よぅし」
点棒の受け渡しが終わった後、小さく呟かれた優希の言葉に、卓の全員が優希に注目する。
「ここからは、私の連荘で終わらせる」
その宣言は、一見、ただの強がり、ほら吹き、三味線のようにも感じられる。しかもここは全国大会、去年のインターハイをわかせた3年生が2人もいる卓だ。
紡がれる言葉を3人は黙って聞いている。
「この試合に……東2局は来ないじぇ!」
優希なりの意思表示でもあった。それぐらいの心構えでなければやられる。そんな感覚があったからこそ、自身を奮い立たせるために優希は強気にこの場で宣言して見せた。
東1局の連荘のみで終わらせるということができたなら、それはもう、確かに10年に1度クラスの怪物だろう。
そんな言葉に、対局者から目立った反応はない。特に気にしていないという様子だ。
1回戦で先鋒戦のみで試合を終わらせた、1人を除いて。
「……誰を相手にそんな口きいたのか、理解させてあげるから、早くサイコロ回しなさいよ」
ドスの効いた聞くものを震えさせるような声を発したのは、下家に座る、小走やえだ。その表情には、はっきりと威圧が見て取れる、一瞬あまりの迫力に「ひぐっ」と小声で震えてしまったが、すぐに自身を奮い立たせる。
「それもそうだじぇ」
カラカラカラカラとさいころが回りだす。2局目にして、場の雰囲気はピリピリとした緊張感に包まれていた。
東1局 1本場 ドラ{②}
優希 配牌
{②②③③④④456778五西}
(絶好の一向聴だじぇ、この局ももらった……!)
くっつきの一向聴にもとれて、ドラの{②}が一盃口で完成しているという好配牌。東発の優希の勢いはまるで止まっていない。
勢いよく{西}を切り出すその姿は、まだ自身に流れがあることを疑っていない。
しかし、下家のやえの一打目を見て、余裕から一転、優希の瞳は驚愕に見開かれる。
その牌は、
「リーチ」
ビシビシと空間が歪んでいるのがわかる。自身の勝利が揺らがなかったはずの局を、無理やり捻じ曲げられているような、そんな感覚。そんな、ダブルリーチ。
(東場の私に、もうついてきたのか……?!)
多恵なら「自分が配牌良い時だいたい相手も配牌良い説だね~」とか笑って言いそうだが、そんな次元の話ではない。
(なるほど、もう
智葉は何かを察したようにすぐにやえの切った牌を合わせる。小蒔も当たり障りのない字牌から打ち出した。
優希 手牌
{②②③③④④456778五} ツモ{四}
(聴牌……)
前巡、おおよそ自分が描いていた絶好の入り目だというのに、気分は上がらない。優希からしてみれば、この聴牌こそが、仕組まれた罠に見えてきていた。
しばらく俯いて考えた後、そっと優希が切った牌は、{7}だった。
(……へえ)
やえ 手牌
{南南南①①⑦⑧⑨79一二三}
優希が聴牌をとって、{8}を切っていたら、やえへの跳満の放銃で、この局は終了していた。そうしなかったのは意地か。覚悟か。
やえの特性を部長の久から聞いていて、おおよそこの{8}は狙いを定められていると気付けたからの、回避。
そして。
「ツモ。4100オールっ……!」
優希 手牌
{②②③③④④45678四四} ツモ{9}
当たり牌を使って、満貫に仕上げた。
優希の目は、まだ闘志にあふれている。
東1局2本場
「ツモッ……2000は2200オール……!」
優希 手牌 ドラ{白}
{①②③④⑤白白 横⑨⑦⑧横312} ツモ{⑥}
『3連続和了あああー!!清澄の片岡優希!強豪校3校を相手に大立ち回りを演じています!!』
「ゆーき!」
同級生の和了りに、同じく1年生の宮永咲と原村和が歓喜の声を上げる。
清澄高校の控室はにわかに盛り上がっていた。
大苦戦が予想された先鋒戦、そのスタートでもし、優希が点数を稼ぐことができなかったら、かなり絶望的な状況になることは容易に想像がついた。しかし頼もしい1年生は、上級生を相手にここまでは善戦している。
「優希、何点あっても足りないわよ……どこまでも突っ走って」
東1局 3本場 ドラ{一}
「3本場……!」
また1本、優希の手牌の右端に置かれる積み棒が増えた。何が何でも手放す気はないと、強い意志が優希の心を支えている。
ことは8巡目に起こった。
そうそうにダブ東を鳴くことに成功した優希。
そして小蒔から出てきた{三}を鳴こうとする。
「チ「カン」ッ……!」
しかしそれはかなわない。対面の智葉の大明槓によって阻まれる。これによって4枚使われてしまった{三}はもうこの局来ることはない。
({三}はもうない……)
ドラ絡みの急所が鳴けなかった優希はツモって来た牌を見て、一瞬、もう頼れない{二}に手をかけそうになる……が、対面の智葉の手を見る。
智葉 手牌
{一一二二九九九 横⑧⑧⑧ 三三三横三}
({一}と{二}、余るんだろ?切ればお前の親は終わる)
智葉の鋭い眼光が、優希を貫く。
ふう、と一息つくと、優希は手牌の中から、{六}を切り出した。
(へえ……)
「「テンパイ」」
結局この局は流局、最後までペン{三}聴牌を外さなかった優希が首の皮一枚親番をつなぐことに成功した。
東1局 4本場
カラカラと回るサイコロを眺めながら、智葉は対面の優希の顔を見やった。
(ただの与太と決めつけて、私も小走も、少しこの1年を甘くみていたようだ。……侮ることはもうやめる。全力で……潰す)
確かにやえもあのダブルリーチの局、もし侮る気持ちがなかったら、リーチを打たず、確実に宣言牌を打ち取っていただろう。しかし優希の気概が、少し上回った。今の局も智葉は優希が{二}を打つだろうと思ってシャンポン待ちに構えたせいで、最後の流局という形まで粘られてしまった。
改めてこの1年生を評価し、心の中で賞賛したうえで、もう一度潰す。
5巡目。
「リーチィ」
バシッと強く捨て牌を横に曲げたのは、下家の小走やえ。
その凶暴な瞳は確実に優希を捉えている。
同巡 優希 手牌 ドラ{西}
{①②③④赤⑤⑥⑦⑦⑧三四東東} ツモ{赤五}
(聴牌……けどまた、晩成の王者がリーチをかけてきてる……この{⑦}は十中八九狙われている牌だじぇ……けど、{⑧}も切れるのか……?)
やえ 手牌
{⑧⑨⑨⑨1114赤56南南南}
優希から見るとやえの手牌はゴゴゴゴゴゴゴという効果音が聞こえてきそうなほど、恐ろしい威圧感を放っていた。
しばらく優希の手は自身の手牌を右往左往することになる。聴牌をとるには{⑦}か{⑧}を切らなければならない。しかし、どちらもやえには厳しい。
どの牌なら切れるか。現物はある。しかし現物を打てば自身の手は崩壊。それだけはできない。で、あれば何を打てば聴牌の引き戻しがしやすいか。先ほどのように、当たり牌を使いつつ聴牌、和了に向かえる選択肢を考えていた。
(……これだじぇ!)
優希は考えた末に自身に対子の{東}を切り出した。
ダブ東を失うのは痛いが、これならかわしつつ、{⑦}あたりが重なれば最高だし、なるほど確かに聴牌までは持っていけそうだ。
しかし優希はやえに気を取られ、失念していた。
恐ろしい女侍が、静かに間合いを伺っていたことを。
「ロン」
瞬間、優希の髪を寸分違わず繰り出された刃が切り裂く。
智葉 手牌
{667788五五六六西西東}
「6400の4本場は7600」
振り込んでしまったという衝撃よりも先に、優希は智葉のちっとも七対子には見えない河に目をやった。智葉が1巡前に切っているのは{七}だった。
(二盃口の目を消してまで私の対子落としを狙ったのか……!)
智葉の和了形を見て、それすらも気に食わなさそうにやえは手牌を閉じる。智葉は静かに点棒を受け取って点箱に入れた。
優希は今日相手にする雀士がどれだけの化け物なのか、身をもって知ることとなるのかもしれない。
そんな不安が、優希を弱気にさせようとする。
弱い心を振り切って、優希はまだ前を向いた。
(……バケモノどもめ……!)
片岡優希の戦いは、始まったばかりだ。
優希には頑張ってもらいます。
作者的には、清澄の中で優希はめちゃくちゃ好きなキャラです。