ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第151局 愛宕洋榎

 

 

 

 天才と呼ばれるのが嫌いだった。

 

 天才雀士達がもてはやされるこの世の中にあって、その少女は天才と呼ばれることを嫌った。

 小さい頃から大好きな競技だったが、天才が愛される麻雀は好きになれなかった。

 

 彼女に才能が無かったのか、と問われれば、それは首を横に振らざるをえない。

 才能はあった。盤面を理解し、整理し、読む力に長けていた。

 

 しかしその才能は、磨かれなければ輝かなかった。

 その才能に気付かずに、一生を終えることだって十分にあり得た。

 

 そして仮に才能に気付いたとて。

 その小さな才能に溺れ、慢心をすれば、簡単に有象無象に飲み込まれるほどに、その才能は細く、頼りない。

 

 

 彼女は慢心しなかった。

 先へ、先へ、もっと深い場所へ。

 

 知識の海へ、彼女は沈んでいく。

 

 

 そうしていつしか彼女は『強者』と呼ばれる部類に入った。

 

 誰もが羨み、賞賛し、嫉妬する。

 

 彼女は『天才』だと決めつける。

 

 彼女は『麻雀の天才なんだ』とそう片付ける。

 

 

 彼女は満足できなかった。

 どれだけ周りにもてはやされそうとも、いつも、不満気に海の底で思案し続けた。

 

 

 彼女の身体は強烈に求めていた。

 己の全てを出し切って、能力という巨大な壁を乗り越えた先にある勝利を。

 

 

 だから生まれる。

 恐ろしいほどの勝利への執念、貪欲さ、知識への渇望。

 

 

 

 その手は、この麻雀というゲームにおける()()()()に伸びていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねえ、今どんな気持ち?」

 

 

 聞く人が聞けば、完全に煽り文句。

 麻雀という運が常につきまとうゲームで、そんな言葉を口に出せば、旧知の間柄でもない限り相当な反感を食らうだろう。

 

 そう、旧知の間柄でもない限り。

 

 

 「洋榎あんたなんのつもりよ」

 

 額に青筋をありありと浮かべて、少女、小走やえは現在進行形で苦虫を嚙み潰していた。

 

 

 「いや、単純に気になったんやって。2位からトップ条件を満たしたリーチ打って、ラス目のウチの追っかけに一発で放銃して、ラスに落ちたやえが、リーチを打つ時はどんな気持ちで、追いかけられた時はどんな気持ちで、放銃した時はどんな気持ちやったんやろって」

 

 「あんた間違いなく性格の悪さナンバーワンね。1回引っ叩いてから答えてもいいかしら?」

 

 「なんや、ケチやなあ~、ほな多恵に聞こうっと。南3局で跳満をツモってトップに立った時はどんな気持ちやった?ほんでもってオーラス配牌が悪くてオリ気味に進行してたら2着目のやえからリーチがかかった時はどんな気持ちやった?んでもって最後にウチに全てを抜き去る倍満を和了られた時はどんな気持ちやった?」

 

 「洋榎それわざとやってるよね?!」

 

 状況が状況だけに、洋榎の質問は煽りにしか聞こえない。

 

 最後の局のドラ表示牌と裏ドラ表示牌を手に握りこみながら、洋榎は口を尖らせて不服の意思表示。

 

 

 「ほなまあーええわ。オーラスを迎える時の気持ちを聞かせてくれればええわ。セーラは?」

 

 「あ?俺?んまー3着目ゆーてもトップとさして離れとらんし、跳満ベースくらいで和了りてえなーって思ってた。あ、洋榎の陰湿ダマには気を付けてたで」

 

 「陰湿とは失礼な。戦略的ダマや」

 

 半袖短パンのセーラが備え付けのミニ冷蔵庫に飲み物を取りに席を立つ。

 それを横目に、ほーん、と一つ息をついてから、今度は隣に座るやえに目を向けた。

 

 「やえは?」

 

 「本当にムカつくわね……本当ならリーチしたくなかったけど。どーせ多恵は真っすぐ手進めてこないだろうから捕まえられないし……普通に手作ろうと思ってたわよ」

 

 「下は意識してなかったんか?」

 

 「セーラはどうせトップ狙いで高い手作ってくるって思ってたし、あんたも来るだろうことはわかってたけど。それでもトップ狙いにリーチに行った判断は間違ってたとは思ってないわ」

 

 「ふむふむ……なるほどやなあ」

 

 つまらなさそうに背もたれに体重を預けた洋榎にいら立ちを覚えながらも、いつものことだから仕方がないか、と大きくため息を吐いた。

 

 「あんたそんなことより途中の『っかあ~!これやったらトップ狙いは無理や~!』とかいう大三味線やめなさいよ。別に信じてなかったけど!」

 

 「あ、それや。それどう思った?」

 

 「え?……どうって……」

 

 意外なところで食いついてきた洋榎に、やえは思わずたじろく。

 対局中のただのやりとり。

 いつも通りの、くだらない三味線。

 

 その感想を聞かれることになるとはやえも思わなかった。

 

 「ま、まあ。本当にそうかも、が2割、8割はどうせ手作ってんだろ。ね」

 

 「……そんなもんか」

 

 少し乗り出した体勢を、洋榎がまた戻す。体重を預けられた背もたれが、ギィ、と力なく悲鳴を上げた。

 

 

 「多恵、東3局でセーラの跳満振って、点数凹んだ時どう思った?」

 

 「え、あー!あの時ね!あの時はそうだな、今の放銃手牌に見合ってたかなあ~ってずっと考えてたよ」

 

 「せやな。そんな顔しとったもんな」

 

 洋榎はどこから出したかわからない爪楊枝をくわえると、天井を見上げた。

 

 「仮に見合わない手で放銃した時、多恵はどうするんや?」

 

 「ん~。普通の時は一旦切り替えてすぐ次の局行くけど、大会とかなら引きずるかもね~」

 

 「多恵メンタルよわよわやもんな。読みやすうなって助かるで」

 

 「余計なお世話です……」

 

 あはは、と苦笑いを浮かべる多恵。

 しかし少しその表情を変え、洋榎に一つ問いを投げかけた。

 

 

 「どうしてそんなこと聞くの?洋榎」

 

 「ん?いや」

 

 なんの気もなく返す言葉。

 

 その言葉が、多恵には衝撃的で、今でもよく覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「()()も麻雀に使えんかなって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中堅後半戦 南4局 親 尭深

 

 

 『さあインターハイ団体戦決勝はクライマックス!勝負のオーラスを迎えます!!』

 

 『このオーラスは、本当に何が起こるかわかんねー……いやー!視聴者の皆もまばたき厳禁だぜ♪』

 

 『まずは配牌……!白糸台渋谷尭深選手の手牌には、とんでもない怪物手が入っています……!』

 

 

 

 尭深 配牌

 {③④赤⑤⑥18白白白中中発発発}

 

 

 

 

 時は満ちた。

 

 尭深は紅潮した頬に少しだけ手を当てた後、目を閉じる。

 

 (ありがとう。私の……ワガママに付き合ってくれて、ありがとう……これが、最後のワガママだから)

 

 対局前。

 自分のことを認めてくれた先輩が言っていた言葉を思い出す。

 

 

 

 『能力に頼り過ぎない麻雀も、結構楽しいよ』

 

 

 

 思わず振り返ってしまった。

 その言葉の意味を理解するのに、時間がかかった。

 

 (私ができる麻雀を、ここまで、してきた)

 

 尭深は、後半戦ここまでの全11局、第一打三元牌縛りをやめた。

 打てる時は打つが、手牌に必要だと思う時は残してみた。

 

 それでも、自然と三元牌がいらなくなる形が多かったのは、幸か、不幸か。

 

 

 そして1つ、自分の手に課したものがある。

 それは前半戦の失敗で学んだこと。

 

 『このメンバーを相手に、ターツを晒してはいけない』

 

 まず間違いなく、そこが透ける。

 透ければ、和了りはほとんど無いと思った方が良い。

 

 最速を駆けてくる打ち手と、全く怯むことなく打点を振りかざしてくる打ち手と、全てを見通す打ち手がいる。

 だから、『メンツを完成させる』ことにこだわった。

 

 打点が高くなるように、赤まで入れて。

 

 

 これで、準備は整った。

 

 

 さあ、これが、最後の仕上げ。

 

 

 最高の収穫は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 尭深 河

 {中}

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤いリンゴは、まだ熟れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それでいいよ、尭深」

 

 「テルー、何がー?」

 

 「もしかしたらだけど」

 

 「うん」

 

 「この局、尭深が和了れたら」

 

 「うんうん」

 

 

 

 

 「もう、中堅戦でこの決勝戦は終わりだと思う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『{中}……?!し、渋谷選手、第一打は{中}!だ、大三元を拒否……というか、向聴数すら落としましたよ?!』

 

 『なるほどねい……そう来たか……』

 

 『ど、どういうことですか?!』

 

 『いや、まあ簡単な話だよ』

 

 『……?』

 

 実況を務める針生アナの驚愕は、会場の、いや、この対局を見ている全ての人の代弁。

 何故役満の可能性を消すのか。

 

 常人には全く理解のできない打牌。

 

 ただ、咏は扇子を広げてクス、と笑う。

 

 次に咏から告げられた言葉は、聞いている側はとても理解の及ばない言葉。

 

 『この局……もし白糸台のコが和了ったら……決勝戦、終わっちゃうカモね』

 

 『……は?』

 

 『いやー!冗談冗談!わっかんねー!どーなるか楽しみだねい!』

 

 中堅戦、ではなく、決勝戦?

 冗談にしては、あまりにも真に迫る声音だった。

 

 そんな感想は実況をする者としてではなく、ただ三尋木咏という人間を知っているからこその言葉だから飲み込んだが。

 

 ともかく、この局は優勝校を決めかねない重要な局であるということを、針生アナは薄々感じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南4局 親 尭深

 1巡目

 

 親の尭深の第一打に、衝撃が走った。

 三元牌の中切り。

 ここまでの初打を全員理解しているからこそ、その恐ろしさがわかる。

 

 

 他視点 尭深 配牌

 {③④赤⑤白白白中中発発発裏裏裏}

 

 

 この形からの、初打{中}。

 

 一見、自らこの局の大三元を拒否するような打牌。

 しかし、そんな楽観視をするような打ち手は、この場にはいない。

 

 それぞれの選手たちは、チームメイトから言われている。

 

 

 

 

 

 

 『セーラ先輩、もし仮に渋谷尭深がオーラス親で、連荘を許してしまえば……おそらく次の局も、オーラスの第一打が配牌に加わるんやと思います』

 

 『憧。オーラス、もしヤバそうなら……洋榎と手を組んででも、止めなさい。あの存在は、最悪、この決勝戦そのものを破壊しかねないわ』

 

 『部長、わかっているとは思いますが、オーラスは一度も和了を許したらダメですよ。どんなに点差が開いていても、です』

 

 

 

 これはあくまで可能性の話ではあるが。

 もしこの第一打{中}が、連荘一本場の配牌に加わるとすれば。

 尭深の次局の配牌はこうなる。

 

 尭深 配牌予想

 {③④赤⑤白白白中中中発発発裏裏}

 

 

 初手、大三元聴牌確定。

 こうなったらもう、止めるのは容易ではなく、そしてどれだけの点数を稼がれることになるか想像もつかない。

 

 

 セーラ 配牌 ドラ{八}

 {⑦⑨3一二二三四四六八九南} ツモ{七}

 

 (ハッ!わざわざ{中}落とすために2巡くれるたあ優しいやん。教えてやるよ。俺相手にその2巡は命取りだってな……!)

 

 セーラが勢いよく{⑦}を切り出す。

 確かにセーラの言う通り、この2巡の間はロンと言われる心配はない。

 仮に尭深が初手{中}切りでなかった場合、もう最初から聴牌の可能性もあったため、毎巡ロンと言われる恐怖と戦いながら打牌をする必要があったのだが。

 {中}の対子落としが確定しているこの2巡は貴重だった。

 

 

 憧 配牌

 {③⑧⑧246889三六七八} ツモ{7}

 

 (悪くない……けど、渋谷尭深の方が手牌が良いの確定してるし、ここはなんとしてでも流す……!)

 

 全員の思惑は一致している。

 この局渋谷尭深に連荘を許せば、このゲームが終わりかねない。

 

 

 北家に座る愛宕洋榎が、手牌を開いた。

 

 洋榎 配牌

 {②④赤⑤⑧35二三赤五八八西白} ツモ{一}

 

 (……)

 

 表情は、変わらないように見える。

 やる気なさげなたれ目からは、覇気のようなものを感じることはない。

 

 その目には、いったい何が映っているのか。

 

 

 

 『……愛宕選手が初打にこんな時間を使う事ってありましたっけ?』

 

 『いやー知らんし。……流石に初めて見るけどねい……』

 

 

 奇妙な静寂。

 歓声とどよめきで包まれていたはずの会場も、洋榎の一打目があまりにも打たれないことでどよめきは次第にざわめきに変わっていた。

 

 『……何が見えてる?守りの化身』

 

 咏の視線の先には、超人的な読みを持つ高校麻雀界屈指の打ち手。

 

 その視線が、卓内をじっと見つめている。

 

 

 時間にして、30秒ほどだっただろうか。

 洋榎が、一打目を切り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姫松高校控室。

 

 「洋榎ちゃん、大変なのよ~!とんでもない配牌が入ってるのよ~!」

 

 「あわわわわ……配牌ドラ4だーとか言ってられないですよねこれ……」

 

 洋榎が第一打を切り出すまでの間。

 ここ姫松高校の控室でもただならぬ空気が漂っていた。

 

 「恐れとった事態が……洋榎、2600オールで渋谷のスロット増やすんはリスキーすぎんか……?」

 

 南3局、親であった洋榎はツモ和了りを選択した。

 連荘するということが、オーラスの渋谷尭深を有利にするということを知りながら。

 

 「当然、理解しているはずだよ。それでも、洋榎はあの和了りを優先した。……いや、本当に優先したのは、もしかしたら別のものかも」

 

 「別のもの?」

 

 「うん」

 

 前方でわたわたと慌てる2人の後ろで、多恵は真っすぐにモニターを見つめている。

 その表情に、焦りはない。

 

 (ま……心配するだけ無駄かもしれんな……)

 

 信頼しきっている多恵の姿に、恭子も考えを改めた。

 あの飄々としてつかみどころがなく、いつもふざけてばかりの洋榎でも。

 

 この夏にかける想いと、この決勝戦にどれだけの準備をしてきたのかを知っているから。

 

 一打目を切り出した洋榎を見届けて、多恵がポツリと呟いた。

 

 

 「敵を知り、己を知れば百戦して危うからず」

 

 「なんや急に」

 

 孫氏の兵法。その格言。

 相手の情報と、自分の力量を見定めることさえできれば、百回戦っても負けることはない。

 

 麻雀というゲームにおいて、連戦連勝は難しい。

 

 けれど、『極限まで負ける可能性を下げる』ことはできる。

 

 

 「いや、まさに洋榎のためにあるような言葉だと思わない?」

 

 「……そーかもしれんな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4巡目 尭深 手牌

 {③④赤⑤⑥189白白白発発発} ツモ{⑤}

 

 (……来た)

 

 尭深の顔色が、僅かに喜色を帯びる。

 この牌だ。この牌を引きたかった。

 

 現状、他の3人の視点に透けているのは、筒子1面子と、{白発}の暗刻。

 他の牌を晒さないことで、何で当たるかはわからなくなる。

 

 が、あえて尭深は筒子のデキ面子の部分を待ちにすることを狙った。

 そここそが盲点になると思った。

 

 自身は前半戦で、開局から透け続けたターツを狙い打たれている。

 だからこそ、渋谷尭深は筒子をデキ面子にして、他で待とうとしている。

 

 そう思わせることができれば、勝ち。

 出和了りすら、期待できる。

 

 {1}を切り出した。

 

 

 同巡 セーラ 手牌

 {3一二二三四四六七七八九南} ツモ{一}

 

 4巡が経った。

 ここからはもういつロンと言われたっておかしくない巡目。

 

 しかしその程度で、江口セーラが止まるわけがない。

 自らの清一色を、捨てるわけがない。

 

 おかまいなしに、セーラは河に{3}を叩きつける。

 

 

 「チー!」

 

 そこに憧が食らいつく。

 先ほどの和了で復活を果たした晩成のルーキーが、絶対に和了らせてなるものかと声を上げる。

 

 中堅戦のクライマックスがここだとわかるようなボルテージの上昇。

 歓声は波のように。会場全体へと叩きつけられている。

 

 ここが決勝戦の勝負の分かれ目である、と口にせずとも誰もがわかっていた。

 

 

 憧 手牌

 {⑧⑧6788五六七八} {横324}

 

 (まだ4巡目だし、守りの化身は下家……!だけど、これでくっつきの一向聴!先に、聴牌する……!)

 

 

 

 

 

 

 5巡目 尭深 手牌

 {③④赤⑤⑤⑥89白白白発発発} ツモ{9}

 

 

 (……ッ!)

 

 収穫の時は来た。

 狙い通りの待ち。他家を止めるためにも、リーチをかけるか?

 

 いや、それこそ相手に回らせる時間を作るだけ。

 今はただ、絶対に止まらないであろうセーラや憧からの出和了りを待つ。

 

 右手が震えるのを必死に堪えて、尭深は{8}を切り出す。

 

 もうすぐそこまで、手の届くところに、赤い果実は見えている。

 

 両手を、尭深が差し伸べた。

 

 

 

 

 

 セーラ 手牌

{一一二二三四四六七七八九南} ツモ{五}

 

 打点女王が、追い付いた。

 セーラがペロリと舌なめずりをする。

 

 

 (洋榎以外の場所に{三}は無い。この手でしまいや)

 

 

 「リーチ!」

 

 

 

 『追い付いたッ!!打点女王が追い付きました!リーチ面前清一色一盃口ドラ1で倍満!!この究極の状況下で倍満の聴牌を入れました!!』

 

 『やべえだろ!!この{三}は山に2枚!白糸台のコの方が待ちは多いが……おいおいどうなっちまうんだよ?!』

 

 

 憧の手は進まない。

 焦りを含んだ顔で、憧は持ってきた牌をそのまま切らざるを得ない。

 

 (まずい……!千里山に打つほうがまだマシ?いやでも、どうせこっちも高い……!ヤバイヤバイヤバイって……!)

 

 セーラは明らかに萬子の染め手。

 打ちに行くのもありだが、そんなことをして今の手を曲げる方があり得ない。

 

 今はただ、2人から和了の発声が無いことを祈るのみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「{③}の手出し、{三}の手出し。{9}の手出し、チー出しの{西}、ツモ切りの{4}」

 

 

 「{中}の対子落とし、{六}のツモ切り、{1}の手出し、{8}の手出し」

 

 

 「{⑦}の手出し、{⑨}の手出し、{③}のツモ切り、{3}の手出し、{南}の手出し」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……え?」

 

 本当に小さな声だった。

 聞き取れるかどうかも怪しい、ごくわずかな声量。

 

 隣にいる憧ですら、僅かに聞き取れたのは、「手出し、ツモ切り」という言葉のみ。

 

 しかしそれだけで理解できる。

 

 この打ち手が、何をしているのかが理解できてしまう。

 

 

 あの時と同じだ。

 また恐ろしいほどの寒気が、憧を襲う。

 

 何秒経っただろうか。

 初打に時間を費やした彼女が、その時と同じがそれ以上の時間を費やして、卓上を見つめている。

 

 その目が、何度も。

 

 

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 

 全員の河と手牌を行き来する。

 

 

 寒気を感じていたのはなにも憧だけではない。

 

 尭深も、そして旧知の仲であるはずのセーラですら、今の洋榎に恐怖を感じていた。

 

 (洋榎……何するつもりや)

 

 

 洋榎が長考を終える。

 

 

 長かった。

 

 

 中堅戦開始前の挑発、前半戦終了時の尭深への発言。

 後半戦開始時の挑発。

 

 全ては、この最終局(オーラス)、尭深の初打{中}、セーラのリーチへと導くため。

 

 

 そして、南3局。憧を無理やりにでも()()()()()()のも、この瞬間のため。

 

 

 

 条件は整った。

 

 さあ、

 

 

 

 

 「……幕引きや」

 

 

 小さく呟かれた言葉は、誰にも届かない。

 

 ハッキリと、憧を見た。

 

 気だるげな瞳が、憧を捉える。

 

 

 ビクリと肩を強張らせた憧から視線を外さずに、洋榎は手の内から

 

 {⑧}を切り出す。

 

 

 

 「……ッ!ポン!」

 

 思わず声が出た。

 

 前半戦でも感じた、鳴かされる感覚。

 

 鳴かされる?いや、違う、今のは。

 

 

 

 

 

 『今なら、鳴けるだろ?』

 

 

 

 

 

 そう、言われた気がした。

 

 

 

 (嘘……まさか……!じゃあ、さっきの和了りは……!)

 

 

 

 

 憧 手牌

 {6788五六七八} {⑧⑧横⑧} {横324}

 

 

 待ち選択。

 憧はここで、決勝を前にやえから言われた言葉を思い出した。

 

 

 『洋榎と協力してでも、白糸台を止めなさい』

 

 (思い込みかもしれない……ケド、守りの化身が、もし、本当の意味で、全てが見えているなら……!)

 

 

 憧は強く切り出した。

 選んだ待ちは{58}。

 

 渋谷尭深の、現物。

 

 

 洋榎がゆっくりと、山に手を伸ばす。

 

 

 (やえなら、言うやろーな『ウチとの共闘を選べ』ってな)

 

 それすらも、織り込み済み。

 積み重ねられたピースが、一つ、また一つ。

 

 

 さあ、これが愛宕洋榎の団体戦最後の仕事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 圧倒的な才能を前に、敗れた過去があった。

 

 どんなに努力をしても、能力という大きすぎる壁で押さえつけられるのは、とても窮屈で。

 

 

 「うーみーはひろいーなーおおきいーなー」

 

 だから彼女は、能力なんて及ばない場所に行った。

 

 知識の海。

 そこには集めきれないほどの情報がいつだって埋まっている。

 

 「お、これも使えそやな」

 

 山読み。人読み。ブラフ。効率。

 牌効率。押し引き。鳴き判断。リーチ判断。

 

 学びは、どこにでも転がっている。

 それでもまだ、足りない。

 

 「もっと、もっと欲しいわ」

 

 深く、深く。

 強大な能力に打ち勝つため。

 そのためになら、なんでもするから。

 

 膨大な時間をかけて、彼女は沈んでいく。

 

 いつか、最高の勝利という空を見上げるために。

 

 

 「……見ーつけた」

 

 

 最後に見つけたピース。

 

 麻雀という競技は、人間が行うものだから。

 だから『これ』が必ず付きまとう。

 

 

 

 焦燥、恐怖、憤り、安堵、苛立ち。

 

 因縁、情報、信頼、性格。

 

 

 たくさんの、感情。

 

 

 

 

 

 ようやく。ようやくだ。

 

 

 愛宕洋榎が、長く、長く沈んでいた場所から、ようやく水面に顔を覗かせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トン、と河に1枚の牌が置かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間。

 

 赤いリンゴは、尭深の手をすり抜けて……地面にポトリ、と落っこちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ロン……!」

 

 

 

 憧 手牌

 {6788六七八} {⑧⑧横⑧} {横324} ロン{5}

 

 

 

 

 「2000……!」

 

 

 

 

 

 歓声と悲鳴。

 

 全てが入り混じった轟音は、会場を揺らす。

 

 

 

 

 

 

 

 対局終了を知らせるブザーが鳴り響き。

 

 

 

 絶望で表情から血の気が失せている尭深と。

 

 勝負手を蹴られて悔しそうにこちらを睨みつけるセーラ。

 

 和了ったはずなのに、息が上がって苦しそうな憧。

 

 

 

 

 

 

 

 それら全てを見て、たった今、放銃したはずの少女は一人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あー……ホンマに……」

 

 

 

 

 

 

 

 右手の甲で目を閉ざしていた洋榎。

 

 

 その右手をゆっくりと真上へかざす。

 

 心地よい水面に身体をゆだねて、青空に映える太陽を見るように。

 

 

 背もたれによりかかって、ちょうど今明るくなった天井を見る。

 

 

 

 

 真上に伸ばした右手を、ゆっくりと、握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 これが、見たかった景色。

 

 

 ……ああ、そうだ。

 これが麻雀の、醍醐味。

 心の底から思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おもろいなあ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく。

 

 

 

 この瞬間初めて、愛宕洋榎は心の底から笑えるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中堅戦 終了

 

 1位  姫松  愛宕洋榎 123100

 2位 千里山 江口セーラ 101700

 3位  晩成   新子憧  93600

 4位 白糸台  渋谷尭深  81600

 

 

 

 

 

 中堅戦 個人成績

 

 1位 愛宕洋榎  +12000

 2位 江口セーラ +11000

 3位 新子憧   -10000

 4位 渋谷尭深  -13000

 

 

 

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