「多恵が同性婚ができることを知らない?」
ある日の昼下がり。
中学3年生になったいつもの4人衆は、授業終わりに麻雀部の教室へと集まっていた。
多恵が委員会の集まりで遅れるらしいということは聞いていたので、多恵が来るまでの時間を何して潰すか、という話題になっていたちょうどその時。
冒頭のセーラの言葉で、約一名の動きが止まった。
「は、はあ?なにそれイミワカンナイ」
「なんでカタコトやねん」
麻雀卓の隣に置いてある椅子に腰かけたやえは、あたかも興味が無いですよ、と言わんばかりに窓の外を向いている。
「ってゆーかそれどこ情報よ。今時プロ雀士は半分以上が同性婚してるし、じょ、常識なはずでしょそんなの」
「ま、ウチらの感覚やったら、そーやろな」
「……どういう意味?」
「いや、なんも」
麻雀卓とは少し離れた場所に置いてある、お気に入りのリクライニングチェアに腰掛けて、洋榎は今週の週刊少年誌を読んでいる。
何かを知っているような洋榎の口ぶりには腹が立つが、今はそんなことよりも多恵の話の方が先だと思ったやえは、セーラに続きを促した。
「で、なんでそういう結論になったのよ」
「いや、な?アイツ元からそうやけど、俺ら以外にも人当たりええし、性格も麻雀絡まなきゃまともやん?」
「麻雀絡んだら変人やからな」
いやひどくない?という幻聴が聞こえた気がしなくもないが、事実なのでやえもスルー。
「けどあいつみょーに男っぽいところあるからさ、男子からの人気はあんま無いんよな」
「外で遊ぶような友達はぎょーさんおるけど、まあ確かに色恋沙汰になりそうな男は見たことないわ」
「せやろ?俺と多恵で男どもに交ざって遊ぶことあるねんけどな、あんまそういう感じで見られてないと思うねん」
セーラと多恵は休み時間等は外で遊んだりもする。
体育の授業でも、セーラほどではないにせよ、多恵はそこそこ運動神経も良かった。
本人も外で遊ぶことは好きだと言っていた気がする。
「で?多恵が男から仲良い女子枠っていう可哀想な枠なのはどうでもいいから、それがどう最初の話につながるのよ」
「いや考えてみ?やえ。人当たりもええ、頭もええ、運動神経もええ……麻雀でめちゃくちゃな成績出してることも、クラスのヤツらはみーんな知ってる」
多恵含めここにいるメンバーは、学校ではもう既に有名人だ。
全国大会の常連で、全国優勝も果たしているのだから、全校集会で表彰されたのも1度や2度ではない。
そしてそのメンバーの中で、1番話しやすいのが多恵。
男子からすればセーラも話しやすい部類に入るが、女子が話しかけやすいのは間違いなく多恵だろう。
「最近は、多恵に麻雀教えてもらおうとする女子が増えてるって聞くしな」
「は?」
「いや、ウチらにキレられてもな……」
突然真顔になったやえに、セーラが苦笑する。
一呼吸置いて、ここからが本題、と言わんばかりにセーラが少しだけ身体を乗り出した。
「んでな、どーせ多恵のことやから3、4回は女子から告白されてんねやろなーって思ってたんよ。俺らあんまそーゆー話せーへんやん?」
「……え?そ、そうなの……?」
「そらそーやろ!あんだけ優しく話しかけてもらったら、ちょろい女は多恵みたいなんにすぐ惚れるんやからな!」
「……嘘……もう付き合ってたりとか……そんな……どこのどいつよ……」
やえの表情から血の気が失せていることも知らず、セーラは笑い飛ばす。
表情が青ざめていたやえだったが、しかし何かに気付いたように、ハッ、と顔を上げた。
「ちょっと待ちなさいよ。それが最初の話につながるってことは……!」
「せや……この前な、ついに多恵から相談されたんや。『結構真剣な感じで、女子から告白されるんだけど……』ってな」
「セーラに相談するっちゅうことは、セーラも似たような経験があるかも、って思ったのかもしれへんな」
「まあ俺も一応告白されたことはあるからな、普通に答えたんよ、『まあ、普通に自分が好きか嫌いかで決めればええんちゃう?』って」
「セーラも初心なクセにな(ボソッ)」
「セーラあんたなんてテキトーな……」
「洋榎は黙れ。……したらな、多恵が、『え?女の子が女の子に告白するのって普通なの……?』って言ってきたんや」
「……!」
その時やえに、電流走る。
「は~ん、つまり多恵は、『女の子は女の子に普通は告白しない』って思ってたってことか」
「せや。んでなんか話聞いてたらな?『こ、恋は人それぞれだけど……流石にほら、同性は結婚できないよね……?』って言ってきたんや」
「セーラ……その不愉快な物まねを今すぐやめなさい……」
現代において、同性婚は普通だ。
日本の全人口の約半数が同性婚と言われている世の中にあって、性別はさほど重要ではない。
ひと昔前までは、『結婚は異性とするもの』という考えがあったらしいが、それもだいぶ前に廃れている。
現に芸能人やそれこそプロ雀士等も同性婚の報道が毎日芸能ニュースに取り上げられているのだ。
「ま、おもろいしほっとこうや。『普通はしない』と思ってる女子からの告白を真剣に悩む多恵……最高の絵面やないか」
「洋榎……流石に俺でも引くくらいの最低さやな……」
ケタケタと笑いながら、洋榎は手に持っていた少年誌を机に裏返しで置く。
洋榎の性格の悪さは今に始まったことではないので置いておくとして、問題は、やえがわなわなと小さく震えていることだ。
「まずい……非常にまずい……道理で多恵はあんなに無防備だったのね……」
「あ~、やえ?どうかしたんか?」
「い、いやなんでもないわよ」
ブツブツと独り言を始めたやえを、訝し気に見るセーラ。
一方洋榎は笑いがこらえきれないのか、もう一度少年誌を手に取って顔を覆い隠していた。
そんなタイミングだった。
麻雀部の扉が、開く音。
「ごめーん!遅れた!……ってあれ?めくりも東天紅もしてないの?」
「お~優しい優しい俺らは多恵のこと待っとったで」
「全然待ってくれなくてもよかったのに!でもありがと!じゃあ始めよっか!」
少し息を切らせながら教室に入ってきた多恵。
すぐに鞄を下ろすと、腕まくりをして麻雀卓の隣の席へと移った。
何事も無かったかのように4人が卓の近くに集まって、席に座る。
そしていつも通りサイコロが回って麻雀が始まる……かと思いきや。
「あ~……多恵?」
「?どしたの、やえ」
「……女同士でも、恋は成立するのよ?」
「「ブッフォwwwwwww」」
洋榎とセーラが、盛大に噴き出した。
「え、え~と……どういう状況?」
「あ、いや!じょ、常識の話よ!」
「ダメや……お腹痛い……w」
「ヒィ……無理……w」
阿鼻叫喚と化した麻雀部教室。
状況が一時飲み込めなかった多恵だが、一つ、思い当たることがあったのか、あ~……と声を漏らした。
「……セーラ。皆に言ったでしょ……」
「いやいやいや!ちゃうねん!悪気があったわけやないんや。話の流れで、な?」
「まったく……」
少し頬を紅潮させながらも、真剣な表情で多恵を見つめているやえと、それを見て笑いが止まらない左右の2人。
このままでは麻雀どころではないか……と思った多恵は、観念したように背もたれに体重を預けた。
「同じクラスの女の子にね、告白されたんだよ。それももう3回目。最初は気の迷いか、罰ゲームかな?と思って軽く流してたんだけど、どうやら本気みたいで……いやまさか女の子から告白されることになるとは思わなくてさ」
「ふ、ふ~ん……それで、多恵はどうするつもりなの?」
「どうって……う~ん、あの子のためにも、お断りした方が良いのかなあって。男の子を好きになった方が、幸せになれるだろうし……」
その言葉に、やえがピクリと反応を示す。
やはり多恵の中の認識は変わっていない。「女の子同士で恋愛はおかしい」まさにそう思っている口ぶりだ。
このままではまずい。やえの中の何かがそう言っている。
「で、でも、女同士の結婚は、割と普通よ?」
「え、そーなの?」
思わぬ言葉がやえから出てきたことで、多恵の表情が変わる。
疑惑の視線を受けた左右の2人も、この言葉には一応賛同した。
「俺も前そう言ったやんか」
「ほら、有名どころの○○プロとかも、女性アナウンサーと結婚したとかこの前言ってたで」
「え!そうなの?!てっきりセーラが嘘ついてるのかと……」
2人の援護射撃を受けて、やえが机の下でガッツポーズする。
よし、悪くない。このまま多恵の意識を改革していこう。「女の子同士の恋愛は普通である」と。
そうすることで未来の自分はきっと助かるはず。
スマートフォンを取り出して、多恵が調べ物をしている。
まだ信じられなかったようで、芸能ニュースを調べているらしい。
「うわ、ほんとだ……え、なんで?この違い意味ある?ま、まあ麻雀人口が違うんだし、そういうこともある……のか?」
よほどショックだったのか、多恵は画面をスクロールしながら首を傾げっぱなしだ。
「まあだからあれやな。性別はあんま気にせず、その子をちゃんと見てあげた方がええんやない?」
「恋愛弱者がなんか言っとるで……(ボソッ」
「洋榎は黙れ」
セーラと洋榎のやりとりも気にせず、多恵は無言で何かを考えている。
(よしっ!あと一押しね……!)
やえは勝ちを確信した。
ここをもう一押しさえできれば、あとは簡単。
これから多恵との時間を長く築いていく間に、きっと自分のことも意識してくれるようになるだろう。
考えるだけで、素晴らしい状態じゃないか。
思わずニヤけそうになるのを抑えて、やえが多恵の肩に手を置いた。
最後の一押しだ……!
「だから……その……女でもね、同じ性別の女の子にこう……惹かれることもあるのよ。将来は、ほら、その、け、結婚も?ほ、法律上よ?法律上はできるわけだし……」
「そっか……そうだったんだね」
「そ、そうなのよ。だから、性別は関係ないのよ」
(決まった……!!)
その瞬間、やえは確信した。
例えるならば、そう、国士無双白待ちを5巡目で聴牌したかのような高揚感。
場にはまだ1枚も出ておらず、誰かから出てくるのはもう時間の問題。
『倉橋多恵』という真っ白な存在は、今まさに将来的に自分のものになることが確定したかのような……!
「じゃあ、今から、真剣にその子に返事してくるね」
「……え?」
『リーチ』、と隣から幻聴が聞こえたきがした。
「うん、そうだよね。ありがとうやえ。私がまちがってたよ。真剣に、その子の話を聞いて、それで答えを出さないとだよね」
「ち、ちが」
「ごめんね!皆もう少し待ってて!すぐ話してくるから!」
何かを決意したように、多恵が席を立つ。
やえが声をかけるよりも早く、多恵は教室の出口に向かっていた。
「ち、違うのよ多恵!私が言いたかったのはそういうことじゃ」
「ありがとう皆!やっぱ持つべきものは友だね!」
悲しいかな、やえの言葉は届かない。
教室の扉が、ピシャリと音を立てて閉まった。
一瞬で天国から地獄へと叩き落とされたやえ。
先ほどまでの高揚感はどこへやら、やえを襲うのは得体の知れない女に多恵を取られるかもしれないという焦燥感のみ。
扉が閉まってから間を空けずに、やえも跳ねるように席を立つ。
後方へ放り出された椅子が、大きな音を立てて転がった。
その時のやえの表情を後の晩成メンバーが見たら、きっと震えあがっていたに違いない。
それほど拳を握りしめたやえの表情は憤怒に染まっていた。
「ふっざ……ふざけんな!どこの泥棒猫よ!許さないんだからあ!!!!!!」
腹を抱えて笑い転げる左右の2人を踏みつけて、やえが教室の外に駆け出していく。
どうやら多恵の後を追うよう。
ものすごい形相で、やえが出ていった後も、笑いが止まらないセーラと洋榎。
ここまで面白い展開になるとは思っていなかったのか、洋榎も我を忘れてしばらく笑いまくっていた。
翌日、学校内で追いかけっこをする2人が噂になっていたのは、また別の話。