東2局 親 誠子 ドラ{③}
トンパツの和了りをモノにした誠子だが、その顔に安堵や喜びといった感情は無い。
ここまで誠子のチームである白糸台は厳しい戦いを強いられている。
こんな展開は少なくとも誠子の今までの記憶にはなかった。
絶対的エース宮永照が敗れ、その後の頼もしいメンバーたちも、崩れはしていないものの、現状を打開するには至っていない。
大将に控えているのが『アイツ』だとしても、このままの点差では厳しいか。
それが誠子の見解だった。
(最初に脅しはできた……これで多少は動きにくくなるはず)
開局早々、まだこの大会で1度も見せたことのなかった1副露での和了りを見せた誠子。
今主導権はこちらにある。
この親番は、最初の勝負所だった。
誠子 配牌
{②④⑥⑨347三四六九東東南}
面子こそないものの、ダブ東が対子。これだけで手牌の価値は相当上がる。
東の他に対子は無いが、それでも誠子は1枚目から鳴くつもりだ。
雀頭くらい、後からいくらでもできる。
そんなことよりも、このダブ東が万が一王牌に1枚あった時の方が痛い。
誠子が{南}を切り出した直後、意外なことに、すぐに{東}は河に出てきた。
これは僥倖とばかりに、迷うことなく誠子が発声。
「ポン」
誠子の{東}ポンで、また少し卓内に緊張感が走る。
誠子でなくとも、ダブ東ポンは警戒に値するものだ。それが『白糸台のフィッシャー』こと亦野誠子に鳴かれたとあれば他家に与えるプレッシャーはかなりのものだろう。
(しかしポンができないのが少し痛いか)
前述の通り、誠子の手には対子が無くなった。
つまり、ここから鳴けるとしたらチーのみ。
しかしチーの特徴として、自らの上家からしか鳴けないというものがある。
そして今、誠子の上家に座るのは。
(真瀬由子……姫松の仕事人……か。この人が安易に鳴かせてくれるとは考えにくい)
常勝軍団姫松の中でレギュラーに定着し、公式戦でのマイナスが未だに無い選手。
その打ち筋も安定感抜群で、姫松のメンバーの中で言えば、守りの化身こと愛宕洋榎の次に放銃が少ない。
あの宮永照を打ち破った先鋒の倉橋多恵よりも放銃率が低いのだ。
手牌によっては、完全に絞られることを意識した方が良い。
4巡目 誠子 手牌
{②④⑥347三四六六} ツモ{白} {東東横東}
誠子は全員の河を一望し、小考した後に{7}を切り出す。
『白糸台の亦野選手、この{白}を残しましたよ?これは安牌候補ですか?』
『いや、違うんじゃね?このコの牌譜見たけど、鳴いた後安牌持つことあんましなかったし、{白}は生牌だぜ?どっちかっつーと重ねたかったんだろ。知らんけど!』
咏の解説は当たっている。
誠子はこの{7}が横に伸びてターツ候補になることよりも、{白}が重なって副露できるようになることの方に重きを置いた。
仮に{白}が重なったとしても、このメンツが相手では鳴かせてくれるかどうかはわからない。
が、単純にこの状況下では、チーできるターツを増やすよりも、ポン材を増やす方が得であることは間違いないのだ。
6巡目
「ポン」
誠子が放った釣り竿の先端から、{六}が引っ張り上げられる。
飛び散った水しぶきが、他家の表情を曇らせた。
浩子がその水しぶきを浴びて、ペロリと舌なめずりを一つ。
(美味いわ……その手出し、その鳴き。全てが読みにつながるデータになる……もっと鳴けや。後半戦全て殺したるわ……)
これで2副露。
先ほどの和了も頭をよぎって、通常なら手が縮こまる所だ。
しかし、これで縮こまってくれるほど、決勝のメンツは甘くない。
由子 手牌
{①②③④赤⑤⑦⑧⑨99二三白} ツモ{8}
一向聴の由子が、誠子の河を眺めた。
(釣り人さんは、まだ一向聴やね~3副露めは、あんまりさせたないんやけど~)
速度を読み切っている。
トンパツの和了が頭に無いわけではない。が、本質はそこではない。
今相手の手牌を見て、聴牌かどうかを判断すること。由子はそこに長けている。
今この瞬間ロンと言われる可能性がないことを理解している。
満貫~跳満まである一向聴だ。由子は聴牌打牌まで{白}を引っ張ることを決めつつ、{8}を切り出した。
7巡目 誠子 手牌
{②②34三四白} ツモ{白} {六六横六} {東東横東}
{白}が重なった。
本来なら両面両面を残してこの{白}は切り出していく場面。
だが、誠子は迷わず索子のターツに手をかける。
全体的に萬子のターツが安く、索子が高い。
そしてこれならばポン聴も取れる。
{白}がそう簡単に出てきてくれるとは思えないが、{②}のポンでもいいのだ。
両面ターツに必要な部分を由子が切ってくれる可能性よりも、誠子はポンができる方にかけた。
2副露でも和了れることはあるが、自分の力の特性上、3副露した方が絶対的に和了率は高い。
少しでも3副露の可能性を上げておく。
そして意外にも、3副露の瞬間は即座に訪れた。
「ポン!」
誠子の釣り竿が唸りを上げて河へと放たれる。
引き上げられたのは{白}。
これで5800の聴牌。
そして3副露。
ほぼ和了りが確約されたこの聴牌。上手く行ったことに思わず小さく笑みを浮かべる誠子だったが。
瞬間背筋を駆け巡った寒気を感じて、誠子は慌てて副露面子を確認する。
引き上げた釣り竿の先。
{白}を釣り上げたはずのその先端部分に、
その糸を引きちぎらんとする獰猛な牙が当てられている。
そうか、鳴けた牌は全て……下家からだ。
「リーチィ……!」
もう投げたくもない釣り竿が、強烈な勢いで引っ張られる。
河の底から何者かが、自らを引きずり降ろそうとしている。
やむなく釣り竿の柄の部分を力いっぱい握った誠子の額には、冷や汗が流れていた。
(コイツ……!)
河の底から顔を出して獰猛に笑うのは……戦う場所を選ばない狂戦士。
相手がどこにいようが……西部劇の最中だろうが、河の底だろうが、彼女にとっては関係ない。
目の前に現れる全てが倒すべき敵。
『リーチ!リーチに出ました晩成の岡橋選手!!亦野選手の3副露に対してリーチに打って出たのは彼女が初めてではないでしょうか?!』
『あっはっはっは!いいねいいねえ!このルーキー大好きだよほんとに!おもしれえわ!』
誠子が流れ出る汗を拭く。
失念していた。鳴けたのは偶然でもなんでもなく、下家に座るならず者だけは絞るなんてことをしていなかったから。
鳴いてくれれば自分のツモ増えるしラッキーなんていう考え方で、自分の手を作ることだけ考え続けた狂戦士の前に、一瞬にして自分は立ちたくもない勝負の場に引きずりだされたのだ。
(舐めるな……!こっちが有利なのは変わらない!)
3副露した誠子の前にリーチをしてくる打ち手がいなかったのは、勝ち目が低い勝負に出て、リーチ棒をわざわざ献上してやる意味が無いと思っているから。
誠子は3副露した後5巡以内に和了ることができるが、5巡以内というのは、最低でも5巡以内なだけ。ほとんどの場合3巡以内にツモ和了れるし、1巡で和了ることもなんら珍しくない。
3副露したら基本負けない。
それが誠子なのだ。
(その舐め切ったリーチ棒もらってやる……!)
山に手を伸ばす。
この1巡で決めてしまえばなんの問題もない。
誠子 手牌
{②②34} {白白横白} {六六横六} {東東横東} ツモ{⑦}
(こんの……!)
こういう時に限って、安牌でもなければ自らの和了り牌でもない。
獰猛な狂戦士の刃が、首筋に当てられている。
(この程度で日和ってたまるか……!)
誠子の心の中に、相手が1年生だから、という理由があったかどうかはわからない。
が、間違いなく晩成というほとんど決勝に来たことの無いぽっと出のチームに、負けてられないという思いはあっただろう。
そこが、初瀬の付け入る隙になる。
釣り竿が大きく歪み、誠子が対岸に叩きつけられた。
「ロン」
ずぶ濡れのまま歩いてきた狂戦士の戦斧が、誠子の身体を横薙ぎに切り裂く。
初瀬 手牌
{赤⑤⑥四赤五六八八234赤567} ロン{⑦}
「12000!」
『決まったああ!!晩成の岡橋選手、跳満の和了りです!!』
『ヒュ~!これはリーチに出た晩成のコを褒めるしかないんじゃねえの?知らんけど!』
初瀬が点棒を握りしめて、点箱へ入れた。
点数表示が増えたのを確認して……全く表情を変えずにサイコロを回す。
(この晩成の1年……和了ってもまだ足りないってか……江口先輩ともまた違う、狂気的な攻撃……やりにくいわ)
(初瀬ちゃん、気合十分なのよ~。洋榎ちゃんの言う通りやね)
初瀬の表情に、慢心はない。
そしてまだ、まるで満足していない。
点棒に飢えた狂戦士が、決勝の地に放たれた。