ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

183 / 221
第157局 負荷

 

 

 

 

 『さあ、1位の姫松から満貫の直撃で副将戦の行方もわからなくなってきました!』

 

 『いや~面白くなってきたんじゃね~?絶対に揺らぎないと思われていた姫松の中堅副将ラインを捉えるか……ここからの展開も目が離せないねえ』

 

 『この団体戦オーダーになってから、練習試合も含めマイナスが無かった“常勝軍団姫松の勝ちパターン”に楔を打ち込むことができるのか!』

 

 『まあでも、考えてみれば当たり前なんだけどさ。練習試合然り、このインターハイでも、準決勝までと決勝で決定的に違うことがあるよねえ?』

 

 『決定的に違う事、ですか?』

 

 咏の挑発的な笑みに、針生アナは少しだけ思考を巡らせてみる。

 このインターハイのルールで、準決勝までと、決勝で決定的に違う事。それは。

 

 『あ……2校抜けのルール、ですか?』

 

 『ぴんぽーん!大正解だねえ。今までは1位が突き抜けた時、無理して1位を狙う必要はなかった……2位でも次には行けるからねい。けど、決勝は違う』

 

 『全校が、1位を目指している、と』

 

 『その通り!まあ、つまり何が言いたいかっていうとさ……』

 

 心底面白そうに。

 最強と呼ばれたプロ雀士は笑う。

 

 

 『確実に1位は狙われる。全員が食い下がるのさ。絶対に逃がしてなるものか、ってね』

 

 

 

 

 

 

 

 南2局 親 誠子

 

 前半戦は南入している。

 せっかくの親番だったが早々に流されてしまった由子。

 

 まだ1位ではあるものの、その差はとても楽観視できるものではない。

 

 (船久保さん、狙ってきたのよ~……そーゆーことも、あるんはわかってたんやけどね~)

 

 もちろん由子もこの状況自体は想定していた。

 1位でバトンを渡されると信じていたからこそ、自分が狙われる立場になることも。

 

 それでも問題なく自分の仕事を果たせると思っていた。が、今由子を襲うのは、少しの焦燥感。

 

 (変、なのよ~)

 

 変なのは、相手か、自分か。

 思うような判断が下せないまま、勝負は南2局を迎えていた。

 

 4巡目

 

 

 「ポン」

 

 この半荘何度目かもわからない発声が、由子の下家から発せられる。

 小さく水しぶきがあがる。

 

 『この局も仕掛けていきます白糸台の亦野選手!』

 

 『ひえ~!普通なら絶対鳴かないだろそんなとこってとこから発進するよなあ……ま、このコにとってはそれがプラスなのかもしれないけどねい』

 

 誠子が仕掛けたのは{1}。タンヤオでない牌からの仕掛け。

 

 (ま、普通に考えたらバックやろな。亦野は役バックでも平気で仕掛けてくる……)

 

 (さて、役牌をどこまで絞るべきか、考えなあかんね~……)

 

 誠子の河は、別段特殊な河をしていない。

 特殊な河ではない、ということは、チャンタ系や対々和などの仕掛けには見えない、ということだ。

 であれば、自然と役バック……手牌で役牌を2枚、ないし3枚もっているであろう可能性は高くなる。

 

 6巡目 初瀬 手牌

 {①②③⑨⑨567三四七八発} ツモ{⑨}

 

 

 『晩成高校岡橋選手、手が進みました!これは{発}を切り出していくことになりますかね?』

 

 『ん~知らんし。ただ……なんとなく切らなさそうな気はするかなあ』

 

 咏の解説の少し後、初瀬は持ってきた{⑨}をツモ切る。

 

 『ツモ切り……岡橋選手、聴牌に一番広い形に受けるなら{発}切りでしたが……』

 

 『晩成のこのコ、超攻撃型だけどバカじゃない。自分の手にドラ赤共になく、打点が見込めない形。その上これで{⑨}使ったら平和まで失っちまう。そこまでして、白糸台に鳴かれるかもしれない{発}を切るのは、見合ってない、ってことなんじゃねえかなあ?知らんけど!』

 

 

 咏の指摘通り、初瀬の頭はこれ以上ないほどクリアに働いている。

 熱い感情に心は煮えたぎってはいるが、決してそれに支配されているわけではない。

 

 他家からしてみれば、今までの戦いに比べて恐ろしいほどに冷静だった。

 

 

 

 7巡目 

 由子 手牌 ドラ{4}

 {②③④357一二三六八八東} ツモ{4} 

 

 由子の手がドラを引いて進む。くっつきの一向聴である以上、受け入れはなるべく広げたい。 

 とすると、場に生牌であるこの{東}は切り出すべき。

 

 たとえ鳴かれたとしても、有利なのはこちらだ。

 

 (ごーごー、なのよ~)

 

 由子が{東}を切り出していく。

 

 

 

 「カン」

 

 水しぶきと同時に、珍しい発声が卓に響いた。

 

 

 (カンやと……?)

 

 浩子が顔をしかめる。

 誠子は澄ました顔で由子の河から{東}を拾い上げ、手牌から晒した3枚と共に自らの右へと弾く。

 

 

 『大明槓!白糸台の亦野選手大明槓です!』

 

 『面白いねい!確かにこいつも「鳴き」であることは間違いないからねい』

 

 これで2副露。

 親番の誠子は完全に臨戦態勢だ。

 

 

 と、ここで、解説席に座っていた咏が気付く。

 

 

 

 『あ。カンが入ったら話は別だぜい?』

 

 『……と、言いますと?』

 

 『見ろよ、来るぜ。“ならず者”が』

 

 

 

 

 

 

 

 初瀬 手牌

 {①②③⑨⑨567三四七八発} ツモ{赤五}

 

 

 

 

 

 

 

 

 「リーチィ!」

 

 河に放たれるは{発}。

 生牌だろうがこうなれば関係ない。

 力強く横向きにされたその牌は。

 

 「ポン!」

 

 またもや飛んできた釣り針によって引き抜かれる。

 

 誠子も、これで3副露。

 

 

 一瞬で場は沸騰した。

 

 誠子があげた水しぶきを食らってなお、何も気にしていないかのようにならず者は突貫してくる。

 再びツモ番が回ってきた初瀬は、好都合とばかりに勢いよくツモ山へと手を伸ばす。

 

 が、これは和了り牌ではなかったため、もう一度初瀬が牌を横に向ける。

 

 

 「チーや」

 

 今度は、その牌を浩子が鳴いた。

 

 初瀬が今しがた切った{③}を、{④⑤}でチー。

 

 一巡の内に様変わりした場の状況を必死で追いつつ、ようやくやってきたツモ番で由子が山に手を伸ばした。

 

 

 由子 手牌

 {②③④3457一二三六八八} ツモ{五}

 

 聴牌。平和ドラ1の聴牌だ。

 {7}は誠子には通っておらず、初瀬には通っている牌。

 

 (カンも入ってることやし、ここはリーチが有利ぽいのだけれど~……)

 

 初瀬に通っているこの{7}を軽く手に取った瞬間、由子の身体に悪寒が走る。

 前局も見た光景。

 上家を、見る。

 

 浩子 手牌

 {裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {横③④⑤}

 

 (狙われてる、かもしれへんね~)

 

 由子の手の中に、安牌はある。

 そもそも、この{7}は聴牌濃厚の誠子に通っていないのだ。

 

 浩子以前に、親である誠子に放銃のリスクもある。

 

 考える。

 オリた時と、この{7}を切った時の局収支を考える。

 切ったほうが、プラスのように思える。

 

 が。

 

 由子の額に汗が流れた。

 脳裏によぎるのは、前局、浩子への放銃。

 あれは完全に自分を狙っているものだった。

 

 (う~ん……)

 

 珍しく、由子が打牌に時間を使う。

 

 

 『珍しいですね、真瀬選手がこれだけ打牌に時間を使うのは……』

 

 『それだけ重要な局面ってことだろ。親には打ちたくない。かといってカンの入ったこの場面で、対面のならず者を放置していいのかも怪しい。全ては、ベタオリがプラスではないということを知っているあのコだから、かもしれないねい』

 

 

 時間にして20秒ほど。

 由子が自分の手牌に手をかける。

 

 その牌は、ノーチャンスの{一}。

 

 

 『真瀬選手、ここは丁寧にいきましたね!』

 

 『まーここの判断は難しかったねい。リーチ者には通ってるけど、聴牌濃厚の下家に危なく、今チーした上家にも通ってない。トップ目の判断としちゃあ、間違ってなかったんじゃねえの?知らんけど』

 

 咏が、モニター越しに依然として厳しい表情を浮かべる由子を見た。

 

 (ちゃんと判断できてるなら、いいんだけどねい)

 

 

 

 由子の切り番の後、誠子が持ってきた牌をツモ切る。

 同じく、初瀬も持ってきた牌を勢いよくツモ切った。

 

 その牌は、{9}だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 9巡目。

 

 勝負を制したのは、誠子。

 

 

 「ツモ!」

 

 

 誠子 手牌 ドラ{4⑥} 

 {5678} {発発横発} {横東東東東} {1横11} ツモ{8}

 

 

 

 「4000オール!」

 

 

 

 『亦野選手のツモ和了りです!ここまでは最下位に沈んでいますが、ここで大きな和了りを手にしました!』

 

 『っかあ~!いいねい!熱い戦いだねい!負けはしたものの、晩成のコも大明槓を見るや否やリーチに打って出るこの感じ、攻撃型雀士としてしっかり自分のラインを引いてるよねえ。ほんとに1年生かあ?このコ!』

 

 

 

 

 誠子と初瀬の殴り合いに、会場も熱を帯びる。

 片や優勝候補のチームで去年からレギュラーの選手と、完全なダークホース晩成高校の、超攻撃型ルーキーの殴り合い。

 

 

 初瀬の人気は、いつの間にかインターハイ常連校のレギュラー陣と遜色ないものになっていた。

 

 

 点棒授受を行う誠子の対面で、浩子が眼鏡を少しだけ持ち上げる。

 ゆっくりと、しかし満足気な表情で、浩子は自分の手牌に目を落とした。

 

 

 

 浩子 手牌

 {⑥22六七中中中南南} {横③④⑤}

 

 手牌の左端に、強烈な違和感を放って鎮座する、{⑥}。

 この牌は、チーをした時からもちろん浩子の手牌にあった。

 

 (下家の白糸台に対して牌を絞らなければならず、2着目対面の晩成は何も気にせず突っ込んでくる。そんでもって追い打ちのこっちからの狙い撃ち……姫松の仕事人には、これまでにないほどの負荷がかかってるはずや……効いてきたんちゃうか?後半戦、大事な場面で効いてくるで、この“毒”が)

 

 

 

 大きな盾と、仲間から得た無数の短剣を携えた由子が、バランスを失い突然ガクり、と片膝をつく。

 正面には、未だ血走った目で周囲を威嚇する初瀬と、見えない固い糸で武装した誠子。

 

 

 

 由子の表情は、少しずつ青白くなっていく。

 

 

 

 遠くで見つめていた浩子が、自らの武器である針を腰につけたポシェットに戻し、愉快そうにペロリと舌なめずりをした。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。