ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第158局 衝撃

 

 

 

 

 点数状況

 

 1位  姫松  真瀬由子 119100

 2位  晩成  岡橋初瀬  99700

 3位 千里山 船久保浩子  98400

 4位 白糸台  亦野誠子  80800

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誠子の満貫ツモで、1位から4位までの点差がぐっと縮まった。

 見ている側からすれば、どこが優勝するのかわからなくなって面白い限りだが、やっている側はたまったものではない。

 

 どちらかといえばどこかが早めに脱落してくれた方が助かるというものだった。

 

 現時点でトップを走る姫松からすると、この団子状態はありがたいとはとても言えない。

 

 「あわわわわ……由子先輩、大丈夫ですかね……」

 

 珍しく満貫の放銃があった由子。

 今の局も、晩成と白糸台に押し込まれて、勝負に出ることはできなかった。

 

 モニターの目の前であわあわする漫と、その後ろで神妙な顔つきで見守る上級生3人。

 多恵が、今しがた終わった局の展開を一打一打思い返しながら、隣で椅子に座っている洋榎に問いかけた。

 

 

 「洋榎、今のどう思う?」

 

 「……浩子の鳴きか?」

 

 「それも含めて。由子のリーチ判断も」

 

 千里山の副将、船久保浩子は多恵と洋榎からしてみれば旧知の間柄だ。

 洋榎は言わずもがな。多恵も、突然現れた自分という存在を文句1つ言わずに(不思議そうな顔はしていたが)一緒に麻雀を打ってくれた浩子には感謝している。

 高校に入学してから対局することは無かったが、その強さの片鱗は、2人とも感じている所だ。

 

 その浩子が前局、手の進まない鳴き……というよりもはや、デキ面子を鳴いた。

 通常ならば、あり得ない鳴き。

 しかし、その一つ前の局があるからこそ、この鳴きは意味を成してくる。

 

 「間違いなく、由子の思考を鈍らせるための鳴き……ちゅうより、前局の残像を使った脅し。これが正しいやろな」

 

 「やっぱり……私もそう思う」

 

 「どういうことですか?部長」

 

 この副将戦、由子の脳にはかなりの負荷が掛かっていた。

 鳴きを得意とする白糸台の上家になってしまい、その鳴きでツモ番が一番増える場所に、晩成のならず者がいる。

 準決勝までとは比べ物にならないほど脳のリソースを割かなければならない状況なのだ。

 

 そこに、浩子が仕掛けてきた。

 おそらく、由子のバランスを崩すために。

 

 「リーチ判断自体はな。別にええねん。あの牌は、上下にキツすぎる……ただ、それが自信をもって判断できてるかどうかが、大事なんやないか?」

 

 「由子が、攻守のバランスを崩してる……?そんな……」

 

 「まあ、まだ仮定の話だよ恭子。もし崩れてそうだったら、休憩時間に修正しよう。……大丈夫。由子は、強いよ」

 

 浩子の打ち方からして、また今の点数状況からして、由子が狙われるということはわかっていた。

 その可能性はもちろん昨日の段階で示唆していたし、ある程度の対策も練ってはいた。

 

 だが、それが存分に活かしきれていないであろう事は、今の由子の表情を見ればわかる。

 

 いつも笑顔を絶やさない由子の表情は、少しだけ苦しそうで。

 多恵は、目を閉じて祈った。

 

 (頑張れ由子……!大丈夫、由子のことを、神様が見放すはずないんだから)

 

 今は祈ることしかできない。

 

 多恵は、いつも部活終わりに笑顔で卓の掃除をしていた由子の姿を思い浮かべて、両手を強く握りしめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南2局 1本場 3巡目

 

 「ポン」

 

 もう何度目かもわからない発声が、誠子からかかる。

 この親番が勝負と見た誠子が、また仕掛けに打って出た。

 

 (本当に良く鳴く……)

 

 ツモ番が回ってきてくれる分には好都合とばかりに、特に気にしてはいなかったが、ここまでくるとやはり異常だ。

 晩成は千里山や姫松ほどバックアップ体制が整っているわけではないが、初瀬も誠子のこれまでの牌譜は確認している。

 

 (ま、能力の性質上本当に遠い所からも仕掛けるし、濃い牌が出てくるまでは無視かな)

 

 初瀬の良い所は、難しく考えすぎない所にあった。

 手出し、ツモ切り、相手のタイプ、点数状況……。

 様々な情報が常に更新されていく麻雀という競技にあって、全てを考慮することは難しい。

 

 ましてや1年生である初瀬であれば猶更。

 だから初瀬の思考はいたってシンプル。

 

 (行けそうなら、とことん行く)

 

 決勝の大舞台でも、自分を曲げない。

 

 

 

 

 

 

 6巡目。

 

 「ロン」

 

 

 誠子 手牌 ドラ{⑥}

 {②③④⑥⑥89} {横東東東} {八八横八} ロン{7}

 

 

 まだ2副露だった誠子からロン発声。

 今しがた{7}を切った初瀬の動きが止まる。

 

 (なんだその形……)

 

 自身も行く形であっただけに、放銃に全く悔いはないが、誠子の手の形に強烈な違和感を感じる。

 

 

 (両面ターツを外して、ペンチャン待ち……?休憩中にこの局は牌譜要確認やな)

 

 (変、なのよ~)

 

 誠子の河には、{二三}という明確に和了りやすいターツが捨てられている。

 {二三}両方とも河にバランスよく切れていて、その外側である{一}などは絶好の待ちになりうる。

 

 だというのに、わざわざ誠子はこの{二三}ターツを払った。

 誠子の表情に変化はない。怪訝そうな表情を浮かべる初瀬と浩子に対しても素知らぬ顔だ。

 

 (何を企んでるのか知らんが……必ず後半戦までに見つけたる)

 

 この一瞬では、誠子の意図はわからない。

 だが、控室に戻ればこの対局の映像を見ることができる。

 絶対にその腹の中を覗き込む。

 

 中央に流し込まれていく牌を見ながら、浩子はそう決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 南2局 2本場 親 誠子

 

 誠子は親番で点数を伸ばすことに成功している。

 初瀬とのめくり合いに勝てたことも大きく、その勢いのまま1本場も制した。

 

 (まあ、今ので狙いがバレることはあまり無いだろう。バレたところで、さした影響はない)

 

 今の1本場は、誠子にとって新しい試みでもあった。

 白糸台の絶対的王者であった照から、『私がダメでも、勝てるように』と言われた。

 正直信じがたかった。誠子や尭深からしてみれば、照こそ絶対的頂点。プロを何度打ち負かしてきたかわからないこの宮永照という雀士が、負けるところが想像がつかなかったのだ。

 

 しかし、それと同時に照が嘘をつくようなタイプでないことも知っていた。

 負けることが無いと思えば負けないと言い切るし、相手が強ければ強いと認められる。

 相手の実力を測ることのできる照だからこそ、あれだけ自分の答えに自信が持てるのだろう。

 

 その照が言うのだ。『勝てないかもしれない』と。

 そして、それでも白糸台は優勝できるよ、とも言うのだ。

 

 その信頼を、無下にはできない。

 この半年間、様々なことを試し、自らの力量を押し上げるための努力をした。

 

 さきほどの試みは、その一つ。

 

 (また使える場面は必ず来る。だから今は、もうひと和了り)

 

 まだ点差はある。

 この親で、もっと点数を稼がなければ。

 

 

 

 12巡目 誠子 手牌ドラ{七}

 {②③34七七白} {⑨横⑨⑨} {南南横南} ツモ{4}

 

 一向聴が広くなった。

 {白}は共通安牌で持っていた牌だったが、誠子はためらいなくこの牌を切っていく。

 

 誠子はこういった場面で、必ず目一杯に受ける。

 単純な話で、3副露目がしたいからだ。ポン材は、多ければ多いほど良い。

 

 同巡、対面の浩子から{4}が零れる。

 これが狙い。これで3副露に至ることができる。

 

 「ポン」

 

 対面に釣り針を放りこみ、{4}を捕まえる。

 右端に器用に弾いた後、手牌から{3}を切り出した。

 

 

 が、誠子は気付けなかった。

 この{4}に、“毒”が塗られていたことに。

 

 対面の悪魔が、(わら)う。

 

 

 

 「零れるんよなあ……」

 

 船久保浩子が、小さく呟いた。

 

 

 「ロン」

 

 

 浩子 手牌

 {①②③12一一九九九中中中} ロン{3}

 

 

 「6400は7000」

 

 

 『千里山女子船久保選手!6400の和了です!この和了で、千里山女子が2位に出ました!』

 

 『手牌を読み切ったか……?面白い手順だったねい』

 

 『確かに、この{4}はあまり必要な牌には見えませんでしたが……』

 

 『いやー知らんし。ただ、聴牌したタイミングで切っていったっつーことは、ある程度親の手牌構成に当たりがついてたんじゃねえの?でもなきゃ、あまりに危険すぎる賭けだしねい。このコ、もしかしたら相当高い精度の読みをできてるのかも。ま、知らんけど!』

 

 

 誠子からの直撃で、親番を終わらせた浩子。

 同時に、自分自身も着順を上げることに成功した。

 

 (千里山……!)

 

 (目一杯はわかるんやけどな、透けるで、零れる牌が)

 

 浩子の眼鏡が妖しく光る。

 高い精度の読みを通した浩子は、索子の下のブロックで牌が余ることを読み切った。

 

 {3}が余るかどうかまではわからず、分の悪いリーチには打って出なかったが。

 

 (これであとはこの晩成の親番さえ終わらせれば……前半戦の仕事は十二分にこなせたことになる)

 

 南3局。

 初瀬の親番だ。

 

 

 

 

 

 南3局 親 初瀬 ドラ{八}

 

 3位に一時的に落ちた初瀬だったが、その表情には全く焦りはない。

 初瀬を支え続けるマインド。

 それは、自分が正しいと思った打ち方をしている限り、結果は関係ないと思えていること。

 

 これはどんな状況においても、麻雀では重要な考え方だった。

 

 (この親で、点数を稼ぐ)

 

 頭は冷静、心は熱く。

 まさに理想的な状態の初瀬が、手牌を開く。

 

 初瀬 配牌

 {①③③34二三八八九東中中} ツモ{南}

 

 面子は無い。役牌の{中}と、ドラの{八}が対子であるのが救いか。

 好都合なことに、初瀬はこの類の手が意外と好きだった。

 

 手牌から切り出すは{九}。願わくばもう1枚役牌が重なることを祈って。

 

 

 

 2巡目

 

 「ポン」

 

 いつも発声していた誠子ではなく、親番の初瀬からの発声ということで空気が変わる。

 たかだか役牌のポン一つだが、初瀬という打ち手を知っているからこそ、その厄介さもわかるもの。

 

 {中}をポンして切り出した牌は{南}。

 

 その{南}に、水しぶきがあがる。

 

 

 「ポン」

 

 初瀬と誠子の視線が、交差した。

 

 (上等だよ……!)

 

 (ひよっこが……なめるな!)

 

 

 

 『岡橋選手の切った{南}を亦野選手がポン!これは面白くなってきました!』

 

 『……なんとなく、だけどさ』

 

 『どうしました?三尋木プロ』

 

 『この局、この副将戦の勝敗を分ける一局になりそうじゃね?』

 

 『え、そうなんですか?!』

 

 咏のいる実況解説席、そして観客用のモニターにはもちろん全員の配牌が見えている。

 全員の手を見終わって、咏は予感したのだ。

 

 この南3局が、副将戦の分水嶺になる、と。

 

 

 『ま、知らんけど』

 

 口調はいつもと変わらない。

 が、その瞳には本当に予感めいた何かが見えているように、針生アナは感じた。

 

 

 

 

 

 

 6巡目 初瀬 手牌

 {①③③34二三八八東} {中横中中} ツモ{中}

 

 (……!)

 

 カン材。

 初瀬は即座に全員の河を見渡した。

 

 (千里山、姫松、共に河がそこそこ早そう、か)

 

 少なくとも、字牌と一九牌が並ぶだけの河ではない。

 それに加えて、浩子が手出しの{2}の後、持ってきた{2}をそのまま切って、{2}が2枚並んでいる。

 由子の河に{2}が1枚。

 

 ({25}ターツが厳しい)

 

 両面ではあるものの、厳しいターツになってしまっている。誠子から出てきてチーができればいいが、ここが残るのは不安だ。

 

 {東}を切って、一時的に様子見を選択する初瀬。

 

 

 

 「ポン」

 

 2回目の水しぶきがあがった。

 これで、誠子が2副露。

 

 しかし、そのポン出しは{一}。

 

 「チー!」

 

 初瀬が飛びつく。一向聴に受けられるなら、打って出る。

 

 こうなれば、もう攻撃しか考えない。

 初瀬は、そういう打ち手だ。

 

 

 

 8巡目 初瀬 手牌

 {③③34八八中} {横一二三} {中横中中} ツモ{①}

 

 

 「カン!」

 

 元々手牌にあった{中}をポンした3枚の上にのせ、嶺上牌に手を伸ばす。

 

 新ドラは{五}。残念ながら、初瀬の手牌には乗らなかった。

 

 (ここは、勝負!)

 

 嶺上牌は有効牌ではなかった。勢いよく河に切り出す。

 

 臨戦態勢になった初瀬だったが、突如、点箱を開ける無機質な音に、背筋を伸ばす。

 見上げるは、対面。

 

 

 (ここで来るのか)

 

 加槓に後悔はない。

 だが、この状況をやすやすと見逃してくれる相手ではないことを、初瀬は知っている。

 

 1度対戦した。

 大きな壁であることを知っているから。

 

 

 「リーチ、なのよ~」

 

 

 姫松の刃が、投じられた。

 

 

 『真瀬選手が追い付きました!カンの入っているこの状態でのリーチ!2副露の2人からすると苦しくなるリーチですね!』

 

 『いや~どうだろうねい……晩成のコは、苦しくなった、とは思ってねえんじゃねえの?』

 

 『あくまで、自分が点を取ることを考えますか……!』

 

 

 由子 手牌

 {②②④⑤⑤⑥⑥⑦三四五七八} 

 

 

 ダマだと{九}で3900しか無く、カンの入っている状況。

 この手でリーチをしないことは、由子には考えられない。

 

 {中}を早い巡目で切っていったのは、自分が行くことになると感じていたから。

 

 ({④六}から入ってくれれば、ダマにもできたんやけどねえ~)

 

 それでも、由子はリーチを選択していたかもしれない。この状況は、攻める一手だ。

 

 誠子のツモ番。1枚だけ安牌を残していた誠子が、手牌から安牌を切る。

 初瀬は持ってきた牌が安牌だったので、そのまま切った。

 

 浩子の打牌も、今回はおとなしい。

 

 緊張した面持ちで、由子が山に手を伸ばす。

 

 

 由子は『盲牌』をあまりしない。

 「牌のお顔を触っちゃうのは、かわいそうなのよ~」とは本人談だが、牌を丁寧に、優しく扱う由子は、親指で牌の表面をなぞる行為をしたがらない。

 だから持ってくるこの時間に、この牌が何なのかを、由子は知らない。

 

 リーチの一発目。

 由子が持ってきた牌を自分の手牌には触らせず、右端で優しく開く。

 

 

 その牌は、{白}。

 

 

 (……!)

 

 生牌だ。

 

 何故か吹き出た汗に気付かないようにして、その牌を河に並べる。

 

 由子が{白}から手を離したと同時。

 釣り針が、飛んできた。

 

 

 「カン」

 

 (?!カン、なのよ~?)

 

 誠子が手牌から3枚の{白}を晒す。

 由子が切った{白}を河から拾い、端へ寄せた。

 

 通常、リーチに対しての大明槓など、リスクばかりでリターンは少ない。

 単純な話、リーチ者には2枚の新ドラと裏ドラを与えることになり、自分は1枚だけ。

 手牌も狭まる。

 

 だが、誠子は事情が違う。

 リーチ者に対しても、カンを仕掛ける明確な理由がある。

 

 当然なのだ。3副露状態になれば、自分に分があることをわかっているから。

 

 誠子が嶺上牌から牌を補充した後、浩子が、自分の目の前にある嶺上牌の、新ドラをめくる。

 

 めくられた牌は。

 

 

 

 

 {発}

 

 

 

 一瞬、時が止まった。

 見ている全員、卓内にいる全員が、状況の確認に、2秒、いや、3秒ほどフリーズする。

 そして全てを察した後、観客は悲鳴と狂乱を。

 明らかに変わった会場の雰囲気を、卓に座る全員が感じ取る。

 

 

 

 1人を除いた全員の表情が、明確に険しくなる。

 

 

 

 (おいおいふざけるなよ白糸台……!)

 

 (……ッ!)

 

 

 ドラの決まりは、表示牌の次の牌。

 

 今めくられた{発}は三元牌で、三元牌のドラルールは{白}→{発}→{中}の順番。

 

 つまり、いま決まった新ドラは、{中}。

 

 

 

 

 好戦的な笑みが、卓に座る全員を恐ろしいほどに威圧する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初瀬 手牌 ドラ{八} 新ドラ{五中}

 {①③③34八八} {横一二三} {中中横中中}※加槓 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “狂戦士”の巨大な戦斧が、今全員に向けて大きく振りかぶられた。

 

 

 

 

 


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