ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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【お知らせ】
第124局 立ち上がれ を大幅に修正、変更しました。局の結果等は何も変わっていませんので、このまま読んでいただいて何も問題はございません。





第161局 席順

 

 

 

 倉橋多恵から見て、真瀬由子という少女は、良い意味で『異常』だった。

 

 高校で初めて出会い、数えきれないほど麻雀を打って、多くの時間を共にしてきたが、これまでの2度の人生で、麻雀牌をここまで大切に扱っている人物を、多恵は知らなかった。

 麻雀牌だけではない。彼女にとっては、自動卓すら、労わるべき対象だった。

 

 自分とて道具を大切にする方という自負はあったが、とてもではないが、由子には遠く及ばない。

 

 多恵は前世の記憶もあって、別に強打する人がいても特に何も思わない。確かにまあ、毎巡のように打牌が強いのはどうかと思うが、ここぞという場面で打牌が強くなってしまうのは、むしろ感情が乗っている証拠だし親近感が持てる。

 事実、前世でも時折感情の籠った麻雀を打つ打ち手は、ファンがよくついていた。

 

 もちろん由子にも、感情はある。勝てばうれしいし、負ければ悔しい。

 雀士なら当たり前の感情。

 

 しかし、決して由子は感情に流されて道具に当たることはなかった。

 いつも笑顔で、ツモる時も、打牌も、裏ドラをめくる時も。優しく、牌を扱う。

 どんなことがあった日も、卓清掃と洗牌を欠かしたことはなく。

 

 そんな由子に、多恵は最大限の敬意を払っていた。

 誰よりも、牌を大切に扱う人として。

 

 (だから、どうかお願いします)

 

 副将戦に向かった由子を見送って、目の前の閉じられた扉を眺めて多恵は強く想う。

 

 (力を貸してあげてとは思わないから。由子に、普段通りの麻雀を打たせてあげて)

 

 都合の良いことは願わない。

 普段通りなら、彼女は負けないと信じているから。

 

 (頑張って、由子)

 

 3年間を共にした大切なチームメイトに、多恵は想いを託したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『さあお待たせしました!時刻は夜の19時を回っています。このインターハイ団体戦決勝も、残すところあと3半荘!3半荘が終われば、全国の頂点に立つ高校が決まります!』

 

 『いや~……長いようで、彼女たちの1年間の努力を思えば、一瞬のことだよねえ……知らんけど!』

 

 『副将後半戦、4選手が対局室に揃いました!』

 

 由子が、胸に手を当てる。

 とくん、とくん、と小さく心臓の鼓動が聞こえる。

 

 程よい緊張感。

 

 (大丈夫。私には、皆がついてるのよー)

 

 由子の歩んできた3年間。姫松の皆と過ごしたこの時間は、かけがえのないものになった。

 今はただ、ぶつけよう。その日々の、集大成を。

 

 照明が落ちる。

 広い対局室の内、この場所だけが綺麗にくりぬかれたのではないかと錯覚するほどのスポットライト。

 

 対局相手の顔も、良く見える。

 

 (ふぁいとよ~!)

 

 由子のインターハイ最後の半荘が、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東家 亦野誠子

 南家 船久保浩子

 西家 真瀬由子

 北家 岡橋初瀬

 

 

 東1局 親 誠子

 

 

 初瀬 配牌 ドラ{⑨}

 {②④⑨⑨13赤5六八九北北白} ツモ{東}

 

 

 (ドラドラ赤……)

 

 前半戦から変わることなく、初瀬の状態は良い。

 別に配牌にドラが3つあるから、という手牌の事実だけから判別しているわけではない。それは、初瀬自身が一番良く感じている身体の状態。

 

 思考に淀みが無く、集中して打牌できているという事実。

 前半戦から続くその事実が、初瀬を更に強くしていた。

 

 「ポン」

 

 そんな初瀬が切り出した{東}に、声がかかる。

 前半戦で嫌というほど聞いた声音に、初瀬の眉がピクリと動いた。

 

 

 『東発の親番、亦野選手が仕掛けていきました!』

 

 『まあそりゃ仕掛けていくよねえ。それにしてもよく役牌持ってんなあ!』

 

 『確かに亦野選手は配牌で役牌対子を持っていることがかなり多いですね。鳴きが多いのも納得です』

 

 『前半戦は鳴いても和了れないことが多かったけど…‥ま、後半戦は事情が違うぜえ?』

 

 『……と、言いますと?』

 

 『席順、かねえ。知らんけど!』

 

 前半戦、誠子は果敢に仕掛けていってはいたものの、満足するだけの和了をできたわけではなかった。

 誠子の能力は基本的に3副露をベースにしている。それこそ、普通の打ち手なら鳴くのをためらうような手でも誠子は仕掛けていく。

 それが和了りにつながることを、彼女はその身をもって知っているから。

 

 が、前半戦は1副露の後が続かなかった。

 誠子の上家に座る鉄壁の打ち手が、簡単に鳴くことを許してはくれなかったから。

 

 『なるほど!確かに姫松の真瀬選手は引き気味の選択も多かったですし、そう簡単には鳴けなかった印象ですね』

 

 『そうなんだよねえ~!けど、後半戦は上家が変わって、今度はむしろ逆ってわけだ』

 

 笑みを浮かべながら、咏は誠子の上家に座る少女を見る。

 その少女は、いましがた浩子から切られた{北}に、迷いなく声をかける。

 

 

 「ポン!」

 

 「チー!」

 

 そうして勢いよく切り出した牌に、誠子が飛びつく。

 あがる水しぶきが、同卓者の表情を曇らせる。

 

 

 『晩成の岡橋選手も負けじと自風風の{北}を鳴いて発進です!そして切り出された{九}を、亦野選手が鳴いて2つ目の仕掛け!場は既に急加速を始めています!三尋木プロ、席順が違うとこうも展開が変わりますか!』

 

 『いや~知らんし!んま、この後半戦、白糸台のコがさっきよりも格段に鳴きやすいってのは確かなんじゃねえの?』

 

 『なるほど……!では亦野選手は前半戦よりも有利な状態で戦うことができるんですね!』

 

 自由な副露を手に入れた誠子は、一見水を得た魚のように見える。

 だが、咏は人の悪い笑みを浮かべると、針生アナのその言葉を静かに否定した。

 

 『いや?そうとは限らねえんじゃねえの~』

 

 『え?』

 

 『鳴きやすいってのは確かに良いのかもしんねーけど、鳴くっつーことは戦うっつーことだろ?麻雀ってのは手牌の中にある牌の種類イコール守備力になりやすい。ま、どこかの誰かさんみたいによほど待ちを一点読みできたら別だけど~。前半戦は、なかなか戦いに参加させてもらえなかった。なるほど?確かに不利に聞こえるわなあ。じゃあこの後半戦はどうか』

 

 咏の言葉が途切れるより早く。 

 

 「チー!」

 

 威勢の良い発声が、またもや卓内に響いた。

 そしてその切り出された牌に引っ張られるように、誠子も初瀬の切った牌に食らいつく。

 

 「チー……!」

 

 誠子が、聴牌を入れた。

 

 

 『3副露が叶って、状況的には親の白糸台のコが有利に見える。ケド、実はそんなこたーない。否応なしに、引きずり出されたんだ。勝負の場に』

 

 手牌が4枚になった誠子の額に汗が流れる。

 いつもなら絶対に感じないはずの、自分が得意とする場面で感じるプレッシャー。

 

 それは前半戦で埋め込まれた恐怖の断片。

 

 

 初瀬 手牌

 {②③④⑨⑨赤56} {横七六八} {北横北北}

 

 

 狂戦士の斧が、誠子の喉笛にあてがわれている。

 

 (ふざけるな……!有利なのは、私のはずなんだ!)

 

 それは今まで誠子が築き上げてきた実績、経験。

 白糸台のレギュラーであるというプライドが、彼女をなんとか奮い立たせる。

 

 手牌が4枚になってから1回目のツモ。

 しかしその牌は誠子の和了り牌ではない。

 

 そして、初瀬には通っていない。

 

 (そんな上手くいってたまるか!)

 

 切り出す。3副露からオリたことなどこの力を自覚してから1度もない。

 

 強く切り出したその牌が初瀬に当たらなかったことに束の間安堵してから。

 

 

 「ロンや」

 

 全く見ていなかった下家からの発声に目を見開く。

 

 

 浩子 手牌

 {①②③⑤⑥⑦⑧⑨123九九} ロン{⑦}

 

 

 「2000やな」

 

 「……はい」

 

 誠子の牌を打ち取ったのは、浩子だった。

 

 『和了ったのは千里山女子船久保選手!!静かに聴牌を入れて、ダマで和了りきりました!』

 

 

 2回しかない親番の内、1回が終わってしまった。

 そのことに焦りを感じながら、誠子が浩子に点棒を渡す。

 

 (晩成の1年は、正直コントロールできへんけど……白糸台は御しやすくて助かるわぁ……)

 

 浩子が周りからは見えないように、くつくつと笑う。

 つくづく、休憩中にもし、亦野誠子の上家が岡橋初瀬だった時のことを考えていてよかったと思う。

 

 (全部吐き出してもらうで……取り返しがつかんくらいにな……!)

 

 千里山の策士が不敵に笑う。

 

 

 誠子は……否、白糸台は早くも窮地を迎えていた。

 

 

 

 


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