難産中なので、番外編を挟みます。
多恵の麻雀講座編です。
「はい、どうも皆さんこんにちは、1日1回、ドラ確認せず1打目にドラ切る、クラリンです。今日も麻雀講座、やっていこうと思いますー」
これはまだ多恵が中学生の頃。
身寄りもない多恵は、愛宕一家の協力もあって、なんとか生活することができているような状態だった。
しかし、いつまでも頼っているわけにもいかず、麻雀で生計をたてようにも、高レートのフリーは、女子中学生など入れてくれない所の方が多かった。
むしろ入れてくれるところが少しあるだけ、この世界の異常さが見て取れる。
今の生活に限界を感じた多恵は、なんとかして収入を確保する方法を考えたが、自分の特技といえば前世から磨いてきた麻雀知識くらいだ。
と、そこまで考えて、この世界では麻雀がかなり普及していることもあって、麻雀講座を動画で配信すればいいんじゃないだろうかと考えついた。
前世でもそういった動画を上げているプロはいたし、こっちでは最近、小さい子に頭の勉強という名目で麻雀を勉強させる家庭も増えている。
家庭麻雀が当たり前の世界なのだ。
そうしてできたのが、多恵の麻雀チャンネル、「クラリン麻雀講座」だった。
ちなみに名前は洋榎がつけた。
多恵は持ち前の知識量と、その知識量にそぐわない幼い少女の声が話題となり、配信を始めてから数週間のうちに、登録者数も大量に増え、有名麻雀Yo〇T〇berの仲間入りを果たしていた。
「えー今日は、中級者向けのお話をしていこーと思いまーす」
コメント欄は今日も賑わっている。
「クラリン今日もかわいい声」
「麻雀初心者でもクラリン中級者のワイ、参戦」
「クラリンのおてて……」
今日はライブ配信なので、コメントがリアルタイムで表示されている。
多恵は録画した動画を配信するのも好きだったが、ダイレクトで皆に考えてもらえるライブ配信の方が好きだった。
一部ヤバイ発言をしているのは無視だ。
「今日は放銃率のお話です。放銃率が何かわからないよーって人は放銃率のお話をした時の動画を貼っとくのでそっち見てみてくださいねー」
ちなみに多恵の顔は映っていない。映っているのは自動卓と、多恵の手元だけだ。ネットの画面でもいいのだが、多恵は自動卓を使って解説をしている。
「じゃあまずはこの河を見てみましょー!」
動画配信中は何故かハイテンションになる多恵。
せかせかと慣れた手つきで牌を集めていく。
多恵は自動卓の方が麻雀歴はもちろん長いが、小さい頃はずっと手積み麻雀をやっていたので、こうした牌の扱いも早く、手際が良かった。
{南西白⑤81}
{七横③}
「はい、このリーチに対して{⑨}と{9}はどっちが確率的に危ないでしょう。捨て牌は全部手出しってことにします」
一斉にコメント欄は解答で溢れる。
「⑨だろ、JK」
「8切れてるの早いし、9の方が安全そう」
「クラリンのおてて……」
「⑤より8の方が後だし、9のが危なくね?」
このように一斉に考えてくれる時間が、多恵は割と好きだった。
誰しもが最初はそんなに知識はない。
自分自身も、本を読んで、実践して、その繰り返しで知識を体に覚え込ませていた。
「じゃあ正解発表~正解は{⑨}でした~」
このロジックは、割と有名な牌理の問題だ。
手出しで{⑤}を割と早い段階で切るのは、手牌に{⑤⑦⑧}と持っていて、{⑤}を切り出すシーンが多い。
手役が絡むともちろん例外も生まれるが、読みの王道だ。
「この{⑤}が赤の場合は、立直宣言牌まで引っ張られることが多いよ。チップがある雀荘のフリーとかで打つ人は、尚更だね!」
ご祝儀をもらえる赤達は、使って和了るだけで、チップがもらえる。
なので、赤を使いたいという気持ちは、普通の麻雀に比べて、若干上がるのだ。
その分、最後まで{⑥}を引く可能性を追って、引っ張られることが多くなる。
「クラリンぐらいの少女が何故フリーを知っているのか」
「クラリン三尋木プロ説」
「←いや三尋木プロこんな話し方しないだろ」
「リーマンのワイ、クラリンに勝てる気せず」
「おてて……」
これくらいの簡単な話なら、どこでも教えてくれるのだが、多恵の麻雀講座はそこをもう少し掘り下げて教えてくれる。
「具体的に数値化しようか。リーチ者のスジを数えよう。スジがわからない人は、以前の動画で紹介してるので、それを確認してねー」
まだ始めたばっかりの小さい子にはここから先の話は難しいが、多恵のチャンネルの視聴者の年代が幅広い理由は実はここにあった。初心者向けの分かりやすい話から、中級、上級者向けの歯ごたえのある話。どちらの層にも受ける動画を作り、そしてその配信をしているのが女の子だというのだから猶更人気が高まった。
ネットでは「クラリン実は20代女流プロ雀士説」とかまことしやかに流れている。
そんな話をしているとき、ちらっと気になるコメントが、多恵の目に映った。
「こんだけデジタル勉強しても、才能には勝てない」
そんなコメントを目にして、一瞬、多恵は話している途中にも拘わらず止まってしまった。
この手のコメントは実はよく目にする。こっちの世界では、それこそデジタルなんかあてにならないほど、とんでもない才能をもった雀士たちがうじゃうじゃいる。きっとそういう人種に打ちのめされ、麻雀を嫌いになった人も、少なくないのだろう。
前世との大きな違いだ。
30分ほどして、今日の内容がほとんど終わったところで、多恵は先ほどのコメントを拾うことにする。
「えー、ひと段落したんで、ちょこっと気になったコメントがあったから、拾うね。皆もプロの対局とか見てて、もうこれデジタルとか関係ないじゃんって思ったこと、何度かあるんじゃないかな」
その多恵の言葉に、数々の共感のコメントが寄せられる。
「まあ、偶然の域は越えてるわな」
「あんなんできたら俺でも勝てるわ」
「正直ずるくね?」
反応は様々で、もっともだなと思うこともある。そして自分自身、こっちにきてから自分の麻雀が偶然の域を超えていると感じることもあった。
「それでも、無理を承知で、私はデジタルを勉強してほしいと思う。才能は、努力して手に入れることは難しいかもしれないけど、基礎を勉強することは、誰にでもできる。基礎を勉強して勉強して身に着けて、その養った感覚で、とんでもない才能を持っている人たちをバシバシ倒しちゃうような人がいるのを、私は少なくとも1人知ってる」
多恵の親友。愛宕洋榎という少女は、麻雀において、当たり牌が手に取るように見えているんではないかと思うこともあるが、それは彼女が努力してきた故の結晶。何年にもわたる努力によって培われた感覚。
あれを才能だなんて決めつけることはできない。才能と決めつけて突き放すことは、誰よりも近くで見てきた多恵が許さない。
「だから私は、麻雀で頂点を取るために、才能だけじゃ麻雀は強くなれないってことを、証明したい」
まだ子供だけどね、と多恵は笑ってごまかす。
手元しか見えていない動画では、小さい手で麻雀牌を器用にくるくると回す様子しか映っていなかったが。
それでも多恵の麻雀に対する熱量は、視聴者に伝わったようだ。
「クラリン……泣」
「クラリンはプロになりそう」
「クラリンは既にプロ。はっきりわかんだね」
「こういう人にプロになってほしいよね」
多恵はこっちの世界で能力だけがすべてじゃないことを証明したかった。
もし仮に才能だけで勝ててしまう競技になってしまったら、これから先、この世界の麻雀は人気を失っていくだろう。
(前世の皆が死ぬほど頑張って繋げてきた今日までの麻雀戦術の軌跡を、終わらせたくない。もしかしたら、俺がつなぐために、こっちに来たのかもしれない)
きっと自分がいなくなった後も、前世では新しい麻雀の技術が日進月歩を続けているはず。
そう思うからこそ、多恵もこっちで戦術の先駆者になろうと思っていた。
「じゃあ今日の内容終わります!明日は初級者編をやるつもりなので、よろしくねー!」
「お疲れ様」
「明日も楽しみ」
「おてて……」
そうしてカメラの録画を切ると、多恵は目の前の麻雀牌を眺めた。
前世で応援される雀士になれなかった多恵は、奇しくも今、たくさんの人に応援してもらえている。
「がんばらなきゃな……!」
よし、と気合を入れると、多恵は自身の研鑽のために牌譜を卓に起こし始めた。
「クラリン麻雀講座」が、日本中で1番人気の麻雀チャンネルになるのは、まだ先のお話である。
クラリンとはやりんのコラボの日も遠くない……のか?
いつも誤字報告してくださる方もありがとうございます。