ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第164局 大物

 

 白糸台高校控室。

 ここ3年間で間違いなく1番苦しい状況に置かれている白糸台高校。

 

 絶対的エース宮永照が敗れ、最上級生である菫が次鋒戦でなんとかプラスで帰ってきたものの、中堅戦では尭深が完敗。前人未到の三連覇に暗雲が立ち込めている。

 

 しかしその選手たちが待機している控室の様子自体は、次鋒戦からあまり変わりがない。

 変わったことと言えば尭深が所在なさげに机の端の方でお茶を飲んでいることくらいか。

 

 「はえ~晩成の1年生随分イキがいいじゃ~ん」

 

 「お前と同じで随分大胆な打ち方をする1年だな」

 

 相変わらず、ソファの中央に座る照の横に陣取った淡が、机の上に開けられたチョコレートを1つ口に放り込んだ。

 

 「ええ~?私は和了れる保証もないのに裸単騎なんかやりたくないけどね~。ほぼ自殺行為じゃない?」

 

 「……」

 

 菫からの言葉に対しても、まったく悪びれる様子はない。

 

 「相手に明確に流れがあるのに~。そこに和了れる保証もないのに突っ込んでいくとか、かなり変じゃない?」

 

 「流れ、か」

 

 菫は少し考えるように己の右手を見つめた。

 思い出すのは自分が戦った次鋒戦。そのラス前。

 

 

 『うぅぁぁ……ッ!!』

 

 

 涙を流しながら打ち続ける1年生の迫力に、気圧された。

 もし。『流れ』というものが本当にあるのだとして。

 

 あの時、自ら好配牌を手放した彼女に、間違いなく流れは無かった。

 オーラスも、たまに彼女から発せられるような爆発的な気配は雲散霧消していたはず。

 

 菫はあの時、追い打ちをかけるように姫松から出る牌に狙いを定めていたのに。

 

 (かわされた……いや、かわすつもりさえ、無かったのだろうな)

 

 秋の大会で当たった愛宕洋榎(守りの化身)に狙いをかわされたのとは全く別。

 真っすぐ進んできているはずなのに。

 ブレない意志と、積み重ねてきた知識が、自らの狙いの上を行った。

 

 菫は己よりも2つ下の打ち手の強さに、不快よりも驚きを覚えた。

 

 (流れや力を打ち砕くのは……確かな努力による知識と経験……か)

 

 この大舞台で、菫は自分の麻雀観が変わった気がする。

 そしてもし、それが本当なら。

 

 (淡は、どうなるのだろうな)

 

 今なお、無邪気な笑顔を見せる淡。

 チームが圧倒的劣勢にありながら、焦りや戸惑いといった感情はどこにも見えない。

 照が敗北した時こそ取り乱したが、「照が最強なんだって私が証明してくるね」と言った以降、普段の様子を取り戻している。

 

 (そしてお前は今、どう思うんだ?……照)

 

 菫の視線の先。

 無表情でモニターを眺め続ける()の瞳に、今何が映っているのか。

 

 それは菫の短くない付き合いであっても、完璧には把握できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『いったい誰がこんな展開を予想できたでしょうか……!インターハイ団体戦決勝、その副将戦は……今年の春に高校生になった一人の少女が場を支配しています!!』

 

 『いやあ最初見た時は面白そうなコぐらいに思ってたけど……こりゃいよいよ本物だねえ』

 

 高校麻雀のトップを決める戦い、インターハイ。

 その戦いの歴史の多くは、最上級生である3年生が活躍してきた。

 

 しかし時に、その歴史を覆す存在が現れる。

 

 たとえば、10年前に、麻雀を始めて数か月の生徒が全国制覇した時。

 

 たとえば、後にインターハイチャンピオンと呼ばれる宮永照が、初めてインターハイに出場した時。

 

 たとえば、突如現れた1年生だけのチームで、大将戦で他チームを全員同時にトバすMVPが現れた時。

 

 そのどれもが、全国に衝撃を与えるには十分すぎる打ち手だった。

 

 

 『1年生がインターハイの舞台で活躍する姿は今までもありました!彼女は、それに匹敵する存在なんでしょうか!』

 

 針生アナの実況にも熱が入る。

 ここはインターハイ団体戦決勝なのだ。

 

 そんな舞台で今、一人の1年生がひたすら点数を積み重ねているのだから、そう考えてもおかしくないだろう。

 

 『いや、違うんじゃねえの』

 

 『え?』

 

 しかし、三尋木咏はそれを肯定しない。

 

 『違うから、惹かれるんだ。今会場と視聴者を取り巻く熱狂の渦は、今まで歴史に名を刻んだ名選手たちの時とは絶対的に違う』

 

 今までインターハイを沸かせた存在は数多くあれど、その感情のベクトルは、基本同じだった。

 

 『今まであったのは、畏怖。皆そういった存在が現れた時、すごいと思いながらも、どこか恐れていた。けど、今このコに向けられてる感情は、きっと違う。そこにあるのはきっと、羨望、憧れ、期待。そういうんじゃ、ねえかなあ』

 

 いつになく柔らかい表情でそう話す咏が何を思うのか、針生アナは一瞬わからなかった。

 

 だって、柔らかい表情でありながらそれはどこか――――。

 

 

 『いいねえ……かっこいいねえ……』

 

 

 羨ましそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南1局 親 誠子 ドラ{7}

 

 

 副将後半戦は、ついに南場を迎える。

 

 麻雀という競技は、状況によって、ほぼトップを諦めなければいけないことがある。

 それは、この10万点持ちという普通ならあり得ないルールであるインターハイでは尚更だ。

 

 今までのインターハイでも、大将戦で勝ち目がほぼなくなったチームが和了りを諦めて、流局を願うシーンが数多くみられる。

 

 しかしそれらは必ず、自らの『親番』が落ちてからだ。

 

 逆に言えば、『親番』さえあれば、逆転の可能性は残されている。

 

 後半戦南場は、誰もが平等に残されている親番が、最後に一人ずつ与えられる機会。

 

 まず最初にその権利を握ったのが、今一番点数を欲しているチーム。

 

 

 3巡目 誠子 手牌

 {②④⑥⑧223778五六東} ツモ{⑧}

 

 役牌重なりを期待してここまで自風牌の{東}を残していたが、ここでお役御免。

 手牌はタンヤオの牌で埋めることができた。

 

 誠子は役バックも臆せず仕掛ける。

 が、基本的にはタンヤオの方が好ましい。

 

 役バックはその性質上、特定の牌を誰かに抑えられる、または王牌に2枚とも眠っていた時点で終わりだ。

 王牌に2枚だなんて、と思うかもしれない。しかしあり得るのだ。それが麻雀。

 

 誠子は残念ながら役牌バックにすれば必ず持ってこれる、といったような力は持ち合わせていない。

 あくまで3つ鳴くことが前提だ。

 

 (ドラ対子……ここで、決める)

 

 タンヤオに進む牌を全て鳴くことを心に決めて、誠子は{東}を切り出した。

 

 

 

 

 5巡目

 

 「ポン!」

 

 誠子が仕掛けた。

 上家の初瀬が切った{2}をポン。

 

 煩わしそうに表情を歪める初瀬に対して、こちらも全く意に介さず誠子は慣れた手つきで右端に牌をはじく。

 

 

 『仕掛けていきます白糸台の亦野選手!流石の副露率ですね!』

 

 『流石に白糸台のコも腹くくってるねえ。ここで和了って連荘できなきゃ、副将戦プラスは絶望的。となりゃ白糸台三連覇の夢はさらに遠のく。ここが最後の勝負所だって、わかってんだろーさ。知らんけど!』

 

 誠子の手に、他人に対する安牌はない。

 親番であることも含めて、それは当たり前だと思うかもしれないが、手牌が全て危険牌の状態で手を進めるというのは、常に死と隣り合わせ。

 更に誠子は知っているのだ。

 

 こちらを睨みつける獰猛な獣が、いつでもこちらの息の根を刈り取る準備をしていること。

 

 いつその牌が横を向いて死の宣告をしてくるか、わからないということ。

 

 

 「ポン!」

 

 もう一度、初瀬から出た牌を鳴く。

 

 頭では分かっている。

 どんなに脅したところで。どんなに聴牌だぞと言ってみたところで。

 

 この上家の狂戦士は止まらない。

 

 こちらの浴びせる水なぞ意に介せず。

 片手に持った巨大な戦斧を振り上げて。

 片目に稲妻を走らせて向かってくるのだ。

 

 そこに安牌無しで飛び込んでいくのは、怖い。

 

 しかし誠子は震える身体に鞭を入れる。

 右手を強く握りしめた。

 

 (このまま……終われるはずないだろ!!)

 

 拾ってもらった恩がある。

 絶対的な強さを持った人に。

 

 不愛想だけど、確かな芯の強さを持った人に。

 

 

 9巡目 誠子 手牌

 {②④⑥77五六} {横⑧⑧⑧} {横222} ツモ{③}

 

 (……!)

 

 聴牌。タンヤオドラ2の5800(ゴッパー)だ。

 

 しかしそこは実は問題ではない。

 狙いのドラ対子。本来なら、ここを鳴いて、単騎に好ましい牌を残すこと。

 それが誠子の狙い。

 

 誠子は大物手……とくにドラをポンできた時の平均ツモ巡目が、他の3副露より早い。

 そのことに気付いたのは、やはり照だった。

 

 {⑥}を強く切り出す。

 単騎に好ましい牌を待ちたい気持ちもあるが、この良形ターツを壊すのは自殺行為。

 

 このまま和了れるなら、和了る。

 

 そう決めた誠子の耳もとに。

 

 

 

 

 

 「リーチィ……!」

 

 

 

 死の宣告が響く。

 

 

 

 初瀬 手牌

 {③④④赤⑤赤⑤⑥345四五八八}

 

 

 

 

 振りかざされた戦斧に表情を歪める誠子だったが。

 

 その切られた牌を見て、誠子はその目を見開く。

 

 初瀬から切られた牌は、{7}。

 

 

 「ポン!」

 

 強烈な勢いで腕を引かれる。

 河の底に眠る大物の影が、誠子を引きずり込まんと垂らされた糸を強烈な勢いで引きにかかる。

 

 (逃がすか……!)

 

 足を引きずられながら、誠子は強く地面にしがみつく。

 ダサくてもいい。泥まみれでもいい。

 

 絶対に間違えられない、二者択一。

 間違えれば、自分は確実に、海の底へダイブすることになるだろう。

 

 

 

 誠子 手牌

 {②③④五六} {横777} {横⑧⑧⑧} {横222}

 

 この牌姿から、誠子は……{五}を強く切り出した。

 

 

 

 『ど、ドラポン!?亦野選手良形聴牌からドラをポンして単騎聴牌に待ち変え!!し、しかも{六}を切っていれば岡橋選手に放銃でした!』

 

 『おいおいおい……こりゃ前半で晩成のコがやってたのとは、ちょっとちげえな。知らんけど』

 

 『一旦は放銃回避ですが……!良い単騎の牌を持ってきたら、放銃になってしまうかもしれません!』

 

 『……いや、おそらくだけど……』

 

 咏が、その綺麗に整えられた目元を細めた。

 

 

 『次、はねえんじゃねえかな』

 

 

 初瀬が勢いよく牌をツモ切り、誠子が、山に手を伸ばした。

 

 (次は大星で、きっと私が持ち帰る点数には、あまり意味ないのかもしれない)

 

 誠子は自らの後に続く大将がどれだけのバケモノかを知っているから。

 

 自分がどれだけ負けようが、トビさえしなければ結果はあまり変わらないのではないか。

 そう思ってしまうこともあった。

 

 しかし。

 

 (それじゃ宮永先輩に拾ってもらったのに、たくさん教えてもらったのに!役立たずのまま終わるだけだろ!)

 

 それは言われてみれば当たり前の話で。

 亦野誠子にも意地がある。

 

 

 「ツモ!」

 

 

 この勝負は、崖際ギリギリでわずかに踏ん張った誠子に軍配が上がった。

 

 

 誠子 手牌 

 {②③④六} {横777} {横⑧⑧⑧} {横222} ツモ{六}

 

 

 「4000オールッ!」

 

 

 

 『つ、ツモったあ?!単騎聴牌から、岡橋選手のツモ牌であった{六}を食い取ってツモ和了り!!最下位の白糸台が親の満貫で食らいつきます!』

 

 『ま、王者白糸台もこのままじゃおわれないわなあ~……さてさて、面白くなってきたんじゃねえの?』

 

 

 もう一度、トップから最下位までの点差が縮まる。

 

 インターハイ団体戦の行方は、まだわからない。

 

 

 

 

 


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