ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第165局 仕事人

 

 南1局1本場 親 誠子

 

 

 誠子の親満ツモで、トップから4位までの点差は一気に縮まった。

 

 (よし。私はまだ、戦える……!)

 

 誠子が右こぶしを握る。

 ここまでは初瀬に殴られっぱなしの展開が続いていたが、誠子は弾丸のように突っ込んでくる初瀬の攻撃を振り払い、値千金の和了りに結びつけることができた。

 

 (まだ、足りない。宮永先輩のためにも、1点でも多く!)

 

 考えてみればこのドラポンだって、照から助言を受けたものだった。

 3副露した後の平均和了巡目が、ドラをポンしている時の方が早い事。

 あの人はいつもそうだった。自分が気付かないことに、たった1局打っただけで気付いて助言してくれる。

 

 言葉数こそ少なかったが、この1年間で様々なことを教えてもらったのだ。

 

 誠子が呼吸を整えて、1本場を示す100点棒を右端に1本置いてからサイコロを回す。

 まだまだ、優勝には足りないのだから。

 

 

 10巡目 誠子 手牌 ドラ{四}

 {②③⑤赤⑤四四発発白白} {横七六八} ツモ{西}

 

 (ダブルバックで仕掛けたが……)

 

 持ってきた{西}を一旦手に留めて、全員の河を見渡す。

 上家に座る初瀬の河はおとなしい。

 こちらの鳴きに対して対応してきているように見える。

 

 初瀬の厄介なところは、手牌に価値が無ければきっちりと守備を徹底してくるところにある。

 

 他2人の河も、自分が一つ鳴いてから役牌が出てきていない。

 

 (タンヤオっぽく仕掛けたのに……バレてるか。役バックが)

 

 初瀬から出てきた{①}はスルーして、カン{七}から仕掛けた誠子。

 理由はいくつかあるが、その最たる理由は、相手に役バックだと思われないためだった。

 

 おそらく誠子の捨て牌で{①}を両面で仕掛けていった場合、役バックが透けてしまう。

 そうなることを恐れた誠子は、タンヤオの急所を鳴いたように見せかけるためにカン{七}から鳴いたのだが。

 

 どうやらここにいるメンツには通用していないらしい。

 

 かといって今から軌道修正は難しい。

 最悪{発白}のシャンポン待ちになってもいい、という覚悟で、誠子は{西}を切り出す。

 

 

 「ロン」

 

 切った瞬間にかけられた声に、誠子がわずかに委縮する。

 

 浩子 手牌

 {⑦⑦⑨⑨赤5588一一発発西} ロン{西}

 

 「3200は3500」

 

 「……はい」

 

 開かれた牌姿を見て、誠子は目を閉じた。

 

 (止められた上に、重ねられたのか……)

 

 『千里山女子船久保選手!ここは堅実に七対子字牌ダマで仕留めました!!』

 

 『リーチに行くもんかと思ったけど……まあ捨て牌は派手に七対子ですよ~って言ってるし、{西}でも出ないと思ったんかね~知らんけど!』

 

 誠子は点箱から5千点棒を出して、浩子の前に差し出す。

 その間に、残り2人の閉じられた手牌についても思考を巡らせる。

 

 初瀬 手牌

 {②④⑥899二三四七白中東} 

 

 由子 手牌

 {①①④⑧⑧6677八八白南}

 

 (役バックを選択した時点で、この局私に和了りは無かったのか……?)

 

 

 インターハイ決勝の壁は、想像以上に高い。

 

 

 

 

 南2局 親 浩子 ドラ{六}

 

 和了って親番を迎えた浩子が、配牌を丁寧に理牌する。

 その表情は、変わらない。

 

 

 浩子 配牌

 {①③24一一三五七七九白発西}

 

 (混一でも目指さんと、和了れんやろうな……)

 

 現状3着目の千里山としては、この親番でなんとか2着まで上がっておきたい。

 大将の竜華のことは信頼している。しかし大将戦は相手も揃って超高校級。

 点数はきっと、いくらあっても足りないだろう。

 

 「ポンや」

 

 動き出しは軽快に。

 萬子と字牌以外のブロックを処理しながら浩子は対面の初瀬から{一}のポン。

 

 久しぶりの誠子以外からの早いポン発声に、初瀬がジロリと浩子を睨みつけた。

 

 (怖い怖い……ホンマに殺そうとしてるんちゃうかこの1年は)

 

 その視線を適当にいなしつつ、浩子は{③}を切り出す。

 この{③}切りで周囲に{①③}のカンチャンターツを落としたことがバレた。

 おそらく周りも本線は萬子の混一だと思ってくるだろう。

 

 

 『船久保選手、だいぶ遠い所から混一で仕掛けましたね!』

 

 『いや~あの手は面前じゃ和了れないっしょ!良い判断なんじゃねえの?知らんけど!』

 

 『萬子はドラ色ですし、他家の選手はやりにくくなるかもしれません!』

 

 『いや~?それはどうかなあ~?』

 

 

 8巡目。

 

 「それもポンや」

 

 初瀬が切った{九}を、またも浩子がポン。

 

 浩子 手牌

 {三五七七白発西} {九横九九} {一横一一}

 

 

 『まだ2向聴ですが、周りからはどう見えてますかね?』

 

 『いやー知らんし。聴牌とは思わないかもだけど、一向聴くらいには見えてるかもねぃ』

 

 

 誠子 手牌

 {②③④⑨⑨35789二四六} ツモ{八}

 

 誠子の手が止まる。

 珍しく役牌もない、タンヤオも見れない手牌で面前進行を余儀なくされていた。

 

 (萬子を2枚切っていくのは、やめた方がよさそうだな)

 

 誠子の立場からすると、ようやく手が届きそうになった千里山の背中がまた遠のいてしまうのはよろしくない。

 ここは浩子の聴牌連荘にかけて、控えめに{3}を切り出した。

 

 

 

 12巡目。

 

 浩子 手牌

 {三五七七白白西} {九横九九} {一横一一} ツモ{2}

 

 (萬子引けんか)

 

 上家の誠子から萬子は零れず、進んだことと言えば{白}が重なってくれたことくらい。

 しかしこの{白}も生牌であるが故に、そうやすやすと河に出てくる牌ではないだろう。

 

 (聴牌はしたいんやけどな)

 

 最悪、流局連荘でも構わない。

 しかし、浩子には懸念があった。

 

 (岡橋が9巡目からずっとツモ切り……一向聴って考えるのがよさそうやな……いつリーチが飛んでくる?)

 

 対面の初瀬。

 河は既にだいぶ濃く、2副露の自分に対して臆することなく萬子を打ってくる。

 

 浩子の河にまだ萬子は余っていない。

 聴牌ではないと読んでいるのだろう。そしてその読みが当たっていることがまた、浩子の苛立ちを加速させる。

 

 「ポンよ~」

 

 浩子が切った{2}を、由子が鳴いた。

 由子も捨て牌はおとなしいが、この浩子の仕掛けに対して何もせず傍観しているような打ち手ではない。

 

 浩子の手のひらに、じんわりと汗が浮かぶ。

 

 

 

 16巡目。

 

 浩子 手牌

 {二三五七七白白} {九横九九} {一横一一} ツモ{⑧}

 

 (あと1回……)

 

 結局浩子はこのど終盤まで聴牌を入れることができずにいた。

 配牌の形が良くなかった故に仕方ないといえば仕方ないのだが、ここで聴牌できないのは痛い。

 

 残り1回のツモ番に、浩子は望みを託す。

 

 由子が持ってきた牌をツモ切って、初瀬の手番。

 

 初瀬が持ってきた牌を手牌の右端に置いて。

 

 

 点箱を、開けた。

 

 

 (コイツ……!)

 

 誠子のポン発声と同様に。

 もう同卓者が何度聞いたかわからない声。

 

 その派手そうな見た目から一転繰り出されるアルトボイス。

 

 

 「リーチィ!」

 

 3段目の最終盤で切られた牌は、横を向いた。

 

 初瀬 手牌

 {①②③⑦⑧⑨67六六六北北}

 

 

 『岡橋選手、残りツモ番1回で聴牌!そしてリーチをかけましたよ?!』

 

 『いや、むしろ1回だから、じゃねえの?』

 

 『え……あ、なるほど!岡橋選手の次のツモ番は……!』

 

 浩子と誠子が、残りの山に目をやる。

 残りの山は、4枚。つまり、次の初瀬のツモ番は……海底牌だ。

 

 (リーチ一発ツモ海底とか……そんなふざけたことあってたまるか!)

 

 (コイツホンマに……!)

 

 初瀬からすれば大真面目。

 手牌はドラ3で、役が無い。

 リーチする理由など、それで十分。

 

 そしてそれを貫いてきたからこそ、今の初瀬がある。

 

 またしても狂戦士の巨大な戦斧は、全員を沈めんと振りかぶられた。

 

 

 浩子 手牌

 {二三五七七白白} {九横九九} {一横一一} ツモ{東}

 

 (聴牌すらできひんかった……!)

 

 浩子の聴牌は叶わなかった。

 あとは、初瀬がツモと言わないことを祈るのみ。

 

 もう既に初瀬の麻雀は、浩子のデータを優に超えている。

 超えているというより、データが役に立たないほどに彼女は真っすぐなのだ。

 

 手牌に忠実。押し引きも明確。

 故に、やり辛い。

 

 ならば、海底だけでもズラそうかと由子が鳴ける牌を探すのだが、鳴けそうな牌はことごとく初瀬への危険牌。

 少考の後、小さくため息をついた浩子は、仕方なく{東}をそのままツモ切る。

 

 (リーチ一発ツモ海底……そんなことあるわけないっちゅうのに……コイツは、今のコイツならやりかねん……!)

 

 猛獣のような鋭い眼光。

 初瀬の視線は、最後の山牌、海底牌に注がれている。

 

 由子が振り込むとは思えないので、当たり前といえば当たり前なのだが。

 

 己の和了り牌はそこにある。

 今の初瀬はそう言わんばかりだった。

 

 ここで初瀬が跳満を和了れば、副将戦の大勢は決するといっても過言ではない。

 

 しかしそれを簡単に決してしまいそうなほど、今の初瀬は恐ろしいほどに強かった。

 確固たる意志に、牌が応えるから。

 

 

 

 だから。

 

 

 初瀬が全員の息の根を止めるべく、全力で前に進もうとしたその時。

 

 初瀬の立つ地面が、崩れた。

 

 

 

 

 

 

 

 「カンよー」

 

 

 

 

 

 だから最後の牌は、ツモらせない。

 

 

 

 

 由子 手牌 ドラ{六} 新ドラ{発}

 {赤⑤⑤⑥⑦四四白} {裏南南裏} {横222}

 

 

 

 

 

 『姫松の仕事人真瀬由子!カンできっちり岡橋選手の海底牌を潰しました!!』

 

 『ひゅう~!ま、手牌にカン材あった時点でぜってーやるんだろうなとは思ったけどねい!この辺はぬかりないよね~!』

 

 

 流局。

 

 ひとまず初瀬に大きな手を和了られなかったことに安堵する誠子と浩子。

 それと対照的に、最後のツモ番を消されて忌々しそうに由子の顔を見る初瀬。

 

 (流石真瀬さん……やってくれるね……って)

 

 由子の顔を覗き込んだ初瀬が、驚いて固まる。

 

 ノーテンを宣言して手牌を伏せた由子の表情。

 

 準決勝から同じ卓で打っていたが、少なくとも初瀬は今の由子の表情を見たことが無く。

 

 

 

 

 大きく見開かれたエメラルドの瞳。内なる闘志を強く感じる瞳。

 

 少し乱れた息遣いの中、口角を僅かに上げてこちらを見るその目は。

 

 

 (はは……はははは!)

 

 

 初瀬も感情が昂るのがわかった。

 

 由子の表情から見て取れるその感情は、奇しくも今初瀬からどうしようもないほど溢れ出している感情と全く同じ。

 

 

 

 『楽しいね』と、そう言っている。

 

 

 

 

 

 


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