ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第1局 約束破り

そして迎えた春。

 

 

 

 

ここ姫松高校では早くも麻雀部の部室に大勢の新入生たちが集まっていた。

関西の名門、姫松高校。毎年団体戦では中堅にエースをおく伝統があり、確かな実績と監督の手腕もあって、強豪としての位置付けを確固たるものにしている高校である。

 

 

「ほっち、ほっち、ほっちっち~」

 

歌とも言い難い歌を口ずさみながら廊下を歩く生徒。

強豪姫松に特待生として迎え入れられたのがこの愛宕洋榎その人であった。

 

全国中学生麻雀大会、略して全中では区間での最多得点の新記録や、地区大会から通算で120局連続無放銃という恐ろしい記録を打ち立てている。

 

なお、このことについてチームメイトの多恵からは「打つべき牌は打ちなよ!!こんな北なんか放銃率2%以下だよ?!しっかり和了って、しっかり放銃!この格言を知らんのかい!!」とおしかりを受けている。

 

なんじゃそら、と。多恵の前世にあったとあるプロチームの格言など洋榎が知る由もなく。

 

 

「見てみて、あれが全中記録保持者の愛宕洋榎よ……」

 

「ほんまや、きっともうレギュラー確定やろし、ウチらついてないなあ……」

 

ヒソヒソと洋榎が通った後ろからは同級生である生徒達から噂話されまくっていた。

確かに、団体戦のメンバー入りを目指す彼女たちからしたら、同期でこんな大物が入ってきてしまったことは、枠が1つ自動的になくなったも同然。ツいてないと思ってしまうのも仕方がない。

 

ヒソヒソと自分の噂をされていることはわかっている。が、そんなことを気にする洋榎でもなかった。

 

 

「ヒトの噂も365日!」

 

「75日なのよ~」

 

1年間噂されてもいいのかと突っ込みたくなる洋榎の発言に対して、隣を歩いていたおさげを左右につけた金髪の少女が突っ込む。

この少女の名前は真瀬由子。新入生の対局を見ていた洋榎がその実力を認め、対局後に声をかけた少女だった。

 

その由子とともに、今洋榎は1人の1年生を探しに来ていた。

 

 

「とりあえずウチ以外にもう一人、実力見るための対局で上級生相手にマルエーしたっちゅうヤツがおるらしいやん。知らん?」

 

「たしか2組だったのよ~。4局全部勝っちゃったらしいのよ~。1人秋の大会でレギュラーだった人もいたのに、よ~」

 

マルエーとは、麻雀において自分以外の3人を原点以下に抑えてのトップであり、ありていに言えば、全員を沈めての1人浮きである。

なかなか実力差があったとしてもやれることではなく、逆に実力が無かったらこれを実現するのは至難の業だ。そしてその相手が強豪校姫松高校の上級生ともなればなおさら。

 

 

「ほお~、なかなか骨がありそうやないけ。セーラ達ボコボコにせなあかんし、ウチの他にも強いメンツがいるのはええことやな」

 

洋榎が思い返すのは、中学校での誓い。

4人全員で全国で会おうという約束。もちろん洋榎は個人戦で全国には出るつもりであったが、それ以上に、インターハイの花形、団体戦でも全員と会いたい。

その想いが強くあった。

 

それだけに、強いチームメイト候補がいるなら大歓迎。

この時までは、そう思っていた。

 

 

「ここなのよ~」

 

「よっしゃここが2組やな??」

 

教室の前についた2人。時間帯は放課後なので、帰っている人もしばしば見受けられたが、それでも教室にはかなりの人数が残っている。この人数から件の1年生を見つけなければならない。

 

 

「そいで?その1年生名前はなんていうんや?」

 

「ええ~っと確か、倉橋多恵ちゃん……のはずやったかな?」

 

倉橋多恵……倉橋多恵ねえ……

 

 

「は?」

 

自分でもあまりに素っ頓狂な声を出したと洋榎は思った。

いや、まだわからない。そんなメジャーな苗字でも名前でもないが、ほんの少ないパーセンテージでまだヤツではない可能性が残っている。

 

 

「ああ、倉橋さんなら、あの教室の角で本を読んでるあの子ですよ」

 

由子が2組の女子生徒に倉橋多恵という女子生徒の所在を聞いていた。

確かに教室の一番奥、賢明に顔を隠しながら本を読むフリをしている女生徒がいた。

 

ズカズカズカと洋榎がその生徒に向かって歩く。

 

 

「……?」

 

サッと効果音が聞こえてきそうだった。顔を覗き込んだ洋榎に対して『麻雀講座!これで君も超デジタル麻雀!』という本を盾にして顔を必死に隠している。

 

 

「……子のリーチに対して、鳴いた良形満貫テンパイ、14巡目残りスジ4本の片スジ4,6押した時の局収支」

 

「な、なんの話なのよ~」

 

無表情の洋榎が突然わけのわからないことを言いだしたので、隣にいた由子が呆けている。

 

洋榎は自分でこの質問の答えをわかっているわけではない。

と、いうより今の条件もかなり適当だ。

 

問題はそこではないのだ。今の質問を、何も見ずに答えられる麻雀打ちなど、プロでも一握りだろう。

 

ましてや、この間まで中学生であった高校1年生の年代で、この質問に答えられる打ち手など、ほぼいない。

 

が、洋榎のよく知る親友であるならば、答えてしまってもおかしくない。

 

 

「900点」

 

間髪入れずに、少女から答えが返ってきた。

返ってきて、しまった。

 

 

「ほう?」

 

洋榎の表情に、青筋が浮かぶ。

多恵は自分の失態にようやく気付いた。

 

 

「ハッ!しまった!」

 

「なーーーーーーーにしとるんじゃわれえええええええええええええええ!!!!!」

 

「ぎにゃああああああ!!!」

 

どっせーーい!!という掛け声とともに少女の机はちゃぶ台返しならぬ教室机返しされた。「昭和の日本なのよ~」などという的外れな由子の声はどこか遠く、ものすごい剣幕で洋榎は多恵の胸倉を掴んだ。

 

 

「なんで多恵が姫松におるねん!!!誓いを忘れたんかジブンは!!!!」

 

「ち、違うんだ洋榎!これには深い……そう、4巡目字牌単騎リーチ2段目まであがれなかったらだいたい王牌説よりも深いワケがあるんよ……!」

 

「山の深さちゃうわ!そんな言い訳なんか聞きたないわ!!他の2人に会わせる面があらへんやろがい!!」

 

由子はやっと気付いた。この銀髪の少女、どこかで見たことがあると思っていたが、全中で洋榎と共に大暴れしたメンバーの1人、倉橋多恵である。

 

先ほどまで名前が同じだけの別人と思ってしまうあたり、由子もたいがいなのであるが。

 

確信できたのはさきほどの質問。

このようなデジタル知識はさることながら、それを組み込んだ柔軟な手組みは、コアなファンにも有名だ。自身が知識の豊かさから、デジタル打ちを自称しているが、傍からみたらとてもデジタルとは言い難いのも確かだが。

 

しかし、彼女はたしかネットの記事では三箇牧に進学が決まっているという旨の記事を見たことがある。

ではなぜその彼女が姫松にいるのか……。

 

 

そこからは多恵が語った。

 

簡単に言うと、多恵は高校受験をなめていた。

自身は前世でそこそこ頭の良い高校、更には有名大学の出であり、勉強については人よりもできる自信があった。

しかし、大学に入ったあとは麻雀に没頭。

幼い頃から大好きだった麻雀のプロになろうと思ったのはこの時。

そんなこんなでひたすら家でネット麻雀しかしなくなった多恵の頭の中には、デジタル思考こそ残っていても、学生時代の知識など微塵も残ってなどいなかった。

 

特待で入ればよかったものを、謎の強がりとプライドが邪魔をして、三箇牧の監督には

 

 

「大丈夫です。自分は勉強で入るんで、他の子に特待の枠をあげてください(キリッ)」

 

などとのたまい、そしてしっかりと落ちた。

あげく三箇牧1校しか受けてなかった多恵はこのままでは入る高校が無くなるという絶望的な状況に。

 

あわや中卒の肩書きまで見えた所で、姫松の監督である善野監督から直々に電話があり、今からでも入れるようにしてあげるという好条件で姫松への入学が決まった。という形であった。

 

 

 

全てを聞いた洋榎は呆れを通り越したような顔で天を見上げていた。

 

 

「わかったけどなあ……なんでそれをウチらに言わんねん。メールでもなんでも連絡してくれればよかったやないかい。第一、他の2人になんて言い訳するつもりやねん」

 

「あんな約束した手前……言いだしにくくて……」

 

はあ……と深いため息をつく洋榎。

 

 

「まあでも、心強い仲間が増えたのよ~、私は真瀬由子。よろしくなのよ~」

 

「由子か、よろしくね、私は倉橋多恵。洋榎の親友です」

 

「親友との約束たがえるなや」

 

まあええわ、と言いつつ洋榎が行儀悪く座っていた椅子を立つ。

 

 

「こうなった以上は絶対にウチらが全国優勝せなあかん。そのためにも、もう1人おるらしいねん。1年生でなかなか打てるんが。そいつんとこ行くつもりやけど多恵も来るやろ?」

 

「え~、でも私と洋榎がそろって行ったらなんか感じ悪くない……?」

 

とぼやきつつも洋榎についていった結果、同学年で、後にインターハイを共に戦うことになる末原恭子から「強いやつだけでつるもうとするの嫌いやわ」と言われ、多恵がメンタルに大ダメージを受けることになるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 


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