前回の100話記念とは違い、本当に本編と何も関係がないです。
本編だけ読みたいという人は読み飛ばしていただいて構いません!
……ラブコメ書ける人本当に尊敬するわ……。
※一部キャラ崩壊注意
ある夏の休日。都会のメインストリートから少し歩いた場所にその雀荘はあった。
時刻は昼過ぎ。雀荘の中はガラガラとやかましい洗牌の音と、楽し気な声がこだましている。
そこにひと昔前の殺伐とした空気はなく、ただただ麻雀を楽しむことに全力な人々の姿があった。
何故彼らがそんなに楽しそうなのか。これには一つ理由があった。
「は~い!お疲れ様でした~!では最後にオーシャンズの皆さんと集合写真とって終わりにしましょう~!」
スーツ姿の女性がアナウンスする。
そう。今日はプロチーム「オーシャンズ」のイベント。
プロチームはオフシーズンにファンへの感謝を込めてこういったイベントを開催する。抽選で当たったファンの方との交流の機会を設けるのだ。
もう既にイベントは佳境。中央にユニフォームを着たプロ選手を置いて、全員で最後に集合写真を撮る。
「では今日のイベントはこれにて終了です~!ありがとうございました~!」
そう宣言されて拍手が巻き起こる。そしてその拍手の音が鳴りやんだ後も、まだファンたちの興奮は収まらない。
「あの、すみません!倉橋選手写真撮ってくれませんか!」
「お、大丈夫ですよ~」
鮮やかな青色のユニフォームを着た青年に一人の女性ファンが声をかけた。
運営の人にスマートフォンを持ってもらって写真撮影。
「ありがとうございます!応援してるんでガンバってくださいね!」
「ありがとうございます!頑張りますね~!」
写真を撮ってもらった女性は嬉しそうに去っていく。そんな後ろ姿を見ながら、倉橋は感慨深いものを感じていた。
(こうしてファンの人達に自信を持って接することができるようになったのも……あの子らのおかげかもな)
倉橋は自分に……自分の麻雀に自信を持てていなかった。『麻雀プロ』という職業は、強いことはもちろんだがそれにプラスしてファンに応援してもらえるような麻雀を見せることも重要であるとされている。そして実際倉橋の周りには、そういう打ち手が多くいたから。
「倉橋プロ隅におけないですね~!今のファンの人可愛かったじゃないですか~」
「おいおい倉橋はそういうんじゃないだろ?」
そんな倉橋の周りに集まってきたのは、同じくプロチーム「オーシャンズ」に所属する選手2人。
この2人もまた、ファンに魅力を伝えることができる麻雀プロ。
「流石に僕はそういう感じで見られるタイプじゃないと思いますよ」
「またまた~」
倉橋が苦笑いでチームメイトに接していたところ。
3人の後ろに1人の男が。
「皆聞いて」
「キャプテン」
後ろから声をかけてきたのは、同じユニフォームに袖を通すキャプテンの姿。
「本来ならこの後解散なんだけど、運営の人から打ち上げやりませんか、って言われてる」
「おー!いいですね!やりましょうよ~!」
「僕も行きます行きます」
倉橋の横にいた2人が快く承諾する中で、倉橋だけ少し苦笑いを浮かべて首を横に振った。
「すみません、僕この後ちょっと予定ありまして……」
「そっか、なら仕方ない」
「え~倉橋さん行かないんですか?」
「あはは、すみません……」
と、そんな時。倉橋の後方、雀荘の出入り口付近に一人の少女がいることを、倉橋のチームメイトの女性が見つけた。
制服姿。学生鞄を持って、うつむきがちに立ち止まっている。
「……?あれ、あの子」
自らの後方を指さされていることに気付いて、倉橋は振り向く。
そしてその振り向いた先にいた少女が視界に入って、倉橋は驚いたように目を見開いた。
「ちょ……あ、ちょーっと予定思い出したんで僕、行きますね!」
「あ、ちょっと!」
その場から逃げ出すように、倉橋が少女の元に駆け出していく。
その姿を見送って、チームメイトの彼女は1つの可能性に辿りついてしまった。
「え、もしかして倉橋さんって……ロリコン?」
「あれ、知らなかったの?倉橋はロリコンだよ」
「道理でさっきのファンの女性にはデレデレしてなかったのか……」
あらぬ誤解を受ける倉橋。当の本人はそんなこと気付いてはいないが。
「こらこら。勝手に想像するのはやめときなよ」
「でもキャプテンも知ってるんでしょ?倉橋さんが女子高生に麻雀教えてるの!」
「……まあ、彼が少女趣味であるかどうかはさておき、女子高生に麻雀を教えているということは事実だね」
「やっぱり!」
少女の元に駆け寄って話しかける後ろ姿を、チームメイト3人は生暖かい目で見守っていたとか。
少し日が傾き始めたものの、まだ夏の暑さがアスファルトを焼いている。
スーツ姿に着替えた倉橋は、先ほどの少女と共に都会の街並みを歩いていた。
「恭子なんで来たの……駅で待っててくれれば行くからって言ったじゃんか」
「すみません……せやけど、せっかくやし倉橋プロのユニフォーム姿生で見たかったっちゅうかなんていうか……」
「……なんて?」
「なんでもないです!!」
最後の方が尻すぼみで声が小さくなってしまって聞き取れなかった倉橋が少女……末原恭子の顔を覗き込む。
その顔はこころなしか少し紅くなっているようにもみえた。
コホン、と一つ咳払いをして恭子が仕切り直す。
「そもそも抽選倍率高すぎるんちゃいますか?オーシャンズくらい人気チームならもう少し大きい雀荘くらい借りれたんやないかと思いますけど!」
「それは俺に言われてもなあ……え、なに恭子応募したの?」
「し、してませんけど!」
「そうだよね。別に恭子はいつだって俺と麻雀打てるわけだし……」
「いやそういうんとちゃうんですよ、伝わらないと思いますけど……」
「え、応募したの?」
「してないですけど!」
今時の女子高生の感情の機微はわからない……そう思う倉橋だった。
ふと、恭子の姿を見て倉橋があることに気付く。
「そういえば恭子今日はリボンにスカートスタイルなんだね」
「ま、まあ今日はそういう気分やったので……たまたまです」
「やっぱ俺はそっちの方が可愛いと思うし好きだな」
「……ッ!そういうこと、気軽に言って良いもんとちゃいますよ……!」
恭子の歩く速度が上がる。
隣に並んでいたはずの彼女はいつの間にか斜め前を歩いている。
(褒めたのに怒られた……)
年頃の少女の乙女心は難しい。本気でそう思う倉橋であった。
イベントを開催していた駅から恭子と共に電車を乗って3駅ほど。
目的の駅についた2人は、馴染みの雀荘に向かった。
この雀荘は元々倉橋の行きつけの雀荘。小さいビルに入ってエレベーターに乗り、3階にそのフロアはある。
「こんにちは~」
「こ、こんにちは……」
扉を開ければ、ちょうど麻雀卓が6台ほどおけるほどのスペース。
倉橋はまずマスターを探そうとして……それよりも早く、一人の少女が目に入った。
目印は、その元気なサイドテール。
「倉橋プロこんにちは!!……ってなんであんたもいんのよ」
「それはこっちのセリフや小走……」
小走やえ。彼女もまた倉橋に麻雀を教わる女子高生の1人で、何故か恭子と仲が悪い。
倉橋としては仲良くしてほしい気持ちで一杯なのだが。
「おお、倉橋来たか」
「マスターお世話になってます。今日も1卓取っていただいて……」
「いいよいいよ。こっちとしてもパッとしないプロがいるって言うより可愛い嬢ちゃんが麻雀打ってるってだけで宣伝になるもんよ」
「パッとしないプロって誰のことですかねえ……」
ガハハ、と豪快に笑うマスターに、倉橋は思わず苦笑い。
荷物を置いて上着をハンガーにかけて後ろを向けば、2人がもう既に準備を始めていた。
「倉橋プロさっそく打ちましょ!どーせこんな奴と打っても面白くないわよ」
「おい待て小走。ウチが先に約束しとったんやからウチが先に決まっとるやろ」
「そもそも今日はイベントだってわかってたのに、抽選漏れしたあげく会場まで突っ込んでいくとかただの厄介ファンじゃない。身の程をわきまえなさいよ」
「なっ……!小走やって後輩まで使って応募したクセに!」
「そ、それは言わない約束でしょうが!!」
(な、なんでこんな仲が悪いんだ……)
原因が自分であるとは露知らず。
倉橋は今日もまた2人を上手くコントロールすることに労力を割かれるのであった。
2人と知り合ったのは、偶然だった。
倉橋が自分の麻雀に悩んでいた頃、どうしても倉橋に麻雀を教えて欲しいと頼み込んできたのが恭子。あれはもう2年も前のことになる。
『私は……倉橋プロのような麻雀が打ちたいです。どんな奴にも負けへんために』
当時は自分の麻雀に不信感を覚えていた倉橋は、この恭子の願いを下げさせた。自分より適任のプロがいるから、そっちを紹介すると言って。
しかし、恭子は頑なにそれを拒んだ。
何度も何度も教えてくれと言われるうちに、倉橋の方が折れたのだ。
逆にやえとの出会いはわかりやすい。
とある雀荘で来店プロとして呼ばれていた倉橋が、たまたま来ていたやえと同卓したのだ。
当時のやえは怖いもの知らずで、実際実力もあって鼻が伸びていたのだが、その日倉橋に手も足も出ないほどにボコボコにされてしまった。
『もう一回!もう一回だけお願いします!』
倉橋は涙ながらに頼んでくるやえの迫力に勝てず、その後も何度か対局をしたのだが……それでも及ばなかった。運の要素が強いゲームだけに1度くらいは勝てるかと思ったのだが、その全てで倉橋はやえの上を行った。
倉橋自身は、良い経験になってくれればいいなーくらいに思っていたのだが、やえがこれで諦めるはずもなく。
次の日、別のお店で来店プロとして行った場所で、やえは現れた。
『倉橋プロ対局お願いします!!』
もちろん、プロである倉橋は他のお客さんとも対局しなければいけないので、やんわりと断ったが。すると今度は来店時間が終わるまで外で待っていると言いだす。
その熱意に負けて、倉橋はやえと定期的に麻雀を打つ仲になったのだった。
「あー、やえここは押さない方が良いと思う。残りスジも少なくて、相手の愚形率が上がってる。それにあの捨て牌は中張牌が多めで字牌が手の中にある確率が結構高くて、この1枚切れの{北}はそこそこ危ない。自分の手も聴牌だけど残り巡目少ないし、ここはオリでいいと思う」
「そっか……末原のリーチに打つのもムカつきますし、これはオリればよかったわ」
「どういう意味や小走ぃ……」
そんなこんなで、こうして倉橋には2人の女子高生の弟子ができてしまったのだ。
弟子……と呼ぶのかどうかも怪しいが。
「キリ良いならそろそろ終わろうか、時間も時間だしね」
「うわ、もうこんな時間なんか……」
気付けばこの雀荘に来てから4時間が経過している。
麻雀というゲームの恐ろしいところは、本当に気付いたら時間が経っていることだろう。
「じゃあマスター、僕この子達駅まで送っていくんで」
「おー。後ろから刺されないように気をつけろよー」
「どういう意味ですかソレ……」
マスターに挨拶をして、倉橋は店を後にしようとする。
すると既に倉橋の上着と鞄を持って恭子がドアの前に立っていた。
「ありがと、恭子」
「いえ……」
「そんなところでポイント稼ぎ……流石スピードスター手が早いわね」
「なんか言うたか小走!」
「なんでもないですー」
時刻は夜の19時過ぎ。
女子高生を遅くまで連れまわすのは、と思い大体倉橋はこのくらいの時間には2人を帰している。本人たちはまだ打てるというのだが、流石に夜中までは連れ出せない。
「あ、すみません、私イヤホン忘れたみたいで……先に帰ってもらってて大丈夫です」
「いいよいいよ。ここで待ってるから行っておいで」
「ありがとうございます!……末原、私がいないからって変なことしないでよ」
「せえへんわ!なんやねんそれ!」
軽口をたたいてやえが雀荘へと戻っていく。
風で揺れるご機嫌なサイドテールを見送って、恭子はため息をついた。
「ホンマに小走は……」
「俺としては仲良くやって欲しいところなんだけど……」
「そうはいかへんです。アイツには絶対渡さん……」
何を?と倉橋はシンプルにそう思った。
夏とはいえ、もう辺りは暗い。
近くのベンチに腰掛けて、恭子と倉橋はやえを待っていた。
今日の反省をしていてふと、会話が止まる。
一つ呼吸があって、恭子がこちらに改めて振り返ってきた。
「あ、あの」
「ん?」
暗くてしっかりとは見えないが、少し恭子の頬が紅潮しているようにも見える。
「倉橋プロって……彼女とかおらへんって、言ってましたよね?」
「あー、うん。まあ、こんなんだし、流石にね」
「こんなんって……倉橋プロは十分魅力的やと思いますけど……」
倉橋は自分の顔を客観的に見ていわゆるイケメンという部類には入らないと思っている。
周りの麻雀プロはどんどん結婚していくが、自分には早々そんな機会ないだろうな、とも。
「それって、今も変わってない……んですよね?」
「ん?彼女の話?そうだよ。なーんにも浮いた話ありゃしないよ」
首をすくめて、笑って見せる。
別に倉橋はそれで良いかなと思っていた。ようやく麻雀プロとして誇れる実績がついてきたところだし、これからかなあーと。
すると恭子が、「よし、今日言うんや、うん、洋榎にもはよせえって言われたし……」となにやら小声で自分に言い聞かせている。
倉橋が訝しむように恭子を覗き込もうとすると、逆に恭子の方から力強く振り返ってきた。
「あ、あの、それやったら、えっと……あの!」
「う、うん?」
「う、ウチとつきあ……ぐえ」
普段より5割増しくらい可愛く見えた恭子に気圧されていたその瞬間。
恭子の頭がヘッドロックされた。
「な・に・し・て・る・のかな~末原~」
「こ、こばしりおま……やめ……」
「まったく油断も隙もない。なーにがスピードスターじゃこのこの」
「ちょ、やえそれ首締まってるから……」
突然のことにフリーズした倉橋だったが、なんとかやえをなだめて引き離す。
「私がいなくなったらすーぐこれよ!ホント発情の速度は全国トップクラスね!」
「は、はつ……っ!小走お前今日という今日は許さへんで……!」
倉橋を中心に2人のにらみ合いが始まる。
(なんでこうなっちゃうんだろうなあ……)
そんな2人をなんとかなだめて、倉橋は苦笑い。
けれど、こうしてこの騒がしい毎日を作ってくれたのは、間違いなくこの2人だった。
もう麻雀プロもやめようかと思っていたあの時。救ってくれたのはこの2人。
2人から尊敬していると言葉で、態度で教えてもらって。あなたみたいな麻雀が打ちたいと言ってもらって。
倉橋は少しずつ自信を取り戻すことができた。
自分はこんな単純だったんだなとも思う。けれど、間違いなく純粋無垢な2人の気持ちは、倉橋に大きな影響を与えた。
「ありがとね、2人とも」
だから、感謝を。
未だいがみ合ったままの2人には全然声は届いていないようだが。
2人の少女を見て、倉橋はこっそり笑顔を見せるのだった。