ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第176局 主人公

 千里山女子は強豪校である。

 

 昨年のインターハイ団体戦ではベスト4に入り、個人としても江口セーラが個人戦準決勝まで駒を進めるなど、強豪と呼ばれるに相応しいだけの結果を残してきている高校だから当然のことではあるが。

 

 

 そんなチームで大将を任される清水谷竜華という少女はしかし、自己評価は決して高くはない。

 

 それはきっとチームメイトにいるセーラの存在が大きいというのもあるだろうし、そしてなにより、同地区である姫松高校のメンバーにほとんどまともに勝てた試しがないのも、彼女の自己評価の低さに一役買っていた。

 

 姫松と千里山は地区が近かったり親戚がいたりということもあって、練習試合を組むことも年に1度くらいはある。

 もちろん大会で当たる相手であるから頻繁に行って手の内を晒すようなことはしない。が、お互いにとって手軽に全国屈指の強豪校と練習ができるということが良い要素として働くことの方が多いから、練習試合自体は行われる。

 

 竜華が自分を強くないと思ったのは、それこそ1年生の時。

 1年の合同合宿で戦った相手は全員自分よりうまかった。知識も、経験も、技術も全て上。

 自分が強いだなんて、間違っても思えなかった。

 

 だから、強くなりたいと思うのも自然な流れで。

 

 

 「ん~~~っ……流石に疲れたなあ……」

 

 

 インターハイが間近に迫った夏のある日、ほとんどの部員がいなくなった部室で、竜華は一人牌譜と睨み合っていた自分の身体を伸ばす。

 外を見ればもう日は沈んでいて。

 

 「お、竜華まだおったんか」

 

 「セーラやん。先生はもうええの?」

 

 「お~、めんどいねんなこのままやと補習やぞ~!とか言われても知らんねん!今は麻雀に集中したいっちゅうのによお~」

 

 チームメイトの江口セーラが、ちょうど竜華の机の上に学生鞄を乱雑に投げ捨てた。

 そのまま椅子を引いて席に着くと、竜華が見ていた牌譜を身体ごと覗き込んで来る。

 

 「竜華は真面目やな~!」

 

 「これくらい、やらんとね。もう時間もあんまりないんやし」

 

 「せやなあ~」

 

 頭の後ろで手を組んで、セーラは椅子を前後に揺らす。

 その動作は姫松の中堅の選手もよくやる動作であったが、きっとそれを伝えれば目の前の彼女は良い気持ちはしないだろう。

 

 「はええな。もう3年のインターハイか」

 

 「せやねえ~……」

 

 時の流れとは早いものだ。

 気付けばもう、セーラと竜華が挑戦できるインターハイは、あと1回。

 

 一つ、間があって。

 

 

 「セーラは勝てると思う?」

 

 「あったりまえやろ」

 

 「言うと思ったわ」

 

 自信満々、といった表情のセーラはいつも通り。だからこそ頼りがいがあるというものではあるが。

 自分との違いをアリアリと感じて、竜華は少しため息をついた。

 

 「怜も、多恵に負けてから目の色変わったっちゅうか……ホンマになにかやってくれる気がしてんねん。今年こそ、とるで優勝」

 

 「確かに、怜もやる気満々やね」

 

 園城寺怜。竜華の大親友にして、頼れるエース。

 今日は体調の検査で学校を早退しているためここにはいないが、確かに彼女の成長には目を見張るものがある。

 

 ほんの少し前までは成績もままならず、1軍はおろか2軍にだって入れていなかったというのに。

 そんな親友の大躍進は、竜華にはそうーー。

 

 「なんか、物語の主人公みたいやね。セーラも、怜も」

 

 眩しく見えた。自分にはない、自ら輝く力。

 

 そう言った竜華をセーラはきょとん、と一瞬固まって。

 

 「はっはっは!そらええな!もしそうやとしたら、間違いなく優勝はウチらのもんやな!」

 

 「めっちゃプラス思考やん」

 

 なるほどそう捉えることもできるのかと、改めてセーラの前向きな姿勢を見習いたいと思っていたら。

 次に言われた言葉に、上手く反応できなかった。

 

 「せやったら、竜華も主人公やな!」

 

 「……え?」

 

 「え?やないやろ。あれだけ怜と一緒に毎日努力して、上目指して頑張った。それを主人公やなくて何役やと思うねん」

 

 一瞬、言葉が出なかった。

 自分は良くて脇役で、主人公だなんて思ったことは無かったから。

 

 「全員が自分が主役やと思って何が悪いねん。重要なんは……自分が主役張れるだけの努力をしてきたかどうか、そこちゃう?」

 

 到底受け入れられないと思ったセーラの言葉はしかし。

 この3年間、たくさんの時間をこの千里山女子麻雀部で過ごしてきた今の竜華に、その言葉はすとん、と呆れてしまうほど簡単に胸に落ちてきた。

 

 だから。

 

 「ふふ……セーラかっこつけすぎや」

 

 「え~!ええやんか別に~!」

 

 眺めていた牌譜をパタンと閉じて。

 

 もう一度大きく伸びをした。

 その表情は、とても晴れやかで。

 

 

 (せっかくの最後やもん、ウチも……主人公になってええんよね?怜)

 

 

 去年つかめなかった夢。

 大好きな怜と、去年2人でたくさん泣いた。

 

 

 けれど、きっと主人公ならそう。

 

 最後には、掴み取るはずだから。

 

 

 たくさん泣いた分だけ、今年は笑うんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南4局 親 恭子

 

 団体決勝大将前半戦は、オーラスを迎える。

 先鋒戦のような火力合戦が予想された大将戦だったが、ここまでは多くの局を恭子が制していることによって、そこまでの火力合戦にはなっていない。

 しかし由華の三倍満や、竜華の跳満。

 徐々に大将戦は、点数変動が大きくなってきて。それに呼応するように、会場の歓声も大きくなる。

 

 しかしこの対局室に座る巽由華は知っている。

 このオーラス、絶対にケアしなければいけない人物が1人いることを。

 

 

 (さあ……地獄のオーラスがきたか……)

 

 きわめて冷静に、由華はその人物を視界に収める。

 

 大き目の赤いリボンが目立つ、常勝軍団の誇るスピードスター。

 

 (末原さんに連荘はさせられない……!)

 

 目を閉じればすぐにでも思い出せる、準決勝の悪夢。

 1位通過がほぼ確実かと思われた南4局は、由華にとって永遠に続く地獄だった。

 

 (それに加えて、末原さんの上家がまるっきりの()()と来てる。死に物狂いで止める……)

 

 これは前半戦。恭子が仮に1位になっても即終了ではない。

 ならそこまで無理して止める必要もないのでは?―――そう言われたら、由華はこう答えるだろう。「末原恭子を舐めすぎだ」と。

 

 準決勝のただならぬ空気を感じたからわかる。

 あれは生半可な打ち手では誰も止められない。

 何かを犠牲にしなければ、あれを止める手立てはない。

 

 止められなければどうなるか。

 

 恭子に即座に1位を奪われて―――淡をトバされて終わりだ。

 

 由華にははっきりと見える。

 冷酷な表情のまま、恭子が鋭いレイピアの先端で淡の喉元を貫く姿を。

 

 (それだけはさせちゃいけない)

 

 

 

 

 由華 配牌

 {⑨135一三白白中中発東南} ツモ{西}

 

  

 『さあ前半戦はついにオーラス!巽選手の手牌は重くはありますがこれまた高打点が狙えそうな手が来ましたね!』

 

 『役役ホンイツ、あとはチャンタ、小三元なんてのも見えるかねえ~。このコならまだ1つも鳴かなさそうだねい』

 

 『副露率も本当に低い選手ですからね!手組に期待しましょう!』

 

 

 由華が、額に伝った冷や汗を拭う。

 この配牌への縛りが鬱陶しくて仕方ない。

 

 (けど、それは末原さんも同じはず)

 

 準決勝はほとんどが5~6巡目で決着させられた。

 しかし、今由華と恭子の条件は同じはず。

 

 

 「ポン」

 

 由華にとって、とても嫌な声が聞こえた。

 

 

 『仕掛けます末原選手!まだ2巡目ですがこの仕掛けはどう見えますか?!』

 

 『う~ん、クレバーだねえ~……もう末原ちゃんにはきっと見えてる。この手牌、和了りまでの、最短手順。そのセンスは、間違いなく全国1だ』

 

  

 

 淡 手牌 ドラ{④}

 {②②②⑥⑧3478二五五八} ツモ{3} 

 

 淡の手牌。淡はこの局ダブルリーチが打てなかった。先ほどまでは自分の意志で聴牌を外していたが、今度は違う。

 そもそも聴牌をしていなかった。

 

 (支配が、弱まってる)

 

 言われなくても分かる。

 能力を使いすぎた時に起こるはずの現象が、この前半戦オーラスで起こっている。

 

 理由なぞ、考えるまでもなく理解できた。

 

 しかし何故か、淡はそのこと自体に焦りはない。

 

 (どうせダブルリーチを打っても和了れないなら……!)

 

 打点を、作る。

 幸いカン材はある。カンまで持っていくか、その前に面前で聴牌を入れるか。

 

 そう考えて、淡は牌を切り出して。

 

 

 「チー」

 

 

 しかし前に進めば進むほど、自らの首が絞まっていく感覚が淡を蝕んでいく。

 

 (どうすれば……!)

 

 と、思った淡の手が、一瞬止まる。

 刹那の思考。ちらりと、下家に座る恭子を見やった。

 

 

 (この姫松に、和了らせないように、する?)

 

 

 しかしどうやって?

 

 大星淡には、まだ、わからない。

 

 

 

 

 

 同巡 竜華 手牌

 {③⑦⑧1178二四南南西西} ツモ{④}

 

 

 『清水谷選手も苦しい!これはどうしますか……』

 

 『まあ、前局の跳満でだいぶ点数自体は回復したけどまだ足りない。打点を作りに行きたいところだけど……もう姫松が2副露。時間は残されてないのは感じてるだろうねい』

 

 竜華の紫紺の瞳が、河を行き来する。

 

 恭子の仕掛け、切り出し。

 淡のダブルリーチせず。

 

 由華の、表情。

 

 

 

 切り出すは、{二}。

 

 

 「ッ!チー!」

 

 その牌を、由華が鳴いた。

 

 『清水谷選手{二}切り?!そしてなんと巽選手が鳴きましたよ?!副露率はかなり低いはずですが……!』

 

 『わっかんね~!なんだこれ!ターツ崩してまでなんで{二}なんか切ったんだ?』

 

 

 そして切り出される由華の{南}。

 その牌をすかさず竜華が鳴いた。

 

 「ポン」

 

 由華から切られた牌を即座に拾って、打{四}。

 竜華が鳴いたことによって与えらえる、由華再びのツモ番。

 

 由華 手牌

 {135白白中中発東西} ツモ{6}

 

 (なんだ?千里山……)

 

 由華が切り出す{西}。

 

 「ポン」

 

 これに反応したのも、また竜華。

 

 

 

 『清水谷選手あっという間に2副露です!圧倒的優位かと思われていた末原選手ですが晩成千里山が猛追!このオーラスを終わらせにかかります!』

 

 『晩成のコはきっと準決勝の最後がチラついて、早めに終わらせたくなったんだろうねい。それに呼応するように、千里山も動いた……』

 

 

 更にツモ番がやってきたことで、由華はもう一度盤面を見直して思考する。

 恭子の下家である竜華が鳴いてくれるおかげで、恭子と淡のツモ番を潰している。

 

 そこから導き出される、結論。

 

 (アシスト……?末原さんの親を流そうとしてくれてるのか?)

 

 あり得ない話ではない。

 もちろん準決勝のオーラスは見ているだろうし、恭子を止めようと思うのはなんら変な話ではない。

 恭子の下家で鳴くことで、恭子のツモ番を減らしているという可能性。

 

 

 (それなら遠慮なく……!)

 

 由華もここだけは打点にこだわらない。

 和了ることだけを考えて手牌に向き合うことができる。

 

 

 由華の推測は、半分当たっていた。

 

 竜華の鳴きの意図。それは間違いなく恭子のツモ番を飛ばすことにある。

 

 オーラス親番時の恭子の粘り強さを竜華ももちろん知っているから。

 

 

 しかし一つ、由華が読み違えたことがあるとすれば―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜華 手牌

 {③④11177} {西西横西} {南南横南} ツモ{⑤} 

 

 

 

 

 

 

 「1300、2600」

 

 

 

 

 

 

 由華が準決勝で刻み込まれた苦い記憶。

 

 その痛いほどの悔しさを。

 竜華は―――()()()から知っている。

 

 

 

 

 

 

 『なんとなんと!!末原選手との熾烈な2人聴牌、制したのは千里山女子、清水谷竜華選手!連荘を狙う末原選手の親番を1撃で落としてみせました!!!』

 

 『くう~!痺れるねい!末原ちゃんも最適解を踏んだ、けどこの局はツモ番が2回飛ばされてる分だけ……清水谷ちゃんに軍配が上がったかな?知らんけど!』

 

 『まだまだ分からない優勝争い!!ついに、ついにその行方は、あと1回の半荘によって決まることとなります……!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 恭子が歯噛みする。

 できればこの親番で、捲っておきたかったが。

 

 最善は積み重ねた。

 それでも尚、上を行かれたという事実。

 

 

 「―――私もね」

 

 

 最後に和了りを奪い去った竜華が、立ち上がる。

 その瞳はしっかりと恭子を真正面から捉えていて。

 

 

 

 

 

 

 「2度も同じ目に遭うのは、ごめんなんよ」

 

 「……上等や」

 

 

 1年前の表情とは、まるで違うそれ。

 

 

 

 

 当たり前のことだった。

 

 

 誰一人として、負けていい人間(脇役)なぞここにはいないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

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