ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第19局 信頼の差

後半戦 東3局 9巡目 親 智葉 

 

「ツモ。6000オール」

 

智葉 手牌 ドラ{4}

{一一四四赤五五九九西西東東白} ツモ{白}

 

(辻垣内……!)

 

圧倒的な速さで、それも、待ちの選択が単騎待ちという変えやすい形にとってやえの支配をかいくぐってツモ和了ってみせた。

和了っても表情を変えない智葉。まだ点数はプラスには至っていない。

 

(小走との間合いを誤ったせいで点差が縮まらないな……それにしても気になるのは巫女)

 

スッと目線を軽く下家に座る小蒔に移す。

 

(前半戦までの感じが霧消した……?永水の巫女から感じるプレッシャーが明らかに減ったぞ)

 

智葉は他者との間合いを測る。その独特な感覚の上で、相手の雰囲気というものに敏感だった。

故に、対局中に寝てた……という小蒔の発言は普通何言ってんだこの人という反応になるが、智葉は目敏く小蒔の変化を察知していた。

 

 

7巡目、まだ勢いのありそうな優希の河が濃い。しかし王者やえへの放銃を恐れて、いまいち一番和了り牌の多い待ちにとれていないような、そんな印象だった。

優希が恐る恐ると切った牌は{②}。しかしやえから声はかからない。

 

(張ったか。私もここの親番でもう少し点数は稼いでおきたいが……)

 

単純に考えて、今ので聴牌したとするのなら、周辺牌は危ない。当たらないことももちろんあるが、入り目になっているか、関連牌なのはまず間違いないだろう。

そう思い、智葉は優希の現物を打つ。

しかし、その次の小蒔が打ち出したのは{③}だった。

 

「ロ、ロン!5200だじぇ!」

 

優希 手牌 ドラ{二}

{②③③③④567二三四赤五五} ロン{③}

 

余りこのまま和了れると思っていなかったのか、思わず優希から少し遅れてのロン発声。放銃してしまった小蒔は、あわわわわと何やら慌てていた。

 

(とりついていた神の類が離れたか……?)

 

思わぬ形で親番を流された智葉。しかしその表情に焦りはない。

それならそれで、やりようはあるといった感じだ。

 

東4局 親 小蒔

 

「リーチだじぇ!」

 

7巡目、もうこれ以上東場は続かない。とするとここで最後のとどめと1つ和了っておきたいのは優希だ。

少し速度は落ちてきたが、それでも十分脅威だ。今回も、やえからの支配を逃れている。

 

1巡回って、小蒔が少し時間をとる。前巡も、優希のスジではあるものの、現物ではない牌を切っていた。

 

(あ、これまずいじょ……)

 

実は優希はやえからの支配から逃れていたわけではない。

単純に、()()が変わったというだけだった。

 

「リーチ」

 

親の小蒔からリーチがかかる。

その宣言牌を見て、やえが少し口角を上げた。

 

「ロン」

 

やえ 手牌 ドラ{①}

{①②③④⑤⑥⑦⑧⑨5赤568} ロン{7}

 

「8000」

 

右目を光らせたやえが、小蒔から点棒を受け取る。

神を打ち滅ぼした王の手が、巫女から全てを奪い取ろうとしていた。

 

南場に入った。

各校の点数状況はこうなっている。

 

清澄 105700

晩成 173400

臨海 98300

永水 22600

 

(まずい、小走の狙いは……!)

 

永水の点数は、先鋒戦だけで75000点近くを失っていた。

心無し小蒔の表情も青ざめている。

小走やえは前年のインターハイ団体戦も先鋒で出場していたが、どれだけやえが点数を稼いでも、次鋒以降で強豪にまくられ、1回戦で姿を消していた。

 

(ここでトバす。次鋒以降なんかに、つながせない)

 

鋭い眼光が、小蒔を貫く。

 

 

南1局 親 優希

 

(ここからは、守る。なんとかプラスで、染谷先輩につなぐじぇ……!)

 

ここまででも十分優希は善戦していた。

しかし、この点棒を終局まで持ちこたえるには、あまりにも残り4局が長い。

去年の個人戦決勝卓の2人が、本気で和了りにくる親が残っている。

 

7巡目。危険牌を早々に処理した優希は、まだ誰もなにも動いていないことを見て、生牌の字牌の処理にかかる。

しかしそれを簡単に処理させてくれるほど、甘い卓ではなかった。

 

「ロン」

 

優希の耳もとを、剣先がかすめる。

 

智葉 手牌 ドラ{南}

{②③③④④⑤⑦⑧⑨南南西西} ロン{西}

 

「12000」

 

(かけらも染め手っぽい捨て牌なんかしてないじょ……!)

 

通常、7巡目にこんな手に当たってしまうのは事故だ。こんなのに気を使って麻雀なんぞやろうものなら麻雀にならない。笑って切り飛ばす程度の牌。

それが事故ではない、必然の和了りへと変える。ここにいる辻垣内智葉とはそういう打ち手だ。

 

南2局 親 やえ ドラ{8}

 

サイコロを回し始めたやえに、全員の視線が集まる。

 

(問題はこの小走の親……この親で小走は確実に巫女を殺しにくる)

 

(ぶちょーが言ってた……小走やえは、標的を見つけたら必ずその高校をトバしにかかるって……さっきの和了りも、たぶん永水を狙ったんだじょ)

 

(これ以上は……これ以上はやらせません……!)

 

8巡目。不気味なほど静かに局は進行していた。

 

(晩成の王者から中張牌が溢れてきてるじょ……そろそろ危ないかも……)

 

かといって、ベタオリする牌がない。仕方なく、優希はまんべんなく切れていてスジの牌である{③}を切った。

その後やえが持ってきた牌をツモ切りする。

それを確認して、小蒔が同じく{③}を切った。

小蒔も狙われている自覚はある。ここはなるべく当たらない牌を選びたい。

で、あれば当然前巡通って、手出しが入らなかった牌を切るのは当然といえた。

 

「ロン」

 

ビクッと小蒔の体が跳ねる。

対面のやえの目が稲光をまとう。

小蒔は上から抑えつけられて地面に叩きつけられるような感覚を味わう。

 

(や、山越し……?!)

 

(さっき通った牌だじょ?!)

 

やえ 手牌 

{①②⑨⑨⑨45688東東東} ロン{③}

 

「9600」

 

(まずいな。本格的に1撃の射程圏内だ)

 

とてつもないプレッシャーが、場を支配していた。

もはややえの眼には対面に座る小蒔しか見えていない。

 

(孤独な王よ。あまり躍起になりすぎると、足をすくわれるぞ……)

 

そんな様子を、智葉は静かに眺めていた。

 

 

 

 

 

南2局 1本場 ドラ{7}

 

やえの攻勢は変わらない。確実に仕留めようと、王の鉄槌が構えられる。

少し汗が目立ち始めたやえの表情。

 

(もう少し……もう少しで……多恵と戦える……)

 

やえは、ぎゅっと右のスカートのポケットに入っているお守りを握りしめた。

ようやく、ようやくだ。

 

今まで一度も、団体戦では相まみえることのできなかった親友と、ようやく対局できるかもしれない所まできた。

 

9巡目 やえ 手牌

{③④赤⑤二赤五六七4567東東} ツモ{東}

 

({二}を切れば{47}待ちの聴牌。けど、前巡神代の捨て牌は{四}……)

 

逡巡すると、やえは{4}を切り出した。

狙いは神代小蒔ただ一点。

やえはそのとてつもない感性で、カンチャン落としを読み切って、小蒔の{二}を狙いに行った。

 

 

「ロン」

 

 

その王者の鉄槌は振り下ろされる前に、横なぎに振るわれた刀によって止められる。

 

智葉 手牌

{3赤5666789南南南西西} ロン{4}

 

「12300……小走。あまりよそ見をすると足をすくわれるぞ」

 

「クッ……辻垣内ッ……!」

 

智葉の捨て牌は完全にやえの{4}を狙いに来ていた。

 

捨て牌を見ればもっといい待ちにとれていただろうに、そうしなかった。

小走やえの狙いは神代小蒔。そしてその神代小蒔を狙い撃ちするためには、先ほどの山越しのような無理が生じる。

その隙を、智葉は見逃さなかった。

 

 

 

南3局 親 智葉

 

 

(まあいいわ。私から辻垣内への横移動なら問題ない)

 

息を整えると、もう一度状況を整理するやえ。

永水の点数が増えていないならやることは変わらなかった。

親番は落ちてしまったが、2局あれば問題ない。幸い今局の配牌も落ちてはいない。

 

(大丈夫。あと2局……2局で削り切れば……!届かなかった準決勝に手が届く……!)

 

そう1打目を切り出すやえの姿は、いつものような余裕な表情ではなく、焦りを含んだものになっていた。

 

 

 

 

11巡目 やえ 手牌 ドラ{6}

{⑤⑥⑦5566778赤五六西} ツモ{七}

 

(聴牌……{西}を切れば{58}待ちだけど、対子落とし最中の神代の{西}を狙いに行く。また辻垣内の河が変だけど、これで決める。二の矢はいらない。この手で、差し切る)

 

 

右目を極限まで光らせ、苦悶の表情を浮かべながら、{8}を切り出す。もうその姿は、王というよりは、野望のためにどこまでも突き進む暴君だ。

目的以外今のやえには何も見えていない。

 

永水を刺し殺すために整えられたその手は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロン」

 

極限まで鍛え上げられた刀によって切り落とされる。

 

 

 

長い黒髪をなびかせ、すれ違いざまに抜刀された刀は、確かにやえの体を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

智葉 手牌 

{122234赤5677899} ロン{8}

 

 

 

 

 

 

 

「36000」

 

 

 

 

 

 

 

 

やえを強烈な眩暈が襲う。

 

頭の中を様々な思惑がめぐる。

3人との誓い。後輩から託された想い。多恵からの……お守りの{8}。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死の先鋒戦は終局した。

 

 

清澄 81700

晩成 140000

臨海 158600

永水 19700

 

 

席に残るのは、黙ってうつむき、ぎゅう、と力強くスカート掴むやえと。

立ち上がり、控室に戻ろうとする智葉だけだった。

去り際、ポツリと智葉がやえに声をかける。

 

「信頼」

 

「……」

 

その単語を黙ってやえは聞いている。

 

「小走、お前が後ろのチームメイトを信頼し、目的を見失っていなかったなら、今日はやられていただろう。今日ここで表れたのは、私と、お前のチームメイトへの信頼の差だ」

 

わかっていた。170000点を超えたところで、あとはチームメイトに託して、しっかりと打ちまわしていれば、こんなことにはならなかった。

 

と、いうよりも、結果だけ見ればなにも悲観することはない。40000点を稼いで次につなげるのだ。相当良い結果といえるだろう。

 

 

だからこそ、今()()している自分がどうしようもなく、嫌だった。

 

 

「今度相まみえる時は信頼できる仲間を得たお前と戦いたいものだな」

 

そう言って智葉は去っていく。

 

智葉の姿が見えなくなり、卓に残されたのはやえ一人。

 

誰もいなくなった卓上に、先ほどまでの熱気はない。

 

ポツ、ポツと、晩成高校の制服のスカートに、雨が降る。

やえの目には涙が溢れていた。

 

やえが無言で握りしめるスカートのポケットの中には、

 

南3局で手放し、放銃した牌と同じ、{8}が握られていた。

 

 

 


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