前回のお話で一部誤解を招いてしまう表現があったこと、お詫びいたします。
前回投稿した日の21時に訂正を入れていますが、もし確認していない方がいらっしゃいましたら、前話をもう一度確認してから読んでいただけると幸いです。
決勝大将後半戦 東2局1本場 点数状況
1位 晩成 巽由華 133200
2位 姫松 末原恭子 119400
3位 千里山 清水谷竜華 115400
4位 白糸台 大星淡 32000
『大きな、本当に大きな和了りが出ました千里山女子大将清水谷竜華選手!!唯一と言ってもいいでしょう!素晴らしい手順での親満ツモ!これで上位との差を大きく縮めて優勝争いに加わります!!』
『いや~!これはかなり大きい和了りだねい!トップの晩成まで実に17800点差。もっかい親満ツモったらもうほぼ並ぶ。これは本当に優勝がどこに転ぶかわからなくなってきたって言っていいんじゃねえの?』
『恐るべし、清水谷選手の、強豪千里山女子の執念……!さあ、その清水谷選手の親番が続きます!東2局1本場、見ていきましょう!』
竜華の親満ツモは、点数以上に大きな意味をもたらしていた。
配牌をもらったタイミングで、この局に和了れる最大点数がわかる怜の能力。
その能力によって導き出された先ほどの局の最適解は、オリ、だった。
和了れる道はない。だから、放銃しない可能性を最大限に引き上げる。
少し前までの彼女であれば、怜の言葉を信じて配牌から面子を壊していただろう。
しかし様々な状況がかみ合って、竜華の親満は成就した。
本来ならば絶対にたどり着けなかったはずの親満にたどり着いた。
3位の千里山が大きな和了りを手にしたことで、優勝争いは激化。
姫松の控室では、そんな状況を前にして空気が張り詰めていた。
「わ~?!?!ヤバイですよこれで千里山との点差は4000点……!」
「竜華ちゃん、強いのよ~……」
いつも通り、姫松控室に設置されたモニターの目の前を陣取るのは絶望の表情で両手で自分の頭を掻きむしる漫と、同じく慌てた様子で目がバッテンマークになっている由子のコンビ。
感情を全面に出して応援する二人の後ろで、これまた冷静に状況を分析するメンバーも2人。
「ま、後ろとの点差なんてあってないようなもんや。トップとの点差が変わってないだけ、別にかまへんやろ」
「うん。恭子もそんな感じで割り切ってるように見えるね」
「そ、そっか、そうですよね」
姫松の目標は全国優勝ただ一つ。
2位だろうが3位だろうが4位だろうが、それ以下の順位に意味は無い。
彼女達は今年、頂点を獲りに来てるのだから。
そう言われて落ち着きを取り戻した漫がもう一度モニターに目を移せば、確かに恭子もそこまで慌てているようには見えない。
目の前の配牌を静かに理牌する姿は、なるほど確かにいつも通り。
いつも通りだからこそ、その姿勢に漫は思わず息を呑んだ。
「ごっつい集中してるやんけ。悪ない。こういう時の恭子は……強いで」
「うん。大丈夫。恭子なら、大丈夫」
そう言った多恵が静かに目を閉じて手を祈るように握りしめた。
漫はそんな多恵の真似をして、同じように目を閉じる。
(末原先輩……どうか、どうか……お願いします……!)
普段の恭子を知っているからこそ。
この数か月の恭子を、姫松のメンバーを知っているからこそ。
どうか今日だけは勝利を。
漫は万感の思いをその両の手に籠めるのだった。
東2局 1本場
配牌を理牌して、由華は一つ深呼吸を入れた。
息を深く吐いてから、そういえば毎局のようにこの動作をやっているなと自嘲気味に小さく笑う。
毎局毎局、本当に息詰まる攻防。
現状一番有利な立場にいるはずなのに、全くもって有利な気なんてしない。
今まさに点棒を大きく増やした竜華の表情を見る。
(当たり前だけど。……この人も、最後なんだ)
竜華と恭子は3年生。
これが最後のインターハイ。今年を逃したら、次はない。
由華だってやえが最後ということもあって、来年があるなんて思わないが。
今の一局だけで十二分に竜華の、千里山女子の執念を見た気がした。
(そうか。私にとっては昨日負けた相手だけど……清水谷さんは、もっと前からこの感情を末原さんに抱いてたんだね)
ここまで来るのに、どれだけの努力をしてきたのかは分かる。
生半可な覚悟では、ここまで来れないことを由華は去年身をもって知っている。
(だから、全力で相手する。まずはこの親を、終わらせる)
依然として対面に座る竜華の気迫を感じつつ、由華は自分の手牌を眺めた。
由華 配牌 ドラ{1}
{①①②⑥134七八九白白発}
(白が早めに重なればかわし手にもなるが……)
1面子1両面。役牌である{白}が『鳴ければ』ではなく『重なれば』なのがなんとも由華らしい。
しかし、それがそう簡単にかなわぬことであることも、由華は良く知ってる。
(末原さんに、絞られてるね)
役牌の「絞り」。相手の手を進ませないために、自分がいらない牌であっても切らないという戦術。
先ほどからどうも手の進みが遅いのは、恭子による絞りが効いているためだった。
(けど、別に構わない。絞るなら末原さんも手が遅くなる。それなら、まだやりようがある)
「絞り」は諸刃の剣。
相手の首を絞めながら自らの首を絞めるようなもの。
由華からすれば、準決勝の最後の時のように追い付かない速度で逃げ切られるよりはよっぽどマシだった。
竜華 配牌
{③④④赤⑤⑦145二三五七七}
(悪ない……もう一度和了って、トップ目や……!)
竜華の手牌はタンヤオ系の手役が色濃く見える配牌。
ドラの{1}は使い切れないことの方が多そうだが、別にそれもかまわない。
タンヤオと、平和と、赤が1枚。これだけで十分な打点になる。
思わぬ好配牌に、竜華は高鳴る心臓を必死で抑え込んだ。
同時刻。都内のとあるホテルにて。
「流石に強豪千里山女子……これで本当にわからなくなったね」
「ええ……彼女達もまた、麻雀にどれだけ深く思いを込めてきたかが伝わってきます」
和風な装飾が目立つ広めの部屋に、宮守女子と永水女子のメンバーがインターハイの最後を見届けるべく集まっていた。
テレビから一番近い場所で陣取るのは、いつものお団子頭を解いて、肩にかかるくらいの髪をそのまま後ろへ流している塞と。
その隣で柔和な笑みを崩さず大人びた雰囲気を纏う永水の大将、石戸霞。
他のメンバーもテレビを見守ってこそいるものの、エイスリンや胡桃は眠気がきたようで寝ぼけ眼をこすっている。
状況は後半戦東2局。
今の所三つ巴の様相を呈してきた決勝戦。
ここにいる2校が対戦していない反対側のブロックだったこともあり、その強さを肌で感じたことこそなかったが、全国で4校しか選ばれないシード校であること。去年のインターハイも最後まで駒を進めた高校であること。
事実を並べただけで、千里山女子の強さを証明するには十分すぎる要素が揃っていた。
「配牌は千里山に軍配かな?この局も千里山が和了ったらいよいよだぞ~……」
塞がワクワクを抑えきれないといった様子で興奮気味に口走る。
その様子はまさに一定のチームのファンではない高校麻雀好きのそれ。
「でも、それはどうかしら。やっぱり現状一番有利なのは、巽ちゃんな気がするけど」
「あの人をちゃん付けで呼べるの人類であなただけですよ霞さん……」
完全に晩成のおっかない人という認識の仕方をしている塞であった。
「でも」
珍しく。
いつものハイテンションではない声。霞とは逆の隣に座っっている少女の声に、塞ははたと振り返る。
「まだ、みてないよ~末原さんの、ほんっとーに強いところ」
姉帯豊音がその大きな身体を前のめりにしてテレビを覗き込んでいる。
その瞳が期待に満ち溢れていて、塞は思わず苦笑した。
「豊音はすっかり末原さんのファンだねえ……」
「皆ファンだけど!だけど……末原さんは、もっとすごい」
準決勝で敗退した時。
それはそれは悔しそうに泣いていた豊音ではあったけれど。
それ以上に控室に帰ってきたときの表情が、塞はとても印象に残っていた。
負けたことは悔しいけれど、それ以上にすごい人達と戦えたという達成感からくるものなのか、塞にはその時は判断がつかなかったが。
今は自信を持って言える。
(まあ、サインもらうくらいだし、尊敬してるんだろうな)
後方の机に目をやれば、恭子から豊音がもらったサインが書いてある色紙。
とても綺麗なサインとは呼べるシロモノではなかったが、それでも彼女が大切にしているのだから水を差すつもりもない。
「末原さんのすごいのはね、だれも追い付けないんだよ。私が六曜を全部使ったって、誰がどんな力を使ったって、末原さんは止まらない。誰にも止められないんだよ~」
「……豊音がそこまで言うのは珍しいね」
この決勝大将戦の前半戦を思い出す。
確かに序盤は怒涛の和了りで他を圧倒していたように見える。
誰もがそこから仕掛けるか?と疑うようなところでも。彼女には最速が見えているかのように。
豊音の言葉を聞いていた霞も、笑みを浮かべた。
「そうね、不思議よね。あの子は大きな力を持っているわけでもない。なのに……何故だか気付けば前にいる。あれが幾年にもわたる研鑽の結果だとするのなら……私達が敵わないのも、当然の理かもしれないわね」
それは別段悔しがる風でもなく。
だからこそ塞からは、霞が……いや、永水女子の全員が、この決勝のメンバーを心から尊敬しているからこそ出る言葉のように見えた。
5巡目。
その瞬間は、唐突にやってきた。
親の速度感は感じつつも、いざとなればかわし手を成就させるべく手を進めていた由華がその瞬間息を呑む。
恭子 河
{北⑨南⑨白}
{白}が、河に出た。
由華 手牌
{①①⑥⑦134七八九白白発} ツモ{白}
一向聴。
今切られた白を重ねて、由華の手は大きく前進。
だというのに、由華の表情は全くと言って良いほどに優れない。
(役牌を……切ってきた……!)
河に出ていない役牌は{白発}の2種類だけだった。
由華の手牌に役牌対子があると予想するなら、この2枚はまさに絞りたいはずの牌。
しかしその牌を5巡目にして切ってきたこと。
そこから導き出されるのは。
(聴牌でもおかしく、ない)
慎重に手牌と、恭子の河を眺める。
恭子自体はなにも変わらず、真剣な表情から眉一つ動かしてはいない。
6巡目 恭子 手牌
{③③赤⑤⑥⑦4568二六七八} ツモ{九}
『末原選手また一歩前進!これでくっつき候補が増えましたね!くっつきの一向聴に嬉しい連続形です!』
『これで平和ドラ1くらいが目指せるかなあって感じだろうねい。一番手は姫松かな?』
恭子が河を見渡す。
かかる時間はほんの数秒。鋭い眼差しで、瞬時に思考を巡らせる。
思考を終えて恭子は持ってきた{九}を、そのまま河に放った。
『え……ツモ切り。これはツモ切りなんですか?くっつきにはかなり優秀な形に見えますが……』
『……わっかんねえ~……まあ確かに河に萬子の下と索子の上は安く見えて。逆に萬子の上は河に全く出てなくて情報が少ない。だから良い方の重なりに、かけたのか……?』
7巡目 由華 手牌
{①①⑥⑦134七八九白白白} ツモ{8}
不要牌。
由華は2巡目に{7}を切り飛ばしていて、竜華の河にも{7}が早い段階である。
対子になる牌としては優秀そうに見えるが、由華は形の良い一向聴。
ドラが使えるようになる{2}も逃したくない。
{8}をツモ切った。
《――、―――――》
瞬間。
由華の背筋を、悪寒が駆け巡った。
「ロン」
恭子 手牌
{③③③赤⑤⑥⑦4568六七八} ロン{8}
「2600は……2900、やな」
消え入りそうな声音で告げられた点数は、決して高打点ではない。
圧倒的強者故のプレッシャーを、感じるわけでもない。
なのに、何故。
何故こんなにも手が震えるのか。
竜華も、淡も。恭子のそのなんてことのない倒された手牌に、息を呑む。
「ようやく親番、やな」
無機質に。
本当にようやくだ、とそれこそため息でもつきそうなそんな風に恭子が賽を回す。
そんな恭子に対して、周りは。
(絶対に止める――!)
(やらせんよ、末原ちゃん……!)
(……止めなきゃ……!)
東3局、親は恭子。
今ただ一人の“凡人”に。
“天才”達が挑もうとしている。