ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第183局 疾風

 

 

 同時刻。

 別の放送局にて。

 

 

 『きまったああああ!!!なんとなんととりあえず聴牌をとっていた{8}で打ち取り!!千里山女子清水谷竜華選手の親番を終わらせたのは、因縁のライバル末原恭子選手!!』

 

 『とりあえずの聴牌、じゃないかもしれませんね』

 

 『へ?』

 

 相変わらずのハイテンション実況を続ける福与恒子アナウンサーと、その相棒を務める小鍛治健夜プロ。

 一見凸凹コンビに見えてお互いの呼吸が絶妙にあっているこの2人も、高校麻雀の名物実況コンビとして人気が高い。

 

 そして時折行き過ぎた実況を正すのが、健夜の務め。

 

 『末原選手は前巡持ってきた{九}を手に残しませんでした。くっつき、頭候補として優秀な形を残さず、自分の目を信じて場況の良い浮き牌を2つ残す。とても強い意志がなければ、到底できない打牌でしょう』

 

 『た、確かにそれ切っちゃうのか~って感じでしたもんね』

 

 『{③}が暗刻になっての聴牌は流石に想定外でしょうし、他の連続形にくっついた時が優秀すぎるため即座にリーチとはいけませんでしたが……それでも末原選手はこの{8}に相当な手ごたえを感じていたはずです』

 

 『なんという読みの深さ……!小鍛治プロも20年前はこんな麻雀をしていたんですか?!』

 

 『だから10年前……ってこのツッコミもなんか悲しくなってきたよ……』

 

 この軽快で愛のあるいじりが世間では受けているのだが、健夜からしてみればとんでもない誤情報が流れているようにしか思えない。

 しかし最近はもういちいち訂正する自分が恥ずかしくなってきた。

 

 (でも、そうか……10年前、か)

 

 瞬間、湧き上がったのは過去の自分。

 仮に10年前の自分があそこにいたとして。

 

 彼女達と渡り合える麻雀を自分はできていただろうか。

 少しだけ想像して……そして一人、自嘲気味に笑った。

 

 『え~少し小鍛治プロがセンチになっているので一旦CMです』

 

 『そんなことあるわけないよね?!もう東3局始まるよ?!』

 

 感傷に浸っている場合ではなかった。

 我に戻してくれた恒子に感謝しつつ、先ほど振られた話題に触れる。

 

 『でも……そうですね、私は10年前少なくとも今戦っている彼女達のような麻雀は打てていませんでしたよ』

 

 『ええ~!国内無敗を誇り基本的に日本の麻雀民を見下している小鍛治プロが?!』

 

 『ねえ本当にやめてくれる?!誤解されるから!!!』

 

 最近SNSですこやん腹黒説がまことしやかに唱えられているのを知ってしまった健夜は気が気ではない。

 アラサーはエゴサも欠かさないのだ。

 

 んん、と咳払いでお茶を濁して。

 

 『末原選手は去年も大将としてこの舞台に立っています。その時も懸命に連荘を目指す姿が印象的でしたが……本当に小さな積み重ねを大事にする打ち手ですね、彼女は。どうしても火力頼り、派手な麻雀が好まれる昨今の風潮にあって、彼女のような選手に気付かされることがたくさんあります』

 

 『ええ~小鍛治プロでも、ですか』

 

 『私に限らず、全てのプロにとって……いえ。全ての麻雀を好きな人達にとって、今年の大会は意味のあるものになっているんではないでしょうか』

 

 『す、スケールが大きい』

 

 『まだ新しい発見がある。そう思えるだけで、この麻雀という競技は本当に奥深く、面白い。少なくとも私はそう思いましたよ』

 

  

 次第に局が動き出し、また恒子がいつもの調子でハイテンション実況に戻る。

 それを横で聞きながら、また健夜は少し想いを馳せた。

 

 (麻雀界は、確実に変わっていく。この子達はその変革の世代になるのかもしれませんね)

 

 日本最強と言われながら、健夜は一度だって自分が最強だなんて思ったことは無い。

 それは高校時代の対局がそう思わせるのもそうだし、ワールドレコードホルダーの彼女のこともある。……けれどそれ以上にプロになってから気付かされた。

 『麻雀』は、一筋縄ではいかないのだ、と。

 

 

 (新しい時代が来ても、私は麻雀を好きで、いたいな)

 

 

 別に、自分が最強でなくてもいい。そう思えるようになったのはいつからだったか。

 

 新たな時代の到来を楽しみにしている自分を少しだけ誇らしく思う健夜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決勝大将後半戦 東3局 点数状況

 

 1位  晩成   巽由華 130300

 2位  姫松  末原恭子 122300

 3位 千里山 清水谷竜華 115400

 4位 白糸台   大星淡  32000

 

 

 

 

 

 

 東3局 親 恭子

 

 スイッチが切り替わった。

 そんなものは実際にはあるわけないのだが、もし攻撃と防御のスイッチがあるとすれば、今明確に恭子の攻撃のスイッチが押された。

 下家に座る由華はそんな感覚を覚えて思わず息を呑む。

 

 (来るか……最速の打ち手。けど、こっちも無対策じゃないし、それに……)

 

 周りを見た。今親番を蹴られた竜華も、そして絶望的な点数状況になっているはずの淡も、目は死んでいない。

 明らかに空気が変わったことは2人ともわかっているだろう。元々そういう類に敏い側の打ち手のはずだ。

 

 (全員、あなたの親を続けさせる気はないですよ……!)

 

 現状トップ目は由華とはいえ、その差は微々たるもの。

 しかしこの均衡は、誰かが親番で大きな連荘をすればすぐに壊れてしまうことを、言われずとも分かっている。

 

 由華 配牌 ドラ{3}

 {①①②②③46八九白白南南}

 

 由華の配牌は二向聴。

 かなり良い配牌であることは間違いないが、それでも油断なぞできるはずもない。

 

 (にしてもこの好配牌……まさかとは思うが……)

 

 前局から、由華には一つの仮説があった。

 前半戦に比べて、周りの速度が上がっている。親で満貫を和了した竜華もそうだし、恭子も一副露で聴牌に至っているように見える。

 

 それが、何によるものなのか。

 

 由華はゆっくりと、自らの下家に座る少女に視線を移す。

 

 

 

 淡 配牌

 {⑧⑨22389一発中東南西}

 

 

 淡の手は、もう到底ダブルリーチを打てるものではなくなっていた。

 

 反動。

 

 淡は『牌に愛されし者』としてこれまで配牌でダブルリーチを打つという恩恵を受けていた。

 が、彼女はこの半荘の間、そのダブルリーチを拒否し続けた。前半戦の時のようにたまに、ではなく、徹底的に。

 故に、淡が手にしていたはずの恩恵は消え去った。

 それは仕方のないことであったし、彼女がその道を選んだことを、白糸台の誰であっても止めることは無い。

 

 それにこれくらいの事態は、淡も織り込み済み。

 

 (いいよ。どうせダブルリーチ打ったって負けるんだ。今は……高い手を狙う……!)

 

 こんな状態であっても前を向けるのは、淡本来の性格に依る所が大きい。

 けれど、この決断をできるのは間違いなく、紛れもなく『敗北』を経験し、成長した淡だから。

 

 淡はまだ前を向いている。

 持った武器は頼りなく、周りは強者だとしても。

 

 

 

 そしてこれに呼応するように、これまで同卓者に枷としてかかり続けた配牌五向聴の呪いは。

 

 

 

 六巡目 竜華 手牌

 {④赤⑤⑤⑥⑥⑦2399六六七} ツモ{1}

 

 

 「リーチ……!」

 

 逆に好配牌を生んでいた。

 

 

 『先制は千里山女子清水谷竜華!!親こそ落ちましたがその勢いは未だ健在です!満貫の聴牌に辿り着きました!』

 

 『ツモれば跳満まである手だねい……成就すれば一気にトップまであるぞ』

 

 平和赤ドラの聴牌。

 これをリーチしない手はなく、竜華は当然のリーチ。

 

 

 「……チー」

 

 これに動いたのは、恭子。手牌から{七八}を晒して竜華の河から{六}を拾い上げる。

 

 

 同巡 淡 手牌

 {223689発発中東東南西} ツモ{④}

 

 厳しい危険牌を掴んだ淡。

 

 (私でも、これが危ないってことはすっごいわかる。わかるけど……)

 

 点棒状況に目をやれば、簡単にオリてはいけないことはわかる点差。

 竜華の河に目をやって……淡は{8}を選んで河に置く。

 

 (七対子になったら勝負……!)

 

 狙いは面混七対子一本。面子手は見切って、竜華の安牌を選択する。

 

 

 「ポン」

 

 自分が切った瞬間に声がかかったこともあって一瞬ビクリと動きが止まった淡だったが、恭子からのポン発声だったことに気付き安堵する。

 

 ……が。

 

 

 (……は?)

 

 

 出てきた牌を見て、淡は自らの目を疑った。

 

 恭子が流れるような動作でさも当然のように河に置いた牌は、{九}。

 

 

 (なん……だそれ……)

 

 

 由華もツモりに行く手がワンテンポ遅れる。

 前巡、竜華から恭子が鳴いた牌は{六}。それも{七八}を晒してのチー。

 そして今ツモ番を挟まずに淡からポンを入れて。

 

 出てきたのが{九}。

 それの、意味する所は。

 

 

 (元々{七八九}のターツ完成してたところから鳴いたのか……?!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「恭子ちゃん仕掛けたのよ~!」

 

 「それでこそ、恭子だね」

 

 「ん~!ウチなら鳴けんなあ。別に鳴かんくても勝てるやろって思いそうや……けど最悪のケースまでケアする。負ける可能性を極限まで減らす。それが恭子の打ち方やしな」

 

 自分たちの大将に絶対の信頼を置くメンバーが、ニヤリと笑う。

 存分に見せつけている。彼女のこれまでの積み重ねを。研鑽を。努力を。

 

 今間違いなく世界が彼女を評価している。

 

 それがたまらなく嬉しくて。

 

 

 「誰も、止められないよ。そんなんじゃ。なにせ恭子の絶好調は……私達だって止められないんだから」

 

 柄にもなく不敵に笑ってみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 完成していた面子を、崩して鳴いたことになる。

 全く意味が分からず混乱する淡とは逆に、由華は的確にその意図を見抜いていた。

 

 そして見抜いた上で……戦慄した。

 

 わかってはいたことのはずなのに。

 今更挑まない選択肢はなく、絶対に勝つと意気込んで来た対局なのに。

 

 

 ――最速を駆ける赤いリボンの騎士がいつの間にか遥か先に走り抜けていく。

 

 

 その後ろ姿だけを見て、どうしても心のどこかで思ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 「ロン」

 

 

 恭子 手牌

 {⑧⑧34五五五} {8横88} {横六七八} ロン{5}

 

 

 

 「2900、やな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――本当にこの人とまともにやりやって間に合うのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『な、なんて手順だ末原恭子!!!絶対に止まることのないと思っていた場所からの向聴数の変わらないチー!そして聴牌、和了り!この少女に、いったい何が見えているのでしょうか?!』

 

 『ははは……やべーな、鳥肌立っちまったよ。魅せてくれるねえ……!』

 

 

 

 

 

 寂しそうに、儚げに。

 渡された点棒を黙って点箱に押し入れ。

 

 さも、こんな点数しか和了れないのか、とため息でもつくように。

 

 

 

 

 

 

 

 「……1本場、やな」

 

 

 

 

 

 

 由華の額に冷や汗が流れた。

 

 

 

 

 

 

 


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