ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第20局 守りの化身

Dブロック2回戦は、次鋒戦が終了していた。

姫松高校の控室に、次鋒の上重漫はなかなか姿を見せない。

それもそのはず、漫は姫松の控室の前でこそこそと中の様子を伺っていたからだ。

 

「なにコソコソしとんねん」

 

「うわっうわあ!」

 

迎えに行ったはずが入れ違いになってしまった恭子が後ろから漫に声をかける。

漫は驚いた後、居心地悪そうに、目の前で手をもじもじしていた。

 

「先輩たちに合わせる顔がなくって……」

 

漫は次鋒戦で点数をプラスにすることができなかった。

次鋒戦を終えて、今の各校の点数は

 

宮守 110000

姫松 135900

有珠山 62000

新道寺 92100

 

となった。

宮守のエイスリンが全体の和了の50%を占め、点数を稼いだ形。

漫は満足のいく和了りをとれないまま、終局を迎えてしまった。

不甲斐ない結果を出してしまった自分を恥じて、控室に戻りにくかったのだ。

 

そんな様子を見て、はあ、と恭子がため息。

 

「あのなあ、そんなことでウチのメンツが怒ると思うんか?漫ちゃん1人で姫松高校として戦ってるんやない。カバーするためにウチらがおるねん」

 

「末原先輩……」

 

「まずはそのみっともない顔どうにかして、控室戻ればええ」

 

もとより、漫の能力の扱いが難しい事はわかっていた。

その上でオーダーしているのだから、これくらいは想定範囲内。

 

というのもあるが、恭子は漫にチームメイトである先輩たちに距離を置いてほしくなかったのが大きい。

 

 

 

「ほんっとにすんませんでしたあ!」

 

改めて、控室に戻った漫が全員に向けて謝罪をする。

 

「ええよええよ、そういうもんやしー」

 

「気にせんでええよ~」

 

「相手も強かったね、初戦だし、仕方ないよ!」

 

メンバーから口々に励ましの言葉がおくられる。

誰もこの場に責めるような発言をする人はいない。

 

ただまあ、今後のために、例のヤツやっとくか。と、恭子が自分の学生鞄を漁りだした。

 

「あっれ~油性持ってくんの忘れてたわー。しゃあないなー水性にしとこかー」

 

例のヤツ。それは漫が結果を出せないと、額にペンで落書きをされるという罰ゲーム。責めはしないが、次は必ず勝つという気概を持ってほしい、とは恭子の弁だが、やることのえげつなさに、それを聞いた洋榎と多恵は若干引いていた。

 

「ホンマですか?!」

 

水性であればすぐ落とせる。

思いもよらない不幸中の幸いに、少し声の調子が上がる漫。

 

「あら~末原ちゃん油性ペンがいんの~?」

 

「え」

 

しかしその希望も赤阪監督の呑気な1言で砕かれる。

 

「私油性持ってたよ~な気がする~」

 

 

 

 

 

 

 

うっうっ、と控室の隅で漫が泣いている。

それを励ましに漫の方へ向かったのは多恵だ。

 

「漫。恭子は私達の中でも漫ちゃんへの期待が大きい人だから、期待の裏返しだと思って……」

 

「多恵先輩ぃ……」

 

恭子は漫ちゃんへ期待していた。多恵が漫という人材を発見したとはいえ、漫ちゃん育成計画には恭子も深く携わっている。

漫が活躍できるように、いろいろな条件を多恵と共に模索した恭子は、漫のために費やした時間ももちろん多い。

 

「余計なこと言わんでええねん多恵」

 

そこに件の恭子がやってきた。

近づいてきた恭子は油性ペンを凶器のようにペン回ししている。

 

「ちょっとなあ、もっとやる気になるように、罰ゲーム増やそうかあ」

 

その表情は、悪魔のそれだ。

対局中にこの表情をすれば恭子の和了率は5%くらい上がるかもしれない。知らんけど。

 

「ええ?!もう十分辛いですよお?!」

 

「恭子、これ以上は、いいんじゃないかなあ?」

 

苦笑いをしながら、多恵が恭子を止めに間に入る。

しかしその悪魔の表情は、何故か多恵に向いていた。

 

「何、勘違いしとるん多恵」

 

「ぴょ?」

 

嫌な予感が、多恵の体を駆け巡る。

恭子は見たことのない笑顔で。

 

「これからは、漫ちゃんがトップと2万点差がついたら、多恵のデコにも油性や」

 

「ぴょおおおおおおお?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しくしく、と多恵が隅っこで泣いている。

 

「多恵先輩!多恵先輩いいい!ウチのせいで……」

 

「だははははあっはははあ!!!」

 

洋榎が爆笑している。

膝を叩きながら多恵の額に書かれた「子」という文字を見て大爆笑だ。

 

「ひ、ひどい状況なのよ~」

 

「ま、多恵は先鋒でこの後出番もないし、ちょうどええやろ」

 

恭子がそう言いながら赤阪監督にペンを返す。

 

漫は自らのせいで多恵をも犠牲にしてしまったことに、絶望していた。

恭子の狙いは意外とばっちりで、これからはこの人の額に落書きなんかさせてはいけないと、1人責任感を増す漫がいた。

 

「まあ、任せときー、ばっちりやってきたるわ」

 

ひとしきり大爆笑した洋榎が、多恵の身を案ずる漫ちゃんに肩組みした。

 

「洋榎先輩……。よろしくお願いします!」

 

「洋榎、宮守の中堅、頭に入れといてな」

 

「おおー任しときー」

 

ひらひらと手を振って控室を後にする洋榎。

その姿に緊張は微塵も感じ取れなかった。

 

「洋榎の強さは、誰が相手でも客観的に実力差を測れるところだよね」

 

悲しみから解放された多恵が、洋榎を見送ってそう口にする。

洋榎は自分の実力を過信していない。かといって過小評価もしない。

そうして客観的に実力差を推し量り、立ち回りを決める。

敵を知り、己を知れば100戦して危うからずとはよく言ったものだ。

 

「そやな……ふふっ」

 

恭子が多恵の言葉を聞いて、振り向いて笑った。

 

「多恵……フフッ……その顔で何ゆーてもかっこつかんで……」

 

「これ書いたの恭子だよね???????」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伝統的に、強豪姫松のエース区間は中堅だ。

去年多恵が個人戦決勝まで行ったことを鑑みて、中堅には多恵が座るべきでは?というネットの記事もいくつか見受けられた。

しかし姫松善野監督も、赤坂監督代行も、中堅には愛宕洋榎を指名した。

そしてそのことに異を唱えるものは、部内で1人たりともいなかった。

 

エースの役割とは高校によって変わる。

姫松の伝統的なエースの資格は、精神的支柱。

絶対にこの人は負けないという信頼。

そういう意味で、愛宕洋榎の雀風は、確実に姫松のエースに相応しいといえよう。

 

 

「ほんじゃあいっちょ、景気づけ、いっとこかあ~」

 

洋榎の手が大きく振りかぶられる。

 

「出鼻くじきリーチイ!先んずれば人を制す、や」

 

(バカみたい!)

 

(このアホそうな人が強豪姫松のエースってマジ?)

 

(なんもかんも政治が悪い……)

 

中堅戦が始まった。

 

メンバーは起家に宮守の鹿倉胡桃、南家に有珠山の岩館揺杏、西家に愛宕洋榎、そして北家に新道寺の江崎仁美だ。

東1局5巡目に洋榎からリーチがかかる。

 

「来るで~一発くるで~」

 

初戦ということもあって洋榎の機嫌はいい。

麻雀を楽しむことが、洋榎の強さを形作っている。

 

「って、なんで{⑥}やねん!」

 

1人ツッコミである。フリーでこんな人と同卓しようものならつい「ラストで」って言いたくなってしまう人も多いだろう。

 

数巡して、洋榎が持ってきた牌を開く。

 

「ツモ。まずは2000.4000や!」

 

 

洋榎 手牌 ドラ{②} 裏ドラ{七}

 

{①②③⑦⑦⑦45699七八} ツモ{九}

 

 

 

 

 

東2局 親 揺杏 ドラ{三}

 

(姫松を削りたいけどー贅沢も言ってられないし、まずは点数稼ぐことだな)

 

有珠山は点数状況的にも厳しい展開が続いていた。なんとか次鋒の桧森誓子がプラスで終えたとはいえ、先鋒戦で受けた傷は癒えていない。

揺杏の当面の目標は、点数を回復することだった。

 

10巡目 揺杏 手牌 

 

{⑦⑧12334赤5二三三西西} ツモ{西}

 

(よっしゃ!ドラ使い切れる方~)

 

「リーチ」

 

親の揺杏がリーチをかける。

南家の洋榎が一発目に持ってきた牌は{⑨}。

 

洋榎 手牌

{⑤赤⑤123456789六七} ツモ{⑨}

 

揺杏の河と全体的な河を見る。

 

揺杏 河

{北南白九八九}

{六⑤⑦横二}

 

そのまま{⑨}を手中に収めつつ、現物の{六}を切り出した。

絶好の聴牌だし、聴牌維持でツモ切りする人も多そうな手牌だが、洋榎はもうこの{⑨}

が十中八九当たりだと思っている。

 

「かあ~一発キャッチやわあ~ついてへんな~」

 

「うるさいそこ!」

 

ついに宮守の胡桃からお叱りを受ける洋榎。

 

次巡、洋榎は通っていない{七}を切り出した。

そして北家の江崎から出てきた親の現物{⑦}。

 

「ロン」

 

その牌に反応して、洋榎の手牌が倒される。

 

「親の現物やとしても、他家の聴牌気配は感じれんかったか?」

 

洋榎 手牌

{⑤赤⑤⑧⑨123456789} ロン{⑦}

 

「そういうのいいから点数申告!」

 

「あ、5200です……」

 

「なんもかんも政治が悪い……」

 

とんでもない煽りスキルに、胡桃からの喝が飛ぶ。

 

洋榎がいることによって騒がしくなる中堅戦は、まだ東2局だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「洋榎、完全に{⑨}読み切ったね」

 

「まあ、今回は素直に一発目に現物打って、次でもう一度テンパったから1牌勝負……って人もいたやろけどな」

 

姫松高校控室では、冷静に場の分析が行われていた。

先鋒戦と同じように、モニターの一番近いところでは漫と由子と絹恵が全力で応援、

後ろで恭子と多恵が椅子に座りながら観戦している。

 

「でも、きっと洋榎ならその勝負の1牌が{⑨}だったら打たないんだろうね。私は打つけど」

 

当たる確率が高いとはいっても、{⑨}が当たる確率はせいぜい10%程度。

それを切って聴牌なら、デジタル的には押し有利だ。

満貫聴牌時に持ってきた{⑨}はツモ切る人が多いだろう。と、いうより本当はそれが正解だ。

 

しかし、そこを切らないところに、「守りの化身」たる愛宕洋榎の真骨頂がある。

研ぎ澄まされた感覚と、経験に裏打ちされた河読みは、的確に相手の当たり牌を推し量る。

そしてなによりも、

 

「洋榎はその感覚と心中できる強さがある」

 

去年から地方大会も含め一度もマイナスで終えたことがない、「負けないエース」愛宕洋榎の強さだ。

洋榎を仲間として、幼馴染として信頼しきっている多恵の表情を見て、恭子もうなずく。

 

「自信があるし、結果もそれを裏付けてるんやな……フフッ」

 

「恭子、そろそろキレるよ??クラリンキレちゃうよ??」

 

姫松の控室も、同じく騒がしかった。

 

 


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