お久しぶりです。
今日はひな祭りなので、女の子の日にふさわしい可愛い話を書いてみました。
おまけ番外編 巽由華の不思議な一日
肺に直接矢のように降りかかってくる煙草の副流煙。ソレによって充満した空気は最悪の一言に尽きる上、なんなら壁はその煙草が原因で少し黄ばんでいるようにすら見える。とても他人のことを思っているようには見えない男どもが何人も、下卑た笑みを浮かべながら4人ずつ卓を囲んでいるようなそんな場所で。
ただ一人、制服を着た少女が浮いている。
白いブラウスに紺色のジャンパースカート。胸についた赤いリボンが、この場で紅一点であることを強調していた。
その少女もまた、その室内の一角の席に座っていて。
「おい嬢ちゃんさっきまでの威勢はどうしたんだよ?あ??すっかり元気なくなっちまったなあ!」
「ひゃははは!!この後が楽しみだぜ……なあ、楽しませてくれよ?な?」
下劣漢。そんな言葉がぴったり似合う男たち3人が、少女にねっとりとした視線を向けている。
手に持った牌を2枚重ねてかちゃかちゃと鳴らしながら。至極楽しそうに口角を上げた。
少女――巽由華は、額に流れる汗を拭うこともできずに、自らの両の手を膝の上で強く握りしめた。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
インターハイ終了から数週間が経ったある日のこと。
団体戦準優勝という快挙を成し遂げた晩成高校のメンバーは、高校の関係者や地元から多くの人達に囲まれて、忙しい日々を過ごしていた。
そんな彼らの前では明るく賞賛の言葉を受け取っていた彼女達であったが、準優勝という結果にもちろん満足はしていなかった。
目標は、もちろん優勝だったから。愛するべき一人の先輩が卒業する前に、優勝旗を掲げてもらうと誓っていたから。
そして優勝ができなかったことに人一倍責任を感じているのが、大将の巽由華だった。
「はぁ……」
暑さが和らいだ秋口。道路のガードレールに寄り掛かりながら、由華はため息をついた。
散々泣いた。後悔もした。反省もした……。
けれど、あの夏はもう2度と帰っては来ない。
最高の対局に身を焼いて、最高の結果を持ち帰ることは……少なくとも、自分が敬愛するあの人に持ち帰ることは、できない。
そんな風に考えてしまっていたことが見抜かれたのだろうか。
昨日の部活の帰り、やえから由華に声がかけられた。
『由華、明日空いてる?ちょっと、出かけない?』
『え……』
普段なら、「デートですか?勝負服着てった方がいいですか?レストラン予約しますか?夜景が見えた方がすきですか?」とかのたまって頭を引っ叩かれるまでがワンセットなのだが、それすら言う元気がなかった。
「せっかくのデート、なんだけど……」
やえは何故か制服を指定した。ここから行くところがあるらしい。制服で行くところなど想像もつかないが……。
なにはともあれ、今はそのやえを待っている最中。
「……ん?」
スマートフォンをいじっていた由華が、足元に気配を感じて画面を閉じる。
由華の履いているローファ近くにまで来ていたのは、野良猫だった。
「なんだお前……なにか用か?」
由華がスマホを持ったままかがみこむ。
茶色の毛並みで小柄な猫。
その顎を撫でようと由華が手を伸ばした、その時。
ジャンプ一番飛び跳ねた野良猫が、由華の顔面に猫パンチを繰り出した。
「ぼごぉ?!」
少女らしからぬ悲鳴を上げてしりもちをついた由華。
その様子に満足したのか、猫は路地裏めがけて走りだした。
一瞬の、間があって。
「……殺す」
女子高生から聞こえてはいけない声が聞こえた気がするが、きっと気のせいであると信じたい。
由華はすぐに起き上がると、青筋を浮かべながら逃げた猫を追いかけた。
「追い詰めたぞクソ猫……!」
路地裏で追いかけっこが始まって数十分。
人類の知恵を駆使した由華が、なんとか猫を追い詰めることに成功した。
どうこの猫をこらしめてやろうかと、由華の頭がフル回転する。
さながら安牌が無くなって手詰まりを起こした時のように。
(全身撫でまわしの刑…?いや、なまぬるい。たかいたかいの刑……?あれ、猫って高所強くなかったっけ?ジャイアントスイングで許してやるか……私は寛大だからな)
そんなことを考えながら、一歩、また一歩と猫に近づいていた、その時だった。
「おいおい、こんな所に女子高生がいんだけど」
後ろから、声が響いた。
とっさに、後ろを振り向く。
そこにはガラの悪そうな男が3人、ヘラヘラと笑ってこちらを見ていた。
「あ~嬢ちゃんここがどこだか分かってきてるってことでイんだよね?」
「へへっなかなか可愛い顔してんじゃん」
寒気がするような薄笑い。
由華は自分がいつの間にか路地裏のかなり狭いところにまで来ていることに気付いた。
「……すみません、帰ります」
事が大きくなる前に撤退。
それが由華が導き出した答え。
「おっと、そうはいかねえって」
歩き出した由華の右手を、柄の悪い男のリーダー格らしき人物がつかむ。
「離してください」
キッと男を睨みつけると、由華は強引にその手をふりほどいた。
「おーおー怖い怖い。でもいいのかな?こんなところに来てたってガッコにバレちゃって大丈夫?」
「なにをいって……!」
ヘラヘラと笑っている男の奥、もう1人の男が、由華の生徒手帳を見せびらかすように開いた。
掴まれた時だろうか。ポケットから抜き取られたことに、気付けなかった。
「晩成高校……知らねー名前だなあ。巽由華チャンね」
「……返してもらえませんか」
「返してあげてもいいけどーまあ、俺らと一緒に楽しいコトしてから、かな?なあ?」
「あひゃひゃひゃひゃ!!」
心底楽しそうに笑う男たち。
(ゴミ共が……!)
由華は静かに奥歯を嚙み締めた。
「俺たちに麻雀で勝ったら返してあげるのとかどっすか」
「バカやめろ、今時の女子高生が麻雀なんかやるわきゃねえだろ」
話し声が、聞こえた。
そしてしめたとばかりに、由華が声をかける。
「できますよ、麻雀」
「……ああ?」
「麻雀で勝ったら、返してくれるんですよね」
「……へえ、おもしれえじゃん」
由華の提案がよほど面白かったのか、3人とも下衆な笑みを浮かべて由華の周りを取り囲んだ。
そうして連れてこられた雀荘。
しかしその内装は、由華が知っている物と大きく異なっていた。
(タバコ臭い……!それに、酒まで……!)
由華の常識では、雀荘は基本禁煙。酒類の提供は、しているところもあるが、それは少数のはず。
子供も利用するからだ。
だというのにこの雀荘は、タバコの臭いが充満していて、しかも座っている人達の行儀が須らく悪い。
強打なんぞ当たり前。対局中に平気でタバコを吸っている。
そしてなによりも。
(いまどき手積み卓しかないの……?)
現在の主流は、自動卓だ。
由華も本当に昔家族に無理やり麻雀をやらされていた頃は手積みでやっていたが、中学生からはずっと自動卓。
時間の効率が違いすぎる故に、雀荘で自動卓じゃない所なんてもう無いと思っていたが。
明らかにおかしな光景に目を奪われていると、男達が受付に乱雑に話を通している最中、執事服に身を通した男性が由華のところへやってきた。
「……おい嬢ちゃん、どうしてあんな連中と一緒に来た」
「……生徒手帳をとられて」
「っ……はあ……まーたそういう類の……麻雀、打てるのか?」
「麻雀は打てます。あんな奴らには、負けません」
「……へえ」
由華の返事に驚いたのか、その男性は目を丸くした後、由華に微笑みかけた。
「けどな、こういうとこには来るもんじゃねえ。ちょっと耐えててくれ。必ず、助ける」
「……?ありがとうございます」
どういう意味なのか由華はわかりかねたが、助けてくれるならそんなに嬉しいことはない。
警察でも、呼んでくれるのだろうか。
(……でも、関係ない)
なんにせよ、今由華の心は変わっていなかった。
麻雀でなら、こんな下衆共に負けは無い。負けるはずがない。
(さっさと片付けて帰らせてもらう……!)
ニヤニヤとした笑みを止めない連中をよそに、由華は目の前の麻雀卓に向き合った。
勝負は三半荘で行われる運びになった。
その、一半荘目。
「ツモ」
由華 手牌 ドラ{8}
{①①①234888999中} ツモ{中}
「リー即ヅモ三暗刻ドラ3で4000、8000」
開幕直後の一撃で、へらへらと笑っていた男達の目が、変わる。
「へえ……なるほどな、嬢ちゃん、麻雀には自信あるってか」
「……」
由華は何も言わず点棒を受け取り、しまった。
(言いたいことは山ほどある……けど、変にイラつかせてもっとヤバイ行動に出られても面倒だし、ここはささっと終わらせて帰る)
男達も始まる前はへらへらと笑っていたが、由華の手つき、牌捌きを見て認識が少し変わったらしい。
とはいえ、別にその目つきは勝負中のそれではなく、単に珍しいものを見る目であったが。
「ちったあ楽しめそうじゃねえか」
楽しそうな玩具を見つけたと言わんばかりなその態度に由華は内心のイラつきを募らせるが、由華はおくびにもださず無言で洗牌を始めるのだった。
結果から言えば、一半荘目は由華の圧勝だった。
トビアリのルールなこともあって、南場を迎えることなく、由華の圧勝。
ルールは3半荘のトータルスコアが由華がプラスで終えることができれば由華の勝利のため、これでかなり由華は楽になったことになる。
だと言うのに。
「いや~強いね嬢ちゃん。これじゃあ負けちゃうかもなあ!」
「バカヅキじゃねえか女の方がギャンブル強いって良く言いますもんねえ!」
(こいつら……)
その結果を見ても、なにも動じていない連中を見て、由華は嫌な予感が頭をよぎる。
「……勝ったら、生徒手帳も返して、解放してくれるんですよね」
「ああ。もちろん。俺たちゃ約束は絶対守らなきゃいけねえ所で生きてるからよそれは約束してやるよ」
「……なら、続けましょう」
約束を守るという言質はとった。
ならばあとはこのまま、蹂躙するだけ。
由華の右目が、稲妻のような光を帯びる。
2半荘目。
異変は、すぐに起きた。
「おっ、リーチだ」
3巡目。まあ、そういうことだってあるかもしれない。
由華は自分の手牌から相手に通っている現物の牌を選んで、切り出した。
「あちゃー嬢ちゃんそれロンなんだわ」
「……え?」
リーチを受けたのは対面から。
しかし由華の牌でロンと言ったのは、下家だった。
下家 手牌
{①②③12378一一九九九} ロン{9}
「純チャンドラ1……満洲だ嬢ちゃん」
「……はい」
まだ3巡目にしてはできすぎた手牌。
おあつらえ向きにリーチ者の現物に{9}。
嫌な予感がして、由華は対面の手を睨みつける。
しかし対面はニヤニヤと寒気がする笑みを浮かべたまま、手牌を伏せた。
「いや~和了れねえかあ俺の方が早いと思ったんだけどなあ!」
対面 手牌
{③⑤⑤⑦2468七七八東南}
東3局 親 由華
今の局、由華はなにかしら相手側で意思疎通が謀られていたことに気付いた。
でなければ、ありえないほど出来過ぎているから。
(『通し』か。姑息なマネを……)
通し。メンバー内でだけ通じる合言葉や仕草を使って、自分がどんな手で、どんな待ちなのかを相手に伝える方法。
由華は昔読んだ本の中で、その内容だけは知っていた。
(だがそんな程度で、私が止まると思うなよ……!)
しかし由華の中で合点がいったこともある。一半荘目は通しを使わず、二半荘目から通しを使う予定だったから、こいつらは余裕ぶっていたのだ。
それがわかってしまえば、もう怖くない。通し程度でこちらが止められると思っているなら大間違いだ。
6巡目 由華 手牌
{1223577白白白中中中}ツモ{5}
(これは決める……)
「リーチ」
迷いなく、由華が千点棒を取り出す。
昔から手になじんだ感覚。手積み卓であっても関係ない。この手は、必ずツモり和了れる。
下家が牌を切って、対面が山に手を伸ばす。
その刹那だった。
(……!?)
違和感。一瞬のことで完全には気付かなかった。けれど。
ツモる動作が、おかしかった。
何年も麻雀を打っている由華だから。更に言えば、リーチ中で自分の手を見る必要が無くなったから。
見間違えでなければ、今対面は、山からツモるのではなく。
山に、2枚の牌を置いていかなかったか?
「おっいいとこ入った~んじゃ、おっかけさせてもらいます~」
上家から間髪入れずにリーチが入る。
強烈な嫌な予感。
由華は、冷や汗が流れるのを感じた。
ニヤニヤと眺めている下家と対面の視線が鬱陶しい。
嫌な予感を振り払うように、由華が山に手を伸ばす。
持ってきた牌は……{発}。
「お、そいつだよ」
上家 手牌
{①⑨19一九東東南西北白中} ロン{発}
「嬢ちゃん、この役、知ってる?」
明確に、由華の顔から血の気が引いた。
時間軸は冒頭に巻き戻る。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
冷静になってみれば、自分が勝てるかもしれない勝負を、こんなクズ達がしてくれるわけがない。
さっきの局、やられたことは明確にわかった。
『送り込み』。こちらがリーチに打って出たことをいいことに、自分のツモ筋に、相手側の当たり牌を設置された。
さらに言えば、上家の国士無双も偶然なわけがない。
積み込み、いわゆるイカサマだ。手積み卓ならではの卑劣な行動に、由華は拳を強く握りしめることしかできなかった。
(ゴミ共が……!)
と同時に、自分の浅はかさにも腹が立った。
麻雀でなら勝てると思い込んで、勝負を受け入れてしまった。
しかしこれでは勝ち筋はゼロだ。
これだけイカサマのオンパレードをされて、いかに由華といえども、こちらはイカサマなぞできない。
仕組みすら知識は怪しい。
「あれ?由華ちゃんどうした?諦めたの?1半荘目トップなんだからまだ逆転できるかもよ?」
軽薄な笑みは見なくても目に浮かぶ。
その声色が、こちらの負けを確信して上機嫌になっているのが腹が立つ。
(どうしたら……!……私はまた、負けるのか……!)
ぎゅっと瞑った目尻に涙を溜めて、由華は怒りと悔しさに震える。
やえに勝利を届けられず。
こんな下劣な打ち手に対してもなす術がない。
そんな自分の弱さに。
「……代わってもらおうか」
低い、声だった。
その声に、雀荘全体が静寂に包まれる。
声量は決して大きくはない。
それなのに、その声は良く響いた。
由華が、顔を上げた。
そこに立っていたのは、色黒で、がっしりとした体つきの男だった。
「……ああ?なんだよ。こっちは可愛い女の子と麻雀中なんだけどナァ」
「……1対3は麻雀じゃない。やるなら……2対2だ」
「んなこと決まってなんか……」
リーダー格の男が抗議しようとしたその時、後ろから店に入った時に少しだけ話した執事服の男がやってくる。
「あ~ごめんなさいねえ~今満卓で、この人と4人で1半荘だけ打ってもらいますね~!」
「んなふざけたことあっていいわけ……!」
「俺がここのマスターだ。黙って従えや」
「……ッ」
執事服の男の迫力に、リーダー格の男が気圧される。
何が起こっているのかわからないまま由華が執事服の男の方を見やると。
「ごめんね、遅くなっちゃって。ま、あの人めちゃつよだからさ、全部任せてよ」
「は、はあ……」
小声で言われた内容は、どうやらこのガタイの良い男と麻雀を打てということらしいが。
「……はじめよう」
てっきり警察でも呼んでくれたのかと思っていた由華は、意外な助っ人の登場に呆けることしかできなかった。
3半荘目。
由華の下家に、ガタイの良い男が座る。
男の名は、伊桜と言うらしい。
(状況は1対3から2対2になったけど……この人、信用していいのか……?)
親は伊桜からだ。
一枚の牌を握って……河に放つ。
あまりに強烈に叩かれた第一打が、耳に強く響いた。
(打牌うるさっ!!本当に大丈夫なのかなあ……?)
とはいえ信頼するしかない。
イカサマが横行しているのがわかった以上、頼れるのはこの伊桜だけなのだから。
「ポン!」
「ポン!」
「そいつもポンだ」
対面に座ったリーダー格の男が、仲間からのアシストを受け三副露。
{東南発}と仕掛けて、手牌は4枚に。
(まずいな……)
由華は先ほどの2半荘目でトビ、トータルスコアはマイナスになってしまっている。
つまり、伊桜がどう頑張ったところで、由華がトップにならなければプラスは見込めない。
早い話が、仲間内だけで差し込みあって一人がトンで一人にトップをとられたら、由華は負けなのだ。
3アシストから、由華の上家に座った男が笑みを浮かべる。
(もう差し込めるのか……!)
あまりにも早すぎる。
まだ5巡。こちらにはなす術もない。
由華の上家の下っ端が、リーダー格の男に差し込んで終わりだ。
ニヤついた下っ端が、勢いよく河に牌を切り出す。
{白}だ。
「ロン!」
終わった……!もしこれが役満なら、そこでもう終わり。
「……ロン」
しかし、低い声が、由華の下家から響く。
伊桜 手牌 ドラ{⑧}
{②②④④⑧⑧55三三七七白} ロン{白}
「……
頭ハネ。
忌々しそうに唾を吐いたリーダー格の男が、乱雑に山を崩した。
「クソジジイが……!」
東3局 親 下っ端
なんとか生きながらえているものの、由華の点数が伸びなければ意味は無い。
8巡目 由華 手牌
{①②123九九九白白発発南} ツモ{①}
一向聴。
チャンタ系の手役が見える手。
由華は{南}を切り出していく。
「ポン!」
対面にその牌を鳴かれる。
相手の男達も、今注意は下家に座る伊桜に向いているだろう。
ツモ番を飛ばす意味合いもあったかもしれない。
そうして出てきた牌は、{発}。由華が鳴ける牌だ。
喉まで声が出かかって、由華は自分の左手の甲を、自身の右手で強くつねる。
(バカか……!何回同じ過ちを繰り返すつもりだ……!)
状況が状況で、焦りが出てしまった。
勝たないとまずいという気持ちが発声を誘ったのだ。
ふう、と一つ息を吐く。
(私は決めたんだ。もう2度と、自分の麻雀を曲げてなるものかと!)
9巡目 由華 手牌
{①①②123九九九白白発発} ツモ{発}
「リーチ!!」
もちろん待ち選択はシャンポン。
最高打点に仕上げる方法を、由華は知っている。
「ツモ!」
由華 手牌
{①①123九九九白白発発発} ツモ{白}
「4000、8000!」
男達の表情が歪む。
流石に由華に大きく浮かれたのは痛いのか、忌々しそうにこちらを睨みつけていた。
そんな中、伊桜だけは、由華の和了形を、じっくりと眺めていた。
その後は、一進一退の攻防が続いた。
「ロン。2600」
「クッソが……!」
差し込みは、全て伊桜によって阻止され。
かといって由華も、それ以降大物手を和了れるには至らず。
ジリジリとツモで削られながら、なんとか1位をキープする展開に。
そして迎えた、オーラス。
南4局 親 由華
(伊桜さんに、守ってもらいっぱなし……!情けない、本当に)
何度救われたかもうわからない。
ゲームを終わらせかねない卑怯な手を、何度も伊桜は止めてくれた。
(でも……私にだって、プライドがある……!)
それは、晩成で積んだ研鑽の数々。
このまま守られっぱなしで終わって、何が晩成の大将か。
(最後に、捻りつぶしてやる……!)
由華の瞳が、一段と輝いた。
5巡目 由華 手牌
{①東東南南西西白白白中中} ツモ{南}
由華の手に、大物手が舞い込んだ。
(よし……この手を決めて、終わらせる……!)
驚くほど手牌がスムーズに進む。
先ほどから、重なった牌から順に、伊桜が切ってくれているのだ。
しかし、そんな偶然があり得るだろうか?
(知り合ってまだ1半荘も経ってないのに、私の力を、理解してる……?)
そんなはずはない、そう思ってはいるけれど。
(なんだ、この感じ……!)
身体中に湧き上がる高揚感。
自分の道を進め、とそう言ってくれているような。
「リーチだァ……!」
その刹那、対面からリーチがかかる。
狂気的に笑う対面が、場に千点棒を投げ捨てた。
とはいえ由華も勝負形だ。引く気は一切ない。
(来いよ……正面から捻りつぶして……ッ?!)
――瞬間。
上家の手が動く。
ツモ山に、牌を置かれた。
『送り込み』。
おそらく差し込みよりも優先的に由華の手を潰しにきた、相手側のイカサマ。
2半荘目にやられたソレを、由華は良く知っている。
これで由華の手牌には、対面の和了り牌が流れてくるだろう。
対面 手牌
{2233446688発発発}
(ふざけやがって……ぜってえタダじゃ返さねえぞ)
ぶっこ抜きで完成させた緑一色聴牌。
これを確実に仕留めて、このふざけた勝負を終わらせる。
下っ端が送り込みを遂行したのを見て、ニヤリと笑みを浮かべた。
(さあ飛び込んでこいよ、クソガキ)
そしてその瞬間。
上家から切られた牌。
それは、{東}だった。
(っ……!!)
由華の手牌は
{①東東南南南西西白白白中中}
この状態。
東をポンして打{①}とすれば、字一色聴牌で、更に相手の送り込みもかわすことができる。
絶好の、鳴き所。
由華が、ぎゅう、と強く、より強く自分の手を握りしめる。
わかってる。
この状況。鳴かないことがおかしいことだって、わかってる。
鳴けば役満聴牌で、送り込みもかわせる。
対面に、ぶつけることができる。
鳴かない理由がない。
けど。
(鳴く……私が、また、鳴く……?)
強く、強く太ももを叩いた。
あの時と同じだ。
焦って、前に出て、自分の力じゃ立てなかった、あの時と同じ。
(もう……後悔しないって、決めたんだ……ッ!!!!!)
欲しない。
王者の剣は、屈しない。
自らの手で切り開く、あの王者のように。
由華は目を大きく開いて、伊桜の目の前にあるツモ山へと手を伸ばした。
(……え?)
由華 手牌
{①東東南南南西西白白白中中} ツモ{東}
ツモ牌は、有効牌だった。
(なん、で……)
てっきり、不要牌だと思っていた。
しかしもしかしたら、この{東}こそ、対面の当たり牌なのかもしれない。
それなら、納得がいく。
「リーチ!!!!」
強く曲げる。
由華から出てきた牌が当たり牌ではなかったことに驚く対面と上家。
リーダー格の男が鬼のような形相で下っ端を睨みつけるが、下っ端は何が起こったのかわかっていない様子で。
送り込んだのは、確かに、たしかに{8}だったはずなのに。
伊桜がツモり、1枚の牌を切る。
リーダー格の男が、忌々しそうに山へ手を伸ばした。
そして、その牌を見て。
「ッ!クソ……クソガキがあああああああああああああ!!!!!!!」
切り出した牌は―――{中}。
「……終わりだな」
伊桜が、小さく呟いた。
由華 手牌
{東東東南南南西西白白白中中} ロン{中}
対局が終わって。
伊桜に『マスター』と呼ばれていた執事服の彼が、不良軍団3人を奥に連れて行っていた。
なにやら、最近オイタがすぎる……とか言ってたような気がする。
自分に何が起きたのかわからないまま、由華は麻雀卓の前に座っていた。
「……良い麻雀だ」
「!……ありがとう、ございます」
煙草に火を点けた伊桜が、由華に煙を吸わせないような配慮なのか、出口の方を見ながら静かに息を吐いた。
なにか言わなきゃと思って、由華がしどろもどろに言葉を紡ぐ。
「あの、最後、なんですけど……私、あれ東、鳴くべきだったのに、なんか……あはは」
自分でも何を言っているかわからなくて、曖昧な表現になってしまった由華。
正直何が起こったかわからなかったし、きっと当たり牌を掴まされるのだろうと思っていたから、回ろうかとも思っていた。
「鳴かないって、効率悪いです、よね」
自嘲気味に、由華が頭を掻く。
いたたまれなくて、マスターに取り返してもらった学生手帳を手に、由華は静かに立ち上がろうとした。
「……あの時」
と、その時、伊桜が小さく話し出したことで、由華がその場で立ち止まる。
「……あの土壇場で、己の信念を曲げなかった。あの時点で……お嬢ちゃんの勝ちだ」
「……ッ!」
その言葉が嬉しくて。
認めてもらえたような気がして。
由華は、深く、深く頭を下げた。
「ありがとう、ございました……!」
由華は外へ駆け出していく。
その横を通り抜ける時、たしかに、伊桜が小さく笑っていたように見えた。
「はあ、はあ……!」
勢いよく雀荘を飛び出して、大通りまで走る。
身を包む高揚感と、達成感。
最後の半荘は、本当に心が熱くなる対局だった。
そして、最後に伊桜に言ってもらった言葉。
『己の信念を曲げなかった』
その言葉が、由華の脳内をリフレインする。
「ちょっと由華!!!」
「うわあ?!やえ先輩!」
「あんたどこ行ってたのよ!15分も連絡しないで!」
「すみませんすみません……ってえ?15分?」
由華がやえの言った言葉が信じられなくて、一瞬フリーズ。
そんなはずはない。
だって今まで3半荘も打ったのだ。
最低でも2時間近くは経過しているはずだったが……。
由華が慌ててスマホを開く。
確かに、やえとの待ち合わせ時刻から15分しか経っていない。
「え……ええ?」
「なによ。あんた変よ?」
顔を、触ってみる。
そういえば、盛大な猫パンチを食らったはずなのに、その痛みもどっかにいっていた。
「ふふ……あははあはははは!」
「ええ……由華あんたついに壊れた?」
「すみません……!でもおかしくって……あはは!」
思わず、笑みがこぼれた。
この数時間のことは、きっと幻かなにかだったのだろう。
でも、それでもいい。
かけがえのない時間を、過ごせたから。
「聞いてくださいやえ先輩!私、やえ先輩みたいな人と話してたんです!」
「なによそれ……」
だから、今日からまた頑張ろう。
すっかり元気になった由華に困惑するやえを引っ張って、由華は走り出す。
巽由華はもう、迷わない。
ね?とっても可愛い話でしょ(白目
ちょっと1ヶ月ほど忙しくて執筆関係できてなかったんですが、新作のプロットが固まってきたので、近々書けるかも~となっております。
あと、感想返しも……!
本当に、たくさんの完結おめでとう感想ありがとうございました。
全て、目を通しております。
めちゃくちゃに嬉しいです。落ち着いたら、返していこうと思いますので……!