お久しぶりです。
なんか時間ができたので書きました。
時系列だったり、個人戦の仕様だったり、細かい所は今回の話を書くにあたって以前と違った形式になっているかもしれませんが、ご容赦を。
とにかくこの試合が書きたかったということで、ひとつ許していただければと思います。
ex第1局 あの日と同じこの4人で
『おい、やえ!はよう来い!もう多恵は教室ついとるって!』
『セーラ、あんませかすと、やえこけんで。どんくさいからな』
夕暮れの学校。何度も通った、空き教室までの廊下。
前に立つ2人のことは、よーく知っている。腹の立つその言い方まで含めて全部。
――これは夢だ。
よりにもよって、こんな日にこんな夢を見るなんて。
……いや、それもそうか。むしろ今日だからこそ、こんな夢を見るのかもしれない。
へらず口を叩く洋榎に文句のひとつでも言ってやりたい気分だが、あいにく夢の中で声が出ない。
仕方なく、ついていく。
その先にある、教室を目指して。
『どーん!やろや~!』
『今日ウチにシバかれるのはどこのどいつや~』
教室について、勢いよくセーラが扉を開ける。
やけに図々しい態度の、洋榎が続いた。
そんな様子を、少し懐かしく思いながら……教室へ足を踏み入れる。
あり得ないはずなのに、香りがした。
お世辞にも綺麗とは言えない教室。使いすぎてギシギシと音が鳴るソファ。そして奥の棚に置かれたトロフィーの数々。
視線を少し戻せば、教室の中央に焦点が合う。
全体的に古ぼけた教室の中で、ただひとつ、綺麗に使われ続けた自動卓。
せっせとその自動卓を磨く、良く知る背中が見えた。
卓に座っていた銀の少女が、嬉しそうな表情で振り返る。
『―――――――』
ああ、そうだ。
この日をずっと――
「――ぱい、やえ先輩おはよーございます!」
「……おはよ」
意識が覚醒して、まず飛び込んで来たのはこの2年一番顔を合わせてきた後輩の満面の笑みだった。
「ああ、最高だなこの毎日。やっぱり一緒に住みませんか?」
「住むわけないでしょ」
「あてっ」
ふざけたことを言う由華にひとつチョップを入れて、身体を起き上がらせる。
ぐーっと伸びをすれば、窓から差し込む朝陽が目に入った。
時計を見れば時刻は朝8時。
団体戦の過密スケジュールを考えれば、個人戦はだいぶまともなスケジュールにしてくれたと思う。
「いよいよですね、決勝」
「……そうね」
インターハイ用で宿泊していたホテルも、今日が最終日。
今日は個人戦決勝の日だ。
「全力で応援してますからね!」
「あんたらの全力はたまに怖いのよ」
ふんす、と両手を握って気合を入れるこの由華もそうだし、他の後輩達も、時たま心配になるレベルで応援が過剰なのだ。
もちろん、ありがたいことではあるのだけど。
顔を洗い、服を着替え、みだしなみを整える。
テレビに出ること自体は、小学生の頃からあったおかげで慣れた。
自分をカッコ良く保つ努力は必要なものだと、私なんかに憧れて入って来た後輩達が教えてくれた。
「ちょっと、聞いてみてもいいですか?」
「ん?」
同じく制服に着替えた由華が、部屋を出る時間になる直前に聞いて来た。
「あの4人で、決勝って、どんな気分なんですか?」
「……そうねえ」
決勝のメンツは、昨日決まった。
個人戦準決勝。A卓では、圧倒的に下馬評不利とされた2人が、高校最強を討ち破った。
見ていたこちらも胸が熱くなるような、そんな麻雀を見せてくれた。
絶対にあの2人の待つ決勝へと意気込んで挑んだ準決勝B卓。
想像できないようなことも起こったけれど、無事決勝進出を掴み取った。
あの子と、2人で。
「はやく、麻雀打ちたいなって、そう思ってるわよ」
「へへ……めっちゃ良いですね!それ!」
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『皆さんこんにちは。本日も、この時間がやってまいりました。第71回、夏の全国高等学校麻雀選手権大会、通称夏のインターハイ』
毎日のようにこの放送を見ている視聴者にとっては、聞きなれた冒頭の挨拶。
しかしここからが、聞き馴染んだセリフとは違う。
『熾烈を極めた団体戦、そして、個人戦。本日はその最終日。栄えある、高校最強の名を手にするのは誰なのか』
今日が、最終日。
長い期間に渡って行われたインターハイも今日が最後。
今日この日までインターハイで麻雀を打てる高校生は、4人だけ。
『本日の実況を務めさせて頂きます、フリーアナウンサーの針生えりです。どうぞよろしくお願いいたします。……解説をご紹介させて頂きます。川崎ロードスターズ所属、三尋木咏プロです』
『ほいほーい!よろしくねい!』
針生アナはこの日いつもに増して緊張していた。
このインターハイ、実況を務めることは確かに多かったが、まさか個人戦決勝までも務めることになるとは。
単純に三尋木プロの解説が人気で、であればその相手は今まで通りで良いだろうという上の判断なのだろうとは推測はついているが。
『三尋木プロ、本日がいよいよ最終日。高校最強プレイヤーが決まるわけですよね』
『まーそうだねい。団体戦の方が注目度は高いけど、いわゆるチャンピオンと呼ばれる存在になるのはこっちだからねえ。そんでもって……』
咏は至っていつも通り。
にやりと笑みを浮かべて、愛用の扇子を開いた。
『今日、新しいチャンピオンが誕生することは、確定してるんだからねい』
『そう、ですね……!』
この大会で激闘を繰り広げた沢山の選手と。
全国で見守る数多の麻雀ファンの前で、今日最強が決まる。
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晩成高校控室。
「やえ先輩やっちゃってください!」
「やえ先輩ファイトです!」
1年生2人組、初瀬と憧が、私よりも緊張した様子でそう声をかけてきた。
「……ありがと」
試合に出るわけでも無いのに、私のために緊張していると思うと、つくづく可愛い後輩達だ。
この個人戦決勝は、特別に選手1人1人に控室が設けられている。
1半荘が終わったら休憩を挟むから、その際に戻ってこれるようにという運営側の配慮らしい。
そんなことに配慮するくらいなら団体戦の日程どうにかできなかったの?とは思うけれど。
扉の前に立って最後に後ろを振り返れば、今年共に戦った後輩達。
その姿が自分にとってはあまりにも眩しくて……そしてだからこそ、またふと口から出るのは、後悔で。
「悪かったわね、団体戦、勝たせてあげられなくて」
「……!」
勝ちたかった。個人戦はもちろんだけど、団体戦で勝たせてあげたかった。
準優勝ももちろん快挙ではあるけれど、私を信じてついてきてくれたこの子達のためにも、優勝が欲しかった。
「やえ先輩。それもう昨日までで100回くらい聞きましたよ」
「そーですよ!それに今日は個人戦決勝なんですから!」
後輩達の表情に、悲壮感はない。
もちろん、たくさん泣いた。大将戦を終えた由華と共に控室に戻った後、全員で目一杯泣いた。
けれどこうして私の試合の前には、それをおくびにも出さないのは、彼女達の強さ。
全く変わらない彼女達の表情に、思わず笑みが零れる。
ダメね、集中しなきゃいけないのに。
「そうね、だから……代わりにはならないかもしれないけど、必ずこの決勝、勝つわ」
これは、誓いだ。
個人戦と団体戦は違うし、個人戦を勝ったからといって、後輩達の功績にはならない。
けれど、今年優勝することで、来年からの彼女達のモチベーションに繋がるのなら。
せめてそれは、残してあげたい。
「背負わせて。貴方達の分まで。その方がきっと私は、強くなるから」
由華が、紀子が、笑顔を見せてくれる。
つられて、1年生達も明るい表情になって。
「はい!必ず勝ってくださいね!」
「絶対ですよ!!」
「行ってらっしゃい!」
そんな力強い言葉に見送られて、私は控室を後にした。
長い廊下。
団体戦も含めて何度もこの道を行き来したはずなのに、今日は一段と長く感じる。
ローファーがリノリウムの床を叩く音だけが、静かに響く。
もうあと5分もしない内に、始まる。
インターハイの最後の試合。
この決勝の舞台は、奇跡の上に成り立った。
シードが近かった私と多恵が、2人で決勝まで勝ち残った事。
そして逆側のブロックでは。
「おい洋榎てめー!昨日渡してきた記憶力が上がるガムとかいうやつクソまずいやんけ!」
「おお、よう気付いたな。せやで。クソまずいから渡したんやからな」
「騙しやがったな!」
「もう決勝戦は始まっとるっちゅうことやな」
対局室の前に、やかましい声が2つ。
視界の奥に捉えた2人は、幾度となく一緒に麻雀を打った2人。
思わず、口角が上がる。
「うるさいわね。大事な舞台の前くらい、ちょっとはおとなしくできないの?」
私の声に気付いて、2人がこちらを振り返る。
1人は獰猛に、1人は不敵に、意味合いは違えども、2人とも笑って。
「よおやえ。今日はぎったんぎったんのボッコボコにしたるからな?」
「ほお~。もう敗戦の傷は癒えたんか?敗軍の将のやえちゃんは」
相変わらず、口の悪い2人だ。
けれどそれがどこか懐かしくて、嬉しくなる。
昨日行われた準決勝。
宮永照と辻垣内智葉という、去年私と多恵が敗れた2人を相手に、勝ちをもぎ取った2人。
2人が勝った時は、思わず熱いものがこみ上げた。
この2人が勝った。
それはすなわち……あの4人で、個人戦決勝を戦えるということ。
今から打つ麻雀は、私達にとって何回目かわからない。
何千も何万もやってきたメンツ。勝ちも負けも、何度繰り返したか分からない。
……だけど、今から始まるこの1回は。
絶対に人生で忘れられない1回になるだろうと、心がそう言っている。
……ふと、周りを見渡すが、最後の1人の、姿が見えない。
「で、あいつは?」
「そーや、洋榎なんで一緒じゃないねん」
洋榎と同じ姫松高校に通う、私の親友。
「あいつ、待ちきれんでもう15分も前に対局室行きよった。早く牌に触りたいとか言ってたで」
「麻雀バカすぎるやろ」
「まったくね」
そんなセーラの罵倒染みた言葉にも、棘が無い。
それもそうだ。だって私達は、そんなあの子に、そして麻雀という競技に心底魅せられたからこそ、一緒にいたのだから。
「まあ、いつもと変わらんのは良い事や。ほな、行きますか」
セーラが先頭に立って、勢いよく対局室の扉を開けた。
――眩しいスポットライトの光に、視界を奪われる。
少し歩を進めれば、がらんとした対局室の真ん中で、スポットライトに照らされたたった一つの麻雀卓が見えた。
そして、その前に。
銀の少女が座っている。
今朝夢に見た、景色と被る。
「っしゃー!多恵!ぶちのめすで~!」
「多恵、話した通り勝ったら賞金山分けやからな」
「なんやそれ!ってか賞金なんてあるわけないやろ!」
思わず駆け出したセーラと。
それに続く洋榎の後にじっと、その少女を見つめれば。
ゆっくりと振り返って。
彼女が笑った。
それはそれは、心から楽しそうな笑顔で。
「よーし、やろっか!麻雀!」
……ああ、その声が、その仕草が。
私の血を熱くする。
――個人戦決勝 開幕
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