評価してくださった方々、本当にありがとうございます。
中堅戦は後半戦、終盤に入っていた。
(結局、姫松の愛宕にやられっぱなし……)
(一番削られてるのは新道寺だけど、納得いかない!)
(なんもかんも政治が悪い……)
結局、洋榎が上手いように局回しするせいで、さほど点数は離されていないが、大きな和了りをどの校もできずに終盤を迎えてしまった。
(ふふーん、調子いい!)
愛宕洋榎の強さは、どんな相手であってもブレない所にある。自身の根幹はゆるぎないし、その雀風も、相手を選ばない。
だからこそどんな場面でも実力が発揮できるし、負けない。
もちろん火力負けしてトップを逃すことはあるが、マイナスで終えることはほとんどない。
南1局 親 胡桃
7巡目にして、南家の揺杏の手が止まる。
「リーチさせてもらいまーす」
「まだやるんか、有珠山の」
「あいにくそれしか能がないもんで」
少しニヤけながらも、その眼の闘志は消えていない。
この半荘、もちろん洋榎以外はあまり稼げていないが、実のところ一番善戦しているのは有珠山の揺杏だった。
何度も洋榎にリーチをかわされているが、それでも負けずとリーチを打ってくる。
その姿勢は洋榎も買っていた。
洋榎 手牌 ドラ{2}
{⑥⑦23344赤5三四四八八} ツモ{八}
「よしっ!洋榎先輩タンヤオドラ赤で追い付いた!」
姫松の控室では漫がモニターを食い入るように見つめている。
リーチを受けて同巡で聴牌。相手がどこぞの王者でなければ喜ぶべき状況だ。
しかし、追い付いた洋榎は珍しく少し時間を使って考えて、立直の現物の{⑦}を切り出した。
「ええ?!せっかくの聴牌どうして崩すんですかあ?!{三}が危ないと思ったんやろか……」
漫の疑問は当然で、この場面で曲げれば満貫の聴牌は当然押し有利だ。
しかし洋榎はそうしなかった。
「洋榎はこの{⑤⑧}待ちの聴牌に勝ち目が無いと見たんやろな。有珠山の河にある手出し{⑦}のタイミングが、{⑧}の対子か暗刻固定やと読み切ってる。{⑤}は赤以外は全て河にお目見え、{⑧}も固めて持たれてそうとなれば、勝ち目は薄い」
恭子が腕を組みながら洋榎の思考を分析する。
まあそれでも普通は切るけどな、とは言っているが。
「恭子の言う通り、洋榎はこの局はあまりこちらに流れがないと思ってるのかもね、そういう時は案外あっさり現物を切る。ただし聴牌しなおせば……」
多恵もそう評しているうちに、次巡、洋榎は{三}を持ってきて無スジの{⑥}を切った。
「なんで{⑥}は通ってへんのに切れるんですかあ?!」
「相変わらず変なのよ~」
洋榎がしているのは、透視でもなんでもない。
河の手出しツモ切りの情報で、相手の「ブロック」構成を読み切っているのだ。
麻雀は基本七対子を除けば、4メンツ1雀頭の5ブロックを作るゲーム。
そのためにいらない牌を切り、必要な牌だけ残す。
対局の中で、洋榎は相手の牌理のクセをすぐに見抜き、大体リーチ者に残っているブロックが、索子なのか筒子なのか萬子なのか。上の方なのか下の方なのか。
そこまでを突き止めることができる。
あとはそのあたりをつけた周辺の、通っていないスジ4本くらいを打たないだけだ。
愚形でも、このロジックで突き止めることができてしまうのが、洋榎の異常さを物語っている。
今回の場合洋榎は、リーチ者揺杏の待ちは、{二五}か{三六}のどちらかだと決め打っている。
「ツモ!1000、2000」
揺杏 手牌
{③④赤⑤⑧⑧⑧789四五西西} ツモ{六}
そこまでわかっていても、もちろんツモられることだってある。
「ま、そこやろなー」
そう言いながら洋榎は手牌を閉じる。
当たり牌を感覚で突き止めるからこそ、こういったセリフが出てくる。
それは、牌を切ろうとしたら「当たる」とわかる力などではなく、純粋に研鑽を重ね、たどり着いた境地であった。
南2局 親 揺杏 ドラ{中}
「リーチ!」
「ポン」
「親なんで追いかけさせてもらいます~リーチ!」
今度は洋榎が2家リーチに囲まれた。
リーチに対して役牌ドラの{中}を鳴いて危険牌を通してきた宮守の胡桃も聴牌濃厚と考えると、3家聴牌だ。
(はてさて……)
洋榎はツモって来た牌を手牌の上にカチっと重ねて少考に入る。
洋榎 手牌
{②②②③④⑤⑥6789五六} ツモ{9}
({③⑥⑨}のスジは対面の宮守の最終が{⑤}で大本命やし切れんな。かといってこの{369}のスジもリーチの親の岩館が本命。
萬子は江崎の残りブロック考えても中央のダブル無スジ2つは押せんな。となると、や)
洋榎は少し考えてから{②}を切り出した。暗刻落としである。
『姫松の守りの化身が選んだのは{②}!ここでも放銃を回避しました!恐るべき手牌読みです!』
愛宕洋榎の選択にビューイング会場もわいている。
洋榎はその後{①}をもってきてもう一度{②}を切った。
そして次巡。
「ツモ。
洋榎 手牌
{①②③④⑤⑥67899五六} ツモ{七}
(全員聴牌をかいくぐったのか……!むかつく!)
胡桃 手牌
{①①①④赤⑤⑦⑧⑨西西} {横中中中}
(守りの化身……恐れ入る)
江崎 手牌
{⑥⑦⑧赤556677四四四赤五}
(手出しの{②}ってことは暗刻から{②}を打ったのか……この人マジでヤバイ人だ)
揺杏 手牌
{1234445678南南南}
「洋榎のヤツ……またとんでもない躱し方しやがって……」
「セーラのお友達は、強い人ばっかりやなあ」
千里山女子控室でも、準決勝の様子をモニターでチェックしていた。
洋榎が3家聴牌をかいくぐって和了りをものにしたことに、千里山の控室でも賞賛の言葉が相次ぐ。
「流石船Qの従姉妹やなあ!」
「比べんといてほしいわ……」
千里山女子の副将、船久保浩子は、愛宕洋榎姉妹と従姉妹の関係だ。
そもそも千里山女子の監督を務めるのが愛宕姉妹の母親である愛宕雅枝であることから、なにかとこの関西2校はメディアからライバルとはやし立てられることも多かった。
「そんなひょろい打ちまわししかせーへんからウチに得点で勝てないんや。決勝で会ったらぎったんぎったんにしてやるで!あと30円ええ加減返せ!」
聞こえるはずもないモニターの向こうの洋榎への怒り。
決勝まで来ると疑ってないあたり、信頼も見え隠れするのだが。
何故か対局中なのに洋榎がこっちを見て盛大にため息をついている気がしてセーラの怒りは募るばかりだった。
「ツモ!1600、3200!」
「ツモ、2000、3900」
胡桃と揺杏のツモで、終局を迎えた。
『中堅戦終了です!!やはり区間トップは愛宕洋榎!!この2回戦でも充分に存在感を発揮しました!
逆につらい展開となったのは新道寺!かなり点数を削られてしまいました!しかし、新道寺は副将にエースが控えているので、まだまだこれからと言っていいでしょう!』
「「「「ありがとうございました」」」」
中堅戦が終了した。
各校の点数は以下のようになっている。
宮守 100200
有珠山 70400
姫松 158200
新道寺 71200
新道寺がかなり削られ、姫松が点数を伸ばした。
「なんもかんも政治が悪い……」
「おつかれさんさんさんころり~」
ズゴー、と不機嫌そうにジュースを飲みながら帰る江崎とは対照的に、
意気揚々と洋榎はその場を後にする。
珍しく休憩で控室に戻らず、卓にずっと座っていて宮守の胡桃に気持ち悪がられた洋榎だが、終局後は意外とすんなりその場を後にした。
その様子は、必ずまた明日ここに麻雀を打ちに来ると確信している。
控室にダッシュで戻ってきた洋榎。
ドアを開けると、ドン!とピースで中に入ってきた。
「どやった?!」
「さすが部長です。なにも言うことありませんね」
「お帰り~流石洋榎だよ~」
姫松メンバーは後半はもう安心しきって対局を見てられるほど、
愛宕洋榎の麻雀は盤石の一言だった。
「せやろ~流石やろ~」
褒められて洋榎も上機嫌。
今回は失点をしてしまった漫も、洋榎に礼を伝えている。
その様子をひとしきり眺めたあと、恭子は副将である由子に向き直る。
「さて、じゃあ由子。頼むで」
「新道寺ね~なるべく恭子ちゃんが楽できるように止めてくるのよ~」
洋榎も多恵も点数を稼いでくれたが、どれだけ点差があっても、この団体戦はどう転ぶかわからない。
慢心は死に直結する。恭子に油断はなかった。
なにしろ、この後の副将戦で待っているのは福岡北九州の強豪新道寺女子で3年連続エースを務める雀士ーー
「じゃあ姫子、行ってくる」
「部長お願いします……!」
「点差の開いとっけん、縛りのきつくなっかもしれんばってん……やれるな」
白水哩だ。