宮守高校控室。
「はー。あまりの煽りにいちいち注意するのが大変だったよ……」
中堅戦を終えて、あまり良い内容ではなかったものの、大きな失点をすることなく次につなげた鹿倉胡桃は、先鋒の小瀬川の膝の上にちょこんと乗っかって、充電充電、と中堅戦に費やしたパワーを回復していた。
「姫松の人、ちょーウケるね!サイン書いてくださいって頼んでおけばよかったよー!」
その2人を大きく見下ろして、大きめのハットをかぶったこの長身の生徒は、宮守の大将、姉帯豊音だ。宮守のメンバーと一緒になるまで、あまり周りとの交流ができなかった豊音は、このインターハイで強い人と出会うと、サインをもらいにいこうとする。
「塞、わかってると思うけど、新道寺のエースに、有珠山の副将。気を付けるんだよ」
宮守の監督、熊倉トシは部長であり、副将を務める臼沢塞に注意喚起していた。
新道寺の白水哩。大将の鶴田姫子との強力なコンボが有名で、他校にとっては大きな脅威となっている。
有珠山の副将、真屋由暉子も、半荘のどこかで、左手を使うことで、高い打点の手を和了ってくることが、地区大会と、全国1回戦でわかっている。
塞はそんな強敵だらけの対戦校の牌譜とギリギリまでにらめっこしていた。
「塞……頑張って……」
「なに、シロが応援してくれるなんて珍しいじゃん!」
予想外の激励に、片目にモノクルをかけた少女が牌譜を閉じ、ゆっくりとソファを立つ。
「まあ、ラクショーってことで!」
『Dブロックはついに副将戦に入ります!ここまでは終始姫松のペースですが、ここから他3校がどのような策を練ってくるか!』
全員が卓についた。
副将戦が始まる。
「「「「よろしくおねがいします」」」」
東家 真瀬由子 158200
南家 白水哩 70400
西家 臼沢塞 100200
北家 真屋由暉子 71200
東1局 親 由子 ドラ{③}
哩 配牌
{南二③④3白八赤⑤5三1九}
(悪ない。普段なら様子見すっ、ばってんもう点差の開いとる)
配牌を一瞥した哩が、その場でパタンと手牌を閉じる。
相手にリザベーションをかけるタイミングをバレないように、基本的にこの動作を哩は毎局最初にやっていた。
(来るか……!まだ通用するかわからないけど、幸い今回は親が姫松。ツモってくれる分には構わないし、ここはスルー)
その様子を見て、下家に座る塞がモノクルをかけなおす。
目先、点差は離れているが、姫松を削ってくれるならそれはそれで構わないというのが塞のスタンスだ。
(リザベーション……!
控室にいる姫子がビクビクッと体を跳ねさせる。
(部長……いきなりですか……!)
6巡目、由子から出てきた{九}に、哩から声がかかる。
「ロン、3900」
哩 手牌
{③④赤⑤345一二三七八九九} ロン{九}
パキッと、哩を縛っていた鎖が解かれていく音がする。
(リザベーション……クリア……!)
リーチで一番打点が上がることから、リーチ効率が1番良いとされている30符3翻をダマにしてまで確実に和了りにいった哩。
それを見て、由子はリザベーションをかけていたことを確信した。
「はいなのよ~」
(早いのよ~。親で6巡目だしまだ降りるような手牌でもなかったけど……次からは気をつけないとなのよ~)
(6巡目でその両面をダマ……トヨネには跳満は覚悟してもらわないとな)
東2局 親 哩
「ツモ!1300、2600なのよ~」
今度は由子が軽く和了りをものにした。
こちらもピンフ形をダマにして、哩に対しての危険牌を持ってきたらやめる構えであった由子の勝ちだ。
その和了り形を見て、塞も顎に手をやって考える。
(姫松は先鋒と中堅、大将が強いから目立たないけど、この副将の真瀬さんもかなりの打ち手だ。2年からレギュラーで、公式対局でマイナスになっている記録がほとんどない)
ありがとうなのよ~と朗らかに点数をもらう由子を見る。
(逆に目立った力がない相手のほうが、私的にはやりにくいんだよな~)
塞の言う通り、由子は影で姫松を支えてきた縁の下の力持ち的存在だ。洋榎と1,2を争うマイナス率の低さは、常勝軍団姫松の根幹を支えている。
派手に点数を持ち帰ることはないが、メンバーも由子にそれを求めているわけではない。
多恵で稼いで、その稼ぎ加減によって、洋榎が臨機応変に立ち回り、由子がその点差をリレー、恭子でシャットアウト。去年からの姫松の黄金パターンだ。
東3局 親 塞 ドラ{南}
哩の配牌に、光が差す。
哩 配牌
{南①8③二南南⑤白⑦四⑧⑨}
(来たっ!)
面前混一まで見える、ドラ3確定手。
跳満はもちろん、面前で進められれば倍満まで見える手だ。
もちろん打点が欲しい哩はリザベーションをかけようとする。
哩がリザベーションをかけて和了れば、それは最早ただの和了りではない。
新道寺全体にとって、3倍の点数なのだ。
故に他校にとっては、絶対に和了らせたくない所。
瞬間、親の塞の顔が軽く警戒の色を示す。
「配牌で混一ドラ3が色濃く見える!すばらな配牌です!」
新道寺の控室も色めき立っていた。
「来るばい……!」
新道寺のメンバーはリザベーションの仕組みをもちろん理解している。
哩が配牌をもらって、和了れそうなら自身に縛りをかける。
見事その縛りを解けば、姫子にその倍の翻数で和了れる手が来るという仕組み。
そして縛りをかけるときは、必ず姫子の体に電撃のようなサインが入る。
姫子は正確ではないにせよ、それによって何翻縛りかもわかるようになってきているのだ。
しかし今回、姫子の表情はいつもの縛りをかけられた様子ではなく、むしろ逆。
表情が青ざめている。
「あれ……?」
「姫子、どうしましたか?」
震えた様子で、姫子が言葉を発する。
新道寺にとって一番恐れていた事態。
「部長が、部長が感じられん……!」
その言葉に、一斉に新道寺のメンバーは顔を見合わせた。
「まさか……!」
珍しく哩が配牌を1度ではなく2度手前に倒したことに、同卓者は全員気付いていた。
この局の親は塞、そのモノクルの奥に光る鋭い眼光は、しっかりと白水哩を捉えていた。
腕を組んだ塞から、哩の上空に固い岩が降ってきて、大将の姫子との感覚を無理やり遮断されたかのような、感覚。
(リザベーションば、かけられん……こがんこと、今まで1度もなか……!宮守……!)
上手く、白水の手牌進行を止められたように見える塞だが、塞も全身を襲うとてつもない脱力感に、恐ろしさを感じていた。
(うっそでしょ……たかだか1回でトヨネを相手にした時よりキツいなんて……!コンボの後ろの方はキツイだろうけど、前の白水なら割と簡単に止められると思ったのに……!)
やっとのことで、ツモって切る動作を行う塞。
塞の能力は個人に干渉する妨害系能力。対象に指定した相手の手を止める……そんな普通ではありえないことを可能とするのが、塞の力だ。
しかしそれにはリスクを伴う。自身の体力を使って相手の和了を止めに行くため、相手の力如何によっては、自身がボロボロになってしまう。
(この様子じゃあ何度もは止められない。ベストなタイミングを見極めないと……!)
全身を襲う倦怠感をなんとか振り払って、塞はモノクルをかけなおす。
7巡目 哩 手牌
{南南南①③④⑤⑦⑧⑨白白中} ツモ{②}
(リザベーションば、止められた。ばってん、こん手をみすみす逃すことなか……!)
姫子とのリンクは切られたものの、それでもこんな良い手を逃す理由にはならない。
姫子が大将戦で少しでも楽になるように、ダマでも高目倍満の手を聴牌した哩は、手から{中}を切り出した。
しかし。
「ロン、1300よ~」
由子 手牌
{123345六七八中中発発} ロン{中}
由子が、それを許さない。
(姫松……!最初から余る字牌ば狙われとったか……!)
(さすが常勝軍団姫松の副将……ぬかりないね)
塞も自身では和了りの形に持っていけそうもなかったので、思わぬ僥倖に口角が上がる。
いまのところ、新道寺以外の3校は利害が一致していて、全員が白水哩を止めに来る。
(なるほど……3年最後のインターハイ、今までで1番厄介な相手と当たっとる)
哩は点棒を払うと、じっと自身の点箱を見つめる。
今までインターハイで、もちろん強敵と当たることもあり、思うような結果が出ないことだってあった。
しかし、リザベーションを止められ、なおかつ和了りまで阻止されることなど、今まで一度もなかった。
(必ず姫子に繋ぐ……ッ!姫子との絆……そう簡単には断ち切らせん……!)
哩の目に、炎が芽生え始めていた。
哩も塞も由子も好きなので、副将戦ちゃんと書いてしまってます。
この作品のメインキャラ達が出ていないのに長引かせちゃっていいんだろうか……。