―――インターハイの3か月前
ここ、晩成高校では新入生たちの実力を測る筆記試験と、上級生との対局が1週間かけて行われていた。
新入生たちはここでなんとか上位に食い込み、インターハイ予選のメンバーに選ばれようと、各々がアピールの機会をうかがっている。
怒涛の一週間が終わり、新入生の中からAチーム……つまりは1軍帯同メンバーに選ばれた生徒の名前が部室に貼りだされていた。
その掲示の前に立っている1年生が2人。
「アコ、やったね!最初から1軍なんてすごいじゃん!」
「初瀬……」
新子憧と岡橋初瀬。中学の時から同じチームで麻雀を打っていた彼女たちは、高校でも同じ麻雀部で活動する仲間となった。
憧は晴れてAチーム帯同。初瀬はBチームスタートにはなったが、Aチームの補欠メンバーになっている。
そもそも1年の春からAチームに帯同というのは、年によってはいないことだってあるのだ。
もっとも、一昨年は入学初日から即レギュラー入りした化け物がいたが。
とにかく、それだけの偉業を達成したというのに、華やぐ笑顔の女子高生であるはずの憧の表情は明るくない。
喜んではいるが、まだ何か足りない、そんな表情。
「初瀬、去年一緒にインターハイ見たよね」
「見たね。小走先輩、本当にすごかった」
思い出すのは去年の夏。
まだ中学生だった憧達は、自分たちの夏は早々に終わり、インターハイを家で観戦していた。
毎年奈良からインターハイに出場するのは晩成高校。
自分達の県だからということもあって、2人は晩成の試合を見ていた。
その時出会った。
2年生ながらにして、晩成のエースで先鋒を務める小走やえに。
もちろん晩成にスーパールーキーが入ってきたと話題になっていたので、1年生の頃から存在を知ってはいた。
しかし対局を目にするのは初めてで。
2人は、やえの他を寄せ付けない、孤高の雀風にたちまち引き込まれた。
その年の団体戦、2年生エースの小走やえを先鋒においた晩成は、先鋒戦で大暴れ。
他校のエースを軒並み6万点以下に抑えつけて断トツのトップを先鋒戦で確保し、
そして1回戦で姿を消した。
「あの時のやえ先輩の表情、今でも脳に焼き付いてる。私思っちゃったんだよね、ああ、この人にこんな顔させちゃダメだ、って」
ごまかして笑って話しているが、初瀬にはわかる。この表情は本気だ。
初瀬もよく覚えていた。涙にくれる3年生。その中でやえ1人が、感情を無くしてしまったかのように映っていたこと。
奈良の麻雀好きの間で、やえがかわいそうだ、と言われていたことも。
晩成に行く。2人が決意するのに、そう時間はかからなかった。
「私達がインターハイでやえ先輩の力になれるとしたら……今年しかない。私には、今年しかないんだよ」
普段あまり恥ずかしがって本気にならない憧が、ここまで必死になっているのを、友人である初瀬は初めて見た。
同時に、自分もやらなくちゃいけないと、触発される。
「そうね、すぐに私もそっちに行くわ」
奇しくも多恵からの助言をやえが受けた時。
その芽はもう息吹いていたのだ。
南1局 親 真屋 ドラ{⑧}
副将戦は後半南場に入った。
未だ持ち点は姫松リード。区間でいえば哩が若干リードだが、決定打にはなっていない。
(最後の親番……できればマイナスを減らしたいですが……)
そう思いながら1打目を切る真屋。
真屋は1年生。この場にいるのは全員3年生ということもあり、これでも十分健闘している部類に入るだろう。
それでも悔しいものは悔しかった。
もう少しマイナスを減らしたいという願望も、上家と下家を見る限り、そういうわけにはいかなさそうだ。
2人の間で何が起こっているのかまではわからないが、互いにけん制しあっているのはわかる。
それに、上家の塞はもう体力が限界まできている。
さっきから、何度か手牌やら山やらを壊しそうで見てられないほどになってしまっていた。
(もう……キツさ限界……私の親以外は……塞ぐの、やめるか……?)
何度もリザベーションを止めた塞の体力は尽き、もう対面の哩の顔さえしっかりと認識できない。
そんな状態になっても、思い浮かぶのはチームメイトの顔だった。
(トヨネに……無理させらんないなあ……)
まだ、終われない。倒れていいのは、局が終わった後だ。
そう言い聞かせ、なんども意識が飛びそうになる自分の体に鞭をいれる。
(全部止められるようなことにはならんばってん、宮守の……すごか精神力や)
南家に座る哩も、塞の精神力の高さに驚かされていた。
(ばってん、遠慮はせん。リザベーション……!)
相手に敬意を示すからこそ、手は抜かない。手を抜けるような相手は、この場に1人たりともいない。
少なくとも哩はそう思っていた。
だからこそ、手牌さえよければ攻める。まだこちらは準決勝進出ラインに届いていないのだ。
満身創痍の塞は、哩の聴牌気配に気づけない。
8巡目、塞からゆっくりと河に切られた{⑦}が、哩に刺さる。
「…ロン、3900」
(リザベーション……クリア……!)
振り込みに理解するまで、少し時間がかかった塞。
点棒を払う姿も、もう限界なのは目に見えている。
「サエ……!」
悲壮な顔でモニターを見つめるのは、宮守の留学生、エイスリンだった。
実況からも、塞を心配する声が流れている。
「あの子に厳しそうなら外しなって言ったけど……どうやら外す気はないようだねえ……」
熊倉監督も、厳しそうな表情だ。
本来は持っていくこと自体を止めたかったのだが、塞が大丈夫だからと言ってかけていってしまった。
「……」
あまり人との付き合いをしてこなかった豊音も、必死に打つ塞を見て思うところがあるようだ。
黙って帽子を目深に被ってモニターを見つめている。
「ダルいけど……すぐお迎え……いかなきゃだね」
その様子を見て、背もたれによっかかっていた小瀬川が、まだ卓は南2局であるというのに席を立った。
モニターの向こうで必死に闘牌をする塞を見つめる。
「塞……そんな無理しないで。ダルいから……」
言葉とは裏腹に、小瀬川のいつもの無表情はなりをひそめていた。
オーラス。前局が流局なので流れ1本場。
親の塞はここをしのげばプラスで大将戦につなぐことができるところまできている。
(この親さえしのげば……プラスでトヨネにつなげる……)
現在の点数状況は
有珠山 53200
新道寺 86000
姫松 154000
宮守 106800
副将戦の下馬評では新道寺が有利で、姫松が2着で盤石につなげてくる、というものだった。
そう考えれば塞がこのまま終局までこぎつければ、大健闘だろう。
哩 配牌 ドラ{④}
{⑧三⑨南⑥④南白④8⑦①白}
(役牌の2つにドラ2つ……宮守……臼沢。あんたは強か。敬意ば表して、最後まで全力でいくっ!リザベーション……!
この副将戦で一番大きなリザベーション。
これが決まると、後半戦オーラスに1本場さえ来れば、3倍満が確約されることになる。
この大きなリザベーションをかけたことに、親の塞が気付く。
(ははは……最後まで私の親で来るか……みんな、ごめん、もう1回だけ……無理させてもらうよ……!塞ぐ……!!)
モノクルが完全に割れた。
お互いの意地とプライドがぶつかる。
(止めさせん!こん手牌は必ずモノにすっ……!)
(もう十分稼いだでしょ北部九州最強さんさあ……!もういい加減休んでよ……!)
6巡目 塞 手牌
{①②③123一一二九東東東} ツモ{三}
(これで終わらせる。ツモって6000オール……)
その時、手牌から打とうとした{一}が塞の目の前にあった山とぶつかり、山の牌が1枚崩れてしまった。
「……ごめんなさい」
「1枚なら大丈夫ですよ」
下家に座っていた真屋が心配そうにしながら山の牌を直す。
局は続行だ。
『大会規定で、2枚以上見えない限りはチョンボ扱いにはなりませんが、宮守の臼沢選手、かなりつらそうです。大丈夫でしょうか……?しかし、なにはともあれダマでも親の満貫聴牌!最後に1撃決められるでしょうか!?』
観戦席からも塞を応援する声が大きくなってきた。
どんな競技でも、必死に頑張る姿は観客を感化させる。
7巡目 哩 手牌
{①④④⑥⑦⑧⑨} {南南横南} {白白横白} ツモ{④}
(姫松が2つ鳴かしてくれるんは意外やった。良形3面形で押し切っよ……!)
『おおっと!新道寺の白水哩選手が追い付きました!良形3面張跳満聴牌!最後も白水選手が決めるのでしょうか!』
「私がいけなかったねえ……采配ミスだよ」
熊倉トシが静かに語る。
「あの子に、私は注意するのは新道寺の白水と、有珠山の真屋だって伝えてしまった。……けど、本当に警戒しなきゃいけないのは」
そこまで言って熊倉監督はモニターを見つめる。
「
「ツモ」
由子 手牌
{⑥⑦566778五六六六七} ツモ{赤⑤}
「3000、6000よ~!」
『終局~~!!オーラスは常勝軍団姫松の真瀬由子選手が決めました!!この人がマイナスで終わるはずがない!それを失念していました!
副将戦は新道寺と姫松が点数を伸ばし、宮守は点数を維持!有珠山はだいぶ点数を減らしてしまいましたが、大将には頼れるエースが控えています!』
(終わった……のか)
最終局、自分で和了る気だった塞はやや拍子抜けながらも、終局したことに安堵していた。
緊張の糸が途切れ、ギリギリだった精神も、体も、もう無理しなくていい。
力が、抜けた。
「……宮守……?」
対面でその様子を見ていた哩が、その異変に気付く。
しかし、少し遅かった。
―――気を失った塞が椅子から転げ落ちた。
「た、たたたた大変なのよ~!」
すぐさま由子が塞の隣に座り込み、意識を確認する。
「真屋!救護ば呼んでくれ!」
「は、はい!!」
哩がすかさず真屋に救護班を呼ばせると、自身も塞の容体を確認する。
幸い、意識はあるようだ。
大きな音を立てて、対局室の扉が開く。
「サエ!!!!!」
対局室に飛び込んできたのは、宮守のメンバーたち。
小瀬川1人で迎えに行く予定だったのだが、オーラスの様子を見ていて、いてもたってもいられなくなったメンバーが全員出てきていた。
「……エイちゃん……?ごめんね、点棒、増やせなかったや……」
目に涙を浮かべてブンブンと首を横に振るエイスリン。
真屋が呼んできた救護班のタンカに乗せようと、胡桃と小瀬川が塞を持ち上げる。
「ははは……本当にシロに介護される日がくるなんてね……」
「いいから塞は黙ってて!」
「塞、ダルいから、話さなくていい」
胡桃の目にも涙が浮かんでいる。
小瀬川も表情こそ少ないが、心配しているのは痛いほど伝わってくる。
医務室に運ばれる塞。
その途中、傍らに立っていた、今にも泣きだしそうな豊音の顔を見つめる。
「……トヨネも、ごめん……もう少し……トヨネに楽させてあげたかった……あとは、よろしくね……?」
言葉が出ない。
なんて声をかけていいのかわからず、とにかくトヨネは首を縦に振り続けた。
それを笑って見届けると、今度こそ塞は医務室に運ばれていく。
突然のハプニングに20分ほど時間は遅れたが、それでも、大将戦はやってくる。
「とりあえず、塞は今はもう大丈夫そう。トヨネは、大将戦いって!」
医務室から控室に戻ってきた胡桃がトヨネにそう伝える。
今でも小瀬川が塞の隣にいてくれているらしい。
なら自分のなすべきことは。
「このお祭り……絶対に……絶対に終わらせないよ……!!」
姉帯豊音の目に、心に、確かに炎が宿った。
塞に、チームに、勝利を届けよう。