Cブロック2回戦は次鋒戦が行われていた。
晩成高校の控室では、モニターの前で一人じっと座り、太ももの上に肘を乗せて、両手で顎を支えるやえの姿があった。
死の先鋒戦を終えて、臨海に18600点差をつけられての2着で終わったやえ。
控室に帰ってきてそうそうにメンバーに頭を下げたが、後輩たちは笑顔で迎え入れてくれた。
そんな後輩たちを見て、対局中に、後輩たちを信じられなかった自分を憎んだ。
自分を慕い、自分についてきてくれた仲間たちを、去年までの影響でどうしても信じることができなかった。そんな己の罪を償うために、どんなことがあっても、このモニターの前から目を背けない。
そんな覚悟がやえの背中からは感じ取れた。
『次鋒戦、大決着です!!臨海が点数を伸ばし、永水も若干点数を伸ばすことに成功しました!!晩成と清澄が若干点数を減らしましたが、まだわかりません!!』
次鋒戦が終わった。
晩成の点数は132400。点数は若干減らしたものの、下との点差はまだ50000点以上あった。
とりあえず点差をキープしたことに、ほっと安堵する晩成メンバー。
やえも一息つく。
去年はもうこの段階で2万点以上詰められていたのだから。
「やえ先輩。私、いってきますね」
隣で座っていた後輩の一人、新子憧がその席を立つ。
中堅戦は彼女の出番だ。
「憧……私のせいでこんな場面になっちゃったけど、対局中は、チームのためとか、いったん忘れて、己の麻雀を貫きなさい」
後輩たちを信じることができず、トップで渡すことができなかったやえができる、精一杯の助言。
しかし、その言葉に一呼吸おくと、憧は意外な言葉を発した。
「ちょっとそれは、できるかわかんないです」
「……?」
憧が苦笑いを浮かべながら返した答えは、否定だった。
めったにやえからの言葉に否定などしないだけに、やえは疑問符を浮かべる。
「……このインターハイだけは、やえ先輩のために打ちます。私も、そこにいる初瀬も。なんだったら由華先輩だって、そういう気持ちで臨んでます。やえ先輩最後のインターハイを、こんな形で終わらせていいはずがない」
予想外の言葉に、目を丸くするやえ。逆側の隣に座っていた初瀬を見ると、同じく頷いている。気持ちは同じなようだ。
「必ず、やえ先輩の育てた後輩として、恥ずかしくない麻雀、打ってきますね!」
輝く笑顔で憧はそう告げると、足早に控室を出ていった。
それを見送り、控室の全員を見渡して。
そしてやえは理解した。
全員の瞳が、誰一人として、準決勝進出をあきらめていないことを。
「……ほんっと……バカよ……あなたたち……一人よがりで麻雀打ってたような先輩よ……?!そんな先輩のためにって……正気じゃないわ……」
一通りメンバーの顔を眺めると、またモニターの前に座ったやえ。
「……本当にバカなのは……私か……お前たちを…信じられなかったんだから……」
消え入るような声を、隣にいた初瀬だけは聞き取ることができた。
何も悔いはない。この先輩のために、私達は麻雀を打つ。
(やえ先輩のために必ず私達は準決勝に進まなきゃいけない。アコ……頼むよ)
Cブロックは中堅戦を迎えようとしていた。
Dブロック大将戦。
こちらは予想よりも早いペースで局が進んでいた。
「ロン、2300」
東1局1本場 親 姫子 ドラ{2}
5巡目 恭子 手牌
{③④赤⑤45688六七} {三三横三} ロン{八}
(もうできてるかあ~)
1本場を軽く流し、親が恭子に流れる。
(親番か。いつもより嬉しいもんやないな)
サイコロを回しながらそんなことを考える恭子。
点数を稼ぎたい時はすぐにでもリーチを打ちたい親番だが、今はそういうわけでもない。
今重視すべきは局回し。
誰かがリーチを打ったらオリるつもりでいた。
7巡目。
「リーチ!」
姫子 手牌 ドラ {7}
{2333567赤五五五六七八}
(オリだけでは勝てん。幸い姫松に先制できればオリば選ぶ。二人との勝負……!)
姫子からのリーチがかかる。
確かに親跳を和了ったとはいえ、まだまだ安全圏ではない。
リーチをかけて和了りにいくのは悪くない判断だろう。
ここに、異常者がいなければ、の話だが。
「ん~おっかけるけど~」
その言葉は呪詛だ。同卓していた恭子でさえ、少し背筋が寒くなる。
「通らば~リ~チ」
全員がしっかりと確認していた。今のリーチは
豊音の表情は真剣そのもの。
1回戦の映像とのギャップに、各選手が面食らう。
(ツモ切りリーチ……?)
不信感を抱きながらも、姫子が持ってきた牌は{七}。
自らの和了り牌ではない。
だから、切るしかない。
「ロン。リーチ一発ドラ1で……5200」
豊音 手牌 裏ドラ{九}
{②②②⑦⑧⑨123二二八九} ロン{七}
「……はい」
(3面張でペンちゃんに負けっか……)
良形三面張でペンチャンに負ける。麻雀ではよくあることだ。
しかし、これが偶然とは、この世界では限らない。
(へえ……なんかやってるね)
有珠山の大将、爽はそれを一度見て確信する。
どんな内容までかはわからないが、確実に偶然では済まされない何か。
でなければ、あんなゴミ手での追っかけリーチなど、するはずがない。
東3局 親 爽 ドラ{三}
(さあて、親番だ。悪いけど、一番狙いやすいところから、点棒むしらせてもらうよ……白いの!)
瞬間、宮守の豊音の表情が曇った。
(もう少し先負で押したかったけど~有珠山がなにかしそうだね?)
基本的に有珠山が暴れるのであれば、ある程度は許容できる点差がある。
まずは様子見。今日の豊音はいつになく冷静だった。
10巡目。爽からリーチが入る。
「リーチ!」
(白いので手牌は完璧、捨て牌も悪くない。さあ、行こうか……
姫子 手牌
{⑥⑦⑧567三三六七} {横222} ツモ{1}
({1}は{2}の壁ばい。獅子原の河は……)
爽 河
{南西九⑧①白}
{二発9横3}
(索子の高かばってん、これくらいはいかるっ)
姫子はツモ切った。{1}を。
普通なら切るだろう。相手が親だろうと、この場面では一発も込みしても押し有利だ。
……
「ロン」
爽 手牌
{2355666777789} ロン{1}
「リーチ一発清一色で……24000」
(その河で清一色やと……?!)
『きまったあああ!!!有珠山の大将獅子原爽!!新道寺の鶴田姫子から親倍直撃!!吸い込まれるかのように{1}が鶴田姫子の元に来てしまいました!!』
姫子の表情が白くなる。
自分が打っていた麻雀観を覆されるかのような、恐ろしい感覚。
姫子は悔しそうな表情で、点箱を開けた。
「今のはあまりにもあまりですよ……」
同級生である姫子を心配するのは、新道寺の花田煌だ。
部長の白水哩も、真剣な表情でその対局を見守っている。
今の一撃で、有珠山はもうすぐそこまで来てしまった。
「姫子……」
次の鍵があるのは南3局。
このメンバー相手に恐ろしく、恐ろしく遠い。
東3局1本場 親 爽 ドラ{9}
(白いのは継続中。
3巡目 爽 手牌
{12333赤5566789東} ツモ{9}
(よしよし、いい感じでタケノコにょきにょきしてるね)
3巡目にして、手牌が索子に染まる。
これが決まれば、親倍、三倍満まで見えてくるような手だ。
誰もが色めき立つような手牌。
爽は満足気に{東}を切り出す。
「ロン」
「……へ?」
恭子 手牌
{⑤⑥⑦⑦⑧⑨三三東東} {横五六七}
「1000点は1300」
この卓には局回しの達人が一人入っていた。
(おいおいその手で鳴いたのか……!片和了りじゃないか!それも思いっきり索子を嫌って……流石に対応早すぎないかい?)
爽が苦笑いをしながら点棒を払う。
爽の予定ではあと2局は和了れる気だっただけに、拍子抜け。
それは決して相手を舐めているとかそういう話ではなく、全国の猛者たちを相手にしても、県予選決勝で当たったとんでもない化け物にも、この力は通用していたのだ。
そう思っても爽は攻められない。
(これが常勝軍団姫松の最後の砦、スピードスター末原さん……ねえ)
東4局 5巡目 親 豊音
この局も制したのは恭子。
「ロン、3900」
「わあ」
(逃げ切るために最速のギア入れてるね~。もしこのままウチが2位のままなら嬉しいし、ここは無理しないで末原さんに任せようかな?)
「南入やな」
今度は豊音からの出和了り。
この圧倒的速度に対して、3人は恭子に対して1副露で警戒をしなければいけなくなった。
そういう
とはいえ、豊音にしてみれば、このまま姫松と宮守が抜けるなら悪くない。
準決勝までに対策を立て直して姫松とぶつかれる。
ただし、もし、新道寺や有珠山に追い付かれるなら、いくつか隠しておきたかった能力も使わざるを得ないだろう。
いつになく冷静に場の状況を判断する豊音。
(絶対に……終わらせないよ~……!)
「……シロ……?」
医務室。
副将戦で倒れて意識を失っていた塞が、ようやく目を覚ます。
「塞……起きた?」
隣にいつもの見知った顔、小瀬川がいることを確認して、一旦安心する塞。しかし、一瞬で、ハッと目を開けると、上半身を起こした。
「……大将戦は??」
「今やってるから……心配しないで」
医務室にもモニターがついている。
対局の映像は、今南1局であることを示していた。
「うう……トヨネ、大丈夫かなあ、相手強いって熊倉先生言ってたし」
自分たちのチームの大将であるトヨネを心配する塞。
今日の相手は、一筋縄では行かないであろうことは、予想ができていた。
「……わかんないけど」
小瀬川もモニターの方を向いている。
こちらから表情を伺うことはできない。
対局を見て、どんなことを思っているのか。
しかし、長い付き合いの塞は、その声音が、少しだけ上向きなことに気付いていた。
「……今まで見たこともないくらい、真剣な表情だよ、トヨネ」
見た目に反して、精神年齢がそこまで高くない豊音は、麻雀を打つ時も、喜怒哀楽の激しい打ち手だった。一緒に打つとよく笑い、仲間が負けると涙する。
そんな豊音が、みんな好きだった。
その豊音が、今までにないくらい、真剣な表情で卓に向かい合っている。
「じゃあ……大丈夫か」
塞の表情は明るい。
想いは託された。
豊音は人生で初めて、仲間のために麻雀を打っている。