ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第27局 異常な卓

Cブロック2回戦は次鋒戦が行われていた。

 

晩成高校の控室では、モニターの前で一人じっと座り、太ももの上に肘を乗せて、両手で顎を支えるやえの姿があった。

 

死の先鋒戦を終えて、臨海に18600点差をつけられての2着で終わったやえ。

控室に帰ってきてそうそうにメンバーに頭を下げたが、後輩たちは笑顔で迎え入れてくれた。

そんな後輩たちを見て、対局中に、後輩たちを信じられなかった自分を憎んだ。

自分を慕い、自分についてきてくれた仲間たちを、去年までの影響でどうしても信じることができなかった。そんな己の罪を償うために、どんなことがあっても、このモニターの前から目を背けない。

そんな覚悟がやえの背中からは感じ取れた。

 

『次鋒戦、大決着です!!臨海が点数を伸ばし、永水も若干点数を伸ばすことに成功しました!!晩成と清澄が若干点数を減らしましたが、まだわかりません!!』

 

次鋒戦が終わった。

晩成の点数は132400。点数は若干減らしたものの、下との点差はまだ50000点以上あった。

とりあえず点差をキープしたことに、ほっと安堵する晩成メンバー。

 

やえも一息つく。

去年はもうこの段階で2万点以上詰められていたのだから。

 

「やえ先輩。私、いってきますね」

 

隣で座っていた後輩の一人、新子憧がその席を立つ。

中堅戦は彼女の出番だ。

 

「憧……私のせいでこんな場面になっちゃったけど、対局中は、チームのためとか、いったん忘れて、己の麻雀を貫きなさい」

 

後輩たちを信じることができず、トップで渡すことができなかったやえができる、精一杯の助言。

しかし、その言葉に一呼吸おくと、憧は意外な言葉を発した。

 

「ちょっとそれは、できるかわかんないです」

 

「……?」

 

憧が苦笑いを浮かべながら返した答えは、否定だった。

めったにやえからの言葉に否定などしないだけに、やえは疑問符を浮かべる。

 

「……このインターハイだけは、やえ先輩のために打ちます。私も、そこにいる初瀬も。なんだったら由華先輩だって、そういう気持ちで臨んでます。やえ先輩最後のインターハイを、こんな形で終わらせていいはずがない」

 

予想外の言葉に、目を丸くするやえ。逆側の隣に座っていた初瀬を見ると、同じく頷いている。気持ちは同じなようだ。

 

「必ず、やえ先輩の育てた後輩として、恥ずかしくない麻雀、打ってきますね!」

 

輝く笑顔で憧はそう告げると、足早に控室を出ていった。

それを見送り、控室の全員を見渡して。

 

そしてやえは理解した。

全員の瞳が、誰一人として、準決勝進出をあきらめていないことを。

 

「……ほんっと……バカよ……あなたたち……一人よがりで麻雀打ってたような先輩よ……?!そんな先輩のためにって……正気じゃないわ……」

 

一通りメンバーの顔を眺めると、またモニターの前に座ったやえ。

 

「……本当にバカなのは……私か……お前たちを…信じられなかったんだから……」

 

消え入るような声を、隣にいた初瀬だけは聞き取ることができた。

何も悔いはない。この先輩のために、私達は麻雀を打つ。

 

(やえ先輩のために必ず私達は準決勝に進まなきゃいけない。アコ……頼むよ)

 

Cブロックは中堅戦を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Dブロック大将戦。

こちらは予想よりも早いペースで局が進んでいた。

 

「ロン、2300」

 

東1局1本場 親 姫子 ドラ{2}

 

5巡目 恭子 手牌

{③④赤⑤45688六七} {三三横三} ロン{八}

 

(もうできてるかあ~)

 

1本場を軽く流し、親が恭子に流れる。

 

(親番か。いつもより嬉しいもんやないな)

 

サイコロを回しながらそんなことを考える恭子。

点数を稼ぎたい時はすぐにでもリーチを打ちたい親番だが、今はそういうわけでもない。

今重視すべきは局回し。

誰かがリーチを打ったらオリるつもりでいた。

 

7巡目。

「リーチ!」

 

姫子 手牌 ドラ {7}

{2333567赤五五五六七八} 

 

(オリだけでは勝てん。幸い姫松に先制できればオリば選ぶ。二人との勝負……!)

 

姫子からのリーチがかかる。

確かに親跳を和了ったとはいえ、まだまだ安全圏ではない。

リーチをかけて和了りにいくのは悪くない判断だろう。

 

 

 

ここに、異常者がいなければ、の話だが。

 

「ん~おっかけるけど~」

 

その言葉は呪詛だ。同卓していた恭子でさえ、少し背筋が寒くなる。

 

「通らば~リ~チ」

 

全員がしっかりと確認していた。今のリーチは()()()()であったと。

豊音の表情は真剣そのもの。

1回戦の映像とのギャップに、各選手が面食らう。

 

(ツモ切りリーチ……?)

 

不信感を抱きながらも、姫子が持ってきた牌は{七}。

自らの和了り牌ではない。

だから、切るしかない。

 

 

 

「ロン。リーチ一発ドラ1で……5200」

 

豊音 手牌 裏ドラ{九}

{②②②⑦⑧⑨123二二八九} ロン{七}

 

「……はい」

 

(3面張でペンちゃんに負けっか……)

 

良形三面張でペンチャンに負ける。麻雀ではよくあることだ。

しかし、これが偶然とは、この世界では限らない。

 

(へえ……なんかやってるね)

 

有珠山の大将、爽はそれを一度見て確信する。

どんな内容までかはわからないが、確実に偶然では済まされない何か。

でなければ、あんなゴミ手での追っかけリーチなど、するはずがない。

 

 

東3局 親 爽 ドラ{三}

 

(さあて、親番だ。悪いけど、一番狙いやすいところから、点棒むしらせてもらうよ……白いの!)

 

瞬間、宮守の豊音の表情が曇った。

 

(もう少し先負で押したかったけど~有珠山がなにかしそうだね?)

 

基本的に有珠山が暴れるのであれば、ある程度は許容できる点差がある。

まずは様子見。今日の豊音はいつになく冷静だった。

 

10巡目。爽からリーチが入る。

 

「リーチ!」

 

(白いので手牌は完璧、捨て牌も悪くない。さあ、行こうか……寿命(パコロ)のカムイ……!)

 

姫子 手牌

{⑥⑦⑧567三三六七} {横222}  ツモ{1}

 

({1}は{2}の壁ばい。獅子原の河は……)

 

爽 河

{南西九⑧①白}

{二発9横3}

 

(索子の高かばってん、これくらいはいかるっ)

 

姫子はツモ切った。{1}を。

普通なら切るだろう。相手が親だろうと、この場面では一発も込みしても押し有利だ。

 

……()()なら。

 

 

 

「ロン」

 

爽 手牌

{2355666777789} ロン{1}

 

「リーチ一発清一色で……24000」

 

(その河で清一色やと……?!)

 

『きまったあああ!!!有珠山の大将獅子原爽!!新道寺の鶴田姫子から親倍直撃!!吸い込まれるかのように{1}が鶴田姫子の元に来てしまいました!!』

 

 

姫子の表情が白くなる。

自分が打っていた麻雀観を覆されるかのような、恐ろしい感覚。

姫子は悔しそうな表情で、点箱を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今のはあまりにもあまりですよ……」

 

同級生である姫子を心配するのは、新道寺の花田煌だ。

部長の白水哩も、真剣な表情でその対局を見守っている。

今の一撃で、有珠山はもうすぐそこまで来てしまった。

 

「姫子……」

 

次の鍵があるのは南3局。

このメンバー相手に恐ろしく、恐ろしく遠い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東3局1本場 親 爽 ドラ{9}

 

(白いのは継続中。寿命(パコロ)は1回きりだけど、上手く使えたし、ここからあと2回は和了れる……!)

 

3巡目 爽 手牌

{12333赤5566789東} ツモ{9}

 

(よしよし、いい感じでタケノコにょきにょきしてるね)

 

3巡目にして、手牌が索子に染まる。

これが決まれば、親倍、三倍満まで見えてくるような手だ。

誰もが色めき立つような手牌。

 

爽は満足気に{東}を切り出す。

 

 

「ロン」

 

「……へ?」

 

恭子 手牌

{⑤⑥⑦⑦⑧⑨三三東東} {横五六七}

 

「1000点は1300」

 

この卓には局回しの達人が一人入っていた。

 

(おいおいその手で鳴いたのか……!片和了りじゃないか!それも思いっきり索子を嫌って……流石に対応早すぎないかい?)

 

爽が苦笑いをしながら点棒を払う。

爽の予定ではあと2局は和了れる気だっただけに、拍子抜け。

 

それは決して相手を舐めているとかそういう話ではなく、全国の猛者たちを相手にしても、県予選決勝で当たったとんでもない化け物にも、この力は通用していたのだ。

そう思っても爽は攻められない。

 

(これが常勝軍団姫松の最後の砦、スピードスター末原さん……ねえ)

 

 

 

 

東4局 5巡目 親 豊音

 

この局も制したのは恭子。

 

「ロン、3900」

 

「わあ」

 

(逃げ切るために最速のギア入れてるね~。もしこのままウチが2位のままなら嬉しいし、ここは無理しないで末原さんに任せようかな?)

 

「南入やな」

 

今度は豊音からの出和了り。

この圧倒的速度に対して、3人は恭子に対して1副露で警戒をしなければいけなくなった。

そういう(クサビ)を恭子は打ち込んだ。

 

とはいえ、豊音にしてみれば、このまま姫松と宮守が抜けるなら悪くない。

準決勝までに対策を立て直して姫松とぶつかれる。

 

ただし、もし、新道寺や有珠山に追い付かれるなら、いくつか隠しておきたかった能力も使わざるを得ないだろう。

 

いつになく冷静に場の状況を判断する豊音。

 

(絶対に……終わらせないよ~……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……シロ……?」

 

医務室。

副将戦で倒れて意識を失っていた塞が、ようやく目を覚ます。

 

「塞……起きた?」

 

隣にいつもの見知った顔、小瀬川がいることを確認して、一旦安心する塞。しかし、一瞬で、ハッと目を開けると、上半身を起こした。

 

「……大将戦は??」

 

「今やってるから……心配しないで」

 

医務室にもモニターがついている。

対局の映像は、今南1局であることを示していた。

 

「うう……トヨネ、大丈夫かなあ、相手強いって熊倉先生言ってたし」

 

自分たちのチームの大将であるトヨネを心配する塞。

今日の相手は、一筋縄では行かないであろうことは、予想ができていた。

 

「……わかんないけど」

 

小瀬川もモニターの方を向いている。

こちらから表情を伺うことはできない。

対局を見て、どんなことを思っているのか。

しかし、長い付き合いの塞は、その声音が、少しだけ上向きなことに気付いていた。

 

「……今まで見たこともないくらい、真剣な表情だよ、トヨネ」

 

見た目に反して、精神年齢がそこまで高くない豊音は、麻雀を打つ時も、喜怒哀楽の激しい打ち手だった。一緒に打つとよく笑い、仲間が負けると涙する。

そんな豊音が、みんな好きだった。

 

その豊音が、今までにないくらい、真剣な表情で卓に向かい合っている。

 

「じゃあ……大丈夫か」

 

塞の表情は明るい。

 

想いは託された。

豊音は人生で初めて、仲間のために麻雀を打っている。

 

 


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