なのでセーラの過去に原作との違いが生まれるかもしれません。
パシッ、パシッと心地よく牌の音が卓に響く。
季節は夏。
晴れて高校に入学して別々の道を歩みだした4人が、休日ということもあり、久しぶりに卓を囲んでいた。
(やっぱこのメンツで打つと落ち着くなあ……楽しいんだよなきっと)
勝つことを命題にされ、厳しい麻雀をずっと前世で打ってきた多恵は、どこか麻雀を楽しむということを本人の意識の外で忘れつつあった。
負けると叩かれ、1打1打に全く気の抜けない麻雀。
トッププロである、ということが知らぬ間に多恵の麻雀を縛り付けていた。
しかし、こっちに来てからというもの、強いメンツではあるものの、対局中にも拘わらずなんやなんやと騒ぐようなこの面々に、少なからず多恵は感化されていた。
(それに、なんつーかこう、異性って感じしないんだよなあこの子らは)
洋榎の親しみやすい性格、セーラの男勝りでおおらかな性格、それにやえの負けず嫌いさ。3人は最初の頃はよく負けて、そしてよく成長した。何度でも多恵に食らいついてきた。
ひたむきに麻雀に向き合って、よく勉強し、必ず再戦を挑んでくる。
そんな感情を思い出させてくれたのは間違いなくこのメンツだし、感謝もしていた。
「なんか感傷に浸ってるとこ悪いんだけどさ……」
多恵のそういった感情が顔に出ていたのか、ピキピキと額に青筋を浮かべながらやえが口を開く。
「なーーーーーーんであんたたち同じ制服着てんのよ!!!!しかも!!姫松の!」
「あーあ、知らん知らん、ウチは知らんでえ~」
ひゅー、と、やえの剣幕を見て、足を組んで下手な口笛を吹き始める洋榎。
「ちょ、ちょっと待ってやえ、メールで説明した通りで」
「そんなこと聞いてないわよ!!」
「め、めう……」
怒り心頭といった感じで怒るやえをどうどうとセーラがいさめる。
「ちょっとセーラ!あんたは怒ってないわけ?!」
「ま、まー理由は大方多恵からのメールで確認してるんやし、仕方ないんちゃう?」
手牌の右端2枚を伏せてパチパチと鳴らしながらセーラは苦笑い。
「ズルい!ズルいわよ!しかもなんで洋榎のいる姫松なのよ……それならウチに来てくれたって良かったじゃない……」
「姫松の善野監督がわざわざ電話くれてそれで……ご、ごめんよやえ……」
やえが最後の方何を言ってたかまでは聞き取れなかったが怒ってることは間違いないのでうろたえ続ける多恵。
(完全に高校受験ナメすぎた俺の責任だしなあ……)
もちろん前世で彼女などいなかった多恵はこういう時どうしていいのか全く分かっていなかった。女流雀士との交流の機会もあったので、コミュニケーション能力のほうはなんら問題が無いのだが、こういう場面にはもちろん慣れていない。
「それにな、俺はむしろ喜んでるくらいなんやで」
助け舟を出したのは意外にもセーラだった。セーラはふふん、と得意げに一つ間を置く。
「かなり強いメンツが集まったんや。それもここのメンツとなんら遜色ないくらいの……や」
「ほお?」
この発言にニヤリと笑って返して見せたのは洋榎だった。
「ウチらにもなあ、イキのいい1年がおる。それにウチと多恵もおる。……姫松は間違いなく世代最強になるで」
「な、なによ、じゃあ私だって負けないわよ!多恵なんかいらないんだから!」
「め、めう……」
全く関係のないところでいらないと断言されて割と普通に凹む多恵。
多恵は基本的に麻雀以外の部分でのメンタルは豆腐であった。
「それなら今度行われる関西地区の1年生合同合宿。そこで勝負や」
来週から3泊4日で、関西地区の高校1年生たちが集まっての合同合宿が開催される。これは関西の麻雀連盟の催しで、全国で関西の高校が活躍できるように、関西雀士育成の一環で行われる毎年恒例行事だ。
「そうだね、大会には直接関係ないけどここで他の強い1年生も見ておきたいし」
「いいわよ、受けて立とうじゃない」
それにね、と付け加えてやえが席を立つ。
「どんだけ強いか知らないけどね、私達4人と同じレベルだなんて笑わせるんじゃないわ!いい、よく聞きなさい……ニワカは……ニワカは相手にならないのよ!!!」
「あ、やえそれロン、
「……」
――合同合宿初日
「えー、諸君らには期待している。特に今年は優秀な選手が多い。切磋琢磨して、関西の麻雀をさらに良いものとしてくれたまえ」
パチパチパチパチと、拍手が巻き起こる。
そんな中、ふわー、と眠そうにあくびをしているのは洋榎である。
「今の誰や多恵」
「そんな大きなあくびしちゃダメだよ洋榎……名前は私も忘れたけど」
「そんな気張ってたらおかんになるで」
「そんなんでおかんになれたら怖いわ……」
関西のお偉いさんらしいが、洋榎も多恵も、名前すらろくに聞いていなかった。
今日から4日間にわたる合同合宿が行われる。
洋榎も多恵も1年生としては異例の、この時期で既に一軍に合流を果たしているので、本来ならこの合宿に出る義務はないのだが、そこは善野監督から
「色んな子と出会うことは大事なことよ」
と言われ合宿に参加する運びとなった。
「んで、ルールどないやっけ」
「最初の2日間はランダムのリーグ戦なのよ~」
「最後の2日間で成績上から6人ずつのグループに分かれて対局……か」
多恵はもちろん前世では学生の時にこんなおおがかりな合宿など見たことがない。
それどころか、高校で麻雀部がある高校など数えるほどしかなかったのだ。
(高校生の雀士の育成のために大人がここまでするって恐ろしい世界だよ……。お?)
後ろにいる恭子が膝に手をついて辛そうにしているのに気付いた多恵。
「末原さん体調悪そうだけど大丈夫?」
「恭子でええってゆーたやろ。多恵って呼ばせてもろとるしな」
「お、おお、じゃあ恭子、すごいクマだけど……」
はぁ……と深くため息をつきながらジト目でこちらを見る恭子。
恭子と出会ってまだ3か月そこらだが、多恵の中では恭子はこのジト目の表情が良く似合ってるなと感じていた。口には出さないが。
「多恵と洋榎の麻雀談義に夜な夜な付き合わされたからや」
「あれ、でもあれ23時くらいには終わったよね……?」
「意味わからんこと多すぎて検証してたんや。あんなのわけわからな過ぎて検証して自分で納得しーひんとやってられん」
その言葉に、多恵は思わず笑みをこぼす。
まだ出会って日にちはたっていないが、恭子の麻雀へのひたむきさは、とても好感がもてた。
いつだってそういう人たちと、研鑽を重ねてきたのだから。
「……恭子は勉強熱心なんだね」
(いたなあ。前世にもたくさん。麻雀に命かけて、絶対に勉強を怠らない人が)
多恵の前世でも、多くの麻雀を愛する人たちが、研究会などを作って、日々麻雀の研究を進めていた。そうして研究をするたびに新しい戦術が発見されたりする。今日の麻雀戦術の基盤を支えているのはそうした日進月歩の成果なのだ。
だから多恵は恭子のこの姿勢は素晴らしいと思うし、自分も見習わなきゃな、と身の引き締まる思いだった。
「とにかくあんま無理しないで今日は早めに寝なね」
「そーさせてもらうわ……」
麻雀をしていると時間はあっという間に過ぎる。
合同合宿も、早くも3日目を迎えていた。
「え~では上位6人の方はこちらの会場です。集まり次第対局を開始してください。1局終わるごとに着順と点数を入力しておいてください」
2日間の対局が終わり、今日からは成績順に分かれての対局が始まる。
運の良いことに多恵は総合成績3位で1番上のグループになった。
そしてこのグループには見知った顔が多い。まあ成績表を見た段階でわかっていたことではあるのだが。
「よう、洋榎。今日はボコボコにしたるから覚悟しや。それとこの前の駄菓子分30円返せ」
「お前まだその話するんか?ケチくさいのは嫌われるで?」
総合成績2位の江口セーラと、4位の愛宕洋榎。
そんなやり取りの中で、うなだれる生徒が1人。
「なんでや、なんでこんなバケモンだらけの卓になってしもたんや……」
「恭子が強いからじゃない?」
「賞賛は素直に受け取るけどな?これやったら大会でこの成績出したかったわ」
「あるよねー6翻ピッタリの時は裏ドラ1枚乗るのに3翻の時は絶対に裏ドラ乗らない説だね」
「なんやそのたとえ……」
末原恭子も6位で上位卓に食い込んでいた。本人は嫌がっているが、多恵からすれば、他の強者たちとチームメイトの恭子が研鑽してくれるなら喜ばしいことだった。
「ちょっと多恵!今回のリーグ戦成績見たでしょ!私の勝ちだからね!」
「決勝卓はこれからだよ、やえ。そーいえばやえの言っていたチームメイトは今回は調子悪かったのかな?晩成からはやえ1人みたいだけど……」
「う……そうよ!たまたま調子が悪かっただけよ!私1人で全員倒せば問題ないでしょ!」
フン!といった様子ですたすたと戻ってしまうやえ。今回の2日間のリーグ戦で彼女は堂々の1位に輝いている。
多恵は、彼女の実力なら全員倒すというその言葉も成し遂げてしまいそうだな、と思いながらその後ろ姿を眺めていた。
「あれが全中団体戦MVPの小走やえ……」
「そーだよ。取材とかくると調子乗るけど、火力も高いし雀力は折り紙付きだね」
やえはとにかく和了率が高く、団体戦ではチーム内でセーラをしのいで最高得点を獲得し団体戦のMVPに輝いている。
「……まあ、あーいうバケモンにどこまで凡人のウチがやれるんか。いい力試しや」
「あー確かに1回打ってみるといいかもね……基本的に私とか洋榎はやえとあまり打ちたくないから」
げっそりといった表情の多恵。
そんな様子を、恭子は意外に思った。
「多恵はともかく、洋榎まであまり打ちたくないだなんて珍しいやんな」
「やえの話かあ~あいつめんどいねん」
洋榎がこちらに戻ってきて会話に参加する。
やえの実力はもちろん認めている洋榎だが、実際相手にするのは嫌らしい。
「まあとりあえず行ってきなよ!」
「せやせや!やえのやつ弱なってるかもしれんしな!」
「ちょっと洋榎!!さっきっから聞こえてんのよ!!」
腑に落ちない部分を感じつつもやえのいる卓に向かう恭子を見送って、多恵と洋榎も後を追う。そこではセーラと、セーラのいる千里山女子の制服をきた女子生徒が待っていた。
「洋榎。多恵。紹介するで、清水谷竜華や」
「みなさんのことはセーラから聞いてます。今日はよろしゅう」
「倉橋多恵です。よろしくね」
高校生とは思えない発育の良さだな。と邪な気持ち無しで多恵は思った。
こちらに来てからというもの、女子との関わりが多くあったので、いちいち距離が近いとか、着替えを見てしまったとかでドキドキするような感情はもう多恵の中で消失していた。せいぜいが罪悪感を少し覚える程度だ。
幸い、何故か多恵の周りにはぺったんこな子が多い。なにが、とは言わないが。
「愛宕洋榎や、よろしゅうな~」
洋榎がさっきまで食べていた焼き鳥の串を片手に振りながら挨拶をする。
どこから出したのだろうか。
「それじゃあ前哨戦や。竜華ならお前らともやりあえるってとこ、見したるわ」
「そら、楽しみやな。お手並み拝見といこか」
「お、お手柔らかにお願いします」
場決めをした後、4人が席に着く。
「それでは対局を開始してください」
練習試合が始まった。