Dブロック大将戦は南場に入った。
南1局 親 姫子 ドラ{⑨}
ここまでの展開はおおよそ恭子の想定通りではあった。
宮守と有珠山に基本注意を払いつつ、リザベーションの局は無理をしないでリーチを打たない。
リザベーションはほとんどの記録がツモで和了っているが、出和了りもできないわけではないだろう。
とすると、リザベーションとリーチ合戦になるのはあまり歓迎できない。
(そうやとしても、今のウチの実力が、この2人の絆にどれほど通用するんか1回くらいは試してみたいもんやな)
恭子のスタイルは確立された。迷っていた時期もあったが、それを脱した恭子は、以前よりも強い打ち手になっていた。
洋榎も多恵も、由子も「大将 末原恭子」に異を唱えたことなどない。
それほど適任だと思っている。
対してつらい立場になったのは新道寺の姫子だ。
有珠山からの重い一撃を食らったことで、2着争いはもうわからなくなった。
他の2校が、まずは2着を狙ってきていることは姫子もわかっている。
(そいでも、こん配牌……部長ん鍵はなか。ばってん、この親でなるたけ稼ぐッ……!)
姫子の打牌が強くなる。
姫子も哩からもらった鍵に頼ってばかりではいられない。
今までも県予選やインターハイで、自身の実力で何度も和了ってきた。
その自信が唯一2年の姫子の気持ちを奮い立たせている。
11巡目 姫子 手牌
{①②③④④⑤⑥⑦⑧2345} ツモ{⑨}
(来たッ……!)
絶好の入り目。一気通貫とドラが確定するこの上ないツモだ。
一瞬、姫子は考える、ダマにとるか、リーチを打つか。
河を見ても、{25}の場況は悪くない。程よく索子の下は切れている。
姫子がわざわざこの索子の連続形を残していたのは、索子勝負になれば勝算があったからだ。
では、立直を打つか…?
チラ、と姫子が視線をやる先は、目深に帽子をかぶった宮守の大将、姉帯豊音だ。
脳裏によぎるのは、先ほどの一発放銃。
単なる偶然だと片付けることもできるだろう。
たまたま一発で当たり牌を掴んだだけ。
先ほどの放銃を引きずって、この手をリーチしないほうが問題。
姫子はそう結論付けた。
(こんなところで、負けられっか!)
「リーチ!」
この判断は悪くない。親であればいち早くリーチをかけたいと思うのは普通だろう。
待ちも決して悪くない。
1副露していた恭子は、現物切り、爽も現物を合わせる。
(まだ後半戦も残ってるし、カムイを使うタイミングはここじゃない。それに……)
爽はなんとなく気付いていた。
この局も、下家が早そうだ、と。
豊音がツモ牌に手を伸ばす。
その途中。
「ん~追っかけようかなあ~」
ゾクッと姫子の背筋に冷や汗。
それはそうだ、まだ豊音は持ってきた牌を見ていないのに追っかけようとしている。
それはつまり。
もう、
「通らば~り~ち?」
まったく手牌に入れるそぶりすらなく、持ってきた牌は横を向いた。
まるで姫子がリーチを打つのを最初から待っていたかのように。
震える手を必死に抑えて姫子は山に手を伸ばす。
そんなことがあっていいはずがない。
負けてたまるかと。
願いをこめた右手で持ってきた牌は、{⑨}。
ドラだ。
姫子の目から光が抜ける。
感覚的に理解してしまった。
これは、当たる、と。
こぼれ落ちるように河に放たれた{⑨}に、声がかからないわけもない。
「ロン」
外見にそぐわない、甲高い声が対局室に響く。
豊音 手牌
{⑤⑥⑦⑨⑨123456南南}
「12000」
『決まったああ!!宮守女子、姉帯豊音!!この局2回目の新道寺からの一発直撃です!』
(狙った相手から追っかけリーチで直撃を取れる……そんな能力があるんか?この宮守の大将は。こんなん食らったら、そら魂ぬけるわ)
震えて点数を払う姫子を見ながら、恭子は豊音の能力を推察する。
2回のリーチ一発。それに2度の追っかけツモ切りリーチ。
冷静になればなるほど、なにかやってると考えるのが、この世界の道理だろう。
(まあ、おそらくだけど宮守の姉帯さん。これ
ニヤリと豊音を見るのは、西家に座る爽。
自身が複数のカムイを従えるだけに、他者の気配にも敏感だ。
南2局 親 恭子 ドラ{西}
一気に新道寺が最下位まで叩き落された。
2位上がりを目指す3校の戦いは熾烈を極める。
新道寺も一時的に下回ってしまったものの、まだ南3局に倍満
(とはいえ、ちょっと宮守と離れてるねえ……姫松の末原さんが早くなさそうな捨て牌だし、ここらで無理させてもらおうかな)
4巡目に入って、恭子の捨て牌から、早そうな雰囲気を感じなかった爽は、恭子が親を手放そうとしているとあたりをつけた。
爽は複数の能力を持つ打ち手だ。
幼い頃からの友達だったカムイは、爽に麻雀で力を与える。
北海道から連れてきたカムイは1回戦では1体しか使わずに済んだので、今日使った2体の合計3体が今は使えない。
(本当は準決勝まで残しておきたかったけど、流石全国、みんな手強いね。この親番、末原さんは局回しのために和了にこだわらないだろうし、他の2人を削る……まずは、ホヤウ……!)
瞬間、爽の背中から、羽のようなものが生えた。
真っ黒く、異質な羽。
その羽ばたきを3人が感じた時、異変は既に起きていた。
(…?!先負が……消えちゃってる?!)
豊音はなんとなく、今追っかけリーチを打っても勝てないかもしれない、と漠然とした不安を抱えた。
前半戦は「先負」で戦おうと思っていただけに、豊音の表情から焦りが出始める。
豊音は塞に何度か能力を封じてもらったこともあっただけに、この感覚が、塞のものとは根本的に違うことに気付いていた。
だからこそ、不安。確信には至らない。
(また……また部長ば感じられん……有珠山といい宮守といい……!しゃーしい……!)
姫子もまた、爽のホヤウの干渉を受けていた。
この局はリザベーションがかかっていないのでまだ良いが、次の局はリザベーションがかかっている。
次の局までに哩とのリンクを復活させなければ、リザベーションも危うい。
(姉帯と鶴田の表情に変化があった……獅子原……またなにかする気だな)
爽が使ったホヤウは、他者から能力の干渉を受けなくする守りのカムイ。
これでまず豊音からリーチ後に追いかけ直撃の心配がなくなったので、安心してリーチを打てる。
(悪いね、ここは確実に決めに行く!アッコロ……!!)
爽が2体目のカムイを使う。
豊音も能力をかき消されているため、爽の河からの情報を冷静に分析できなくなっていた。
「これは……また予想外の敵がいたもんだねえ……」
宮守のメンバーは心配そうに豊音の様子を見ている。
モニター内では不気味な手牌の爽からリーチがかかった。
大将戦も、恐れるのはリザベーションと、末原恭子の超早和了りだけだと思っていたが、ここでも思わぬ伏兵。
「トヨネ……!!」
危ない、とエイスリンが警鐘を鳴らす。
狙われたかのように余る萬子。
奇しくもそれを切れば聴牌がとれる形。
「今の豊音は、能力をつぶされている。先負は無効。それどころか……」
モニター観戦しているとよくあることだが、それを切ったらだめだと見ている側はわかっていても、打っている本人はわからない。
だから観客は一打一打に熱狂し、落胆する。
これはその典型例。
宮守を応援する地元の人々、控室の胡桃とエイスリン。
そして、医務室の塞と白望。
全員が祈るように見つめる。
その牌を、打ってはならないと。
しかし無情にも、豊音はその牌に手をかける。
「追っかけるよ……通らば~リーチ!」
河に放たれるは{二}。
本来なら通って、爽から出てきた牌で和了れる。
豊音の不安は、確信がなかっただけに追っかけリーチへと踏み切らせてしまった。
「……通らないな!」
ニヤリと笑みを浮かべたのは爽。
ここの勝負は、ホヤウで守りを固めた爽の勝利だった。
爽 手牌
{三三四四赤五六六七七八八西西} ロン{二}
驚愕に染まる豊音の表情をよそに、爽が裏ドラをめくる。
出てきたのは……{七}。
「リーチ面混ピンフイーペーコードラ……5」
爽が使ったのはアッコロ。
その恐ろしい能力は、王牌までも、赤く染めた。
「24000!」
『3倍満だあ!!!有珠山高校獅子原爽!2着の宮守からの直撃3倍満で一気に準決勝進出ラインの2着に届きました!!』
余りの一撃の重さに、一瞬視界がブレる豊音。
(……痛い……けど、みんなのため、まだ……まだ戦える……!)
医務室の塞もついに2着から陥落した豊音を見て心配そうな表情だ。
しかし、ここで折れてはいられない。
次に迎えるは南3局。
姫子が天空に向けて、輝く鍵を放つ。
倍満が、来る。