「多恵~。今なにが起こってるんか、わかるか?」
姫松高校控室。
モニターで必死に打牌を続ける恭子を見ながら、洋榎が多恵に解説を求めた。
現在大将戦は後半戦南2局。
南1局は大方の予想通り新道寺の満貫ツモで再び2着目に立った。
しかし、その新道寺の満貫ツモですら13巡目……かなりの時間を要した。
原因を作っているのは間違いなく宮守女子の大将。姉帯豊音。
そこまではわかっても直接働いている力がわからない以上、多恵も洋榎の問いに対して、「いや……」と答えることしかできなかった。
視線は常にモニターに向かっている。
(全体効果系のデバフ……?でも他にまったく有効牌が行ってないわけじゃなさそうだ。新道寺のコンボすらも遅らせるなんて……とんでもない力だぞこれは)
多恵も洋榎も、姫松が準決勝進出を逃すということは全く考えてない。点差もそうだが、ここから恭子が4、5万点近く失点するとは思えない。
しかし、準決勝に進むのは2校だ。つまり、この中の1校は準決勝でもう一度相手にする。
となれば、対戦校のチェックも欠かせない。世間から「常勝軍団」と揶揄される姫松だったが、メンバーの誰にも驕りは存在しない。
それは、誰よりも麻雀というゲームの恐ろしさを知っているから。
最後の最後まで、何が起こるかわからないのが麻雀だから。
それはしっかりとモニター内の戦いを見つめている由子と漫にも同じことが言える。
もし、仮に宮守女子が上がってきたら、恭子はもう一度この豊音と対戦することになるのだ。
当然、こちらからも分析はしておいてあげたい。
「恭子ちゃんの手に有効牌が全然来ないのよ~」
「末原先輩……!」
2人も心配そうだ。
赤阪監督も珍しくほっぺたに手をやりながら無言で見つめている。
「でも、大丈夫。恭子の麻雀は、幅が広いから」
(だよな、恭子)
多恵が恭子と過ごしてきた3年弱で、彼女に対する信頼は絶大なものとなっていた。
だからこそ、信じる。
2度やったら負けない。研究熱心な恭子が自分たち以上に今頭を回転させていることを、多恵は確実に感じていた。
南2局 親 姫子
微差の2着目にたったものの、まるで安心ができない点差。
ここで1人誰か抜け出せば、この後の2局は有利に戦えることが確定している。
(なんとか2着目ば確保できた。ばってん、油断できる点差じゃなか。守っよ!必ず!)
不用意な放銃はできない。ここからは本当に繊細な麻雀が要求される。
一方で、爽も苦しんでいた。
(フリが戻ってきたのはいいけど、姉帯さんのせいで使えるタイミングが来ない……!残り3局の中で、使える所がきたら確実に仕留める……!)
爽の力も使いどころが非常に難しい。中でも条件が厳しいフリカムイとなると、勝負所を見極める必要があった。
更に未だに豊音の仏滅は継続中。有効牌が思うように来てくれない。
スピードに重きを置く恭子を封じられれば、当然有利なのは豊音だ。
「ツモだよ~500、1000!」
豊音 手牌 ドラ{3}
{①②③35888二二七八九} ツモ{4}
かといって、豊音も楽ではない。まず最初に1面子を崩すことができて、更にはこの力は赤等に頼ることができない。
打点の種が足りなくなるこの力は、使いどころをかなり選ぶ。
が、今この瞬間は間違いなく豊音にとってプラスに働いていた。
南3局 親 爽
豊音の河に、また1面子が並んだ。
黒いオーラが、また卓内を包み込む。
(くっそ!!親番でもやらせてくれないのか……!
爽が苦しんでいるが、豊音も苦戦していた。3着目にはなったが、オーラス親ということも考えれば、ここで3着目と4000点以上離れた2着目に出たい。
しかし自分の手も1面子を犠牲にしているので決して早くはならず、赤が無いので打点も作りにくい。
流局を考えればリーチも打ちにくい。
それでも。
この局も豊音が深い16巡目に制した。
「ツモだよ……!1000、2000!」
豊音 手牌 ドラ{7}
{②③④⑥⑥45668七七七} ツモ{7}
『宮守女子、姉帯豊音!!粘ります!!形式聴牌を入れていた親の有珠山を振り切って2連続和了!!2着目との点差はわずかに1400!!オーラスを迎えます!!状況を確認しましょう。現状2着目は新道寺女子、無論なんでも和了れば2着で準決勝進出です!3着目は宮守女子!親の最低点数である1500点の出和了りでもまくることができるので、こちらも和了り条件!少しだけ苦しくなったのは有珠山でしょうか?!2着目の新道寺との点差は7600点差!満貫の出和了か、6400のツモ和了りでまくりになります!』
会場のボルテージは最高潮。
麻雀というゲームの性質上、オーラスにはもうほとんど着順が決まっているようなことも珍しくない。
それもこのような団体戦、10万点持ちとなればなおさらだ。
しかし今回、3校に準決勝進出の目が現実的な点差で残っている。
少し離れている有珠山の爽だって、この大将戦を見ていた人たちならたやすく超えてしまいそうという感覚があるだろう。
豊音がサイコロを振る前。
高校のインターハイでは珍しい、条件の確認が行われていた。
もちろん会場のアナウンスは選手たちに聞こえていないので、各々が条件を確認する必要がある。
「OK、ありがとう。じゃあやろうか、こんなに楽しい麻雀は、久しぶりだ」
もう和了り条件の豊音と姫子は手早く。爽もそこまで時間をとらずにメモを書き終え、親の豊音に声をかけた。
その表情はとても楽しそうで、無邪気だった。
(ここさえ……ここさえ乗り切れば部長と準決勝や……!)
姫子の表情も硬い。いくら強豪校の大将を任されてきたとはいえ、ここまでの接戦は記憶にない。
鍵もない。横移動で2位抜け……は、ほぼありえない。希望的観測でしかない。
とすれば、自分で、やるしかない。
(みんなとのお祭り……!まだ終わらせないよー……!)
運命のサイコロが回る。親の豊音が和了り条件で、和了りやめアリのルールなので、泣いても笑っても、これが最後。
南4局 親 豊音 ドラ{2}
豊音 配牌
{①⑥⑦⑧12358三五七九発}
(きたよー……!!)
配牌2面子。これ以上ない展開だ。これでどこか1面子を崩し、全体に仏滅をかけつつ、速度もある程度ある。ドラはいらない。
そう割り切れれば、豊音にとってかなりいい配牌だった。
迷いなく、{1}から切り出す。
豊音にとって、計算外だったのは、ここからだった。
「……チー」
(……?!)
跳ねるように豊音が下家を見る。
冷酷ともとれる眼差しで、恭子が手牌の2枚を晒す。
豊音の目が驚愕に見開かれる。
まずい、と熊倉が言ったのを、何人が聞き取れただろうか。
無情にも、豊音によって河に放たれた{3}は下家の恭子の手によって奪われる。
(仮に1面子崩すことが条件なんやとしたら、これで有効牌はくるはずや。悪いな姉帯。恨みはないんやけど……上がってくるにしたらサンプルが少なすぎるし、ここで敗退するなら、それはそれでウチは構わないんや)
残酷。ともとれるだろう。
しかしこれは先ほどからできるなら試してみたいと思っていた恭子の1つの条件だ。
もし仮に、3打目までに1面子を河で作れなかったら?
その答えは、もう豊音の顔を見ればわかったようなものではあったが。
これに助けられたのは姫子と、爽だ。
(末原さんには感謝だね……そんでもってこの配牌……!)
爽 配牌
{①③赤⑤⑨247三東南北北西} ツモ{⑧}
満貫条件としては、あまりよくはない配牌、しかし爽にとっては、これ以上ない配牌だった。
(来い……!フリ……!私に力を貸してくれ!!)
瞬間、鷹のような生き物が爽の後ろに現れる。
(フリが、自風以外の風牌を呼び込む……!)
爽がオーラスに何かをしかけてきたことは、姫子も豊音も理解した。
しかし、それ以上に豊音が精神に受けたダメージは大きい。
震える手で持ってきた牌を自分の手牌の上に乗せる。
豊音 手牌
{①⑥⑦⑧2358三五七九発} ツモ{六}
まだ、戦える形ではある。しかし、本当に戦えるだろうか?
最後の最後で、仏滅すら止められた。
他の六曜は、仏滅のせいで今は使えない。
なにもできない、凡人な私に、ここに座る価値はあるのか?
頭の中を、ぐるぐると思考がめまぐるしく回る。
心なしか、息も上がってきた。
(みんな……ごめんね……強くない私なんて……ッ!)
フッ、と豊音が顔を上げる。
強くない私。そこまで言って、自分が宮守に来てまだ1週間の頃を思い出した。
「今回は、普通に打ってみようか」
熊倉先生に突然言われたのは、能力を使わない麻雀。
いつもは皆と打つ時も能力を使い、かなりの勝率を上げている。
しかし今日は能力を使わずに打てとの指示。
結果は、ラスだった。
「トヨネラスなんて珍しいね~!」
「たまたまでしょ……ダルい……」
塞も白望も、さして気にしている様子は無い。
しかし豊音からしてみれば、これは由々しき事態だった。
「うぐっ……ぐすっ……」
「トヨネ?!なんで泣いてるのー??」
一緒に打っていた胡桃がすぐ席を立つと、豊音の元までやってきて覗き込む。
「だって……みんなが仲間に入れてくれたのは……私が強いからで……強くない私なんて……みんなと一緒にいる資格ないかなー……って」
豊音には、根本的に人との交流が足りていなかった。
昔から気味悪がられ、忌み嫌われ、友達と呼べる存在なんていなかったから。
今回だって、得意な麻雀が強いから仲間に入れてくれたけど、もし力を使えない私だったら、仲良くしてくれるはずがないと。
そう、思い込んでしまっていた。
それは豊音が悪いわけではない。彼女の環境が、今までの生活が、どうしても思考を暗い方暗い方へと持って行ってしまう。
そんなとき、豊音のぐしゃぐしゃな視界の前に現れたのは、1枚のホワイトボード。
そこには、豊音を中心に、宮守のメンバー皆が集まって仲良くしている絵が描かれていた。
ホワイトボードを差し出されたほうを見上げると、エイスリンが、笑顔でこちらを向いている。
「トヨネは考えすぎ!シロもエイちゃんも私も、トヨネの友達!そんなことで、見捨てたりしない」
「私はっ?!」
塞の訴えは、残念ながら胡桃には届かない。
それでも気を取り直して、塞もトヨネの前に立った。
「だいじょーぶ、これからは、ここにいる皆が、トヨネの友達で、仲間。麻雀が強いとか弱いとか……今までろくに4人打ちもできなかった私達からすれば、どーでもいいよ!」
潤んだ視界は、元に戻ることはない。
しかし今は、悲しみの涙ではない。
輝く笑顔で塞から言われた言葉は、トヨネの冷え切った心に、温かさをくれた。
自分を必要としてくれる人がいる。
それがこんなにも嬉しいことだなんて、トヨネは知らなかったのだ。
(そうだ……私が強いとか、弱いとか、そういうんじゃ、ないよねー……!)
豊音の顔に、意志が戻ってくる。
打牌する豊音の手に、もう震えはない。
彼女の手は『友達』によって繋がれている。
もう諦めたりしない。六曜は使えない、仏滅も効いていない。
それが……それが、どうした。
7巡目
爽 手牌
{③④赤⑤24東東南南西} {横北北北} ツモ{東}
(よしっ!フリのおかげで、順調に風牌が集まってる…!これなら満貫条件クリアできる)
爽の手牌は、このまま聴牌をとれば条件に足りない。
しかし、字牌多めの手牌なので、筒子に寄せればすぐに条件をクリアする。
{4}を切っていった。
「チー!」
それに反応したのは、豊音。
さっきまでよりも大きな声で発されたチーは、豊音の意志を表している。
8巡目。
姫子 手牌
{①②③赤⑤⑦78一一二九九九} ツモ{⑥}
(聴牌……!ばってん、役のなか……!幸いリーチしても宮守より400点上回っとる!)
「リーチや!」
こちらも負けていない。
姫子にも負けられない理由がある。
最高の先輩と最後に一緒に戦えるインターハイなのだ。
こんなところで終わっていい道理など、ありはしない。
形は苦しかったが、追い付いた。
絶対にオリない2人がいる以上、出和了りだって十分に期待できる。ここはリーチだ。
豊音 手牌
{⑥⑦⑧56三四五六七} {横423} ツモ{6}
(追い付いた……!ダブル無スジだけど、行くよー……!)
豊音にもここで引く選択肢はない。当然和了りに向かう。
{5}を勢いよく切り出した。
そして次巡。
爽 手牌
{③④赤⑤2東東東南南西} {横北北北} ツモ{西}
(来た……!絶好!フリのおかげで、勝算はかなりある!ドラ??知らないね!振り込んで、消し炭になれ!!)
爽は人生で一番強く{2}を切った。当てれるものなら、当たってみろ。
強打はマナー違反。しかし、観客にも、控室にも、咎める者などいない。
それほどにまで、この卓の熱気は最高潮に達していた。
爽は体の中に湧き上がる熱いなにかを感じていた。
インターハイに来られなければ、絶対に味わえなかったなにか。
チームメイトには感謝している。無理言って団体戦出場に、付き合ってくれた皆に。
今こんなに血湧き肉躍る戦いができているのだから。
役者は揃った。3人聴牌。
(((めくり合い……!)))
姫子がツモ山に手を伸ばす。
「姫子ッ!!!」
「姫子!!!ここで決めれば、最高にすばらですよ!!」
爽がツモ山に手を伸ばす。
「ぶちかませええーー!爽ああ!!!」
「爽先輩!!!」
豊音がツモ山に手を伸ばす。
「トヨネ……!」
「トヨネ……お願い……!」
「ツモ……!」
後に今大会のベスト対局の1つともいわれる2回戦大将戦が、終局した。