ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第35局 油断

新子憧は、面前派ではない。

 

中堅後半戦南1局。

 

Cブロック中堅戦は、後半戦に入っていた。

ネット記事では、ここでもう晩成が永水に捉えられるという予想が立てられていた場面である。

 

しかし。

 

 

「チー」

 

 

4巡目 憧 手牌 ドラ{2}

{②④⑨24一三五白発} {横768}

 

 

『うわあ、ここから鳴くんですね、この鳴き、どう評価しますか?三尋木プロ』

 

『わっかんねー。んまあ、本人的には「鳴かないよりは鳴いたほうがマシ」くらいの感覚だろうねい。本命は喰いタンだけど、役牌重なってもよし』

 

Cブロックの実況解説は、インターハイの実況の中でも人気が高い三尋木咏プロと、針生アナウンサーのコンビだ。

基本的にわかんねーか知らんしか言わないのでテキトーと思われがちだが、必要なところはしっかりと解説してくれる。

 

 

憧も恭子と同様に、鳴き仕掛けを得意とする雀風。

速攻を得意とするところは変わらないが、恭子と違うのは、副露率だ。

手が悪い時は鳴かない。たまにブラフの無理仕掛けもするが、それはかなり珍しい部類に入る。

守備力を考慮して、鳴かない選択を取ることも少なくない。

 

しかし憧は副露率が異常に高い。

速度至上主義はもちろんだが、高校に入って、やえからの教えを受け、そのスタイルは「どこかで一役を作る」ことに特化し出した。

 

鳴くことによってリスクは上がるはずなのだが、放銃率は以前とさほど変わらない。

 

 

『新子選手は鳴きの多い選手ですが、放銃率は低いんですよね』

 

『そうだねい。鳴き仕掛けが多い選手は基本放銃率も上がる。和了率も上がるけどねい。じゃあ、このコがなんで放銃率が上がらないかっていうと、当たり牌読みと速度読みに優れてるってコト』

 

 

へぇ、とどこかで解説を聞いていた守りの化身が挑戦的な笑みを浮かべている。

 

 

この仕掛けの多い憧が南家に座り、東家には永水の滝見春。西家に清澄の竹井久、北家に臨海の雀明華。

 

誰が厳しい状況になるかは、自明だった。

 

 

 

点数状況

 

永水  23300

晩成 140400

清澄  78200

臨海 158100

 

 

 

(うーん、困ったわね……)

 

久はここまで点数を減らしてはいないものの、増やすことにも成功していない。

2着の晩成との差は62200。久としては、この中堅戦でかなり差をつめるつもりだったのだが、この晩成の1年生にここまでは上手くかわされてしまっている。

永水もスタイル外の高打点狙いはなかなかうまくいかず、和了りに結びついていないようだ。

 

 

(と、いうよりこの世界ランカーを相手に晩成の1年生。まったく物怖じしてない。和が言ってたように、芯の強い子なんだわ)

 

久のチームメイトである原村和と、この晩成の1年生、新子憧は幼馴染らしい。

小さい頃だったので当時の麻雀のスタイルは参考にならないと言われ、特に情報はなかったが、自分の芯を強くもっている子だと。それだけ伝えられた。

 

 

 

 

「リーチ」

 

11巡目 雀明華 手牌

{①②③④⑤⑥東東南南北北北}

 

 

リーチがかかった。この対局何度目かもわからない、リーチ。

明華も少し違和感を覚え始めている。

 

 

(サトハからは晩成はあまり気にせず防御に徹しろと言われましたが……この学生、なかなかしぶといですね……)

 

臨海のチーム方針としても、ここであまり手の内を晒す必要はないということで、防御の指示が下っていた。

準決勝進出は当たり前だから、この先の戦いに備えろ、と。

 

だからこそ、ここまでこうして若干点数を減らしてでも我慢していたのだが、明華は世界ランカー。プライドに少しヒビが入っていた。

 

 

同巡 憧 手牌

{②③④22五六} {横645} {横768} ツモ{⑨}

 

 

明華の宣言牌は{⑧}。染め手っぽい河にも見えるので、当然周辺牌の{⑨}は切りにくい。

憧は少し考えてから、それでも{⑨}を切った。

 

明華の表情がまた、少し歪む。

 

 

『新子選手、ここは攻めていきました。かなり怖いところではないですか?』

 

『ヒュー!強気だねい。ま、タンヤオだし、{⑨}なんて回ったところで使えない牌だし?切ってもおかしくはないよねい。知らんけど』

 

 

その解説が終わるが早いか、リーチをかけていた明華から{四}が出る。

当たり牌だ。

 

 

「ロン、3900」

 

明華の手が止まる。

 

結局、この局もリーチをかけていた明華から直撃し、1位の臨海との差を詰めた。

 

 

(少し……指示とは異なりますが、攻めさせてもらいますか)

 

点棒をもらい、点箱に収める憧。

その作業の途中、明華がすう、と息を吸い込むのを憧は見た。

 

 

 

「ララララララ~ラララララ~ラーラーラララララララララ~♪」

 

 

突然の、歌。

 

 

(えええええ?!……びっくりしたあ……確か言ってたっけ、この世界ランカ―。普段は歌いながら対局してるって……)

 

突然の歌声にびっくりの憧。

久はそこまで驚いていなかったが、春などは目を丸くして大事な黒糖の袋が地面に落っこちている。

 

次の山が上がってくる頃に、歌声が止んだ。

 

 

(ちょっとしか歌えませんが、これで私も牌もノッてこれたでしょうか。わかりませんが……日本の学生を削る分には、十分なはず)

 

 

第一打を切り出した明華を見て、警戒心をあらわにする2人とは対局的に、久は悪い笑みを浮かべた。

 

(世界ランカーさんは晩成の子に気をとられてるわね。その足、すくってあげる)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、臨海の外人さんは、強いんですか?」

 

姫松の控室。

同級生が出ているということもあって、真剣な表情でモニターを眺めている漫が聞く。

 

もう監督も洋榎も帰ってきて、姫松は全員そろってCブロックの対局を見ていた。

 

 

「まあ、つまらんけど強いで」

 

つまらん……?と洋榎の言葉に疑問符を浮かべる漫だが、補足するように多恵が説明する。

 

 

「臨海の子たちはね、お互いが仲間であると同時に、お互いが敵なんだよ。だから、全力を出さない。手の内を見せない。それでもある程度勝てちゃうんだけどね」

 

臨海女子の留学生たちは、インターハイ団体戦では仲間だが、逆に言えば、インターハイ団体戦ぐらいでしか仲間ではないのだ。

世界ジュニアなど……基本は敵同士。だからこそ全力を出そうとしない。

それでも毎年決勝まで勝てていることが強さを表してはいるのだが。

 

洋榎からすると、そこが「つまらない」のだろう。

 

 

「せやけど、今回はどうやろな。ひいき目抜きに見ても、実力温存して勝てるような相手とは思えんで」

 

恭子がそうつぶやいたのと同時。

 

 

『臨海の雀明華から一閃!字牌単騎で12000を奪い取りました竹井久!』

 

 

久が、明華から12000の直撃を奪い取った。

他家のリーチを利用して、壁として持っていた風牌を引きずり出したのだ。

 

「お、やるやんけー。あの清澄の、相当できるんちゃうか?ウチと同じくらいできそうや」

 

洋榎のこのような発言には、驕りも、見下しもない。ただただ、純粋な評価。

これが自分の実力も、相手の実力も客観的に見ることのできる愛宕洋榎の強さの理由の一端。

 

一方、久が自分から悪い待ちを選んでリーチをかけているのを見た時、多恵は正気を疑っていたが。

 

 

「役牌シャンポンなら一発ツモだったあるあるを逆手にとる打ち手がいようとは……!」

 

「そういうんとはちゃうと思うのよ~」

 

中堅戦も佳境。

 

多恵はネットの巻き戻し視聴を使ってCブロック先鋒戦もあらかた確認した。

 

最後の最後で、辻垣内智葉に3倍満に放銃したところも。

準決勝でやえと対局することは、半分諦めていた。

しかし、ここまで晩成は予想外の善戦を見せている。これなら。

 

 

「やえの後輩達が切り開いてくれるとしたら、めちゃくちゃ燃える展開だよね」

 

 

自然と晩成を応援している自分に、多恵はやえと戦えるのを楽しみにしていることを自覚していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

南3局 親 久

 

 

後半戦に入って、まともに和了れていない明華。

攻勢に転じた所をむしろ逆に3着目の清澄に狙われた。

 

 

(どうやら……甘く見ていたのは私の方みたいですね)

 

 

失った点数が増えてしまった。

これは控室に帰ってもおしかりは免れないだろう。

少しでも取り返すため、明華は攻めに転じる。

 

 

 

 

7巡目 明華 手牌 ドラ{⑧}

{④赤⑤⑥⑦⑧南南南東東} {発横発発} ツモ{3}

 

 

ダブ南暗刻の跳満確定手。

明華は対面に座る憧の河を眺めた。

1つ鳴きを入れて、前巡に{赤5}をツモ切り。

タンヤオ仕掛けであることは明白で、役牌はだいたい見えている。

 

ならば、とためらいなく明華は{3}を切る。

 

が、今回も、憧が1枚上手を行った。

 

 

「ロン」

 

「……ッ?!」

 

 

 

憧 手牌

{②③④⑧⑧45赤五五五} {横六七八}

 

 

「8000」

 

 

『ここで2位の晩成が、1位の臨海から満貫直撃!なんとなんと大方の予想を裏切り、晩成がトップに立ちました!』

 

『今のは赤ウーをツモ切った晩成の作戦勝ちだねい。後の打点アップを見れば残したいけど、ここでの手出しの{5}は目立ちすぎるからねい』

 

 

(この1年生……本物だわ!)

 

久も和了形を見て驚愕する。

自分の悪待ちとは違う。精密に計算された、出和了り率を高めるための罠。

それが3着目の自分にではなく、トップ目の臨海に向いていること。

 

 

(……どうやら私達、勘違いしてたみたいね)

 

 

驚きと同時に、久は1つの結論にたどり着いた。

 

おそらくこの試合、見ている側も、対戦相手である久たちも、全員が勘違いしていたということ。

 

臨海も、清澄も、永水だって勝手に思い込んでいた。

 

 

 

晩成は、必死に()()を守りにくる、と。

 

 

 

 

 

 

(小走やえ率いる私達晩成が準決勝進出のため2位を死守する?笑わせないでよね)

 

 

憧の目に、炎が宿る。

いつからそうだったのか、はたまた最初からだったか。

 

 

(私達は()()()()()を勝ち取りに行く!守らない。最後まで私達の麻雀を貫く……!)

 

 

小走やえが撒いた種は、確かに息吹いた。

 

そして今、大輪の花を咲かせようとしている。

 

 


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