合同合宿3日目、2日間の成績上位6人が集まって交代しながら対局を行う。最初の抜け番は洋榎と多恵になった。
(せっかく後ろ見できるんだったらやえと清水谷さんの間で見ようかな)
この合宿ではお互いの研鑽が目的とされているので後ろ見も基本的には許されている。もちろん、対局中無駄に話しかけることはマナー違反だし、その程度のことはここにいる6人は皆わきまえている。対局終了後に感想戦をするための後ろ見といってもいいだろう。
対局が始まった。
東1局 親 恭子 ドラ{6}
配牌
{二二五七①②④④2678南西}
(悪ない。しかけたら2900になりそうやけど、面前でもいけそうや)
恭子は一呼吸おいてからオタ風の南から切り出した。細かいことではあるが、こうした風牌の切り順も丁寧でなければ上のレベルでは戦っていけない。
七巡目 恭子
手牌
{二二二四五②④④23678} ツモ{三}
(張った。高め
「リーチ」
手牌から切った{②}を横に曲げ、リーチ宣言をしたその時、対面のやえから声がかかる。
「ロン」
ビクっとリーチ棒を取り出そうと点箱に手をかけていた恭子の手が止まる。
やえ 手牌
{①③④⑤⑥⑦⑧⑨456北北}
「5200ね」
「……はい」
ふうと一息ついたのち、恭子は点箱から5200点を取り出してやえにわたす。
(小走……警戒はしてたつもりなんやけど7巡目でも既に張ってたんか。どうりで手牌の進みがよかったわけや)
ガラガラガラガラという牌の混ざる音を聞きながら後ろ見していた多恵は、やえの理牌をながめていた。
(やえはあの頃から比べて強くなったな……本当に)
――4年前のこと。
「どうして……、どうして私はあいつらに勝てないのよっ!!」
ガシャンと大きな音を立ててやえが卓の上の牌を掴む。
もう日が沈みかけの夕方、教室には多恵とやえだけが残っていた。
今日のやえの成績は散々。久しぶりにトータル-200を超えてしまった。
そうでなくとも、最近のやえの成績は下がり気味、と、いうよりは他の2人の成長が著しく、なかなかそのスピードに追い付けていないのが現状だった。
「やえ、そんなに焦ることはないんじゃない?やれることを少しずつ……「嫌!」」
「嫌なのよ!3人に置いてけぼりにされるのは……もうたくさんなの……」
切羽詰まってしまって今にも泣きそうな瞳が多恵を見つめている。
小走やえという少女はこのメンバーの中で一番最後にメンバーに加わった。たまたま多恵が参加したとある雀荘の大会で一緒になったことが発端で、その大会で多恵にボコボコにされたやえは、ことあるごとに再戦を挑んできた。
そうしているうちに、わざわざ戦う場所をセッティングするのも面倒だろうと思い、同年代で既に仲良くなっていた2人を多恵が紹介したのだ。
「どうして……?私がリーチしてもすぐに追いつかれる。3家リーチになることだって珍しくない。私のリーチはどうしてこんなにもろいのよ……!」
やえの目からは、我慢できず涙が溢れていた。
確かに、やえはリーチに対して追いかけられることが異常に多い。
多恵はそっとやえの下家に座ると牌を1枚掴み、やえの前に横向きにして置いてみせた。
「リーチってさ、強いよね。そう宣言しただけで周りは委縮する。オリなくちゃいけなかったり、安牌に困ったりしてさ」
「普通は、そうね」
目をこすりながらやえは多恵の話をそっと聞いていた。
最近のやえはリーチを打つとすぐ誰かに追い付かれてはリーチ負けをする。
そんなことよくあるだろうと思われるかもしれないが、親ですらそれをされてはたまったものではない。
そんな状態であるからこそ、やえは自分のリーチに自信を無くしていた。
「私の昔の知り合いにさ、すごーく強いリーチを打つ人がいたんだ。その人がリーチって言うだけで、皆ビビっちゃうような。でもそれってさ、損得両方あると思うんだよね」
「どういうこと……?」
やえは多恵の意図をつかみかねている。
皆がビビってしまうほどのリーチ、やえからするととても魅力的に見えた。
しかし、多恵が伝えたかったのはそうではない。
「絶対に和了りたいリーチだったり、普通なら和了りを拾えそうなリーチでも、その人のリーチだからって皆オリちゃうんだよ。こういうの、人読みって言うんだけど」
多恵の所属していたプロリーグでは様々なトッププロが集まっていた。仕掛けの上手い人、押しの強い人、華がある人。多恵はそのどれもが魅力的だと感じていたし、憧れていた。自分にない強さを持つ人たちだったから。
「やえのその特徴は弱さじゃない。次からはさ、プラスに考えてみようよ。必ず自分と同じ土俵に立ってくれるなら、絶対に勝ってやる、仕留めてやるっていう強い意志を持ってみたらどうかな」
「強い……意志」
やえは自らの手を見つめると握ったり開いたりを繰り返した。
「そうそう、それにさ、やえはどーんと押せるなら押してみろ!って構えてるほうが、きっと似合ってるよ。七対子リーチ同順に親から追っかけ入って詰む説をひっくり返せるのはきっとやえだけだよ!」
「あんたのその例えが微妙に理解できるようになってきたのがまた腹立たしいわね……」
多恵はこっちに来てから様々なこの世界のプロ対局を見てきて、この世界に漠然と存在する「能力」というものに気付いていた。
普通の麻雀では到底起こりえない奇跡を、必然にしてしまう力。最初この「能力」に気付いたときはこんなものに勝てるのだろうかと悩んだものだが、今では吹っ切れて、それも込みでの対策や、打ち方を模索している。
そういった日々の中で、この小走やえという少女にも「能力」が目覚めかけているのに気付いていた。
だからといって、「能力」を育てる方法など多恵は知りはしない。せいぜいがこちらのプロの特集記事などを読んで「能力」のきっかけなどを知るくらいだ。
なのでこの助言も、果たして正しいのかはわからない。
……けれど、前世で自分が憧れた、華のある雀士に、やえならなれると、多恵は半ば確信していた。
だからこそ折れずに戦ってほしかった。
「でも、そうね、そうよね、しょげてる暇なんてないわ!私に勝てるものなら勝ってみろってもんよ!そうと決まれば特訓ね!」
もう弱気なやえはいない。
今のやえはすぐにでも麻雀を打ちたいという顔をしていた。
「え、でも2人帰っちゃったよ?」
「いいのよ!十七歩は2人でもできるわ!」
2人の特訓は警備員が入ってきて帰るように指示されるまで続いた。
局は進んで東3局
親 やえ ドラ{⑥}
8巡目 やえ 手牌
{③④⑤⑥⑦111四五赤五七八} ツモ{九}
「リーチよ」
(きた、小走やえの先制リーチ……!)
同順 恭子 手牌
{②②③⑥⑥789二三四六八} ツモ{④}
恭子は先ほどの自身のリーチ宣言牌を捉えられたシーンを思い出していた。
(小走やえの特徴は圧倒的に他者のリーチ宣言牌を捉えることが多いということ。更に自身に聴牌が入ることで他者の手が進みやすくなってるなんていうふざけたデータも出とる。
普段なら点差的に見ても、{③}がウチの目から3枚見えてるワンチャンスであることも考慮したうえで{②}勝負してもよさそうな場面やけど……)
少し逡巡したのち、恭子は現物の{八}を河に放った。
(ここは回る。勝負するには不確定な情報が多すぎる)
12巡目 竜華 手牌
{④赤⑤⑥⑧34赤55二三四七七} ツモ{4}
(張り返した……メンタンピン赤赤ドラでツモハネ……けどこの{⑧}は小走さんに通るんやろか?)
本来ならまだ残りスジも多く、この{⑧}くらいなら問答無用で切り飛ばすのが正解だ。
しかしそういう計算がこの場で1番早い人間は後ろで見ながら自分だったらどうするかを考え、別の解答をはじき出す。
(この{⑧}……やえの当たり牌か。洋榎あたりならまだこの巡目からでも回りそうだ。そして俺も……やえとの付き合いの長さからきっとそうするだろう)
これが小走やえとの初対局である竜華であったが、もちろん全中の映像でおおよそ小走やえの得意なプレイスタイルを理解していた。
それでも。
(でも、これぐらい切らなきゃ勝負にならへん……!)
「リーチ……!」
「ロン」
通ってくれという竜華の願いは届かず、無情にもやえの手牌が開かれる。
「裏1で……親満。12000」
「通らないんよなあ~」
パタンと手を閉じながら恭子は{②}が当たり牌であったことを整理して考える。
宣言牌が必ず刺さるわけではないが、真っすぐにリーチにぶつかりに行けばまず勝てない。全中の時やその他の大会でも、小走と当たる選手は、少しやり方を変えてみたり、わざと悪い待ちでリーチをかけてみたりと色々な対策を立てていた。
しかし、悪い待ちで戦いに行っても、やえのリーチの聴牌形は良形であることが非常に多く、負けてしまう。回ってみようとしている間にツモられる。
とにかくリーチを打たれては手が付けられない。そういう選手なのだ。
(なるほどな。これが全中団体戦MVP、リーチを統べる王者、小走やえ……!)
「さあ、1本場よ」
リーチしてオリてくれないのは悲しいけど、仕留めれば問題ないよね!