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姫松高校控室。
時刻は17時を回ったところ。
Cブロックは開始が遅くなったこともあり、これは夜まで対局が長引きそうだ。
「この副将戦、どこが有利やと思う?」
恭子の問いに対して、多恵はしばらく考えこんだ。
Cブロック副将戦は南3局を迎えている。
今の所は晩成がリード。
その後を臨海、清澄、永水と追いかける形になっていた。
これが通常の麻雀なら、残り局数も見て晩成の準決勝進出は固い。
が、残念ながらこれは通常の麻雀ではない。
明らかに異質な永水と、臨海がいる以上、まだこの副将戦の行方も、わからない。
「清澄の子があのまま打つのであれば、俄然永水が有利だろうね。それこそ由子が相手した宮守の臼沢さんとかがいないと止められないよ、あれは」
「確かに、あの子すごかったのよ~体調大丈夫か心配なのよ~」
宮守女子、準決勝でも相手することになる高校の副将、臼沢塞は2回戦でもその実力を示して見せた。
何と言っても北九州最強のエース白水哩の打点をあそこまで抑えたのだ。功績は測り知れない。
そして、問題の清澄の副将。見ている限り、打牌はこの大会で誰よりも理論的で、デジタルだ。
(あの打ち筋……どこかで見たことある気がするんだよなあ……)
なんとなく既視感のある打牌に、多恵は自身の記憶を掘り起こす。
インターミドルチャンピオンであるのは知っているし、その牌譜を見ていたかもしれないとは思うのだが、何かがひっかかる。
「ウチは晩成の副将、好きやけどな。あの臨海の副将と、派手にやり合ってる。なかなか肝の座ったいい麻雀や。それこそセーラに近いかもしれんな」
「初瀬は見た目によらず気が強いんですよ……」
洋榎がいつもの椅子逆座りスタイルでモニターを眺めて晩成の副将、岡橋初瀬をそう評した。
実際に卓を囲んだことのある漫もそれに賛同する。
確かに、目立つのは永水と臨海になりそうと思っていただけに、晩成の副将の子があれだけやれるのは計算外だった。
「……やえの背中を見て育った子たちが、こんなに厄介そうだと思うことになるとはね……」
先の中堅戦でも晩成の中堅、新子憧については脱帽だった。
恭子とも似通った速攻型。恐ろしいのは鳴くことに恐れがないこと。
守備面に全面的な信頼があるからこそ、仕掛けられる。
小走やえのワンマンチーム、そう呼ばれていたかつての晩成はもうそこにはない。
去年も1年生の子が1人頑張っていたのを鮮明に覚えていたが、今年はその子が大将を務めている。
「……去年、必死にもがきながらも己の無力さを噛み締めたであろうあの子が、どこまで強くなっているのか……楽しみだな」
多恵は大会メンバー表のパンフレットを眺めていた。
多恵がみつめるのは晩成のメンバー表、その大将。黒髪をショートにそろえた髪型。表情は少し固い。去年のあどけなさはもう見られない。
2年生、巽由華。
多恵は確かな期待とともに、パンフレットを閉じた。
「ロン!8000点デス!」
メガン 手牌
{一一一三四六七八九九} {横南南南} ロン{二}
「はい」
(またこの2人でやりあってますかー?)
副将戦前半も、これでオーラスだ。
ここ何局かは完全にメガンと初瀬の叩きあい。
メガンの決闘麻雀を前に、一歩も引かない構えの初瀬。
トップ目であることも考えたら引き気味になってしまいそうなものだが、まったく引く様子が見られない。
(また薄墨初美が北家……)
そしてまたその時がきた。
メガンがオーラスの親番、ということは同時に、薄墨初美が北家ということ。
初瀬は、下家に座る和の表情を見る。
(もしこのインターミドルチャンピオンが本当に理解していないのだとしたら、この局踏み込むのは危険。とはいえ、2枚鳴かれるまでは攻めでいこう)
少し緊張した手つきで配牌を受け取る初瀬。
いくら感情の昂ぶりで抑え込んでいるとはいえ、初瀬にとって、これが初の大舞台。
緊張しないわけがない。
それも相手は条件付きではあるもののほぼほぼ役満という特大爆弾を抱えてくる相手。
少しでも読み違えれば、死ぬのはこちらだ。
(私にも憧みたいな手牌読みができればなあ……)
ないものねだりであるということは重々承知だ。
自分のスタイルはそこではないので、踏ん切りをつけるしかないが、この時ばかりはそう思わずにはいられない。
6巡目。
「リーチ」
ヒュッと風でも吹くかのようなスピードで、和からリーチがかかる。
(リーチ……!ってことは本当にわかってないな……?!)
本来、この状況でリーチをするのは得策ではない。
東と北を持ってきたときに切らなければならないからだ。
本来なら何を言っているんだと言われるべきことだが、ここは異常な卓。
普通では考慮しなくていいことに考慮しなければならない。
リーチは諸刃の剣。1翻上がる代わりに、持ってきた牌は自らの和了り牌でなければ全て切らなければならない。
すると、どうなるか。
「ポン!」
「それもポンですよ~!」
瞬く間に東と北が鳴かれた。
また嫌な風が流れ始める。
(まさに、ふざけんじゃねェ!デス!)
親のメガンはまたも困り果てた表情。
これ以上の失点はごめんこうむりたいのだが、決闘なぞ挑んで負ければ被害は測り知れない。
メガンの表情を見て、こちらも相当まいってそうだな、と思いながら初瀬も焦りを感じていた。
(これでまた永水にツモられて、後半戦もまた和了られでもしたらまくられかねない……!ほんと、憧どうにかしてよコイツ!)
初瀬もキレ気味だった。
自身で飛び込んでくれるなら構わないが、ツモられて削られる身にもなってほしい。
(まあ、だけどもちろんリーチ打ってる清澄の方が死に近いわけで)
初瀬の言うことはもちろんだ。
初瀬やメガンは今通った牌や、共通現物を切っていればとりあえずはしのげる。
なんなら最悪は和の方にだけ通っていない牌を切るのも仕方がないだろう。
だが、和に打牌の選択権はない。
初美に通っていなかろうが、通っていようが、意志とは関係なく切らざるを得ない。
(だーかーら、やられちゃえ!インターミドルチャンピオン……!)
緊張の時間が続く。
初美も危険牌を切るようになった。
おそらく、聴牌だろう。
『永水の薄墨初美!また役満聴牌です!!しかも待ちの{二五}はまだ山に1……2……3枚、3枚残っています!』
『原村和の待ちも3枚。めくりあいだねい』
観客も大盛り上がりだ。
そして残り3枚ずつある待ちなら、決着がつく。
「ロン」
和 手牌 ドラ{発}
{①②③⑤⑥⑦⑧⑨赤55七八九} ロン{④}
「8000」
和が和了りをものにした。
『前半戦、終了です!!圧倒的に稼いだのは永水の薄墨初美!オーラスにも役満聴牌と、後半戦にもかなり期待ができそうです!』
(ふう……危なかった……)
颯爽と去っていく和に対して、初瀬は拳を震わせる。
(あんたが空気読めばもう少し楽だったでしょうに……!)
くっきりと怒りマークが見える。
役満ツモを食らいながらも、初瀬の成績は良い。
とにかく一旦控室に戻って作戦の練り直しを図ろうと、初瀬も席を立った。
宮守女子控室。
2回戦突破のお祝いムードもほどほどに、宮守も姫松と同様、次に当たるであろうCブロックの対局を見ていた。
「うげえ……お願いだから清澄、永水で上がってこないでね……」
「晩成の子目に見えてキレてたね!ウケるね!」
副将戦が終わって、医務室から戻ってきた塞がげんなりとした様子だ。
塞のいう通り、もしその2校が上がってこようものなら塞の負担はひどいものになる。
それだけはごめんだった。
「でも~臨海の人が上がってきても、晩成の人が上がってきても、相手は手強そうだね~」
控室に備え付けの麻雀卓で熊倉監督と共に六曜の復活のため麻雀を打っている豊音が、こちらの会話に加わる。
前評判では、晩成は先鋒だけやたら強くて、それ以降はあまり気にしなくていいといった内容だった。
だからこそ宮守としては晩成が上がってきてくれてもよかったのだが。
もうそうは言っていられない。この結果を見て、誰が晩成を侮れようか。
エイスリンがまたホワイトボードになにやら書き始める。
笑顔でパッと胡桃たちに見せた絵は、王様のもとに4人の人物が膝をついている絵。
「うんうん、そうだね、王者のもとに強い家臣が加わったね」
「無理……晩成きちゃったら……姫松と晩成……ダルすぎて……死ぬ……」
「あはは、シロは確かに大変かもねえ……」
流石の塞も苦笑いだ。
関西の雄、姫松の騎士と晩成の王者を2人相手にするというのは、流石の白望でも厳しいだろう。
「とにかく、今は姫松を打倒しうるだけの力を得なければいけないねえ……やれることは少ないけど、最大限の努力をしようかね」
熊倉監督も、ひとまず2回戦を突破できたことに安心していた。
しかしこうなれば次も突破して岩手勢初の決勝進出まで行きたいと思うのも指導者の性だ。
やれることは全てしてあげたい。
「後半戦、始まったよ!」
「うう……なんか晩成の1年生にすごく同情するからとりあえず晩成の子を応援しようかな……」
そう言って胃を抑える塞をまだ調子悪いのかなと勘違いする胡桃であった。
後半戦が始まった。
現在の点数状況は
晩成 141400
臨海 120200
清澄 92200
永水 47200
一見、永水が厳しいように見えるが、一撃必殺の刃がある。
まだ十分に可能性は残っているだろう。
席順は東家に初美、南家に和、西家に初瀬、北家にメガンとなった。
(この席順は悪くない……のかなあ?)
初瀬はこの休憩時間、控室に戻って仲間と相談をした。
やえからは、役満にだけは喧嘩を売らず、それ以外の局は前半戦同様攻めていい、とのこと。
やることは前半戦とさして変わりない。
東1局は流局という静かなスタート。
そして場は東2局に移る。
初美の北家だ。
「ポンですよ~!」
まずは3巡目に和が東を切る。
それを鳴いた初美。
わかっていたことだが、平然と東と北を切ることがわかっているから、他の2人は当然切りにくい。
しかし、今回はメガンが動く。
「チー」
8巡目 メガン 手牌 ドラ{六}
{赤⑤⑥⑦33456六七} {横二三四}
(さテ……聴牌ですガ……だれも追い付いてはいませんね)
メガンは誰も追い付いていないことを確認し、打牌をした。
永水さえ追い付いてこなければあのトンデモランチャーがぶっ放されることはない。
とりあえずは聴牌を継続できるのだ。
しかしその同巡、メガンの視界に、1人のガンマンが映る。
(晩成!やはりアナタがきましタカ……さあまた楽しい撃ち合いを……ン?)
確かに聴牌したはず、だったのだが、打牌をした瞬間に、初瀬のハットとカウボーイ衣装は取れ、聴牌は感じ取れなくなった。
初瀬 手牌
{①②③⑤一二三四四六七八北}
この手から、初瀬は打{⑦}。
(こんな愚形聴牌で{北}切ってリーチはさすがにできない。個人戦なら行ってたかもだけど……これは皆の、晩成の点数なんだ)
北はほぼほぼ初美に鳴かれるだろう。
下手をすれば鳴いて役満聴牌かもしれない。
そんなところに愚形リーチで突っ込めば、即地獄行きなんてこともありうる。
(どうやら浮き牌が{北}だったみたいデスネ……オヤ……?)
初瀬が手を崩したその次巡、今度は和が銃を持って現れた。
聴牌を崩さず、リーチもしてこない。
親の和がリーチをしてこないということは、待ちが悪いか、打点が
(まあどちらでも構いまセン。さあ、決闘デス……!)
一歩、また一歩と離れていく。
そして、銃声。
「ロン!3900デス!」
「はい」
決闘になってしまえば、有利なのは基本メガンだ。
この能力は1対1の撃ち合いにとても強い。
相手の打点が高かろうが、的確に射抜いてくる。
(とりあえずは永水が和了らずに助かった。さあ、気合入れてくよ……!)
初瀬も気合を入れなおす。
役満が和了れずに少しむくれていた初美だったが、そこは流石強豪校の点取り屋。
すぐに気持ちを切り替えると、東3局は和から5200を直取ることに成功する。
東4局 親 メガン ドラ{白}
初瀬 配牌
{③⑧⑨1268二八九西白白} ツモ{南}
初瀬は配牌をもらって少しだけ顎に手をやって考えていた。
『岡橋初瀬選手の配牌です。役牌ドラの{白}が対子なのは嬉しいですが、形が悪いですね……』
『あちゃー、こりゃ他がひどすぎるね。これじゃあ鳴かないって人すらいるんじゃないかねえ。知らんけど』
役牌ドラは麻雀において非常に扱いが難しいものだ。
2枚ならまだしも1枚だけだと切り時が非常に重要になってくる。
3巡目 和 手牌
{②③③④赤⑤⑥334赤5六七白} ツモ{②}
『対して原村和選手は伸びますね。これもうドラ切るんじゃないですか?』
『デジタルな彼女のことだからもっと早く切るのかと思ったけどねい。流石に切り時かな?』
和は表情を変えず、解説が終わるよりも早く{白}を切った。
「ポン」
これに初瀬が食らいつく。
『流石に鳴きましたね。しかしここからが遠い岡橋選手。和了までむかえるでしょうか?』
局は進み、10巡目。もうドラポンの初瀬は3副露。他家からすれば、聴牌は濃厚と考えるのが妥当だ。
その初瀬に対して、和も危険牌を切っている。もう聴牌でもおかしくはなさそうだ。
(出遅れてしまいましタガ……)
「ポン」
初瀬から出た{発}を鳴いて、これでメガンも聴牌だ。
初瀬には通っている{1}を切って、聴牌を取る。
(さてさてようやく2人に追い付い……エ……?)
メガンは目を丸くした。
聴牌を取ると、既に聴牌の者に気づけるメガン。
そしてこの状況で、西洋風の恰好をして待っていたのは、和1人だった。
(晩成……!3副露してまだ聴牌ではないトハ……!やってくれますネ……!)
初瀬 手牌
{②③③西} {⑨横⑨⑨} {横七八九} {横白白白}
この3副露バラバラ手牌は、Dブロックで恭子がやってきたものとは根本的に異なる。
恭子は計画的に脅して和了りを絡めとりにいったのに対して、初瀬のこれは、超攻撃型。
遮二無二和了ってやろうという仕掛けだ。
メガンからしてみればやりにくいことこの上ない。
今和に決闘を挑むのは簡単だが、また先ほどのように初瀬が乱入してくるのが目に見えている。
(1年生どもガ……!小癪な、デス!)
次巡、手替わりを待っていた和からリーチが飛んでくる。
「リーチ」
和から切られたのは{③}。
ここで対局者も、観客も予想だにしていなかった事態。
「ポン!」
初瀬が、4度目の鳴きをした。
『お、岡橋選手、裸単騎を決行しましたよ?!』
『うひゃー!晩成の1年生は破天荒だねい!久々に見たなー裸単騎!気持ちが良いねい!』
力強く{西}を切っていった初瀬の姿に、モニター前の観客も大盛り上がりだ。
先に聴牌をとっていたメガンは当然初瀬の聴牌に気づく。気付くというよりはもうメガンでなくとも誰の目にも聴牌は明らかだ。
手牌が1枚しかないのだから。
(ふざけやがって……デス……!)
和とメガンが拳銃を構えている間に割り込んできた初瀬の手には、ナイフが握られている。大き目の盾と、ナイフだ。
肉弾戦上等。
初瀬の選択肢としては{③}をスルーして安牌に使うこともできたのだが、初瀬はあえて攻めに行った。
(これがやえ先輩の麻雀を見て憧れ、努力した末にたどり着いた私の麻雀……!泥臭くていい。上手いと言われなくていい。ただこの一時の和了りを逃さないために!!)
初瀬が高校に入ってすぐ。
憧と初瀬で、先に才能が開花したのは憧だった。
天性の鳴きのセンスと、手牌読みで、メキメキと頭角を現した憧。
それに対して、初瀬は自分のスタイルをなかなか見出すことができなかった。
憧の真似をしようとしても、放銃してしまう。
そんなスランプの時期に、後ろ見していたやえが初瀬に声をかけてくれた。
「へえ。あなたの攻め、見ていて気持ちがいいわ」
最初、初瀬は耳を疑った。
自身が憧れていた人物が、自分の攻めを褒めてくれた。
だから初瀬は聞いた。勝てなくて、打ち方を迷っている、と。
こんな機会もう2度とないかもしれない。
アドバイスなんていつもらえるかわからない。だから対局中にも関わらず、初瀬は必死になってやえに助言を求めた。
どうすれば上手くなれますか、と。
返ってきたやえの言葉は、単純なものだった。
「上手い必要ってあるの?あなたのスタイルは、攻めでしょ?愚直に攻め続けなさい。泥臭いって言われたって良い。たまには放銃したっていいわよ。私だって放銃するわ。けどね、放銃はしてもいいけど、あなたのその打ち方なら、和了りを逃してはダメ。貪欲に、和了りを勝ち取りにいきなさい」
衝撃を受けた。
捉え方によっては守備を放棄する一方的な考え方。
それでも、この時の初瀬にとっては天啓だったのだ。
それ以降、初瀬もぐんぐんと成績を伸ばす。
放銃率は低くない。よく当たる。
それ以上に、絶対に和了りを逃さない打ち方。
奇しくも初瀬の気性に一番合うプレイスタイルだった。
「ツモ!!2000、4000!!」
初瀬 手牌
{②} {横③③③} {⑨横⑨⑨} {横七八九} {横白白白} ツモ{②}
『ご、強引に和了りを引き寄せました!岡橋初瀬!!』
歓声が会場にまで響き渡る。
変化を恐れ、上手くなろうとしていた彼女はもういない。
(これが私の闘牌……!やえ先輩が稼いだ点数は、私が増やす……!)
目に宿る炎が、紅く燃えている。