ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第40局 忠誠

「力を貸してくれる?」

 

あの時、自分の憧れであり愛する先輩はそう言った。

 

 

しかし由華は、それが半分本心ではないことも理解していた。

 

それはそうだろう。

誰よりもこの1年この先輩を見てきて、己の力だけで私達を全国に連れて行こうとしていることは痛いほどわかってしまう。

 

少し寂しい気もしたが、それを口にすることはない。去年ボロボロに敗れ去った由華がそんなことを口にする資格はない。

では今、何ができるのか。

 

それを考えた時に由華がたどり着いた答えは、ひたすらに自己の研鑽をすることだった。

 

 

(いつかやえ先輩でも苦しい相手が現れた時に、私が道を切り開く)

 

本心から出た言葉ではないとしても、あのとき由華は救われた。

絶対に強くなろうと心に決めた。

 

幸い、今年は優秀な後輩が2人も入ってくれた。同級生も皆心を一つにし、全員が努力している。

 

 

今年のインターハイを迎えた時、ワンマンチーム晩成は既に終わっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大将前半戦 南1局

 

点数状況

 

晩成  135100

臨海  129000

清澄   77100

永水   58800

 

 

 

 

南1局 親 霞

 

 

(困ったわね……)

 

この大将戦、唯一の3年生、石戸霞は苦しい局面に立たされていた。

本人も自称するように、基本的に霞は守りの麻雀が得意。地区予選も1回戦も、チームメイトが稼いだ点棒を守ることで事足りていた。

しかし、この2回戦はそうもいかないらしい。

文字通り死の先鋒戦に巻き込まれた我らの姫は、一瞬トバされかけるところまで追い詰められた。

その後のメンバーも奮闘し、初美の活躍で7万点にまで乗せたが、大将戦東場が終わってみて、1度も振り込んでいないのに13000点もう失点してしまっている。

 

 

(仕方ないわね……苦手分野、いかせてもらおうかしら)

 

その瞬間。

 

荘厳な空気が、卓を包み込む。

 

 

降りてきたのだ。一番恐ろしいと言われる、神が。

 

 

(……?!なんだ、永水……!)

 

卓上にいる3人が一斉に親の霞を見つめる。

何か仕掛けてくる。本能的にそれを感じ取ったのかもしれない。

 

それでも、止められはしない。

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

 

霞 手牌

{②②③③④④⑧⑧⑧東東東南} ツモ{南}

 

 

「6000オール、お願いしますね?」

 

親の跳満が決まった。

 

 

『最下位に沈んでいた永水!親の跳満ツモで一気に点差が縮まります!』

 

 

あまりにも早い面前混一ツモに、3人も驚きを隠せない。

 

 

(鹿児島のお姉さん、急に雰囲気が別人だよ……) 

 

(いやいやいや、これおかしいだろ……!)

 

由華は気付いた。

いや、由華でなくとも気付くであろう。

霞の河。

 

 

霞 河

{西北発⑨白⑨}

{①⑥}

 

 

霞は筒子の面前混一で和了っている。

ということは、()()()()()()()()()()()()()()()ということに他ならない。

そんなこと、普通に麻雀を打っていたらまず、ありえない。

 

 

南1局1本場 親 霞 ドラ{⑦}

 

由華 配牌

{①③⑤⑦⑨二二四七八西西白}

 

 

(おいおいおい……まさか今度は索子ってんじゃないだろうな永水……)

 

由華の手牌には、一枚も索子がない。いわゆる、絶一門だ。

 

ネリーも自身の手牌を見つめる。

 

 

ネリー 配牌

{④④⑥⑧⑨一一四五八九東中}

 

 

 

(……なにをした永水)

 

由華は霞の河を眺めた。もちろん筒子と萬子は出てこない。

そして、8巡目、その疑いは、確信に変わる。

 

 

 

「ツモ」

 

 

霞 手牌

{2224466677899} ツモ{8}

 

 

 

「面前清一色ツモ一盃口で、8000オールに1本場お願いしますね?」

 

 

(全部索子……!!!)

 

『永水女子石戸霞選手!!親跳ツモの後は親倍ツモで一気に原点まで点数を回復しました!!2着目の臨海とももう13800点差!目と鼻の先です!!』

 

 

 

由華の表情が苦痛に歪む。

覚悟してはいたことだが、こうも人外ばかりの卓だとは思いもよらなかった。

 

 

 

点数状況

 

晩成 121000

臨海 114900

永水 101100

清澄  63000

 

 

南1局 2本場 親 霞 ドラ{⑥}

 

(これ以上好き勝手させられるか……!)

 

由華の配牌は今度は萬子がない。

今まで通りに考えるなら、永水の所に萬子が集まっていると考えて間違いないだろう。

 

5巡目 由華 手牌

{①②③④⑤⑥⑦3456北北} ツモ{7}

 

 

(よし。張った。萬子が永水の所に集まるのだとしたら、この3面張は普段よりもツモりやすい)

 

由華の言う通り、この3面張は萬子がこないと仮定するならツモりやすい。

リーチをかけるのは妥当な判断だった。

 

 

「リーチ」

 

しかし、その牌は、下家によって奪われる。

 

 

「カン」

 

発声は、宮永咲。

 

 

(大明槓……!)

 

嶺上牌に手を伸ばす咲の手に光が宿る。

 

 

 

 

 

「ツモ。嶺上開花。12000は12600です」

 

 

 

咲 手牌

{③③③赤⑤⑥⑦⑧南南南} {横①①①①} ツモ{⑧}

 

 

目には稲妻が走っている。

嶺上牌を自在に扱う、清澄の嶺上使い。

 

(三暗刻消してまで大明槓……ね)

 

 

 

『せ、責任払いです!トップの晩成から一閃!リーチにカンをしかけて嶺上牌でツモりました宮永咲!インターハイのルールでは大明槓で嶺上開花した場合は大明槓させた人の1人払いのルールなので、この場合は晩成の1人払いになります!』

 

『珍しいルールだよねい。正直これだけはなんで責任払い採用してんのかわっかんねーわ』

 

 

通常では考えられない鳴き。

そもそもこの待ちでリーチをかけていないことが不可解で仕方ないのだが、それに加えてわざわざ三暗刻を消す大明槓と来た。

普通の人が見たら嶺上開花に憧れすぎた故の素人の愚行にしか見えないだろう。

 

しかし、咲は違う。

確実に和了れる方法をとっている。

 

 

(清澄のこの子……私の支配が及ばない王牌をわざと使っているのかしら……)

 

霞も連荘が止められてしまった。

原点まで戻したのだからかなりの加点になったが、あと少し準決勝進出ラインまでは届いていない。

 

 

南2局 親 由華

 

 

咲は霞の支配の及ばない王牌で自在に牌を操る。

この場で一番霞に対して有利な力だった。

 

 

「嶺上開花。2000、4000」

 

咲 手牌

{三四五五七八九} {一一一横一}※加槓 {中横中中} ツモ{二}

 

 

 

『またまた嶺上開花!!なんとこの親被りで晩成陥落……!!トップは再び臨海に移ります!晩成は3着目の永水とも8000点差!もうわかりません!』

 

『だいぶ平らになっちまったねえ……選手たちは気が気じゃないだろーねえ』

 

ラスからトップまでが圧縮された。

これではどの高校が準決勝進出を決めるか、全く分からない。

 

 

(まあ、前半戦は好きにやってくれて構わない。どうせ今は無理に和了りにいく所でもない。後半戦でその顔、絶望させてあげるよ)

 

ネリーがつまらなさそうに点棒を渡す。

トップに立ったネリーだが、点差はむしろ詰まっている。状況が好転したとはとても言えない状況だ。

 

 

一方、トップを譲る形になった晩成。

由華は目を閉じて一度呼吸を整える。

 

相手は強い。わかりきっていたことだが、去年よりももっと強い。

 

しかし私はなんのために努力を重ねてきた?

間違いなく、今この時のため。

 

 

(……すみませんやえ先輩。控室に帰る前に、必ずトップを取り返します)

 

闘志は失っていない。

イレギュラーが多く、対応に時間はかかったが、もう大丈夫。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「由華先輩、大丈夫ですかね……?!」

 

祈るように両手を合わせるのはやえの隣に座る憧だ。

ソファで無言でモニターを見つめるやえを、がっちり憧と初瀬で隣をキープしている。

 

 

「由華先輩ごめんなさい……私がもう少し上手くやれていれば……!」

 

初瀬もスカートを握りしめて悔やんでいる。

やえにも良い打牌だったと言われたものの、結果が伴わなければ意味がないと思っている本人はやはり気にしているようだ。

 

そんな後輩2人と、固唾を飲んで見守っているメンバー全員の視線がモニターに集まっている。

 

やえがゆっくりと口を開いた。

誰に声をかけるわけでもない。強いて言えば、画面の向こうの由華に。

 

 

「……相手は強い。けどね、私が保証する。その中の誰よりもあんたはこの1年間努力した。わけわかんない力で対応は遅れたかもしれないけど」

 

かつてボロボロに敗れ去った後輩は、1年でこんなにも頼もしくなった。

部内で見て強くなったとわかっていたのに、信じ切ることができなかった自分が恥ずかしい。

 

 

だからせめて今は激励を。

 

 

「もういけるだろ?由華」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南3局 親 咲 ドラ{9}

 

 

(予想以上に人外ばっかり。臨海だってまだこんだけ余裕そうな表情してるってことはなんか隠してる。まだ手を下す必要はないと思ってんのか。甘く見られたもんだ)

 

 

由華が配牌を受け取る。

状況は非常に良くない。

3着目との点差だって満貫1回でひっくり返る点差だ。もう死はすぐそこまで来ている。

 

 

由華 配牌

{①①②⑨⑨235799東南} ツモ{白}

 

 

ドラは2枚あるが、重い形。チャンタが見えると言えば聞こえはいいが、チャンタとは基本的に最終形が愚形になる役だ。当然和了率は下がる。

由華はとりあえず白をツモ切りとした。

 

 

「ポン」

 

動いたのは霞。

手牌が1種類で固定されている霞が鳴いた。時間的猶予はほぼないだろう。

 

次巡、有効牌を1つ取り入れて、字牌を処理した後、咲から{⑨}が出る。

 

 

『流石に{⑨}からはしかけられませんか、晩成の巽選手』

 

『どうだろうねい?それこそさっきまでの晩成の中堅の子と副将の子は2人とも仕掛けるんじゃない?理由はそれぞれ違いそうだけどねえ。でも、この大将のコは、鳴く必要、無いんじゃない?』

 

『……?それはどういう……』

 

 

打点のために鳴く初瀬と、速さのために鳴く憧。

たしかにこの2人ならこの{⑨}は鳴いていってもおかしくはない。

最後に咏が残した言葉に、針生アナが疑問符を浮かべる。

鳴く必要がない……?どういう状況で鳴く必要がないという状況になるのだろうか。

 

その真相は、次巡明らかになる。

 

 

 

由華 手牌

{①①②⑨⑨1235799南} ツモ{⑨}

 

 

『うわあ……』

 

『なあ?言ったろ?知らんけど』

 

ケラケラと咏が笑う。

もしかしなくても、まさかこの晩成の大将は。

 

 

次巡、ドラの{9}が咲から放たれる。

ドラであっても、由華から発声はない。

 

 

 

由華 手牌

{①①②⑨⑨⑨1235799} ツモ{9}

 

当然のことのように、由華はこの聴牌を取らない。

平然と{5}を切る。

ドラ3とはいえ、このような不格好な手、我らが王者に捧げるには、似合わない。

 

 

さらに次巡、ネリーから{①}が出る。

これも当然鳴かない。

 

 

 

由華 手牌

{①①②⑨⑨⑨1237999} ツモ{①}

 

 

「リーチィ……!」

 

異様な河。カンを操る咲と、確実に一色手を和了ってくる霞にまったく物怖じしていない。

覇道を邪魔するものは、全て蹴散らす。

鋭く横に向けられた{7}は、確かな意志が宿っている。

 

 

『願うものは自身の力でつかみ取る。いいねえ、まさに王者に仕える忠臣っぽいねえ』

 

咏が扇子で自身の口元を抑える。

予想以上の実力者の出現に、咏も思わず口角が上がってしまうのを隠した。

 

孤独な王者小走やえのもとに集まった忠臣。

今年の晩成は一味も二味も違う。

 

 

 

ツモる由華の手はさながら剣閃。

卓に牌がたたきつけられた。

 

 

 

「ツモ!!」

 

 

由華 手牌

{①①①②⑨⑨⑨123999} ツモ{③}

 

 

「4000、8000!!!」

 

 

 

 

(和了りも、勝利も、今度こそ必ずつかみ取る……!全ては、やえ先輩のために!)

 

2度目の倍満が対戦校を蹴散らした。

 







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