ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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毎日のように通っていた雀荘に行けなくなるというのは辛いものです。
もう少しの辛抱ですね。

雀荘に行かないからこの話を書けているというのもまた事実なのですが。





第42局 奏者の足音

もう夜の20時を回ったというのに、インターハイ中継の視聴率は一向に落ちる気配がない。

 

 

特設会場。そのメイン対局場。

階段を昇った先に、まぶしいほどのスポットライトが当たっている。

静謐な空間に、牌を叩く乾いた音だけが響く。

 

若き雀士なら誰もが憧れるこの会場で、今日もインターハイが行われていた。

 

 

今日の対局はDブロックが先に終わり、今はCブロック。その大将戦。

 

 

『大将後半戦は東4局2本場です。四開槓は親も流れるルール。それにしても四開槓とはまた珍しい流局でしたね……』

 

『清澄は勝負手だっただけに痛いかもだねえ?親も落とされたし?逆に晩成は勢いに乗れたんかな?知らんけど』

 

実況解説の2人も、長丁場になった今日の対局を最後まで熱を持って届けてくれている。

そのおかげもあって、観客の熱は、会場もテレビの前も、なんら変わりない。

 

 

東4局 2本場 親 霞 ドラ{5}

 

各自配牌を受け取り、ネリーが理牌をしながら今の局について考える。

本来なら清澄の1年生の心をへし折るはずだった計画は、晩成の由華によって阻止された。

 

 

(清澄を折りたかったが……まあいい。念には念を入れて波の調整をしておいてよかった。この程度の点差なら、問題ない)

 

1つの狙いを由華によってずらされ、不本意だったネリーだが、大したダメージではない。

もともと予定にはない行動だったのだ。プラン通りに戻すだけ。

 

そう結論付け、今度は霞の方を見れば、霞は肩で息をし始め、もう疲労が目に見えている。

ネリーが渡された配牌を見ても、もう三種全てが手牌にきてしまっていた。

先ほどまででは考えられない変化。

 

他の2人もきっとそうだろう。

 

とはいえ、ネリーはむしろもっと早く霞の支配が途切れると思っていただけに、何度もひやひやさせられた。

それはそうだ。なにせいつ清一色が飛んでくるかわからないのだから。

 

 

(永水はまだしも、まさか晩成がここまでやるとはな)

 

そして最後にチラりと下家に座る由華を見やる。

 

臨海の想定では、2回戦はなにも弊害なく突破できる予定だった。

臨海が狙うのはもちろん全国優勝。今年の春と去年のインハイで負けている姫松と白糸台には因縁がある。

姫松と当たる準決勝までは新加入のネリーの力は温存しておくはずだったのだが、そうもいかなくなってしまった。

 

 

(まあ、それも同じこと。知ろうが知るまいが、結果は同じ。私にはお金が必要なんだ)

 

絶対的自信が、決意が、ネリーを支えている。

 

 

 

7巡目 由華 手牌

{赤⑤⑥⑦235788二三五六} ツモ{七}

 

 

良いツモだ。効率で打つなら{5}だが、{5}はドラな上に三色の鍵でもある。

由華は逡巡した末に、リャンカン両面の一向聴にとる打{2}とした。

 

そして次巡、上家のネリーから{6}が出る。三色が確定する、絶対に欲しいところだ。

しかし、当然のように由華はスルーする。

 

そして牌をツモる。

 

 

8巡目 由華 手牌

{赤⑤⑥⑦35788二三五六七} ツモ{6}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「前からずっと思ってたんですけど、由華先輩のあれ、ズルすぎませんか?」

 

口をとがらせるのはソファに座ってモニターを眺める憧だ。

 

晩成高校の控室。先ほどの清澄の怒涛のカンと嶺上開花にはヒヤリとさせられたが、由華の決死の流局で控室も落ち着きを取り戻していた。

そして今局。今もそうだが、由華は鳴ける牌をスルーすると高確率でその牌を持ってこれる。

 

あんなの普通なら鉄も通り越してタングステンチーだわ、とイマドキの女子高生っぽい(?)言い回しで憧が悔しそうに拳を握りしめて語る。

 

 

「私はあれは鳴かないかもですね……{一}の方だと3900(ザンク)になっちゃうのが少しもったいない気がします」

 

「えー初瀬らしくない」

 

そんなやりとりを、やえは2人の間で黙って聞いている。

 

この1年で、由華はとてつもないほど成長した。

 

 

「……由華の場合はね、鳴くっていう選択肢がないのよ。それが1年かけて、由華が出した答え。絶対に鳴かないで手を仕上げるっていう意志ができたから、牌が応えてくれる」

 

やえの話し方は、2人に言っていて、それでいて自分にも言い聞かせているかのような言い方だった。

 

そして今度は、自身の手のひらを見つめ、小声で呟く。

 

 

「確固たる信念を持つ打ち手には、大事なところで牌が応える」

 

去年のインターハイ、個人戦決勝の後、辻垣内智葉がそう言っていたのが、やえの脳裏に焼き付いていた。

今私に確固たる信念はあるか?

 

 

晩成には今まで、強い打ち手はいても、信念を持つ打ち手がいなかった。

しかし、今。

 

 

「……?」

 

「なんですか?やえ先輩」

 

両隣を見れば、頼もしい仲間がいる。

控室にいる他のメンバーだって、自分が思っていたより、ずっと頼もしくなった。

 

去年や一昨年とは違う。

 

 

(再確認した。私は、()()()と、全国優勝するんだ)

 

 

だからこそ。

 

 

「勝ちなさい、由華。最高の勝利を私に届けて」

 

言葉とは裏腹に、やえの両手は祈るように握られたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロン。12600」

 

 

由華 手牌 ドラ{5}

{赤⑤⑥⑦56788二三五六七} ロン{四}

 

 

由華のダマハネが、ネリーに突き刺さった。

 

静謐を突き破り、会場を歓声が包み込む。

 

 

『晩成高校巽由華選手!この手を面前で跳満にまで仕上げました!!これで上下がちょうど2分化された形!晩成と清澄がかなり有利になったんじゃないですか?』

 

『……いやーわっかんねーよ?この卓、あたしにゃとてもこのまま終わるとは思えないケド』

 

『……ついに後半戦は南場へと突入します……!』

 

 

 

 

点数状況

 

清澄  123600

晩成  121000

臨海   85300

永水   70100

 

 

 

 

 

南1局 親 ネリー

 

 

あとがないネリーの親番。

逆に言えば2着目である由華はなんとしても流したいところ。

 

 

由華 配牌 ドラ{⑧}

{②③⑥⑦⑨二三五八南南白白} ツモ{⑧}

 

 

(ダブ南対子……悪くない。ここでもう一つ和了って、清澄をまくる。そして臨海を脱落させる)

 

由華はその特性上、対子の多い手でも向聴数を確実に上げていくことができる。

故に、役牌の対子は高打点になりやすい。

出れば、の話ではあるのだが。

 

 

そんな中、妙にふわふわと浮ついた気分になってしまったのは、咲だ。

先ほどの局、一瞬カン材の位置がわからなくなった。

 

今は見えているが、それでも得体のしれない恐怖を植え付けられたことは事実。

 

一局置いてになるが、もう一度呼吸を整える咲。

 

 

(……カンができなくても戦えるようにしてもらった。だから、大丈夫。私は戦える)

 

先ほどまでの覇気は無くなったが、それでも咲の目は力強い。

久の、長野の皆の特訓が、今の咲を形作っている。

 

 

 

 

9巡目 由華 手牌

{②③⑥⑦⑧二三三南南南白白} ツモ{白}

 

(張った……)

 

前巡に咲から{白}が切られたことによって、由華の手に{白}が舞い降りる。

聴牌だ。

 

ダマでも満貫あるこの手を見て、一瞬、由華は曲げるかどうか悩み、目を閉じた。

 

 

(こんなんダマにしたら初瀬に笑われるわね)

 

導き出した答えは、強気の一手。

 

 

「リーチ!」

 

強く打ち出す由華。

この手で、トップを奪い返す。憧と初瀬の闘牌で気付かされたのだ。

私達はトップを取りに行くんだ、と。

 

 

「カン」

 

しかし、そう上手くは行かせてくれないのが麻雀。

特にこの卓は。

 

閃光が走る。

清澄の嶺上使いは自由に卓上を駆け巡る。

 

 

(あれだけやってもまだ折れないか。なるほど確かにその姿は)

 

 

 

 

嶺の上に凛と咲く、花のよう―――

 

 

 

 

 

「ツモ。嶺上開花」

 

 

咲 手牌

{②③④⑥⑦⑦⑧⑨東東} {裏西西裏} ツモ{⑤}

 

 

「3000、6000です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

点数状況

 

清澄 135600

晩成 118000

臨海  79300

永水  67100

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鮮やかな跳満が決まり、Cブロック大将後半戦は南2局に入った。

そんな状況を冷静に観察して、心にひっかかりを感じている人物が1人。

 

 

「……不気味」

 

難しい顔をしながらそうつぶやいたのは、姫松高校の先鋒、倉橋多恵。

ただただモニターの先に見入ってしまっていた漫は、多恵のそのつぶやきによって現実に引き戻される。

 

 

「多恵先輩、不気味ってどういうことですか?」

 

「いや……」

 

形容しにくい。多恵はぬぐい切れない違和感を感じていた。

今の局、確かに和了ったのは清澄の1年生。晩成の大将も、ここまでとてつもない引きと和了りで安定とは呼べないながらも、頼もしい闘牌をしている。

とても隙は見当たらない。

 

 

だからこそ。

 

 

 

ネリーヴィルサラーゼがあっさりと親番を引き渡したことが猛烈な違和感を感じさせる。

 

 

たまたまかもしれない。

配牌もそこまで良くはなく、和了りに向かっていたが、和了られてしまった。

牌姿だけを見ていれば、それだけの話。

 

しかし今までの対局を見てきた多恵の脳が、それを否定する。

警鐘を鳴らしている。

 

黙りこくってしまった多恵の頭を、洋榎が後ろからコツンと叩く。

 

 

「臨海やろ。多恵」

 

うん、と頷く多恵。

この言いもしれぬ気持ちの悪い感覚を、洋榎がフォローしてくれた。

いつだってこの親友は多恵の気持ちを察してくれる。

 

ちなみに恭子は気分が悪くなってきたとかで今はお手洗いにいるのだが。

 

 

「確かに絶対に手放せない親番だったのに、あっさりだったのよ~」

 

「言われてみれば、そうかもしれへんですね……」

 

準決勝進出ラインである晩成と臨海の点差はこれで38700点。

親番が残っていたとしても厳しい展開なはずなのに、今のネリーの様子はどうだ。まるで動じていない。

不敵な笑みを残すばかり。

 

 

「絶対になにか仕掛けてくる……間違いないわな」

 

洋榎もモニターを見ながら神妙な顔つきだ。

 

 

(願わくば、ただの気のせいでありますように……)

 

 

 

多恵がそう願い、目を閉じて祈ったその瞬間。

 

 

奏者の足音が、聞こえた気がした。

 

 

 

 

―――惨禍の幕が開く。

 

 


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