臨海女子高校控室。
大将後半戦南2局を迎えて臨海女子が準決勝に進出するのに必要な点数は、4万点弱。2着目の晩成から直撃を取りに行ったとしても、かなり厳しい点差だ。そして何より、先ほどの局で、親が落ちた。この半荘で臨海の親はもう存在しない。
だというのに、臨海のメンバーはそこまで慌てている様子もない。
ただただネリーの姿を見守っている。
「だいぶ遅かったデスネ」
「まぁ、本来ならこの力も使うことなく2回戦は終えるはずだったんだ。むしろ調整をしていなかったらどうしようかと思ったよ」
メガンの問いに答えたのは、臨海女子高校の監督を務めるアレクサンドラだった。
個性が溢れすぎるこの高校の監督を務めるのは大変ではあったが、それだけ選手たち個の力は圧倒的。
特に指示を出さなくても2回戦程度なら圧勝できると思っていた。
準決勝から上に向けて準備をさせるのが上策。そう思っていたのだ。
しかし、蓋を開けてみれば思わぬ伏兵。
大勢を決するのに大将戦までもつれこんでしまっている。
それでも、臨海のメンバーはここで敗退することになるとは露ほども思っていない。それだけ大将に信頼がある……と言えば聞こえはいいが、実はそうではなく、全員がその強さを知っているから、ただ勝つだろうと思っている。
しかし、そんな中でただ真剣にモニターを眺める人物が1人。
辻垣内智葉だ。
(確かにおそらくはウチがトップ通過までネリーは持っていくつもりだろう。アレを止められるとはとても思えない。……が、晩成と清澄が気になるな。彼女らにネリーを打倒しうる何かがあるか……)
そこまで考えて、フッ、と智葉は思考を止めた。
そんなことがあったら困るのは自分を含めた臨海のメンバー。智葉だって個人戦があるとはいえ、団体戦もこんなところで終わっていいとはとても思っていない。
(やれるものならやってみろ。……小走。お前の撒いた種がどれほどの花を咲かせたのか。見せてもらおう)
しかしどこまでやれるのかを期待しているのも事実。
楽しむような表情でモニターを見つめる智葉。
2回戦の決着はもうすぐそこだ。
南2局 親 由華
終局まで、最短で後3局というところまできた。
由華の位置は2着目。トップ目の清澄と17000点差ほどで、3着目の臨海とはだいたい4万点差。
そして今臨海の親番が落ちた。ネリーの立場はかなり厳しくなったと言っても過言ではないだろう。
(そのはずなのに……何故お前はそんなに余裕そうな表情なんだネリーヴィルサラーゼ……!)
上家に座るネリーを見やる由華。先ほどの清澄の跳満親被りで、状況は更に悪くなったはず。
それなのに1つも動じていない。
そのネリーは自分の配牌を受け取り、ようやく来た己の出番を確信していた。
睨んできた由華を睨み返し、第一打を打つ。
(別に、ここまでだって手は抜いていない。強いて言うなら、このための準備をしただけ。……運が悪い時は地を這い、耐える。その代わり、自分の波は感じられる)
ネリーの手牌に次々と有効牌が舞い込む。
無駄ヅモが無い。
――――今こそ、飛翔のとき
「
肩がビクりと震えた。
ネリー 手牌 ドラ{六}
{2344赤556678889} ロン{7}
「16000」
ポトリと牌をこぼしたのは
由華だった。
『ネリーヴィルサラーゼ!!!この場面で高目なら3倍満というダマ倍満を晩成から直撃!!!1撃で差が縮まりました!もうその差は6700点しかありません!!』
もちろん、この程度で終わるネリーの波ではない。
「
対局者からすれば死刑宣告。
わずか6巡目にして、その言葉は告げられた。
ネリー 手牌 ドラ{二}
{二二二五赤五五六六九九} {発横発発} ツモ{九}
「6000、12000!!」
『決まったあああ!!2連続高打点和了!!!ネリーヴィルサラーゼ、この2局で実に4万点を稼ぎました!!トップ目の清澄も目と鼻の先です!圧倒的な火力で他校を圧倒して、オーラスを迎えます!!』
『これは……晩成の条件が厳しくなっちまったねえ。2着の臨海と23300点差。ツモだと3倍満条件。直撃なら12000だねえ』
『これは準決勝進出は清澄と臨海でほぼ決まりでしょうか……?』
『こらこら、アナウンサーがそんなこと言うんじゃないよ。晩成は今言った条件が残っているし、幸い永水は親だ。連荘で希望が残るし、役満ツモで2着だよ……ただ、この局もあっという間に決着がつきそうだ。もうトイレはいけないと思ったほうがいいぜい』
夢のないようなことを言ってしまった針生アナを責めることはできないだろう。
確かに親がラス目の永水ということもあり、連荘には期待ができる。
しかし、永水は既に息切れ状態。更にネリーの怒涛の和了は終わる兆しが見えない。
この局も、数巡で決着がついてもおかしくはないのだ。
南4局(オーラス) 親 霞 ドラ{七}
点数状況
清澄 123600
臨海 119300
晩成 96000
永水 61100
泣いても笑っても、この局で終わり。
(負ける……?私が、晩成が……敗退……?)
由華の手が小さく震えている。晩成の死はもう目の前まで迫っている。
点数を示すデジタル数字は、無情にも晩成が原点である10万点を切ったことを示していた。
震える手で由華は点数表示についているボタン、「順位」というボタンを押す。
このボタンを押すと現時点で自分は何位なのか。そして上と下との点差を確認することができる。
晩成は3位。2位の臨海までは23300点差。そしてオーラス。絶望的状況。
「……ぅ……ぁ……」
息が苦しくなってきた。由華は椅子から落ちそうになるのを、必死で手で抑える。
なにがいけなかった?南2局の放銃?しかしあれはまだ5巡目。絞るような巡目ではなかった。
南3局も止められなかった。異常な空気を感じ取っていたし発のポンも不気味だった。
……わかっていても、止められなかった。
臨海のネリーを見る。もうこちらなど目に入っていない。同じく震えている清澄の咲を見て、不気味な笑みを浮かべているだけだ。
最初から、トップしか見えていないのだ。ネリーヴィルサラーゼには。
(嫌だ。負けたくない。終われるはずがない)
荒い息遣いを抑え、制服の心臓のあたりを右手でぎゅうと強く握りしめる。
走馬灯のように、由華の頭に、晩成のメンバーが映った。
『由華は周りが見えなくなりすぎ!やえ先輩のために、全国制覇するんでしょ!』
―――あの同級生は、いつでも私を気遣ってくれた。夢を追わせてくれた。
『由華先輩!今年は必ず全国制覇しましょー!』
―――やえ先輩を想う気持ちは、誰よりも強い1年生が入った。
『やえ先輩を去年のようにさせたくないって気持ちは、私だって負けません』
―――生意気な後輩だと思っていたけれど、夢も、憧れも同じで、今では頼りになる後輩に育った。
―――そして。
『力を……貸してくれる?』
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
絶叫。
苦痛な表情を浮かべ、頭を抱えていた由華が突然の叫びを上げる。
慟哭にも似た、声。
(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだ)
負けるわけにはいかない。
去年と同じ結末は迎えない。
去年のあの時誓った。私はやえ先輩の力になる、と。
ここで負けたら、何も変わらない。ただ無力で、弱かった自分でしかない。
今年はラストチャンスだ。自分が愛する先輩のために。
絶対に負けてはいけないんだ。
由華の目に宿っていた炎が、全身に回る。
咲も、霞もあまりのことに呆然としている。
ネリーでさえ、表情を歪めた。
(醜いな。癇癪を起したか)
運命の配牌は、もう上がっている。
ネリー 配牌
{赤⑤⑤⑥⑦567二二赤五六九南} ツモ{七}
ネリーのトップ通過条件は出和了り5200。この配牌は、あまりにオーバーキルだ。
ものの数順で、3倍満クラスができてしまうだろう。
ネリーもこの程度で済ますつもりはない。確実に心を折り、準決勝に出てくる咲も潰しておこうという算段だ。
(悲鳴を上げたところで、なにも変わらない。すぐ楽にしてやろう)
無駄ヅモはない。間違いなく5巡以内でツモ和了る。
『……赤壁の戦い、って知ってる?』
『え……?あの中国の、ですか?』
実況も、由華の叫び声を聞いてから少し間が空いてしまった。
そんなところに、目を細め、口に扇子をあてた咏から突拍子もない話。
『そうそう。敵軍100万を相手にして5万の軍勢で勝ったって有名な話なんだけどさ……実の所敵軍100万ってのは見間違えで、30万くらいだったってのが通説なんだよねえ』
『は、はあ……』
意味の分からないことを言いだした咏に対して、針生アナも困り顔だ。
よくコンビを組む咏のことを、針生アナもだいたい理解し出している。だからこそ、そのまま話の続きを聞くことにした。
『30万ってさ、自分以外の高校の点数全部足したら30万なわけじゃん?……、ま、去年晩成の点数を5万にまで減らしちゃったのはこの大将のコなわけだけどー』
ケラケラと皮肉を交えながら、咏の話が続く。
針生アナは、まだ咏の言いたいことがつかみ切れていない。ということはテレビで聞いている観客もそうだろう。
『……赤壁の戦いの勝因って、機を待って、待って、これでもかと待って。相手を逃げられない船の上……水上に引きずりだして、鎖で繋ぎとめて、火計で燃やし尽くしたからなんだよねえ』
『……それがどういう……?』
満足気に話を終えた咏。すべてを聞き終わっても全く意味がつかめなかった針生アナは、たまらず真意を聞きに行った。
その瞬間。
「リーチ」
ネリー 手牌
{赤⑤⑤⑥⑥⑦567二二赤五六七}
ネリーのリーチが入る。ダマでも倍満あるこの手をリーチしたのは、ツモって3倍満にするため。
準決勝で相手取ることになる清澄の咲の心を確実に折るため。
と、いうよりも、確実にツモれるという自信があったからに他ならないのだが。
「……ッ?!」
しかし突然空気が、流れが変わる。
卓に風が吹き始めた。
『まさか逃げられないように繋ぎ止めるって……』
驚愕したように針生アナが両手を口にあてる。
咏はここまで読み切っていたのか、と。
咏は由華の様子をよく観察していた。
そして配牌も見ていた。
だから見抜いたのだ。
牌に愛されし者が、産声を上げる瞬間を。
咏が閉じた扇子でモニターの先の卓を指す。
『見てな。……燃えるよ』
煉獄の炎が卓を包み込む。
リーチをかけた瞬間のこと。
確実に勝てる流れだった卓の流れが変化したことにネリーは気付いた。
(晩成……!!!)
誰によって変えられたのかは、もうわかっている。
由華の方を見れば、先ほどまでの震えはもう無く、燃えるような炎が、由華の目と、その後ろを照らしていた。
(ふざけるな……!次の牌は{⑦}なんだ……!)
ネリーが同じく燃えるような瞳でツモ牌に手を伸ばす。
{⑦}ならネリーのトップ通過。ネリーは先ほどまでこの牌をツモれることを確信していた。
そして今も、それは変わっていない。負ける道理がない。
絶対に疑っていない表情で、ネリーはそのツモ牌を手に持つ。
持ってきた牌は。
{東}だった。
生気を失ったネリーの瞳。
力なく河にポトリと落ちる。
「ロン」
全校が、観客が、解説席が。
驚愕に染まる。
由華 手牌
{四四四八八八九九九東南南南} ロン{東}
「32000……!」
東南の神風が吹いた。
最終結果
晩成 128000
清澄 123600
臨海 87300
永水 61100
巽由華
能力
・向聴数が上がるかつ、鳴ける牌をスルーすると山に残っている場合はツモれる。
《烈火状態》
発生条件・???
概要・ツモ、運ともに大幅に上昇し、打点も上昇。
・???
(5段階評価)※通常時
能力 4
精神力 3
ツモ 4
配牌 3
運 4
合計 18 (MAX25)