冷めやらない熱気。
大歓声が会場を包み込んでいる。
もう夜も遅いというのに、インターハイ6日目の今日、途中で帰ろうとする観客はほとんど見受けられなかった。
それだけCブロック2回戦は濃く、そして劇的な幕切れを迎えた。
「はぁ……はぁ……」
由華は壁に手をつきながら廊下を歩いていた。
滴り落ちる汗を気にも留めず、ひたすら仲間たちが待つ控室へと向かう。
思い出すのは、対局中の最後の場面。
(最後……私にも何が起こったかわからなかった……)
オーラスでのこと。由華は絶望的な状況を前にして、自身に何が起こったのか理解できていなかった。
由華は何度も手を握りしめる。
瞬く間の逆転手。
気が付いたときにはもう、決着がついていた。
頭が熱くなり、思考がクリアになったところから、導かれるように手牌が伸びていった。
(……なんでもいい……勝てたなら……それで……)
悲願を達成したのだ。今は素直に喜ぼう。
もう少しでみんなが待つ控室に着く。
しかしもう由華の体力は限界。
もうすぐそこだというのに、とてつもなく遠く感じる。
(まあいいか……誰か拾ってくれるだろ……)
膝が笑ってしまい、立てなくなってきた。
仕方がないので、一旦廊下に座り込もうとした時。
由華にかけられる声。
「シャキっとしなさい。名誉の凱旋なんだから」
由華が視界に捉えたのは、特徴的なサイドテール。
顔を上げた先に見えたのは、苦しい対局中、一番見たいと思った笑顔。
見間違うはずもない。小走やえだ。
「……うぅ……やえ先輩……!」
やえだと気付いた瞬間。由華の視界が一層歪む。
去年とは違う。流しているのは悔し涙ではない。この人のために、自分は1年間麻雀を打ったのだ。
足の辛さも忘れて、すぐに起き上がった由華はやえに抱き着いた。
少し驚いたやえだったが、すぐに優しい表情でポンポンと由華の背中を叩く。
後輩達の闘牌を目の前にして、やえ自身も心から由華に感謝していた。
「ほんと……たのもしくなってくれたわ……ありがとうね」
「……ッ!」
溢れる想いが涙となって由華の視界を歪ませる。
勝ててよかった、という想いが今になって押し寄せる。由華は今初めて勝利を感じていたのかもしれない。
この時間のために、由華は死力を尽くしたのだ。
「由華先輩!!」
「本当にかっこよかったです!!」
控室の方から続々と晩成のメンバーが由華のもとに集まってくる。
一気に由華を取り囲む人数が大所帯になった。
先輩だけでなく、後輩まで来てしまったので、由華は慌てて涙を拭き、震えて立てなくなりそうになっていた足に鞭を入れる。
すぐに表情を取り繕い、1、2年生のまとめ役のような存在の由華に戻らなければ。
晩成の行軍は、まだ道半ばなのだ。
「……ま、まだ準決勝が決まっただけなんだから!そんな大盛り上がりしない!」
由華の言葉に、思わず笑みがこぼれる晩成の面々。
それはそうだ。
取り繕ってはいても、言葉とは裏腹に、由華の表情はとっても明るかったのだから。
憧と初瀬が、由華の両肩を支えて控室の方へ戻っていく。
やえはそれを見送りながら、頼もしい仲間ができたことを再確認していた。
これでやっと、戦える。
そんな時、ふと後ろから声をかけられる。
「良い後輩ができたじゃん、やえ」
聞き間違うはずもない。何度も聞いた声。親友の声だ。
「……多恵……!洋榎も……!」
後ろを振り向くと、姫松の制服に身を包んだ、多恵と洋榎が立っていた。
「やるやないか。ホンマにおもろそうな麻雀打つやつばっかりや」
「見てるこっちもハラハラしたけどね」
やえは姫松のダブルエースの襲来にざわつき始めた後輩達を急いで控室に戻し、2人と相対した。
「フフン、言ったでしょ。今年の晩成は1味も2味も違うって。あんたたちと違って、私は絶対に勝つと確信してたわ。ニワカは相手にならんのよ」
不遜な態度。やえの代名詞ともいえる決め台詞も決まって、やえさんは今日も絶好調。
「でもやえ、目元赤いけど……」
「こ、これは違うわよ!ちょっとアイシャドウ変な感じになっちゃったから洗顔してこすっただけですー!!」
でもなかった。
慌てて目元を制服の袖でこするやえ。
「まあ、これでめでたくウチらとやり合えるわけやな」
ニヤリと口元を歪めたのは洋榎。
洋榎もやえの団体戦にかける想いは理解している。去年久しぶりに4人で打った時も、必ず来年は団体戦で姫松と戦うと意気込んでいたのを良く知っている。
それがついに実現したのだ。それも、今まで得たくても得られなかった強力な仲間を得て。
そんなやえの心中は、推して知るべしだろう。
やえもその言葉を受けて鋭い視線を2人に向けた。
もう次はこの2人と戦うのだ。待ち焦がれた、親友たちとの決戦。
「あんたたちなんか余裕で倒してあげるわ。明後日……首を洗って待ってなさい!」
堂々と言い放つと、やえはくるりと踵を返す。
その立ち居振る舞いたるや、まさに王者の貫禄だ。知らんけど。
「やえ!」
帰ろうとしたやえを呼び止めるのは、やはり多恵。
やえが振り返ると、多恵はそれはもう満面の笑顔で。
「さいっっっこーに楽しい麻雀!しようね!!!」
ブルりと、やえの身体を何かが駆け巡る。
万感の思いが、やえから溢れ出す。
「……ッ!あったりまえでしょーが!」
思わず出そうになった涙をごまかすために、やえは前を向いて歩きだす。
もう次に顔を合わせる時は敵同士。
やえも多恵も、思うことは同じだ。
((最高の舞台で、最高の麻雀をしよう))
明後日。準決勝2試合目の先鋒戦で、2人は相まみえることとなる。
「さて……」
やえを見送った後、洋榎と多恵は自分たちの控室に戻って対戦相手のまとめと分析をすることになっている。
しかし、それまでにやらなければいけないことが一つ。
「恭子ぉ~!!ええ加減出てこんかい!!!」
「うぅ……もう少し待ってくれませんか主将……」
「ここには多恵しかおらんから洋榎でええわ!」
「じゃあちょっと待て洋榎……ウチの胃はもう限界や……」
ドンドンと足で扉を蹴飛ばす洋榎。
それを見て多恵は、はあ……、とため息をつきながら頭を押さえている。
ここは会場内の女子トイレ。
個室の一室に、恭子が入ってから早1時間が経過していた。
「なんですかアイツら!インターハイはバケモン発掘大会と違いますよ!」
恭子はおかんむりである。
Cブロック大将戦の最中、あまりの能力の暴力たる麻雀に、恭子は喜怒哀楽がおかしくなってきているのかもしれない。「普通の麻雀させてーな……」という恭子のか細い声は隣にいた多恵にしか届かなかった。
「恭子ちゃんやっと戻ってきたのよ~」
控室にやっと戻ってきた恭子。
両脇を多恵と洋榎にがっちりと固められ、連行されるような形で控室にたどりついた。
「恭子が弱気になるんもわかるけどな……」
恭子の片腕をポイッと投げ捨てて、ソファにどかっと腰を下ろす。
洋榎の言う通り、恭子が弱気になるのも無理はない。今日の相手だってかなり異質な相手だったのにも関わらず、恭子はなんとかそれをかいくぐった。
しかし次……準決勝に出てくる高校の大将もおかしいだけでは済みそうにない。
それでも前を向くしかない。いつだって恭子は強豪校の大将と戦ってきたのだ。今回の相手も一筋縄ではいかなさそうだが、そんなことは今に始まった話ではない。
恭子は席につくと、ペットボトルのお茶を一気に飲み干し、決心したように牌譜を眺め始める。
「もうええです。どうせウチは凡人や。頭回すことでしか対抗できへん。丸1日使って対策考えたりますよ」
「おお!その意気だよ恭子!それでこそ私の見込んだ恭子!略して私の恭子!」
「ヤバイ意味になるから略さんでくれる?!」
早速対戦校の研究に入る恭子。
多恵もそれに加わって真剣な表情だ。やっているのは恭子の対戦相手の研究だが、多恵もそれに助力を惜しまない。
「恭子の復活に時間かかったけど、ま、これが恭子の強さやな」
洋榎の言葉に漫も頷く。
スパルタ指導を受けてきた漫だからこそ、恭子の自身へのストイックさも知っている。他人に厳しく、自分にも厳しい。
そういう先輩なのだ。
次の相手も強敵であることは間違いない。だが恭子の強さは持ち前の思考力と引き出しの多さ。
やれることはすべてやる。
自分は凡人だと思っているからこそ、強さにひたむきなのかもしれない。
「漫ちゃんも、由子も、ウチもやけど。次はかなりキツイ戦いになるで。2回戦は多恵が1人浮き状態にしてくれとったから楽やったけど、次はそうは行かんぞ。気張りや」
「お~なのよー!」
「次は必ず……!」
活躍していた晩成の初瀬と憧に、いい意味で漫も刺激をもらえたようだ。
そんなやる気の高まる中、赤坂監督から更に大きな情報が飛び出す。
「それと~明後日の準決勝、善野さんが見に来るって~」
全員の目の色が変わる。
善野監督に受けた恩は、皆多い。
おおらかな人で、選手からの人望も厚い善野監督。多恵も、路頭に迷っていたところを拾ってもらった恩がある。
隣にいた恭子の横顔を見やる。
「……恭子」
「ああ、絶対に負けられへん……!」
ペンを持つ手に力が入る。
運命の準決勝は、明後日だ。
いくつか番外編を挟んで、準決勝です。