晩成の丸瀬紀子は本編では3年生ですが、この作品では2年生にしています。
丸瀬紀子は苦労人だ。
晩成高校は夏のインターハイ出場を決め、インターハイに向けての準備を進めている。
今日も麻雀部の部活動が始まるのだが、その部活動前、授業を終え、部室に来た2年生の丸瀬紀子。
しかしやはりというべきか、部室内から聞こえてくる声で、紀子はため息をつく。とりあえず部室の前の扉で中の様子を伺うことにした。
「これ、やえ先輩が載ってる夏のインターハイ特集の雑誌」
「それがなによ。そんなの私だって持ってるわよ」
「ちっちっち。初瀬わかってないなあ……これは!特別版インタビュー記事とやえ先輩直筆のサイン入りという世界に1つしかない雑誌なのよ!!」
またか。
紀子は頭を抱えた。この後輩たち、こと麻雀においてはメキメキと成長し、頼もしい限りなのだが、なにかとやえのことでマウントを取りたがるきらいがある。
やえを慕う気持ちは紀子も賛同するところではあるのだが、彼女らの議論は白熱し、たまによくわからない方向へと向かう上に、狂気を感じることすらある。
「そんなのしなくたって普通にやえ先輩にサインもらえばいいじゃない」
「あ、初瀬それ言ったらダメだよ~市販のものを勝ち取ってこそ価値が出るんじゃない!」
今日も今日とてこのありさまだ。もう同級生たちは慣れたのか、「はいはい、君らがナンバーワンナンバーワン」と軽くあしらっている。
しかし初瀬と憧はお互い譲れないらしい。他でやってくれ、と紀子は思っていた。
「私はね、このまえやえ先輩と一緒にパンケーキを食べにいったの。ついでにタピオカも飲んだの。これって完全にデートよね~」
「その程度で誇ってもらっちゃ困るわね。この前帰りに映画一緒に観に行ったしその後夕飯も一緒に食べにいったんだから」
フフン、と胸を張る初瀬。
お互い一歩も譲らない。その競争心は麻雀で発揮してくれと思う紀子。
ふと、紀子は1つの事実に気付いた。やえが憧と初瀬の趣味にちゃんと合わせてあげていることに。
やえの優しさに涙する紀子。毎日のように後輩に誘われては断っているが、時々付き合ってあげている所に優しさを感じる。
その後もなんやかんやとどちらがよりやえと親密かを競う2人。
入部当初、憧はまだしも初瀬がこんなことで熱くなるとは思っていなかった紀子。
(入部当初のちょっと棘のある初瀬はどこにいったのよ……)
最初はたびたび強気に出て由華に怒られていることもあったほどなのだ。それが今ではこんなである。いい事なのかもしれないが。
紀子の心中は複雑であった。
「ほらほら、あんたたちもう練習行くよ」
そんなときである。紀子のもとに救世主が現れた。我らが1、2年のまとめ役、由華である。
(由華……!あなたは来てくれると信じてた……!)
頼れる同級生の到来に感謝する紀子。いつこの不毛なやり取りを止めに入るか躊躇していた紀子としては、非常に助かる援軍。
この2人、質が悪いのが、この議論の最中に仲裁に入ると、どっちがやえ先輩と仲が良いかの判断をこちらにゆだねてくることがしばしばあるのだ。
どちらをとっても角が立つ。そんな状況はごめんなので、いつも紀子は落ち着くまで待ってから声をかけるようにしていた。
「やえ先輩がカッコいいのはわかるけど……やえ先輩のためにも、しっかり練習して、力になる努力するのよ」
「「……はーい」」
流石はまとめ役を務める人物といったところか。言い争いをすぐに終わらせると、自身も練習に向けて準備を始めようとしていた。
しかし、ここで紀子は異変に気付く。
(ん……?由華なんで今財布なんか出してるの……?)
由華は鞄の中から財布を取り出していた。別に今お金が必要な状況ではない。2人を自動販売機にでもパシらせるのかと紀子は思っていたが、由華の狙いはそんなことではなかった。
「ちなみにだけど……」
「……?」
誇ったように、由華が財布から取り出したものを2人に見せる。小さな四角い紙のようなモノ。
そのブツを見た途端に、2人の表情が変わる。
「こ、これは……!!!」
「そ、そんな……!やえ先輩と由華先輩のツーショットプリクラ……だと……!!」
プリクラ……イマドキ学生女子に大人気の写真撮影機。流行のピークは過ぎたと言っても、未だその人気は絶えない。プリクラ撮影機という狭い空間でキャッキャしながら写真を撮るという行為は、まさに仲が良くてはできない所業。
それもあのクールな小走やえをあの場所に連れていくなど、どれだけ難しいことなのかは2人もよくわかっている。
だからこそ、悔しい。
「これでわかったでしょ?あなたたちは所詮どんぐりの背比べ……やえ先輩の一番の仲良しはこの私!巽由華なのよ!!」
「く……!私となんか恥ずかしいからって言って自撮りすら撮ってくれなかったのに……!!」
由華の高笑いが部室に響き渡る。
紀子は気付いた。そーいやこいつもやえ先輩狂信者だった、と。
ミイラ取りがミイラになってしまった。
「私もこっそり写真撮ろうとして怒られたのに……ツーショットだなんて……!」
憧と初瀬が力なくその場に膝をつく。
信じられない物をみたというショックで、その表情は悲壮に染まっていた。
「はっはっは!!あんたたちとは年季が違うのよ!!ニワカは相手にならんよ!!」
(ダメだこれ助けてくれ)
紀子はもう諦めた。自分だけ練習に向かうことにしよう。
そう思った時。
プルプルと震え出した憧に気づく。
膝と両手をつき、震え出した憧は小さな声でなにかを呟きだす。
「……たもん」
「え?」
小さくて、聞き取れない。隣で一緒に絶望していた初瀬すら聞き取れない音量で小さく呟かれた。
憧は意を決したように顔を上げてこの場において最大の爆弾を投下する。
「お泊りしたんだから!!!!!」
「な……!?」
その時由華に、電流走る。
あってはならないこと。由華もよくやえ先輩の家に呼ばれて麻雀の研究等は行っていたが、まさか泊まったことなどない。
しかし今この目の前の1年生は言ってのけたのだ。「お泊り」という禁断にして最大の仲良し行為をした、と。
隣にいた初瀬ですら初耳だったようで、驚愕はさらにすさまじいものとなっている。
あまりの情報量に、流石の初瀬の脳も追い付いていないようだ。
由華は自身の意識が遠のいていくのを感じていた。
未だ自分が成し得ていない偉業を、目の前の1年生が達成したという事実。ショックは計り知れない。
ガクッと膝をつく由華。
「……憧。認めよう。あんたは私の最大にして最高のライバルだと。……そのうえで、恥を忍んで聞かせてもらいたい」
「……聞き入れましょう。私達はいわば同志。同じ先輩を愛する仲間なのですから」
紀子は再び思った。ナンダコレ、と。
憧は慈愛の笑みを浮かべている。
それに対し、精神がボロボロになった由華は、最後に冥土の土産に持っていくかのような口ぶりで、地べたをはいずりながら憧に最後にして最大の問いを放つ。
「……やえ先輩のパジャマ……どんな柄だった?」
禁断の疑問を由華が言い終わるより若干早く。
スパーン、という乾いたいい音が部室に響き渡る。
叩かれた由華は力なくその場に倒れ伏した。
突然のことに、恐る恐る顔を上げる憧と初瀬。
由華をこんなひっぱたける存在など、部内に1人しかいない。
「……いいから早く練習行くぞバカ共」
そこには小走やえが、片手にスリッパを持ちながら額に青筋を浮かべて立っていた。