ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第54局 ナラビタツモノナシ

同刻、姫松高校控室。

 

 

「うわああ~~~……!多恵先輩大丈夫でしょうか……?!」

 

「3位とも2万点差近く離れてるのよ~……」

 

可愛らしく2つに結んだリボンが取れるのではないのかと思うほどに、漫は動揺していた。

 

今まで幾度の強敵との対局を、プラスで終えてきた多恵。

しかし今回ばかりは厳しいのではないかと思うほど、対局内容は姫松にとって悪い方向へ向かっていた。

 

赤阪監督代行も、表情は崩れていないが、目が笑っていない。

 

 

「普通の麻雀なら~もうトビ終了やねえ~?」

 

東発、いきなりの役満ツモ。そこからもう一度役満をツモられ、今しがた親の倍満をツモられてしまった。

 

一度も放銃せずに、多恵の失点は32000点を超えた。

こんなことが起こるなどと予想だにしていなかった姫松メンバー。

 

恭子は、由子と漫を落ち着かせるために声をかけた。

 

 

「大丈夫や。多恵ならなんとかする。それに、まだ先鋒戦や。ウチらでなんとかすればええ」

 

「とかゆーて、さっきっから落ち着きなく動き回っとるやん、自分」

 

「部長!黙っててもらえますか……!」

 

かくいう恭子も、さっきからうろちょろと控室を動き回り、せわしない。

「大丈夫や、大丈夫……」とどちらかというと自分に言い聞かせるようにつぶやいているのを、洋榎はずっと見ていた。

 

 

「まあ、心配になるのもわかるけどな。たまにはマイナスで帰ってきてもらうくらいの気持ちでいようや」

 

洋榎が珍しく正しい椅子の座り方をしながら、足を組んで言い放つ。

 

 

「ウチがおるんや……多少のマイナスなら全く問題ナシやで」

 

その言葉に、恭子も少し目を丸くして、動きを止めた。

 

 

「……そういえば主将……主将だったんでしたね」

 

「どないやねん」

 

頼もしいエースの発言に、漫と由子もひとまずは落ち着きを取り戻す。

またモニターの方に向かおうとした2人に、更に言葉がかけられる。

 

 

「それに、や。幼馴染のウチが保証したる。……多恵がこのまま終わるわけあらへん。必ず何かあるで。ウチらが想像している以上の何か……が」

 

洋榎がただでさえ目つきの悪い目元を更に細める。

 

古くからの付き合いである洋榎ですら数回しか見たことのない、多恵の全力。

それが今日見れるかもしれない、と洋榎もひそかに楽しみにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東2局1本場 親 白望

 

 

(とりあえず点差は詰めたけど……)

 

白望がサイコロを回す。

自身の今の状態も悪くない。「迷い家」は未完成ながら、全体効果系と自身強化の2つの力を併せ持つ。

東場のバケモノ2人を相手にしても、戦えることを確信した。

 

なら、やることは1つ。

追い付き、追い越す。

 

白望の目に、小さな炎が燃えていた。

 

 

 

 

 

(今度は宮守も怖い感じに……東場の私を……邪魔するなだじぇ……!)

 

優希としては、この流れはたまったものではない。

自身の主戦場であり、他を寄せ付けぬほどの力を発揮するはずの東場で、好きなように和了られている。

優希のプライドが、それを許さない。

 

目の光は確かに宿っている。

 

 

 

 

 

 

 

(どいつもこいつも……目障りね)

 

トップには立っている。

しかし、まったく油断できる状況ではない。今の和了りでグッと差は縮まった。

 

そして何よりも。

 

 

(多恵がこのままおとなしく終わるはずがない。……そうでしょ?)

 

視線の先にはこの世にただ1人と認めたライバルがいる。親友がいる。

今は目を伏せて、表情が見えないが、この最大の友にして最大の強敵である彼女が、このまま終わるはずはない。

 

やえは自身の目に宿る稲妻を隠すことなく多恵に向ける。

 

 

 

 

 

 

配牌を受け取ろうとした、その時だった。

 

多恵が、顔を上げる。

 

同卓している3人の、体が硬直する。

 

多恵の瞳が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()に染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白糸台高校控室。

 

 

「来た……倉橋さんの……あの目」

 

「なになにテルー?」

 

決勝戦に備え、自分たちの相手となる準決勝第二試合を観戦していた白糸台のメンバーは、突然呟いた照の言葉に耳を傾ける。

 

照は静かに目を伏せて、語りだした。

 

 

「……初めて彼女……倉橋さんと対戦した時、驚いたの。だいたいの力は掴むことができたんだけど……底が見えなかったから」

 

「……!」

 

照の能力、「照魔境」は相手の本質を見抜く。その力をもってしても、底が見えなかったと言う。

そんなことは今まで1度も聞いたことがなかっただけに、菫はその言葉に驚愕した。

 

 

「……彼女は多面待ちを誰よりも上手く操る。皆もそんな感じで認識してるかもしれないけど……実はそれだけじゃない。去年の個人戦決勝の南場、最後の最後で、倉橋さんは、今のような黒い、闇のような目になった……その時、私は『絶対に勝てない』とすら思った」

 

「そ……それは言い過ぎじゃないですかね」

 

その発言に待ったをかけたのは、副将の亦野誠子だった。

それはそうだろう。我らがチャンピオンをして、「絶対に勝てない」とまで言われるような人物が、去年3位で終わっているわけがない。

 

誠子の言葉に、言葉が足りなかったか、と照は付け加えるように話し出す。

 

 

「あ、違くて、これは単純に相性の問題。事実、倉橋さんのあの力に、相性の良かった智葉さんがいたから、なんとか終局まで持っていくことができたの。私一人じゃ、とても勝てなかったと思う」

 

とても嘘をついているようにも見えない照の口から語られる事実に、白糸台の全員が驚愕している。

 

 

「……おそらく、今年も姫松は決勝まで上がってくるだろう。その時にあの「目」が発動したら……照、勝てるのか?」

 

純粋な疑問。白糸台のメンバーは、基本先鋒戦で照がマイナスで帰ってくることなど考慮しない。

考慮する必要がないのだ。高校生で、照に勝てる人間など存在しないのだから。

 

しかし、この答えによっては、その考えを改めなければならなくなる。

 

照は一度目を瞑り、片手間に読んでいた本をパタン、と閉じてから、目を開けた。

 

 

「……対策はしてる。確実に勝てるとは言い切れないけど、勝てると思う。けど、期待はしないで」

 

「ま、たまにはテルーが稼げなくてもダイジョーブでしょ!最強の1年生がいるわけだしー?」

 

照の言葉に、淡以外の全員が真剣な顔つきになった。

 

照が負けるとはとても思えない。……が、どうやら決勝戦は一筋縄ではいかなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風がやんだ。

 

けたたましい音とともに、自動卓は卓の下で次局の山をせっせと作っている。

 

 

 

(なんだ……?なにが起こったんだじぇ……?)

 

優希が恐れながら配牌を受け取る。

今の一瞬、多恵から放たれた何かが、この部屋を突き抜けたように見えた。

それがなんだったのか、全く分からない。

 

 

(ええ……まさかこの人、まだ上があるの……?ダル……)

 

白望も配牌を受け取って、一打目を考える前に、下家に座る多恵を見やった。

 

瞳が漆黒に染まっている。

別段、強烈なプレッシャーのようなものは感じない。それが逆に無気味だった。

 

今は虚ろな目で、配牌を眺めている。

 

気を引き締めていこう、と白望は第一打を切り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東2局 1本場 親 白望 ドラ{②}

 

 

優希 配牌

{①③2569二四八南南西白}

 

 

(あ……れ……)

 

優希の手が、止まる。

配牌に、別段不思議な点はない。いや、不思議な点が無いのがおかしいというべきか。

まだ東場のはずだ。

なら、ダブルリーチとはいかないまでも、一向聴くらいの手牌が入ってくれると思っていた。

しかし、手牌を開けてみれば四向聴。

 

なによりも問題なのは、今自分が東場であるのにも関わらず、「和了れる気がしない」ということだった。

 

 

得体のしれないものを感じながらも、優希は他の2人の表情を伺う。

 

 

やえ 配牌

{①②④⑤12289赤五七八九中} 

 

 

(私も2回くらいしか実感したことはないのよね。去年の個人戦決勝卓の1度と、あと1回だけ……)

 

やえはもっと前から気付いていた。多恵の力にはまだ上があることに。

それが今、間違いなく機能している。

 

そもそもやえはこれを「力」と呼ぶのかもわからない。

 

 

(ただ……私はこの状態の多恵に、勝てた試しがないのよね)

 

今もなお、虚ろな瞳をしている多恵を見やった。

……やはり、特別なプレッシャーは感じない。

 

 

 

 

 

何かあると思われた卓だが、無気味なほど静かに場面は進んでいく。

会場も、先ほどまでの熱狂が嘘のように静けさを保っている。

 

 

東場で速いはずの優希も立直はかけられず、それに呼応するように速度が手に入るはずのやえも、リーチがかけられない。

 

 

 

10巡目 多恵 手牌

{②③⑦⑦⑦⑧⑧⑨四六七八九} ツモ {⑦}

 

 

『やけに静かになりましたね……そして倉橋選手のツモ、これは難しいですね、三尋木プロは何を切りますか?』

 

『そうだねい……これは牌効率で言えば{四}っぽいけど』

 

咏がそうコメントした刹那、ノータイムで多恵は{⑧}切りを選んだ。

 

 

 

『倉橋選手は打{⑧}としましたね、これは、場況も見てのことですかね……?』

 

場況。その場に応じた状況ということだ。3面張の形だからといって、その待っている牌が全て河に切れています、じゃあ3面張の意味がない。

これは極端な例だが、こういった手組だけではなく、相手の河を見てこの待っている牌があるかどうかを推測する手順を、「場況を読む」という。

 

針生アナは、咏が{四}と言ったこと、それに加えて麻雀が多少はできる自身に置き換えても、考えた末に{四}を捨てそう、と考えた故に、多恵の選択の理由は、「場況」にあるのかと思ったのだ。

 

しかし、この一瞬で、また咏の表情が変わる。咏は、全員の河が見渡せるようになっているモニターを眺めた。

 

 

『いや……そうか。どうやら間違っていたのはあたしの方だったみたいだねい』

 

『……?それはどういう……?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「打{四}の場合、有効牌の数は{①④⑥⑧⑨六九}の7種23牌。打{⑧}の場合は、{①②③④四五六九}の8種27牌。微差だが、打{⑧}の方が受け入れ枚数の多い選択だ」

 

多恵の打牌の解説をするのは、去年個人戦決勝で多恵と卓を囲んだ、智葉だ。

 

彼女の所属する臨海女子は敗退してしまったが、準決勝の様子を眺めている。

智葉は個人戦もあるので、当たるであろう選手の研究は欠かさない。

 

 

「……それをあの一瞬で弾きだしたのデスか……?」

 

「まあ間違いないだろうな。倉橋があの状態に入れば、全国大会上位に入ってくるような連中はむしろほとんど歯が立たないだろう」

 

どこか含みを持たせたような智葉の発言に、カップラーメンをすすりながら、メガンが問う。

 

 

「あの状態……さっき、姫松の倉橋の雰囲気が変わったように見えまシタが……あれはいったいなんなのデスか?」

 

「……簡単に言えば、どんな力をも凌駕する、()()()()の力。あのチャンピオンですらも、凡夫と変わらぬ地面にまで引きずり下ろした恐ろしい力だ」

 

去年の個人戦決勝卓。智葉は最後の最後、追い込まれた多恵があの状態に入ったのを肌で感じた。

そして、その状態の多恵に、チャンピオンが手も足も出なかったことを。

 

 

「私は()()()も得意なのでな。どうにかなったが……おそらく、今同卓している連中はひとたまりもないだろう」

 

「相手を地面に引きずり下ろして、自身は多面待ちで圧倒デスか……」

 

「いや?」

 

メガンの言葉に、智葉が否定を入れる。

智葉はかけていた眼鏡を外して、ハオが入れてくれたお茶を飲む。

 

 

「あの状態の倉橋は、多面待ちで和了る確率は格段に減っている。これがどういうことだかわかるか?」

 

「……まさカ……」

 

メガンに、1つの仮説が浮かび上がる。

 

 

「そう。あいつは、()()にも同じ枷をつける。自身にも枷をつける代わりに、その支配は絶対に揺るがない。これはあくまで噂だが……どれだけのトッププロでもこの状態になった倉橋の支配からは逃れられないらしい」

 

「恐ろしいデスね……ケド、ようは普通の麻雀ということデスよね?それなら別にそこまで怖がる必要もないのデハ……?」

 

メガンの反応も尤もだ。支配を絶対なものにする代わりに、自身にも枷をつけるくらいなら、多少支配を緩めてでも自身だけ力を使えたほうが都合がよさそうだ。

 

そしてなにしろそのような力に去年、メガンは恐怖を抱いている。

 

だからこそ、多恵の力がそこまで恐ろしいものには思えなかった。

 

 

メガンの言葉を聞いて、智葉が静かにカップを机に置いた。

 

智葉は「では聞くが」と前置きをして、メガンに正面から向き合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『普通の麻雀』で、あいつに勝てる自信はあるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メガンが、生唾を飲み込む。

今までの多恵の全国での闘牌を全て見ているからこそ、自身が同卓したらと思うと、冷や汗が背中をつたうのを感じた。

 

智葉には去年の多恵との対局が脳にしっかりと刻まれている。

 

更地になった大地で、あの状態の多恵と一騎討ちの刺し合いをしたことは、智葉にとって、人生で1.2を争うほどに心躍る対局だった。

 

そんなことを思い出しながら、智葉は口を開く。

 

 

「あの状態になった倉橋に、正面からぶつかって勝てる奴はそういない。一回きりの勝負なら勝てないことはないが……長いスパンで見たら、アイツに勝てるやつなど高校生では皆無だろう。……相手も自分も、卓に座る全員を平等にしたうえで、正当な麻雀で他を圧倒する。だからこそ、倉橋のこの力は一部でこう呼ばれている」

 

また智葉はモニターに映る多恵に向き直って目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――ナラビタツモノナシ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

多恵 手牌

{③③⑦⑦⑦⑦⑧⑨四六七八九} ツモ{赤五}

 

 

 

「500、1000は600、1100」

 

 

何一つとして、派手さのない、普通の和了。

役も無ければドラも赤もないから手替わりを待ち、その途中でツモった形。

 

麻雀というゲームの8割は、こういった派手さのない、普通の和了で構成されていることを知っているだろうか。

 

 

 

気味が悪いほど普通の手組によって組まれたその手牌が倒されたとき、同卓する3人は途方もない恐ろしさを感じた。

 

真っ暗な闇の中。

 

先ほどまではあったはずの、()がない。

 

それは、3人が仲間を背負うことで燃やした希望の炎。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3人の目に宿っていた()が消えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恐る恐る、吸い込まれそうになる多恵の漆黒の瞳に、3人が目を向ける。

 

多恵は見たこともない狂気を孕んだ笑顔と、底冷えするような声音で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ……麻雀、やろっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さぁ、麻雀を続けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









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