姫松高校控室。
「多恵先輩。どうして洋榎先輩はあの宮守の手を七対子って読めたんですかね?」
洋榎が当たり牌の{⑧}を掴んだ時、一人だけこの世の終わりのような顔をしていた漫が、横に座っている多恵に尋ねた。
漫の問いかけは当然の疑問といえる。
途中まで順子手に向かっていた胡桃の捨て牌は、決して七対子に決めつけられるものではない。
なのにも関わらず、洋榎は胡桃の手を七対子だと読み切った。
ふむ、と顎に手をやって、どこから説明するべきか迷った多恵は、とりあえず漫を控え室に備え付けられている自動卓へと連れていく。
「とりあえずそれを説明するには、さっきの宮守の子の河を作らなきゃいけないね」
多恵が器用な手つきで牌を集める。
あっという間に、胡桃の捨て牌が出来上がった。
胡桃 河
{西北東②四八}
{①三1発五3}
{一}
「聴牌したときの打牌が、どれか覚えてる?」
「ええ~っと…確か{五}でしたよね?」
胡桃の聴牌打牌。
漫の記憶は正しく、{五}で間違いない。
しかしそうすると、捨て牌におかしな点が出てくる。
「正解。洋榎が一番気になったのは、この{五}の手出し。{四三}と悪い要素のない両面を手出しで切っていて、後から手出しで{五}が出てきた。自分のターツには必要ないはずで、ましてやどまんなかの牌で安牌代わりになんかなりゃしない。だとするとこの{五}を残す理由、洋榎にはどう映ったと思う?」
「……!赤受けですか!」
多恵の笑みが、漫への肯定を意味していた。
この赤4麻雀では、赤の期待値が高い。
七対子は外側の牌を残すのが定石だが、このルールでは5の牌だけ残しておくことが多い。
自動卓に集中していた2人の背後から、聞き慣れた声。
「それだけやないな。直前で切られて2枚切れになった{発}を同巡で処理したのも、ウチにとっては違和感やった」
「洋榎先輩!おかえりなさい!」
「七対子やってる時、2枚切れになった牌を切ったら次巡持ってくるあるあるね……」
「……いやそれは今関係ないやろ」
前半戦を終えて今は中堅戦の小休止。
漫が後ろを振り返れば、控室の一口のドアに背中を預けてかっこつける我らが部長。
洋榎は控室へと戻ってきていた。
「おかえりなのよ~!」
「部長、お疲れ様です。流石ですね」
モニターの方にいた由子と恭子も、洋榎の見事な局回しを賞賛する。
「ま、だいたい他のメンツの実力はわかったし~?後半戦も気張って稼いだるわあ~」
くるくるとその場でフィギュアスケート選手のように回る洋榎。
読みも冴えわたっていることで、だいぶご機嫌なようだ。
そのまま席へ座ろうとする洋榎の腕を、掴む影が1つ。
「待て、まだ半分じゃ」
「誰やお前……」
多恵の謎口調に、洋榎がドン引きしている。
「七対子を読めたという理屈はわかったが、何故この{⑧}が止まる?それを聞かずには帰れん。このままでは生殺しじゃ」
「いやだから誰やねんジブン」
冷めた目で多恵を見つめる洋榎。
多恵の主張はもっともだった。
多恵自身も、河と胡桃の様子を見ていれば七対子という可能性にはたどり着いたかもしれない。
しかしこの{⑧}が当たり牌というのは、流石の多恵もわからなかった。
洋榎がガシガシと頭をかきながら片目をつむる。
「まず、宮守の{五}手出しで七対子やと思った。そこは間違いあらへん。せやけど、その時はまだ{⑧}が100%当たるなんて言いきれん。7、8割当たると思ったから止めたにすぎん」
胡桃は立直を打たない。なので洋榎は胡桃への聴牌ケアは他の2人よりも綿密に行っていた。
「……確信を持てたんは清澄のリーチへの対応やな。あのリーチに対する一発目……宮守は手出しで通りそうな牌を切っとった。形を崩したのかとも思ってんけどな、その次巡。ノータイムで{一}を押した」
洋榎が目を細める。
胡桃は久のリーチに対しての一発目。比較的通りそうな{3}を手から切った。しかし、その次巡にノータイムの無スジ{一}切り。
「イマテンならもっと考えていいはずや。イマテンでないとしたら……{3}は後から持ってきた牌を空切りしてるっちゅうことになる。スライドはありえへんからな。どうしてそんなことをするのか……この時点で狙いは、リーチ者の現物に絞れる」
漫が終始目を丸くして洋榎の話を聞いている。
この先輩は、いったいどこまで相手の手牌が見えているのか。
「字牌に良い候補はない。とすれば、清澄の初打に{⑨}。晩成も2打目に{⑦}。唯一全体的に河に安い筒子の上……{⑦}と{⑨}は河に2枚以上切れとるから、一番の狙い頃は……{⑧}」
語られるのは洋榎の「
「……ま、ツモった後の宮守の顔見りゃ大体わかんねんけどな!」
最後はあっけらかんと。
ひとしきり言い終わった後はソファへとダイブしに行った洋榎。
ソファに座った先で、恭子に「どーせゆーても
ボケッとした顔で「……高杉内俊哉年俸5億円」とかほざいてるあたり、まったく格好はつかないのだが。
漫はただひたすらに、並べられた胡桃の河を眺めることしかできなかった。
考えるのは、この河から本当にそれだけの情報を得ることができるのか……と。
そんな漫の肩に、手が置かれる。
「これだけ見てもね、洋榎が今言ったこと全てを理解するのは難しいと思う。元々かなり読みの才能があった洋榎だけど、その才能は努力によって完全に開花した。今、日本にどれだけあのレベルの読みができる打ち手がいるか……」
「……私にも、できますかね?」
「今はまだ難しいと思う。……けど、努力すれば人はあそこまで行ける。そう思うと、麻雀って本当に奥が深くて、面白いと思わない?」
そう語る多恵の姿は、とても嬉しそうだった。
時刻は丁度昼過ぎ。
今まさに夏休み中の、麻雀好きなたくさんの子供たちが、この夢の舞台「インターハイ」をテレビで観戦している。
会場の熱気は衰えることを知らない。
『さあ、この団体戦準決勝も折り返しました!中堅戦の後半戦が始まります!』
後半戦が始まった。
席決めが終わり、東家から、洋榎、胡桃、憧、久の並び。
中堅後半戦開始時 点数状況
姫松 愛宕洋榎 134600
宮守 鹿倉胡桃 82300
晩成 新子憧 96100
清澄 竹井久 87000
憧が、点数を確認する。
(姫松はここから先のメンツが固い……それに、和と当たる初瀬のためにも、もっと点棒稼いでおきたい……!)
自分のバトンを受け取るのは、幼馴染の初瀬だ。
当然、点数をしっかり保持した状態で渡したい。
東1局 親 洋榎
5巡目。
「チー!」
胡桃から出た牌を鳴く憧。
その前半戦から変わらぬ姿勢に、親の洋榎が「へえ」と口角を上げる。
憧は休憩中、控室へと戻っていた。
失点を抱えてしまった憧に対して、先輩のやえは全く非難することなく、笑って送り出してくれた。
『洋榎ともたくさんやってる私からアドバイスがあるとすれば……そうね。あいつに待ちがバレてるとか、止められるとか、関係ないわ。あなたらしく、先に聴牌して、先にツモる。出和了りなんかハナから期待しない。……そうやって思う存分、憧の麻雀をしてきなさい』
やえの言葉を思い出して、憧の体が小さく震える。
信じてもらえている。
それに、やえだけではない。
由華も、紀子も、初瀬も笑顔で送り出してくれた。
それだけで、自分のやることは決まったようなもの。
(待ちがバレてるとか。止められるとか。関係ないんだ!)
憧が、ツモ山に手を伸ばす。
「ツモ!」
6巡目 憧 手牌 ドラ{三}
{④赤⑤33666二三四} {横⑧⑥⑦} ツモ{③}
「1000、2000!」
より早く和了る。
明確で、わかりやすい。麻雀においての必勝法。
『後半戦は新子選手の和了りでスタートしました!ここも鳴いて聴牌をとりましたね……!』
『鳴きたくないところだけどねい!親は姫松だし……今はなにより速さって感じかな?』
またも憧が選んだのは食い伸ばし。
しかし目的がはっきりしているからこそ、憧の麻雀は強くなる。
東2局 親 胡桃
4巡目のこと。
「それチー!」
またも動いたのは憧だった。
憧 手牌 ドラ{9}
{④⑤⑦⑨399南白発} {横③①②}
『こ……これは和了り役としてはなにになりますかね……?』
『いやわっかんねー!役牌重なるか、チャンタか……一気通貫なんて見てんじゃねえの?知らんけど!』
普通に考えたら、ドラはあるものの、重い手牌。
しかしその中でも積極的に動いていけるのが、憧の強み。
常人ならとても動けないようなところからでも動き出す。
憧が得意とする打ち方は、「どこかで一役」作る鳴き。
展開が、憧の得意とする展開へと動いていく。
チャンスは、掴みに行くもの。
自ら晩成高校という道を選んだ憧の根幹にあるのは、その積極的な姿勢。
「ツモ!」
9巡目 憧 手牌
{③④⑤⑦⑨99} {南南横南} {横③①②} ツモ{⑧}
「1000、2000!」
憧の変幻自在な打ちまわしに、会場も盛り上がりをみせる。
『2連続和了!!これは、2回戦の時のような展開になってきましたかね?新子選手』
『2回戦は打点も見てた気がするけど……今はとにかく速さを求めてる感じだねい』
洋榎が点棒を払いながら、楽しそうに憧を見やり、パタリと自身の手牌を閉じた。
(やえの一番弟子……やるやないか)
洋榎 手牌
{赤⑤⑤⑧23457三四六七八}
東3局 親 憧 ドラ{2}
親でも憧の加速は止まらない。
「ポン!」
(また……!)
胡桃の表情がわずかに曇る。
下家でこれだけ動かれるとやりにくいものだ。
5巡目に洋榎から出た{⑦}を鳴いた憧。
憧 手牌
{②②④23二二四赤五西} {⑦横⑦⑦}
『今局も仕掛けていきます晩成高校、新子選手!今回は素直にタンヤオへ向かいそうな手牌ですね!』
タンヤオに向かうには{23}のターツが少し頼りないが、憧はここから発進を決めた。
7巡目に、胡桃の手が止まる。
(これ以上好き勝手動かれるのも癪……!ケド、絞れる要素がないよ!)
まだ巡目は早い。捨て牌を見てもターツが絞れるところまで来ていない。
胡桃が少し捨て牌に悩む。
その後、意を決したのか真っすぐ打牌をした胡桃から、憧の有効牌である{三}が出てきた。
「……」
が、憧はこれに反応しない。
『新子選手、今の{三}は鳴ける牌でしたが鳴きませんでしたよ?』
『へえ~……なるほどねえ?』
通常、今出た{三}は向聴数が上がる、鳴きたい牌のはずだ。
では何故その牌をスルーしたのか。
咏が、憧の手牌を眺める。
『その{三}を鳴くと残るターツは全部愚形。それもタンヤオに決まっていない索子の形も残る……もし仮にその状態で誰かからリーチがかかったら。安牌に困って放銃……なんて目もあてられないだろ?晩成のコはそーゆー状況を嫌ったんじゃねーの?知らんけど!』
咏の解説は的確だった。
憧のような鳴き雀士の生命線は、押し引き……更には手牌の防御力との兼ね合いだ。
なまじリーチと違っていつでもオリる選択を選べるからこそ、この押し引きがとても難しくなる。
鳴きを主体にすると決めてから、憧はこの勉強を誰よりもしてきた。
そしてこのバランスが、後に有利に働くこともある。
「ロン。5800!」
憧 手牌
{234二二四赤五} {横②②②} {⑦横⑦⑦} ロン{三}
(あら……鳴いてないのに……)
久から、憧の当たり牌となった{三}が出てきた。
胡桃の切った{三}に反応がなかった時点で比較的安全に見えるこの待ちは、久の盲点になったのだ。
『3連続和了!!晩成のルーキー新子憧選手!インターハイでその実力を十分に発揮しています!』
『面白いねえ~!鳴きが好きな雀士は彼女のバランスは見習ったほうがいいかもしれないねい』
憧が、点棒を受け取ってサイコロを回す。
1本場だ。
(負けられないっ!)
経験や知識は、目の前の姫松のエースや、他2人にも負けるかもしれない。
が、自分の打ち方を信じる心は、3年生3人にも負けるつもりはない。
七対子やってるときに、その巡目に切られて重なる可能性が低くなった字牌同巡で処理しちゃうクセ、いつまでたってもなおらないんですよね……。