ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

8 / 221
ようやく多恵の対局です。




第7局 倉橋多恵

――7年前。洋榎が小学4年生の春。

 

 

「ほな、いってくるでー」

 

洋榎はいつものように雀荘にでかける。小学4年生がいつものように雀荘にでかける日常がここにはあった。妹の絹は前はたまについてくることもあったのだが、最近はサッカーにお熱で、洋榎からしても外で運動することはいいことだし、特に引き止めたりはしなかった。

 

 

「ちょっと洋榎、ええか?」

 

でかけようとドアを開けかけたタイミングで後ろから声がかかる。

 

 

「なんや、おかん」

 

愛宕雅枝。洋榎と絹恵の母親であり、プロ雀士である。雅枝はこのあたりの雀荘経営者とも仲が良く、クラブチーム等にも出入りをしていた。

 

 

「雀荘経営してるここらの友人たちから最近変な話聞いててなあ、あんたと同い年くらいの女の子がこのへんの雀荘で高レートの卓で暴れまわってるらしいんよ」

 

「なんやそれ、道場破りの真似事かいな」

 

「ようわからへんけどな、事情があるんかどうか……もし会うことがあったら教えてや」

 

小学生が高レートのフリーなど、普通は打てるはずもない。そもそもそんな状況にはまずならない。小学生の子供を高レートフリーに行かせる親がいないのだ。まず、もし負けるようなことがあればそんな大金を小学生は払えない。それなのに打たせてもらえている、打ち続けていられるというのはなにか理由がある。

 

「よほど強いんか……それともただのボンボンか……」

 

「同年代で強い子がおるのはええことやし、強い打ち手やとええな」

 

考えるように首をかしげる娘を見つめて、そう伝える雅枝。

 

「会うかわからへんけど、いってくるわ」

 

そう言い残すと、洋榎はドアをあけて飛び出していく。

洋榎の表情はいつもより心なしか明るく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

「おばはーん来たでえ~」

 

洋榎がよく訪れる雀荘は商店街のビルの3階に位置していた。昨今増えてきたいわゆるチェーンのお店ではなく、元プロで洋榎の母親の知り合いであるマスターが経営する自営業のお店。

 

 

「おー洋榎。よく来た。飲み物は?」

 

「コーラがええわー、ってなんやあのギャラリーは」

 

いつものように飲み物を頼んだ後、洋榎は雀荘がいつもの雰囲気ではないことに気付く。普段なら2,3卓立っているはずのフリーは1卓しかたっておらず、その周りにはギャラリーができている。

 

 

「来てるねん、今日はウチに、さすらいの小学生はんが」

 

「ほんまか!」

 

少し期待してたとはいえ、まさか話を聞いて初日にヒットするとは思っていなかった洋榎は、予想外の事態に興奮を隠せない。

 

既に周りにできていたギャラリーを押しのけて、その卓を見れるような位置を陣取る。

そもそもフリーは後ろ見自体が御法度なのだが、この日はこの小学生に挑みたいという大人と、小学生本人からの了承もあり、後ろ見が許されていた。

 

 

(状況は……南2、点数状況は……あの銀髪の小学生がトップか)

 

銀髪をミディアムショートボブにまとめて、両側の耳の前で揺れる髪が特徴的な小学生。倉橋多恵だった。

淡々と打牌をしているように見えて、その手さばきはよどみない。ある程度打てるかどうかは、こういった手さばきでも垣間見ることができる。

 

しかしどこか感情なく打牌をするその姿は、心から麻雀を楽しむ洋榎からすると、とても奇妙に映っていた。

 

 

(対局者は……おかんの友達の元プロの人に、常連の眼鏡のおっさんと、クラブチームのコーチをやってるサラリーマンか。随分と強いメンバーが集まってるみたいやけど、マスター、さてはこいつにこのメンツぶつけるの元々決めていたんやな)

 

「おー洋榎ちゃん来たんか!」という常連さんたちの歓迎ムードをよそに、洋榎は一目散にその小学生と元プロの女性の間に陣取る。

 

点数状況を確認すると、

 

元プロ 26000

多恵 34200

眼鏡 22200

リーマン 17600

 

となっていた。

 

 

(さて、お手並み拝見といこか)

 

南2局 親 多恵 ドラ{7}

多恵 手牌

 

{12446689三五八東中西}

 

(索子多めの手牌やな、一色手を見て、{八}から切り出すか……)

 

多恵は理牌を終えて一息つくと、{西}から切り出した。

 

(まあちょっとの差やけどトップ目やし、無理に染めにいかんでもええか)

 

しかしそんな洋榎の思いとは裏腹に、順調に多恵のツモが伸びていく。

 

 

 

8巡目 多恵 手牌

{123444566789東} ツモ{9}

 

(聴牌……やな。待ちは……)

 

と考える暇もなく多恵が{東}を切り出した。

 

(おいおいええんか?待ち確認もろくにせんで切っても)

 

小学生がこのスピードで清一色の待ちをすぐに把握できるはずがないと洋榎は思っている。

だからこそ洋榎は、この時は焦っているのかもな程度に思っていた。誰だって清一色を張ったら緊張する。プロですら打牌選択を間違えることがあるのだ。

 

しかし次順、そんな心配は杞憂だったことに気付かされる。

 

多恵 手牌

{1234445667899} ツモ{1}

 

(これは、九連の一向聴か……?っておい!)

 

洋榎がそう考えたのも束の間、多恵は持ってきた{1}をノータイムでツモ切りした。普通なら待ちの変化などの可能性もあるので少しは考えたいところ。さらに言えば役満、九連宝燈の一向聴なのだから、迷うべき要素はいくらでもある。

 

(せやけどよう見るとこの手、もし九連が聴牌したとしても、その時にはもうツモかロン和了りが先に成立しとる。ちゅうことは、もう道中の和了りを見逃す気がないんやったら、目指す価値が無いんか)

 

対面のサラリーマンが長考に入っている間、洋榎はそこでようやく多恵の狙いに気付いた。

 

 

(もしこれを本当にわかってて打牌しているんだとしたら、とんでもないやつやな)

 

そして次順に洋榎のその直感は、確信へと変わる。

 

 

 

多恵 手牌

{1234445667899} ツモ{6}

 

(なんやなんや、ありえへんくらい手牌が伸びる。これは何を切れば……)

 

そう考えるのも束の間、間髪入れずに多恵が手牌の{9}を横に曲げた。

 

 

「リーチ」

 

(おおおお何待ちや……{36}……{47}…{5}もか)

 

余談だが、もし洋榎が中学生、高校生ぐらいであれば、このくらいの芸当は洋榎にもできたであろう。しかしこの時はまだ小学生。自分にできていないことが目の前の少女にできていると思うと、洋榎はとても悔しかった。

 

そんなことを思っていると、次巡に更に恐ろしいことが起こる。

 

 

「ツモ。12000オールの1枚オールです」

 

静かにツモられた牌は{4}。1枚しかない最高目を引き和了ったのだ。

 

 

「かあ~!参った参った!」

 

「とんでもないやこりゃあ」

 

全く捨て牌が清一色に見えない中での多恵の和了りに、対局者が愕然としている。索子を切るときの迷いのなさが、多恵の手役の清一色の可能性を薄れさせていた。

と、いうよりも捨て牌から清一色とはまず読めない。

あまりにも異質なこの手牌に、上家に座る元プロの女性が多恵に話しかけた。

 

 

「これでこの局3回目の一発ツモ…あなたなにか、()()()()わね」

 

3回目やと?という洋榎の疑問をよそに、あまり関心がなさそうに多恵が応えた。

 

 

「いや、でも一発ツモは全部多面待ちですし、たまたまかと……」

 

「たまたまなわけないでしょ!たまに出てくるのよね、こういうとんでもない子が。かなわないわ」

 

洋榎は驚きのあまり声が出なかった。洋榎はこの元プロの女性に勝ったことはないし、他の常連の2人にも勝てたり負けたりが続いている。その3人をもってしても、かなわないと言わしめるこの目の前の少女はいったい何者なのか。

 

自分の常識が覆されていくのを洋榎は感じていた。

 

 

点差は大きく離れたが、局が再開し、一本場を迎える。

 

 

8巡目 親 多恵 ドラ {⑥}

手牌

{②②③④⑤⑥⑧赤5678七八} ツモ{九}

 

(聴牌。もうだいぶ点差も離れたし、この愚形役なしドラ2はリーチやな)

 

混乱する頭を必死に冷静に保ち、そう思った洋榎だったが、多恵の選択は{8}を切ってのリーチせずだった。

一見リーチしてもよさそうな状況だったが、洋榎は冷静に場を観察する。

 

 

(トリダマ……筒子がいい形やし、好形変化をねらっとんのか)

 

あり得る選択だろう。

洋榎は自分であったらどうするかを、常に考え続けていた。

 

しかし同巡、元プロの女性が牌を横に曲げる。

 

 

「リーチしよか」

 

ちょうど元プロと多恵の間にいた洋榎はそっと元プロの手牌を確認する。

 

 

元プロ 手牌

{①①③③⑥⑥3399東東西}

 

(来た……七対子字牌単騎……!)

 

洋榎はこの元プロの現役時代の対局も見たことがあり、そのスタイルを知っていた。七対子を得意役とし、その上字牌単騎で待つと高確率でツモり、そのうえ待ち牌が裏ドラになる。そういう確率を度外視した力を持っている人だった。

 

(これはさすがにこいつも引くやろ)

 

トップ目ということもあり、いくら点差があるとはいえ2着目からの直撃は避けたいこの場面はオリるだろうと洋榎は考えていた。

しかし、同巡に多恵が持ってきた牌を見て、洋榎は自身に雷が落ちたかのような感覚に陥った。

 

 

多恵 手牌

{②②③④⑤⑥⑧赤567七八九} ツモ{②}

 

 

 

(……こりゃあとんでもないバケモンやな)

 

そう言いながら、洋榎は自然と自分の口角が上がっていることに気付いた。

引くだろうと思いながらも、どこか裏切ってくれるように期待していたのかもしれない。

 

 

「リーチ」

 

よどみなく手牌から通っていない{⑧}を切ると、当然のことのように牌を曲げた。

そして、予定調和のように、次のツモ牌、{④}を静かに手牌の横に開く。それは同時に終局を意味していた。

 

 

「ツモ……6000オールの2枚オールです」

 

「はーい2卓ラストでーす!ご優勝は3連勝で多恵ちゃん!誰も勝てませーん!」

 

とんでもないことがおきたとばかりにマスターが対局結果を雀荘全体に発表すると、おおー!!とギャラリー、他の卓問わず歓声があがる。

 

 

 

洋榎はこの日出会ったのだ。自分の運命を大きく変え、そしてこの先かけがえのない友となる雀士と。

 

 

 

 

 




倉橋多恵

能力
・多面待ちになりやすく、3面張以上のリーチは確実に高目を一発でツモ和了る。

(5段階評価)
能力 5
精神力 5
自摸 4
配牌 4
運  4

合計 22 (MAX25)

(能力値は咲-Saki-全国編 Vita版の能力値基準です)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。