ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第73局 牌をだいじに

準決勝第二試合副将戦は、初瀬の満貫ツモで幕を開けた。

 

親の和のリーチに対して真っ向から勝負を挑み、そして和了りを勝ち取る。

シンプルで、強い麻雀。

初瀬の強さは、メンタルの強さに起因する。

 

 

 

『まずは開幕、和了りを勝ち取ったのは晩成の岡橋初瀬選手!強引にも見える手順で見事満貫をツモりましたね!』

 

『晩成の副将のコの良いところは、本当にしっかりとメリハリがきいてるところだよねえ。見ていて気持ちの良い麻雀だねぃ!』

 

『そうですね!……それにしても宮守の臼沢選手が泣いてたように見えたのですが……なにかあったのでしょうか?』

 

『まだどっかわるいんじゃねーの?知らんけど!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東2局 親 塞

 

 

塞が昂った感情をなんとか抑え込み、自身の手牌を眺める。

大事な親番だ。とりあえず特定の誰かを抑え込む必要がないのはわかったが、それで安心するほど塞だって愚かではない。

 

裏を返せば、『力』が無くても、ここまで戦ってきた打ち手なのだ。油断は死に直結する。

 

 

(姫松の真瀬さんなんてその典型だよね……)

 

塞が対面に笑顔で座る由子を眺めた。

 

常勝軍団姫松の中で、派手な成績こそないものの、3年になってからは1度もレギュラーの座を譲ったことのない安定感。

その堅実な手組みと、姫松の系譜である圧倒的防御力を誇るその打ち筋は、チームメイトからの信頼も高い。

 

点数を持った状態ではやりたくない相手。

 

とはいえ、これは団体戦。副将戦が始まった段階で点数を持たれているのだから仕方がない。

 

 

(一局一局を集中して打とう)

 

塞ぐ必要がないのだから、よりいっそう自身の麻雀に集中する。

覚悟を決めて、塞が第一打を河へと切り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11巡目。

 

 

相変わらず笑顔で打牌を繰り返していた由子が、持ってきた牌を大事そうに手牌に収める。

1枚の牌を、横に向けて河へと切り出した。

 

 

「リーチなのよ~!」

 

 

由子 手牌 ドラ{七}

{①②③⑤⑥⑦三四五六七北北}

 

 

字牌対子があることで、めいいっぱいに手を広げ、最速での聴牌へとたどり着いた由子。

迷うことなく先制リーチだ。

 

 

和と塞が用意していた安牌を打ち、初瀬にツモ番がわたる。

 

 

 

初瀬 手牌

{⑧⑧3赤55678二二三四四} ツモ{八}

 

 

 

『ああっと!一発キャッチですね。先ほどと同じように一向聴ですし、これも真っすぐ行くなら当たってしまいますが……』

 

初瀬が持ってきた{八}は自身の手には必要なく、初瀬にはわからないが由子への当たり牌だ。

先ほどのようにいけば一発での放銃となってしまう。

 

誰もが、その未来を予測したが。

 

 

(……)

 

初瀬は、一呼吸おいてから、由子の現物である{6}を打ち出した。

 

 

『放銃回避!初瀬選手、ここはオリを選択しました……!先ほどと同じように満貫がほぼ確約されるような形でしたが行きませんでしたね?』

 

『良いバランスだよねい。さっきと違って、今回の一向聴は愚形残りが2つ……最終形がどうしても弱くなるし、ここはスジの{⑧}すら切らずに完全安牌を切ったね』

 

 

最終形。

いくら打点があるからと言っても、和了れなかったらただの絵に描いた餅。

満貫の一向聴とはいっても、初瀬はこの手牌を先ほどの手牌と同じようには評価しなかった。

 

 

(いくらなんでも2枚見えてるカン{三}じゃダメだよね……)

 

一盃口のカンチャン待ちというのは、どうしても自分が1枚使っている都合上、普段のカンチャン待ちよりも弱くなる。

それも、河に1枚見えているこの愚形は、控えめにいっても勝負できる形とは言いにくかった。

 

とはいえ、聴牌なら勝負するのが初瀬なのだが。

 

 

 

誰も勝負に行かなければ、当然、待ちの広い由子が有利。

 

由子が持ってきた牌を丁寧に手牌の横に開く。

 

 

 

 

「ツモよ~!」

 

 

由子 手牌

{①②③⑤⑥⑦三四五六七北北} ツモ{八}

 

 

 

「メンピンツモドラ1。1300、2600よ~!」

 

 

結局由子がツモ和了りをモノにした。

 

 

『姫松のツモ!他校との点差を広げます!』

 

『目立たないけど、このコも相手にしたくない打ち手だよねい。明確なミスの打牌なんか見たことないんじゃないかな?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東3局 親 初瀬

 

 

「ポンよ~!」

 

由子が、対面の塞から出た{白}をポン。

由子の仕事は点数を稼ぐことではない。できる限り早く、局を回すこと。

であれば面前にこだわる必要などなにもなく、役牌を積極的に鳴きに行く。

 

 

由子が塞の河に切られた牌を丁寧に手に取ると、自分の手牌の横にあった2枚の{白}を晒し、合わせて3枚になった{白}を静かに卓の右端へと持っていく。

 

そして自身の手牌から1枚を選んで、綺麗な外切りで打ち出した。

 

相手の河から牌を持ってくる前に切るほうが良いとするマナーもあるが、最近ではしっかりと持ってきてから打牌したほうが良いとするルールが多い。

 

由子は相手へ迷惑にならないように、落ち着いて1つ1つの動作を行う。

 

 

何度も行った慣れた手つき。しかしそのどこにも雑さはない。丁寧な手さばきだ。

 

 

そんな由子の丁寧な牌さばきに、思わず針生アナも感嘆の声を漏らす。

 

 

『まったく対局には関係ないですが……姫松の真瀬選手、牌の扱いが丁寧で綺麗ですね……』

 

『関係ないこともねえんじゃね?それだけ牌に触れてきた時間が長い証拠でもあるし、見ている人からしても気持ちが良いんじゃねえの?知らんけど!』

 

 

意外なことに、牌の扱いを教えてくれる指導者は少ない。

 

由子は小さい頃から麻雀牌が好きだったこともあり、その気持ちが打牌の動作にも表れている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――大会が始まる少し前、姫松高校。

 

 

 

 

「だあ~!!!終わったあ~!」

 

 

もう日が暮れてすっかり夜になった校舎。

昼は騒がしい喧噪も聞こえてくるのだが、今はその騒がしさも鳴りを潜めている。

 

 

漫は麻雀部の部室で、1人牌譜とにらめっこしていた。

 

漫がレギュラー入りしてからの日々は忙しい。

 

多恵から与えられた牌姿の勉強。

恭子から与えられたたくさんの牌効率の課題。

 

それらを部活後にこなすことが、漫の日課となっていた。

 

 

ようやく今日の分が終わり、席を立つ漫。時刻は既に20時を回っている。

強化部会である麻雀部であっても、ほとんどの生徒が帰宅している時間だ。

 

部室の鍵を閉めるために、対局室へと向かう漫。

 

 

(あれ……?灯りがついてる……?)

 

てっきり自分が最後だと思っていた漫は、対局室に明かりがついていることに驚いていた。

 

いつも自ら洗牌をする多恵や洋榎、恭子などはちょうど先ほど自分に一声かけて帰っていった。

誰だろうと対局室に入ると、そこには頭にお団子を2つ乗せた少女の姿。

 

 

「真瀬先輩やないですか!」

 

「わあ!びっくりしたのよ~……!」

 

ビクリと肩を震わせた由子が、振り返って漫の姿を確認する。

由子も漫と同様誰もいないと思っていただけに、突然の声に驚いていた。

 

 

「なにやられてるんですか?」

 

「……たいしたことや、ないんやけどね~」

 

由子の目の前には自動卓がある。それも、自動卓の表の卓の部分を持ち上げて、固定してある状態で。

 

そしてその自動卓の横には、「故障中」という貼り紙があった。

 

 

 

「洋榎ちゃんとか恭子ちゃんとか多恵ちゃんが、洗牌はちゃんとやってくれてるんやけど~、それでも卓の故障ってのは起きちゃうのよ~」

 

「あれ?せやけどその卓、末原先輩が業者呼ぶて言うてましたよね?」

 

自動卓を修理してくれる業者は、ゴマンといる。だからこそ、強豪校の部活ともなれば、どこに電話をかけたってすぐにでも駆けつけてくれるだろう。

 

なのにもかかわらず、由子は自身の手と顔をところどころ黒くし、袖で汗を拭きながら、故障した卓と向き合っていた。

 

 

「そーなんやけどね~、自分で見てあげないと、気がすまへんのよ~」

 

「……真瀬先輩」

 

 

『ピン2-58』と書かれた、機械に差す油を右手に持ち、左手には濡れ雑巾。

綺麗にゲタにまとめられた牌達は、もう既に丁寧に水拭きされた後のようだ。

 

 

「……別に、これでツモが良くなるとか、思ってへんよ~?……けど、道具は大切にしなきゃ、あかんよね~。姫松の強い人らは、み~んなやっとることよ~」

 

 

漫は驚いたように、由子の背中を見つめる。

 

こんなこと、どう考えても他の高校ではやっていないだろう。

由子が、レギュラーで麻雀を打つ人間であることを考えれば尚更。

 

 

綺麗に点棒も拭き、点箱も拭き、少しはみ出していたマットを切り取ると、由子はゆっくりとコンセントを入れた。

 

 

「自動卓の故障なんか、だいたい簡単に直せるのよ~?それを毎回業者さんに丸投げしたら、麻雀の神様に、見放されてしまうかもしれないのよ~」

 

「……そう、ですね」

 

少し汚れてしまった手を気にも留めず、由子が漫の方へ振り返る。

屈託のない笑顔に、漫も思わず笑顔を浮かべて、由子の手伝いを始めた。

 

作業をしながらそんな由子の姿を見て、漫は姫松の同級生や、2年生の先輩たちが言っていたことを思い出す。

 

 

 

 

『姫松の今のレギュラー陣はもちろん麻雀も強いけど、それに慢心せず、努力する上に人として尊敬できる』

 

『中でも真瀬先輩が牌を雑に扱っている所を見たことがない』

 

『本気で応援できる』

 

 

 

 

漫は姫松が応援される理由の一端を知ることができたような気がしていた。

 

 

(姫松って、本当とんでもない高校なんやな……)

 

目の前の笑顔な少女も、いつも厳しく鍛えてくれる先輩も。

誰もがいつも尊敬の目を向けられていた。

 

 

強豪校は、どうしてもレギュラー陣が慢心し、下級生を軽率に扱うことが多い。

 

しかしそれでは、誰も応援しない。

早く負けて卒業して、代が変わってくれとしか思わないだろう。

 

姫松にはそれがない。

 

レギュラー陣が誰よりも努力していることを、部の全員が知っている。

誰よりも誠実に麻雀に向き合っていることを、部の全員が知っている。

 

 

「ウチに、特別な力はないのよ~。……せやけどね~、どうしても洋榎ちゃん達に追い付きたかったのよ~」

 

漫が乾拭きして、ゲタに入れておいた麻雀牌たちを丁寧に自動卓に戻しながら、由子が話を続ける。

 

 

由子がレギュラーに定着したのは、洋榎含む他のメンバーに比べて遅かった。

1年生から暴れまわる洋榎と多恵を見て、当時から2人と仲が良かった由子は、羨ましいと思ったことが無いと言えば、嘘になる。

 

 

由子だって麻雀打ちなのだ。強くなりたかった。

 

だから、洋榎や多恵がやっていることを、同じように実践しようとした。

 

勉強して、実践して、洗牌をする。

 

洋榎や多恵よりも、より長い時間を使って。

 

洗牌をすることは、特に実力につながることは無いのかもしれない。

 

 

しかし、いつも帰りにきっちりと洗牌をしている2人を見て。

そこをおろそかにしてしまっては、あの2人には到底追い付けないような気がしたのだ。

 

由子はそれから、元々得意だった自動卓の扱いを、誰よりも勉強し、丁寧に手入れするようになった。

 

 

由子が、点棒を点箱へと戻す。

全てのデジタル表示に「25000」の表示が出た。

 

 

 

「道具を大切に扱って~、その上で勉強して~、神様に見放されんように~って麻雀を打ってきたのよ~。そしたらなんとか、レギュラーになれたのよ~!……でもこれって、誇るようなことじゃあらへんのよ~。誰にでもできることなのよ~?」

 

 

超人的な和了りをすることは、できないかもしれない。

 

しかし、由子が積み重ねてきた1つ1つが、今の由子の強さにつながっている。

どの要素が由子を強くしたと断定することはできない。

 

 

しかし、今年明確に、由子に牌が、応えてくれている。

 

 

 

ガラガラガラと回る自動卓の音が、ぴたりと止んだ。

 

トラブルを示す卓の中心のランプの点滅は、もうしていない。

 

 

全ての最終確認を終えた由子の表情が、ぱあと明るくなった。

 

 

 

「また一つ、直ったのよ~!」

 

 

漫が、由子に最高の笑顔とともに、わぁ、と拍手を送る。

その目は、尊敬の念にあふれていて。

 

 

もう辺りは真っ暗になった姫松高校に、その拍手はとても長く響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東3局 親 初瀬 9巡目

 

 

 

「ロンなのよ~」

 

 

勢いよく牌を曲げた初瀬のリーチ宣言牌に、由子から声がかかる。

 

初瀬が、少しだけ表情を歪ませた。

 

 

 

 

由子 手牌 ドラ{東}

{①①①23467南南}  {白横白白} ロン{5}

 

 

 

 

「1300なのよ~!」

 

 

 

 

 

『姫松高校真瀬由子選手!打点は低いですが2連続和了で局を進めます!』

 

『安牌も確保しながらの手牌進行、見事だったねい』

 

 

親の晩成の攻撃の芽を、由子が摘み取った形。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったあ!真瀬先輩!!」

 

「ええぞ~由子~」

 

 

姫松の控室も、由子の安定した打ちまわしに歓声が上がる。

 

多恵と恭子も由子の和了りに、満足そうにうなずく。

 

 

「道具を誰よりも大切にしている由子だからこそ、良いタイミングで聴牌が入るのかもね?」

 

「……そんなオカルトはあらへんやろけど、由子が誰よりも道具を大切にしとるっちゅうのだけは同意するわ」

 

 

由子の麻雀に対する姿勢は、多恵も恭子も知るところだった。

 

モニターの先に、笑顔で点棒を点箱にしまう由子の姿が映る。

 

 

「その心の強さ……見せつけてきいや、由子」

 

 

姫松の根幹に根差す考え方。

 

 

 

『牌を愛する』ことを3年間重ねてきた由子に、死角はない。

 

 

 

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