ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第75局 勇敢と無謀

点数状況

 

姫松 135900

宮守  80200

晩成 101800

清澄  82100

 

 

 準決勝第二試合副将戦も、いよいよ大詰め。

 中堅戦終了時からさほど動かない点数とは裏腹に、その内訳は点棒の飛び交う戦場の様相を呈していた。

 

 

 

南4局 親 由子 ドラ{1}

 

 

 

「ポン」

 

 8巡目のことだった。和からポンの発声。

 

 塞から出た{⑧}を、手元の二枚と共に軽やかに隅へと払い、すぐに手牌から{⑥}を切り出す。

 

 所作、速度に異変はない。

 

 だがその目は、他3人が和の研究をしている時に見たような、どこか違う世界を見ているような空虚なものではなく。

 

 しっかりと対戦相手の河を見つめる、麻雀を打つ"人"の目であった。

 

 

(な~んか、厄介な感じになってきたな……)

 

 先ほどの直撃を食らい、嫌な印象をぬぐえないのは初瀬だ。

 

 この{⑧}ポンも、和と半荘を共にした彼女にとっては違和感として映り込む。

 

 

初瀬 手牌

 

{⑤⑥344赤567一三五九九} ツモ{③}

 

 

 和の捨て牌を見やれば、早くも色濃い牌の並び。

 ポン出しが{⑥}。

 

 {②④⑥}という形から切っていったのであれば、この{③}は刺さり得る牌だ。

 だが和は3巡目に{②}を切っている。

 仮に{②②④⑥}と持っていたとして、あの巡目に両嵌固定をするだろうかと考えれば、可能性はなるほど低い。

 

 わざわざ現物の{⑥}を切って手狭に構える理由もないので、初瀬は{③}を切り出した。

 

 感じた一抹の{⑧}ポンの違和感を、頭の中から追いやって。

 

 

「ロン」

 

 

 だがこの牌が通らない。

 視界に飛び込んできた彼女の和了形に、さしもの初瀬も表情を引きつらせる。

 

 

 

和 手牌

{②④④赤⑤⑥678三三}  {横⑧⑧⑧} ロン{③}

 

 

 

「2000」

 

 

(その形から鳴く……?)

 

 仕方なしとばかりに点棒を渡しながらも、視線は手牌に釘付けのまま。

 

 デジタルを志す原村和であれば、この鳴きはいささか不可解だ。

 愚形残り2つとはいえ、手役である一盃口も消してまで、2000点の聴牌を取る必要が、今の状況で果たして存在したのか。と。

 

 そんな疑問が、初瀬の頭をよぎる。

 

 だが――考えたところで仕方がない。

 初瀬は人の思考を読み、その先を行くことを信条とするような打ち手とは異なる。

 

 

(そう。関係ない。後半、必ず取り返す)

 

 前半戦終了の合図を耳にして、初瀬は自らに言い聞かせるように胸のあたりをぎゅっと掴んだ。

 

 取られた点棒は、上がって取り返す。

 それだけのことしか出来ないからこそ、それだけを磨いてきたのだと。

 

 リノリウムの床にローファの音を響かせて立ち去る初瀬を背に、オーラスの親だった由子も、静かに手牌を伏せた。

 

 

 

由子 手牌

{三三四四赤五五七九東東東発発} 

 

 

 

(速度を合わせたんやろか……?まさか、なのよ~)

 

 

 穏やかな微笑みは崩さず、由子は同じように立ち去ろうとする和の背へと目を移した。

 彼女はもしかしたら、親の怪物手が入っていた由子の気配を、敏感に感じ取ったのかもしれない。

 

 手牌から知ることの出来る情報は、思考の断片でしかないけれど。雀卓に流し込まれることなく静かに佇む和了形に、由子は僅かな時間想いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 廊下の壁が、どうにも冷たくて心地良い。

 

 入った時には背筋が寒くなるような緊張感を孕んでいたはずの対局室は、いつも不思議と出る時にはサウナのようだ。

 

 疲労の滲む体で――しかし初瀬は控室に戻ることはしなかった。

 

 歓迎を受けるべきは、成果を出した者だけ。

 

 途中経過が悪いわけではないが、まだ大きなプラスには繋がっていない己の成績を背負って彼女は目を閉じていた。

 

 今は後半戦に備えて、ただ静かに集中力を高めるだけ。

 

 

 そんな初瀬の肩にぽんと置かれる、柔らかな手のひら。

 

 たった半年も経っていない生活の中で、もう誰の温もりか分かるほど、この5人の結束は堅い。

 

 

「どう?後半戦は行けそうか?」

 

「由華先輩……」

 

 初瀬の様子を見に来たのは、意外にも由華だった。

 閉じていた瞳を開けば、なんとも似合わぬ心配そうな瞳が映る。

 

 入学時から先輩にも割と強気だった初瀬は、2年生から生意気だ、と思われることもしばしばあった。

 

 その中で、「正しいことを主張するなら文句はない」とよく庇ってくれたのがこの由華だ。

 

 自身の麻雀のプレースタイルについて賛否両論あった部内を、自らの成績で捻じ伏せてきた初瀬。

 そんな彼女に少し自身と似たものを感じたのだろうか。由華は最初から、初瀬に対しては優しい先輩であった。

 

 多少、その優しさが手荒いのはさておき、だ。

 

 

「放銃もありますけど、内容は悪くないかな、と思ってます」

 

「よしよし、迷ってはいなさそうね」

 

 自身の手のひらを見つめ、前半戦を思い起こす初瀬に対し、軽く背を叩く由華。ばしばしと乱暴な辺りがまた彼女らしい。

 

 由華が来たのは、初瀬の精神(メンタル)的な部分の確認。

 少しでも心が揺らいでしまえば、必然的に麻雀は曲がる。

 これまで勝ってきたプレイスタイルが曲がるということは、即ち結果に結びつかないことと同義。

 

 軽く口角を上げて、心配させまいとする初瀬の表情には、由華も満足そうだ。

 

 

「思う存分、やってきていいからね!後悔の無いように打って、後のことは、私に任せなさい」

 

「……はい!」

 

 頼もしい先輩の激励に、初瀬も気合が入る。

 

 背筋を伸ばせば、屈託のない笑み。

 自分に姉が居たらこんな感じだろうかと、よく憧と2人で話していたことを、つい思い出す。

 

 ただそれは、今は余計な感傷だ。

 

 この人の為にも、やることはただ1つ。

 

 立ち上がり、対局室への道を戻ろうと背を向ける初瀬に、由華が一言声を掛けた。

 

 

「それと、やえ先輩から伝言」

 

 

 やえ先輩。

 晩成高校の面々にとって、聞き逃せはしないその名前。

 

 振り向いた初瀬に、告げる代弁。

 

 

『もっと攻めていいわ。あなたらしい麻雀をしてきなさい』

 

 

 

 強気なルーキーの表情が、野生の獣のように凶暴さを増す。

 

 力強く歩み始めたその背中は、1年生とは思えないほど頼もしい。

 

 

 

 

 守りに特化した姫松とは対照的。

 

 

 攻撃特化の晩成王国に現れた凶暴な狂戦士が、牙を剥く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ副将戦も後半戦!ついに残るは3半荘!準決勝第二試合副将後半戦、スタートです!』

 

 そのアナウンスは決して、対局室には届かない。

 

 響き渡るは控室であり、全国の子供達であり――また、対局者の胸の内。

 

 あと1半荘で、副将戦の全てが終わることを。誰に言われずとも、彼女らはもう知っている。

 

 

 時刻はもう夕刻。日が長い夏とはいえ、そろそろ日も落ちようかという時間帯。

 それでも会場の熱気は収まることを知らない。

 

 賽が転がり、山と手牌が浮上する。

 

 席順は、東家に由子、南家に初瀬、西家に和、北家に塞。

 

 泣いても笑っても、副将戦はこの二周で幕を下ろす。

 

 

 

 

 

東1局 親 由子

 

 

 後半戦が始まった。

 

 東家に座った由子が、丁寧な手つきで配牌を理牌する。

 

 親の打牌まで試合が開始されないと分かっていても、丁寧な理牌で誰にでも見やすくすることを優先する。

 

 それは決して誰かの為というわけではない。

 ただ、そう。強いて言うなら、麻雀のため。

 

 その気持ちを込めて、この大舞台でも自分を曲げない。

 常勝軍団姫松の副将、仕事人はことここに至っても平常運転だ。

 

 

(ん~、できればもう少し増やしてきょーこちゃんにわたしたいのよ~)

 

 とはいったものの。

 

 由子にとっても、前半戦オーラスの手牌を流されたのは痛かった。

 待ちこそ悪かったものの、七対子移行や{六}を引いての多面張変化等もあっただけに、早い巡目で決着が付いたことは悔やまれる。

 

 引き摺る訳ではないが、この先にも関わることだ。

 気持ちは切り替えて、記憶は残して。

 静かに、そして綺麗に由子は第一打を切り出した。

 

 

 

13巡目。

 

 

「リーチ」

 

 先制は和。

 前半戦の勢いそのままに、可愛いペンギンのぬいぐるみを抱いた少女が牌を横へ、指先で払うようにリリース。

 

 流れるようなその動作に、下家の塞が食いついた。

 

 

「チー!」

 

 

 

塞 手牌 ドラ{③}

{44赤55688白白白} {横312} 

 

 

 

(みえみえの染め手……それでもリーチがかかれば関係ないね!)

 

 塞はここまであまり良い所がない。

 油断しているわけではないし、いつになくのびのびと打てている自覚はある。

 だが、それでも追い付けない、届かない。

 

 休憩中、改めて同卓した選手たちの強さを思い知っていた。

 

 オカルトを握りこの舞台に立つ者たちと相対し、あまつさえ押しのけてきた猛者。

 彼女とてオカルトを封じ込め自力で相手を叩き潰す、そんなプレイスタイルであったからこそ分かる。

 

 彼らの意志は、そう簡単に塞ぐことは出来ないと。

 

 それでも。

 

 

(負けるわけには、いかないんだよね)

 

 強い意志で、危険牌を切り出す。

 

 

 塞の打牌にロンの声が掛からないのを確認して、由子もまたツモ山に手を伸ばした。

 刺さってくれれば潰し合いでことが済んだとも言えるだけに、表情は曖昧な苦笑い。

 

 

由子 手牌

{②③④⑤⑥77一一二三四五} ツモ{一}

 

 

 そしてこういう時に限って聴牌だ。3面張が残ったのは喜ばしいことだが、これでは役がない。

 

 手牌から、自身の河。そして他家の切り出しへと視線を巡らせ、一瞬の思考。

 

 

(宮守の臼沢ちゃんは、染め手やね~……)

 

 塞の河には索子以外の中張牌が並び、染め手模様。

 リーチに対して危険牌を切っているのだから最悪でも一向聴、ほぼほぼ聴牌と思った方が良いだろう。

 

 だとすれば、索子を持ってきたときに回れるダマに構えたい。

 

 しかしこの相手から出和了りできない手をダマはいささか消極的過ぎるようにも見える。なにせ自分は親なのだ。

 

 小考終了、由子は手牌の中の{二}をパタンと手前に倒す。

 

 初瀬、塞、和の注目が己の牌に突き刺さっていることに気付いてなお、笑顔のまま倒した牌を綺麗に人差し指と薬指で挟み、寸分のズレもなく河へと曲げた。

 

 

「リーチなのよ~!」

 

(((……!)))

 

"真瀬由子からの親リーチ"に、卓に座る全員に緊張感が走る。

 

 塞の仕掛けが見えていないはずがない。

 和の打ち方の変容に気付いていないはずがない。

 そして、親のリーチであっても手牌次第で向かってくるならず者の存在を、理解していないはずもない。

 

であれば。

 

 トップ目の――"常勝軍団姫松"の、マイナス記録が存在しない女が放ってきた、のちの全てをツモ切る覚悟の打牌とは。

 

 

(かなりの待ちか、あるいは打点か……)

 

 ツモ山へと手を伸ばす一瞬で、初瀬は由子のリーチから分かる情報をかき集める。

 

 真瀬由子という打ち手を調べてきたからこそわかる。このリーチには、初瀬のクソリーとは比べ物にならない、曲げるべき理由があると。

 

 知っているからこそ、このリーチの評価は高くなる。

 

 しかし。

 

 初瀬は親指に感じた三本の筋を認識して、今までの思考の全てをゴミ箱にダンクした。

 

 

 

初瀬 手牌

{③③③455赤五五六七七九九} ツモ{3}

 

 

 

 

『3人聴牌に対して、岡橋初瀬選手も追い付きました!!しかし愚形聴牌な上に、この{5}は誰にも通っていません!』

 

『いやいやいや、今回ばっかりは私も知ってるぜい?』

 

 咏が楽しそうに自慢の扇子をパタン、と閉じて初瀬に指示するかのように右手を掲げる。

 

 

『このコは、絶対にリーチをかけるってコト!』

 

 しかして彼女の読み通り。

 

 思考を挟む時間など何一つ存在せず、彼女は{5}を自らの河へと叩きつけた。

 

 

「リーチィ!」

 

 初瀬の発声に、会場のボルテージも押し上がる。

 全員への無スジ、塞の染め手の索子。どまんなかの{5}。

 

 

 切りたくない要素を上げればキリがない。

 

 にも拘わらず力強く切られた{5}に、ビリビリと衝撃が走る。

 

 塞は、その牌をとがめられないことに焦りを覚えていた。

 

 

 

(こいつ……自分の手以外見えてないの!?)

 

 

 

 

 『勇敢』と『無謀』は紙一重と、俗世が口にするならば。

 

 そのギリギリの狭間を走り続けるのが、岡橋初瀬という打ち手だ。

 

 

 そしてその無謀にも見える『勇敢』が、これまでもこれからも。

 

 晩成の明日を切り開く。

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

 

初瀬 手牌

{③③③345赤五五六七七九九} ツモ{六}

 

 

 

 

「3000、6000!!」

 

 

 

 

 

『ここが勝つんですかあ?!緊張の4人聴牌、なんとなんと、驚きの攻めで岡橋初瀬選手が跳満ツモ!強烈な一撃で後半戦は幕を開けます!』

 

『かあ~!痺れるねえ!押し引きって重要だけども、このコの攻めの基準ははっきりしてていいねえ。今回なんて、その典型じゃん?』

 

 

 

 自らのものとなった2本のリー棒ごと、力強く拳を握りしめる。

 

 初瀬も全ての局が和了れるとは思っていない。

 今の手も、和了れたのは運が良かったと自分でも分かっている。

 

 しかし、重要なのは運の良さなどではない。

 

 

 放銃上等。

 

 放銃よりも痛いのは、和了れたはずの勝負手を逃すこと。

 

 

 目を閉じれば、どんな時だって聞こえてくる。

 

 

 

 

 

『泥臭くたって良い。貪欲に、和了りを勝ち取りにいきなさい』

 

 

 

 

 

 かつて、まだ実力のなかった自分に、あの人がかけてくれた言葉。

 

 

 晩成高校へと進んだ"理由"が、今の初瀬の雀風の根幹を作っている。

 

 

(まだまだ足りない。やえ先輩のためにも……私は後悔しない麻雀を打つ!!)

 

 

 だからこそ、まだ『全国制覇』というこの夢を、夢で終わらせるわけにはいかないのだ。

 

 

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