準決勝第二試合の副将戦は、ハイペースで進んでいた。
自動卓以外何もない、誰もいないこの空間で、打牌の音だけがひたすらに響く。
南2局 親 初瀬
「ロン!3900……!」
塞 手牌 ドラ{③}
{③③⑤⑥⑦678三四} {白横白白} ロン{二}
南3局 親 和
「ツモよ~!」
由子 手牌 ドラ{八}
{③赤⑤44二三三四四五六七八} ツモ{④}
「2000、4000よ~!」
瞬く間に、副将戦はオーラスを迎えた。
『副将戦、オーラスです!……しかしハイテンポでここまできましたね……後半戦が始まってからまだ30分しか経っていませんよ?』
『んまあ、このメンバーはタイプは違うけどあんまり打牌に時間使うようなタイプでもないしねえ?……それに1人ならず者が異様に押してくるから流局も少ないんじゃねえの?知らんけど!』
不思議と、ならず者初瀬が参加している局のテンポは速くなる。
リーチに対して果敢に向かっていくからこそ起こる現象なのだが、単純に流局が少ない。
固い打ち手とは対照的に、激しい点棒の奪い合いになるケースが多いのだ。
今回は打点派が少ないので点数の大きな移動こそ少ないが、このテンポ感は初瀬の得意とするそれだった。
点数状況
姫松 139300
晩成 110600
清澄 87500
宮守 62600
南4局 親 塞
右目が特に痛むわけではない。
想像を絶するような疲労感も、倦怠感も、感じることはない。
なのにどうしてか。
(こんなにも息苦しい……!)
塞はこの半荘2回、見せ場がほとんどない。
塞ぐ必要がないと分かって安堵したのも束の間、強者たちを目の前にしてもがくことしか許されない。
呼吸を整えながら、塞はチームメイトたちの姿を思い浮かべる。
先鋒戦で超高校級の猛者を相手にあれだけ頑張ってくれたシロ、次鋒で皆の想いを背負って点数を稼いだエイスリン。
激戦の中堅戦をなんとか踏ん張ってバトンをわたしてくれた胡桃。
そしておそらく自らの出番を待ち、控室で応援してくれているであろう、豊音。
(私がこのままでいいのか……?)
もう半荘はオーラスを迎えている。
塞に残されたのは、この最後の親番のみ。
(やるしかない……!)
この親番にしがみつく。
今の塞にやれることはそれだけだ。
8巡目 塞 手牌 ドラ{⑨}
{⑦⑧⑨赤五六七八白白西} {東横東東} ツモ{白}
役牌の白が暗刻になる嬉しいツモ。
この東はダブ東ではないが、役牌が手の中に2つ対子だったので1枚目から鳴いていった塞。
これで、満貫の聴牌になった。
(よし……4000オールが見えた……)
手牌から{西}を切り出す。とっておいた安牌もこれでお役御免。
早い満貫の聴牌に塞の気持ちがはやる。
だいぶ点棒は失ってしまったが、ここで親の満貫を和了ることができれば、大将戦に望みをつなげる。それこそが、今自分にできるベスト。
しかし、そう簡単に和了らせてもらえるメンバーなら、今頃こんなに苦労していないのもまた事実。
(ぐっ……!)
塞がにらみつけるのは対面。
初瀬から出てきた牌が、横を向く。この半荘でいったい何度見たかもわからない光景。
「リーチィ」
晩成の狂戦士から、リーチがかかる。
『晩成の岡橋初瀬!まだまだ点数が足りないとばかりにリーチに出ました!』
『いやー今日何回目のリーチだろうねえ?まあ確かに?トップ目の姫松には点数足りてないからねえ?』
初瀬が、千点棒を場に落とす。
その目は確かに前を見据えている。
(1年生とか、実績とか、関係ない。私は今、「晩成の副将」なんだ。とれる点棒は全てむしりとる……!)
とてもルーキーとは思えない肝の座り方に、しかし塞もこの局は負けるわけにはいかない。
(負けるもんですか……!)
和は現物打ち。
塞に対しても安全な牌を切ってくるあたりは流石のデジタル派といえよう。
そんなことを思考の隅に置きながら、塞がツモ山に手を伸ばす。
塞 手牌
{⑦⑧⑨赤五六七八白白白} {東横東東} ツモ{九}
ここで塞に一つの選択肢が生まれる。この{九}は初瀬に対しての現物。
このまま切れば{五八}待ち続行で、満貫の聴牌が取れる。
しかしいわゆる自分で2枚使っているノベタン待ちで、{八}は1枚河に見えている。
{白}を切れば5800に打点は下がるが、両面の良い待ちに組み替えることができる。
(……ここは少しでも打点が欲しい……ツモ切りか……)
少考。
塞は一瞬持ってきた牌である{九}を切ろうとして。
ゾクり、と感じた寒気に思わず手を引っ込めた。
下家に座る由子の方を反射的に見れば、いつもと変わらない微笑みをたたえているが。
由子 手牌 ドラ{⑨}
{赤⑤⑥⑦⑨⑨一二三四五六七八}
「……?」
(……姫松……!)
ほとんど気配のなかった由子の聴牌に気付けたのは、塞がいつも相手の能力を塞ぐ時に他人の気配を人一倍敏感に感じるから。
河に出かけた{九}をひっこめて、塞はまた思考の海へと潜る。
仕切り直し。今度は長考だ。
ここは時間を使って良い場面。
(私には、当たり牌がわかるわけじゃない……)
思い出すのは、先ほどの中堅戦。高校でもNo1と噂される守備の打ち手の闘牌を見て、塞は少なからず憧憬を抱いた。
自らも「塞ぐ」ことを得意とする守備の打ち手。
完璧な思考から導き出される幾重にも重ねられた読みの打牌は、塞を震撼させるには十分すぎた。
”自分もこうなってみたい”
スタイルは違う。だが、逆に言えば、読みを鍛えられれば、自分はまだまだ上にいけるということ。
守備の可能性を、守りの化身は塞に十分すぎる程教えてくれた。
しかし。
(……まだ、知識も、経験も技術も足りない)
自分の力量はわきまえている。
だから、今はまだ。
塞は、ほぼ確定安牌の{白}を切り出す。
守備の理想型のようなあの打ち手には程遠い。
それでも。守りの化身のような一点読みはできなくても、危険を回避することは誰にでもできるから。
まずは自分の得意なそこから始めよう。
「ツモ……!」
塞 手牌
{⑦⑧⑨赤五六七八九白白} {東横東東} ツモ{七}
「2000オール!」
『意地を見せます宮守女子!2000オールの和了りで親番をつなぎました!』
『ひゅー!危なかったねい?欲張って満貫狙いに行ってたら姫松にズドンだったねえ』
塞が滴る汗を拭う。
いつものような疲労感があるわけではない。
しかしこの緊張感が、塞の心を刺激する。
塞は今まで感じたことのない高揚感を覚え、胸のあたりを握りしめる。
これはきっと、自分の麻雀を打てていることの証明で。
(ああ……そうか、麻雀って、……楽しいや)
ひどく忘れていた感情を思い出すことができたのかもしれない。
対局終了を示す合図が、対局室に響く。
4人の選手たちが、一斉に息を吐いた。
『副将戦終了~!!!最後は清澄高校原村和が2000点の和了りで、決着です!』
『いやあ~面白かったねい!かなり見ごたえのある半荘だったんじゃねえの?しらんけど!』
「「「「ありがとうございました!」」」」
点数状況
姫松 137300
晩成 105300
清澄 87800
宮守 69600
『区間トップは晩成高校、岡橋初瀬選手!局参加率驚異の80%超え!準決勝で1年生が区間トップを取るのは珍しいですね!』
『いやあ~いい戦いっぷりだったよ!今日の闘牌を見てファンになるような人もいるんじゃねえの?華があるよねえ、あーいう打ち手は!』
最終局の手牌を手前に倒し、大きく背もたれによりかかりながら、塞は自身の点棒を眺めた。
(点数……減らしちゃったな……)
結局、オーラスも1度和了ったのみで、すぐに流されてしまった。
もっとこうすることができたのではないか、あそこでこうしていればよかったんじゃないか……様々な思考が塞の頭のなかを駆け巡る。
「……まあ、でも、楽しかった」
小さく呟かれた塞の本音に、対面に座っていた由子がにっこりと笑顔を返す。
「私もなのよ~!」
あれ、声に出てた?と塞は一瞬思ったが、由子の笑顔に毒気を抜かれて、すぐに塞も笑顔になった。
「……オーラス、真瀬さん聴牌してたでしょ」
「えー!何故バレたのよ~……悔しかったのよ~?」
あそこで白を切ったのはすごい、いやいや、終始真瀬さんには主導権握られっぱなし……やいのやいの。
こうして対局が終わった後に感想戦をするのも、塞にとっては久しぶりの感覚だった。
心地よい疲労感を感じながら、塞は次の対局へと想いを馳せる。
副将戦が終わり、次が最後の戦い。大将戦だ。
(豊音……ごめんね。点数減らしちゃった。……たくさん応援するから……頑張ってね)
それはもしかすると。
――――とても恐ろしい半荘2回になるかもしれないけれど。