大井「嫌いよ、提督なんて。……嫌い……だったのに……!」 作:阿斗 らん太
その日から私の提督監視が始まった。
提督は吹雪ちゃんとケッコンしているから、彼女に聞けば早いと一瞬思ったのだが、ケッコンしてるとなるとまず確実に洗脳済みだろう。
結局、自分で提督を尾行……いや、調査することになった。
提督を探して歩いていると、早速駆逐艦に囲まれている提督を見つけた。
きっと「気安く話しかけるな!」とか言いだすんだろう。早くも目的を達成してしまったかもしれないとほくそ笑みながら、物陰からこっそり様子を覗う。
子日「ねぇ提督、今日は子日だよぉー!」
提督「おう、それは良かったな!後でなんか買ってやろう。」ナデナデ
初霜「わたし、遠征がんばりました。だからわたしもその…」
提督「そうかよく頑張ったな」ナデナデ
初霜「……………♪」
若葉「そこでとても丸い石を拾ったんだ。提督にあげよう」
提督「ありがとな、若葉。大切にするよ」
文月「しれーかーん、いつになったら睦月ちゃん達にあえるのー?」
提督「すまないな、今申請中だからもう少し待っててくれ」
望月「司令官、新しいゲーム買ったからやろうぜぇー」
提督「おお、やるか。負けないからなー」
……納得いかない。なに普通に優しく接してるのよ!駆逐艦には本性見せないようにしてるってわけ?くっ、思ったより手強い!
何とかして化けの皮を剥がせないだろうかと頭を悩ませていた時だった。
ガシャアン!!!!
かなり大きい音が倉庫の方から聞こえてきた。何事だろう。
提督「ちょっと見てくるからおまえらはここで待ってろ。いいな?」
「「「はーい」」」
提督が早足で音の方へ向かっていく。いけない、私も追いかけなきゃ!提督と駆逐艦達に見つからないように隠れながらその背中をを追った。
菊月「すまない…本当にすまない…き、菊月はとんでもないことをしてしまった……!」グスッグスッ
提督「………………………………」
物陰からこっそり倉庫を覗いたところ、かなり大変なことになっていた。
大量の高速修復材が床にぶちまけられ、その中心で菊月が大泣きしている。背中しか見えないが、提督もかなり驚いたようにその光景を見つめているようだ。
菊月「遠征から帰投して…それから手に入れた修復剤を倉庫に運ぼうと…!で、でも置く場所が高いところしかなくて…!無理やり置こうとしたらこんなことに…………」グスッ
菊月は提督に必死で状況説明している。
見たところ修復剤を保管している棚が倒れてしまっている。バケツのほとんどがこぼれてもう使えないだろう。無事に残っているのなんて片手で数えるほどだ。
しかし、これは提督の本性を暴く絶好のチャンスだ。普段からバケツを大切に使っている提督のことだ、流石にこの惨状を見て怒り心頭だろう。
提督がハッとしたように菊月に近寄っていく。
ああ、可哀そうにあの子。普段のキャラも忘れて泣いている駆逐艦に、きっと提督は怒鳴り散らすんだわ。
私はワクワクしながらその瞬間を待つ。
提督「おい、大丈夫か?怪我はないか?」
菊月「……え?」
提督「痛いところがあればすぐに言ってくれ、見たところ何ともなさそうだが、頭を打ったりしてたら……」
菊月「い、いや菊月は大丈夫だ。それよりも修復剤が…」
提督「いや、そんなことはどうでもいいんだ。また集めればいい。それより、お前に怪我がないなら良かった」
菊月「し、司令官……!」
菊月が提督に抱き着き、提督も微笑んで受け入れる。
なんかめちゃめちゃ優しいんですが?不覚にも私までキュンときちゃったじゃないっ!
思いもよらない私との対応の差に、愕然とする。
この人、駆逐艦には優しかったんだ……
「…………………………………………」
んー、なんかなあ。違うなあ。
あれから数ヶ月、毎日のように提督を監視したが一向にボロを出さない。
それどころか他の艦娘への態度だったり、仕事ぶりだったり、いい所ばかり見せつけられている気がする。
そのくせ、私に対する意地の悪さだけは変わらないし、なんか避けられている気もするから、もういっそ魚雷でも打ち込んでやろうかとも思った。……まあ仲が良いみたいだし北上さんのためにそれはしないけど。
そんな時だった、この鎮守府初の海外艦が着任するという話を耳にしたのは。もうすでに執務室で待機中らしい。
私は急いで執務室に向かった。扉は閉まっていたけど、耳を当てると声は割とはっきり聞こえる。
なんか私、ここ最近ストーカーみたいになっているような。………いや、それも北上さんのためなんだから!
U-511「ドイツ海軍所属、潜水艦U-511です。よろしくお願い致します……」
提督「ど、ドイツか。ぐ、ぐるてんもーげん……?」
U-511「Guten Morgen? Admiral,was ist denn los?」
提督「…っ!お、おーう、ゆーあーそーきゅーぅと!」
U-511「???」
提督「……と、とにかくだな、着任大いに歓迎する。話は終わりだ。さあ出てった出てった」
顔を赤くした提督が、半ば無理やりにその子を追い出そうとする。私は慌てて今ちょうど通り過ぎた風を装う。
ぱっと見、この海外艦の子、心なしかシュンとしてるような……
提督「おっ、大井か。何か用か?」
「いえ、たまたま通りかかっただけです。この子は新しい仲間ですか?」
提督「そうだ。それにしても、なんかやけに嬉しそうだな。北上とは仲直りできたのか?」
「U-511ちゃんだっけ? よろしくね♪」
U-511「はい、よろしくです」
変な事を言う提督は無視して、新しい仲間に挨拶をする。なんでこの人の中では私が北上さんと喧嘩している前提なのだろう。
でもまあ、嬉しい気持ちなのは間違いない。だってようやく提督の尻尾を掴んだのだ。
新任の艦娘と大したコミュニケーションもとらずに部屋を追い出したとなれば、今まで培ってきた信用もガタ落ちだろう。
これを北上さんに伝えれば………うふっ、うふふ、うふふふふふふふふふふふ!
でもまあ私も鬼じゃない。提督が今までの私への態度を謝罪するなら、黙っててあげてもいい。今夜にでも脅迫に……いや話をしにいくことにしよう。
深夜になってしまった。なにを言ってやろうか長々と考えていたら、かなり遅い時間になっていた。
提督はもう寝てるかもしれないが、一応執務室に向かう。起きてたらガツンと言ってやるのだ。
見ると、扉が半開きになっていて部屋の光が漏れている。よかった、まだ起きているらしい。
そっと中を覗いてみると、提督はなにやら難しい顔で本を読んでいる。目を凝らしてみると……ドイツ語入門?を読んでいるらしい。
「…………………………………」
もしかしてだが、昼間のことを気にしてドイツ語の勉強をしているのだろうか。上手く話せなかったから次はきちんと会話できるようにしようと……。
ただでさえ執務が忙しいのに、提督は睡眠時間をを削ってまで勉強しているのだ。たかが艦娘一人のために。
それに比べ、私はなにをしているのだろうか。急に心が暗くなるのを感じ、今までの自分を思い返してみる。
提督が悪いと決めつけて、毎日付け回して、粗探しをして、その度に提督の良さばかりに気が付いて、もう自分でもなにがしたかったのか分からなくなってきて。
性悪なのはどっちのほうだ。明日から北上さんや提督にどんな顔して会えばいいのか分からない。
……もう戻ろう。
すっかり落ち込んで、廊下をふらふら歩いていると、珍しい娘に声をかけられた。
吹雪「あれ、大井さんじゃないですか。大分調子悪そうですけど、大丈夫ですか?」