大井「嫌いよ、提督なんて。……嫌い……だったのに……!」   作:阿斗 らん太

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後編:提督の思い

 

吹雪「提督と大井さんとの間にそんなことが………」

 

 夜もかなり遅くなっているが、吹雪ちゃんの部屋でお茶を出してもらっている。

 私は遠慮したのだが、かなり具合悪そうに見えていたらしく、結局押し切られてしまった。

 部屋では、それとなく何かあったのかと聞かれた。かなり精神が不安定だったのもあるが、吹雪ちゃんが昔から提督を知っているのが相まって、今までのことをすべて話してしまっていた。

 

吹雪「大井さんの気持ちも分かります。提督もああ見えて、かなり不器用な人ですから」

 「そうね……でも最後まで悪い所は見つからなかった。むしろ、提督の人の良さばかりに気が付いて……」

吹雪「いえ、大井さんの行動も仕方がないことだと思いますよ。提督も大井さんに対してだけは特別失礼ですから」

 「やっぱり、私は提督に嫌われているんだわ。でもそれだってしょうがない。こんなストーカー女誰だって嫌だもの……」

 

 話している内にじわじわと涙が出てきた。自分が何を言っているのか、どうして涙がでるのか、自分でもわからない。わからないが、吹雪ちゃんは優しい目で私を見ている。

 

吹雪「それでも、提督は絶対に大井さんを嫌ってなんかいませんよ。私にはわかります」

 「でも…」

吹雪「だって大井さんを含め、私たち艦娘が出撃するときは見送りと出迎えは欠かさないじゃないですか」

 「あ……」

 

 そうだ、思えば前にもめた時も母港だった気がする。

 あまり気にしなかったが、毎回のように出迎えをする提督など、そうそういないのではないだろうか。

 

 吹雪「それに提督は月に一回、私たちの艤装の写真を撮って、別の鎮守府にいる工作艦の明石さんのところに送っているんですよ。万が一にも不具合が起きないように、って。もちろん大井さんのも」

 「そんな……こと……」

吹雪「だから大井さんは嫌われてなんかいません。むしろ…………」

 「…?」

 

 どういう意味だろう。今日は色々ありすぎて思考が纏まらない。詳しく聞き返したいところだが、深夜にこれ以上居座るのも失礼だろう。

 

 「とにかくありがとう、話を聞いてくれて。これ以上は悪いから私はもういくわ」

吹雪「少しでもお役に立てたなら良かったです。提督とは一度しっかりと話してみるのがいいと思いますよ」ニコッ

 「……あなた、本当にいい娘ね」

 

 流石、あの提督がケッコンするだけのことはある。

 

吹雪「あっ、それと最後に一つ。私も、はじめは散々提督から嫌なことを言われたものです。懐かしいなー」

 

 

 

 あれから自分の部屋に戻って一度寝たのに、提督のことが頭から離れない。

 今は出撃中なのだが、出撃中の今でも昨日の吹雪ちゃんの最後の言葉が何度も頭によぎる。

 提督はいったい私をどう思っているのだろう。どうして私に対してだけ冷たい態度をとるのだろう。

 戦闘も上の空で、周りの音もかなり遠く感じる。考え事でぼーっとしていると、後ろから鋭い声がした。

 

吹雪「大井さん!大井さん!!避けてええええ!」

 

  ドォン!!!

 

 次の瞬間、体が海面に投げ出される。耳鳴りが酷く、腕も足も動かない。

 そうか私、撃たれたんだ。

 随分と前に出すぎてしまっていたらしい。遠のく意識の中、今更になって仲間への申し訳なさが首をもたげたのだった。

 

 

 

 気が付くと私は誰かに運ばれていた。

 途切れがちな聴覚の中、吹雪ちゃんの大泣きする声が聞こえる。たぶん私のせいだろう。吹雪ちゃんには申し訳ないことをした。きっと少なからず責任を感じさせてしまっているに違いない。

 

提督「大井が大破しているんだ!早くドックを開けてくれ!」

初霜「でも、まだ文月ちゃんが入渠中です!あと五分で終わりますからそれまで……」

提督「高速修復剤だ!高速修復剤を使っていいから、大井を早く治してあげてくれ!」

初霜「ですが在庫が……」

提督「そんなもの構うか!一刻も早くこいつを入れてあげてくれ……!」

 

 危機迫った提督の声がすぐそばから聞こえる。

 提督が私を運んでくれているんだ…。

 私のために一つしかないドックを開けようとしてくれているらしい。その上、たかが五分のために残り少ない修復剤も使おうとしている。

 

 「てい……とく……」

 

 なんで。どうして。いつものように冷たくあしらえばいいじゃない。次々と言いたいことが浮かび上がってくるが、体がボロボロで全然声が出てこない。

 もうホント、なんなのよ……。

 大破したせいで体も顔も熱い。顔が赤くなっているのも……傷のせいに決まっている。運ばれている間も、私はぼんやりとした視界で、提督の必死な顔を見つめるだけしかできない。

 結局、されるがままに私は入渠することになった。

 

 

 

 ドックに運ばれて数時間、入渠を終え、完全に回復した私はドックを出る。

 すると入り口に、ここ数ヶ月ですっかり目に焼き付いてしまった提督の姿が見える。運び終わってからずっと、ここで待っていたのだろうか?

 

提督「よう大井、体の方は大丈夫か?」

 「……ええ。おかげさまで」

提督「なーに言ってるんだ、俺は何もしてないぞ」

 

 どの口が言っているんだか。あんなに必死の形相で、今にも泣きだしてしまいそうな顔で、私を運んでいたくせに。

 私が気を失ったままだった、とか考えているのだろう。

 

提督「いやーびっくりしたぞ、お前が鎮守府近海なんかで大破してくるなんてな」

 「…………………………………………」

 

 私がジト目で黙っていても、提督はあくまで私が何も知らない前提で話を進める。

 

提督「まったく、一つしかないドックを占拠しやがって。任務も滞り気味だ」

 

 ……なによそれ。

 

提督「でも流石に焦ったぞ。俺はいいが、お前に何かあったら北上がな……」

 

 さっきまであんなに必死だったくせに。

 

提督「吹雪も大泣きで大変だったんだぞ。私のせいですーって」

 

 私の前ではすべてなかったことにしようとしているの?

 

提督「あんまり駆逐艦に心配かけんなよ?お前ももう雷巡なんだから」

 

 適当なことをつらつら言い続ける提督を前にずっと黙っていたが、私の中でなにかがプツンと切れる。

 

 「…………………………うるさい!!」バンッ!

 

 壁を叩いて大声を出す私を、提督は目を見開いて見ている。

 

 「私、知ってるんだから!提督が、私をドックに運んだことも、ドックを開けさせたことも、修復剤だって使ったことも!」

提督「……っ!!」

 「なんなのよ!いつもは冷たいくせに!こんな時だけ優しくして!」ポロポロ

 

 言葉と一緒に涙も溢れてくる。一度決壊した感情のダムは、簡単には元のようには戻ってくれない。

 

 「いつもいつも、私にだけ冷たくして!ほかの皆には優しいくせに!!」

提督「それは……」

 「私が嫌いならそれで構わない!でも!それなら変にちょっとだけ優しくなんてしないでよ!こっちだって迷惑よ!」

 

 もうとっくに自分でもなにが言いたいのかあやふやになっている。それでも、今まで溜め込んできたものを吐き出すように、次から次へと言葉が止まってくれない。

 

 「だから!私の事が嫌いなら!もう私に構わないで!」ポロポロ

提督「…………じゃねぇよ」

 「なによ! 文句があるならもっと大きい声で……」

提督「嫌いじゃねえよ!!」

 「っ!?」

 

 今までおとなしかった提督の急な大きな声に、私は少しひるむ。

 

提督「俺がいつお前のことを嫌いなんて言った!じゃあ逆に言わせてもらうけど、お前こそ俺のこと嫌いなんじゃねえのかよ!」

 

 なんなんだ、意味が分からない。これじゃ、ただの逆ギレじゃないか。

 

 「そうよ、嫌いよ! だってしょうがないじゃない! 最初から私には失礼なことばかり言って……!」

提督「俺だってしょうがないだろ! お前を一目見たときからずっと……」

 

 思いもよらない言葉に内心驚きながらも、その続きを待つ。しかし、待ってもなかなかその先を言う気配がない。

 

 「ずっと、なによ?」

提督「い、いやなんでもない。今のは忘れてくれ」

 「いいから言って。魚雷を撃つわよ」

提督「でもな、これはお前にとっても迷惑な話で…」

 

 いつまでも言い渋る提督の胸倉をぐいっと引っ張り、顔を寄せて声にドスをきかせる。

 

 「言いなさい」

提督「………………………」

 

 ようやく観念したのか、提督はゆっくりと口を開く。ちょっと顔が赤くなっているような……

 

提督「だってしょうがないだろ、一目惚れだったんだから……」

 

 ………………は?

 さらに顔を赤くして声を絞り出す提督を前に、私は思考が追い付かない。……つまり私を好きってことだろうか。……あの提督が?

 

 「ちょ、ちょっと、冗談はやめて。だってあんなに態度悪かったじゃない」

 提督「どうしていいか分からなかったんだよ! 俺だって自分の気持ちを抑えるのに精一杯だったんだから」

 

 目を逸らし恥ずかしそうに言い訳する提督に、なんだか拍子抜けする。

 提督は不器用だという、吹雪ちゃんの言葉の意味がようやく分かった気がする。そして、最後の言葉の意図も。

 

提督「でもお前は俺が嫌いなんだろ?だったらもう話は終わりだ」

 

 そう言い残すと、提督は私に背を向け歩きだす。その背中を見て、さっきの自分の言葉とは矛盾する思いが浮上する。

 いやだ、まだ行って欲しくない……!

 理性よりも早く体が動き、私は後ろから両手で提督の制服を掴み、体を密着させる。

 

「嫌いよ、提督なんて。…………………嫌い…………だったのに…………!」

提督「……………っ!?」

 

 ああ、顔が茹だりそうなくらい熱い。幸い、背中に密着しているためお互い顔が見えないが、私の速くなった鼓動は伝わっているだろう。私にも、ドクンドクンと提督の緊張が伝わってくる。

 

提督「……なあ、馬鹿馬鹿しい話だと思うし、タイミングも間違えているかもしれない」

 

 しばらく無言だった提督が、意を決したように口を開き、胸元からゴソゴソと何かを取り出す。

 

提督「けど、もしも、もしもお前がいいと言ってくれるなら…!」

提督「これを、受け取ってくれないか」

 

 そう言って、提督は後ろ手で小さいケースを差し出した。それを見て、ようやく私ははっきりと自分の気持ちを認識する。

 本性を暴くためだとか上辺の理由で自分を騙して、何度も提督を付け回して、でもいつだって悪い所なんて一つも見当たらなくて。

 ああ、もうとっくに私は……

 

 

 

某日 母校────────

 

提督「…………いよいよだな」

 「はい。いよいよ、ですね」

提督「じゃあ、首のそれを」

 

 私は、首にかけた指輪を提督に手渡す。ケッコンできる練度になったので、正式に提督に嵌めてもらうのだ。

 私はそっと左手の薬指を差し出す。

 提督からの指輪を受け取ったあの日から、提督を尾行して監視することはなくなった。今は代わりに、堂々と、提督の隣で、提督の一番近くで、色々な提督を発見している。

 あれだけ見てきたのに、毎日新しい一面を気付かされるとは。

 

提督「大井、……綺麗だ」

 

 顔を真っ赤にして私を褒めてくれる。恥ずかしいなら無理して言わなきゃいいのに。

 

北上「いやー、まさか大井っちと提督がねぇー」

菊月「フッ、おめでただな」

文月「司令官はいつ大井さんと仲良直りしたのー?」

 

 周りの皆も私と提督がケッコンするなんて思ってもいなかったらしい。

 ちなみに、今は遠征で不在だが吹雪ちゃんの了解も得ている。一夫多妻は鎮守府あるあるだそうだ。

 

提督「そういえば、俺は前に言ったが、おまえはいつからその……俺のことが好きだったんだ?」

 

 ついに長い間秘密にしたことをきかれてしまった。

 

大井「…………そうですね」

 

 きっと、提督は私が見ていたことなんて知らないだろう。

 それでも、提督には絶対に教えてなんてあげない。私を冷たくしてきたことの仕返しだ。

 だから、私はこう言ってやる。

 

「提督が思っているよりも、ずっとずっと前から、私はあなたを愛していましたよ」

 

 

 

                                  ─── 艦!!

 

 




 

 これにて完結です!!

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 できれば評価のほうも…… ボソッ

 それでは、次回作でまたお会いしましょう!

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