そこは一見すれば街中の小さな目立たない雑居ビルのようで、その実1つの秘密があった。
オレンジ色に薄ぼんやりと輝く部屋。
その輝きに20人程の人影が照らされるが部屋にはまだ余裕が感じられた。
場所は地下。これが秘密。
地下室は横の建物の下まで広がっているが、誰も気付かない。
誰も助けには来ない。
話を戻そう。
この部屋を照らす灯りの正体は地面に並べられた蝋燭達。
天井を見上げても蛍光灯は見えず、蝋燭の光りも届かず薄暗い。
もしかしたら電気が届いていないのかも知れない。
この時代に蝋燭で部屋を照らすというのは何とも奇妙な話だが、さらに奇妙な出来事があった。
部屋の中央。
そこには地面に描かれた奇妙な模様を囲むように立つ50人程の人間と、椅子に縛り付けられた少年がいた。
少年もまた自身の置かれた状況を省みて奇妙だと感じていた。
(俺は一体全体どうしてこんな事になっているのだろうか?)
少年の胸の内には今、多大な困惑と焦りが広がっていた。
キョロキョロと首を振り一人一人の顔色を伺ってみても、誰一人として解放してくれるとは思えず、むしろ誰もが絶対に逃がすまいと言わんばかりに、期待のこもった目で少年を見つめていた。
どうにか逃げられないものかなと少年が少し体を動かそうかと藻掻くが叶わない。
両手両足だけでなく腰までガッツリと拘束具をはめられたためだ。
そうこうしているうちに何処からかウィーンと機械音が聞こえ始めた。椅子は可動式だった様だ。
少年は動くこともままならぬままに手術を待つ患者の様に仰向けとなる。
そして少年は頭上を見上げて初めて気付いた。光の届かぬ天井にあったもの。
無人島に遭難後、猛獣に出くわしたかのような追い打ち。
頭上には人一人潰すのは訳ないと、厚く丸い鉄板が鎖で吊るされていた。
鉄板はシャンデリアのように固定されているのではなく、鎖の続く先の固定具を外せば降ってくる仕組みらしく、残念な事に数分後には少年を無慈悲に潰す。
少年は目を瞑る。現実逃避か、はたまた走馬灯か少年は何を思うのだろうか。
(『死』それは生きとし生ける物の定め。だが俺は悪魔信奉者。悪魔に一目会うまでは死なんと思え)
少年は鼻を鳴らす。
残念な事に彼は軽く患っていた。
そして焦ってはいたが常識的に考えて、まさか自分が死ぬ事になるとはこれっぽっちも考えていなかった。
「いいかよく聞け、俺の名は祐輝。神をも恐れぬ悪魔信奉者。
嫌いな言葉は神様助けて
好きな言葉は悪魔に魂売ってでも
宣言する。俺は悪魔に魂売ってでもここを脱出する」
少年は縛られたまま言い放つ。周囲の人々は冷ややかに笑った。
少年は14年という短い人生の中で沢山の事を学んだ。
その一つが無我夢中で頑張ればなんとかなることも多少はあるという事。
つまり、神に祈るだけでは何も始まらないという事だ。
ここから脱出するヒントもまた考えなければ浮かばない。
3度目になるが俺は悪魔信奉者である。
俺が悪魔という存在に出会ったのは小学3年生の時だ。
出会ったと言っても実際に見たわけではなく、1冊の本を見つけただけにすぎない。
だが全てはそこから始まった。
その時の事は今でも鮮明に思い出せる。
僕は運動が得意ではなかった。
だから皆が休み時間の度に外で遊ぶ中、僕は図書館へと通い続け一人、本を読んでいた。
そこで運命を変える本に出会った。
ある日の僕は簡単な児童文学を読み尽くし、次の本を探すため、あえて人気の無い本のコーナーへと足を運んだ。
難しそうなタイトルとつまらそうな題名が並ぶ中、僕は一冊の本に目が止まった。
その本は他の本とは違う圧倒的オーラを放っているようで、僕の目を引き付けて離さなかった。
背表紙は金色の装飾が施され、表紙はまるで地獄の門かの様。
本の題名は『悪魔の歴史』。
僕は早速、本を手に取り読むことにした。
内容は悪魔とは何かに始まり、悪魔の成し遂げた事が綴られていた。
時には失敗もしていたが、僕は悪魔の知恵とその力に魅了され思った。
ぜひ会いたいと。
これが僕の初恋なのかもしれない。
悪魔に魅了された僕は、実際の悪魔召喚の本を手に入れる事にした。
小学生の少ないお小遣いでは何冊も本を買うことはできない、なら初めから本物が欲しい。
「悪魔の本場は海外。なら日本語の本は偽物である」
そう考えた僕はインターネットを利用し本物のグリモア―ルを手に入れる事に成功した。
当然、本の中身は英語。
小学校の自分では満足に読めない。
ここで神を信じるものなら思うだろう。
「読める様になったらいいのにな」
甘えた考えだ。だが悪魔崇拝者の僕は違う。僕は英語の勉強を始めた。
それから1年が経つと僕は難なくその本を読めるようになっていた。
お母さんにも褒められて、お小遣いも上がった。全て悪魔のおかげだ。
ここから遂に僕の悪魔召喚ライフが始まった。
使用する本の題名は『ゴエティア』。
グリモアールの1種。ソロモン72柱の召喚の仕方が載っている魔導書で僕の宝物。
初めての召喚はワクワクした。
暗い部屋の中、ロウソクを灯し部屋に中央に大きな魔法陣と魔法円を描き生贄を魔法陣の中心に置いたら円の外に座る。
生贄は鳥だ。
僕がさっきスーパーで買ってきたものだが、お小遣いギリギリの良い奴を買ったので、悪魔も喜んで出てくるだろう。
そして召喚が始まった。僕は呪文を唱え、悪魔に祈った。
「悪魔よ、出てこい」
悪魔は現れなかった。
おかしいな?そんなはずは無い。
本は本物だし、呪文も読める様になったし、魔法陣も3回見直した。
何故現れない?
しかし僕は悪魔崇拝者。1度の失敗では挫けないし、原因を考える。
繰り返す失敗と反復。これは非常に良い経験となった。
中学生になって勉強は難しくなったが、僕は学年1位を取り続けた。
これも全て悪魔のおかげだ。
さて、そんなこんなで僕は失敗の原因を見つけた。
『ゴエティア』とはレベルの高い悪魔召喚書だ。木っ端な雑魚を呼ぶのとは違い、悪魔の中の悪魔を呼び出す代物。
そんな悪魔達を召喚するためには自身の力量が大切だった。
レベルの高い悪魔を呼ぶには自身のレベルが大切。悪魔の契約とは平等に結ばれるのだ。
そうと分かれば話は簡単、僕は走り込みを始めた。
運動は確かに苦手だが、走るだけなら誰でも出来る。全ては体力を付けて悪魔を召喚するためだ。
また、それから暫く。
6年生の運動会では良い成績を残せた。
普段の走り込みのおかげかリレーではアンカーに選ばれ、最下位だったチームを2位まで引き上げた。1位になれなかったのは悔しいが悪魔召喚の為の体力には充分だろう。
さて悪魔召喚の時間だ。
前回と同様に準備は万端、体力も付けた。これなら悪魔も現れてくれるだろう。
僕は呪文を唱えて叫ぶ。
「悪魔よ、出てこい」
悪魔は現れなかった。
しかし僕は諦めない。3度目の正直と言う言葉がある。
すぐに原因を調べ分かった。
僕に足りない物、それは悪魔を呼び出す思いだ。
僕は悪魔に会いたいあまりに誰でも良いと考えていた。それがいけなかっんだ。
『ゴエティア』の悪魔は72柱。誰を呼ぶかも決まっていなければ出てくる悪魔も困るだろう。
僕は少し考えた。
どの悪魔にしようか?平和主義者のサレオスか?生贄大好きモラクスか?
決めた。
ここは真面目なガミジンにしよう。
僕は再び呪文を唱える。
「ガミジンよ、現れろ」
悪魔は現れなかった。