斎賀城で遊びたかった。後悔はしていない。
「ん……」
目が覚めるとそこには白い天井……ではなく、太い梁。
「いや、どこだよ」
和風の平屋、というのは分かるがそれだけだ。
あー、いや。思い出してきた。
「玲さんちに来てたんだった」
ことの起こりは一週間前、玲さんからSNSで相談を受けたことだ。要約すると、お姉さんの理解を得るために
まあ、つまり相談の相談なのだが。
いきなりメットを被って寝転がるフルダイブVRよりかは、実際に体を動かすARゲームをまずはやってもらったらどうか?と提案したところ即日決定。
で、今日はそのARマシンの試運転に呼ばれて来たわけだ。
「テーマパークで体験できるし、と言ったつもりが、まさか買うとは……斎賀家恐るべし」
一般家庭にARマシン置くスペースなんて普通は無いんですよ。それ以前に高額でもあるのでやはり一家庭で買うもんじゃない。
「……ここ、見覚えがあるな」
玲さんの部屋にそっくり……というかそのものだろう。
ダメだ。AR部屋……部屋?になった蔵で、ゴーグルを着けたとこまでしか憶えていない。
「これはピザコース待ったなしだな」
「取り敢えず待てば誰か様子を見に来るだろ」
◇◇◇
だ れ も こ な い
「物音すら無いな……」
あまり人の家を歩き回りたくないが仕方ない。
「……あれ?」
「なんだこれ……南京錠?」
部屋の出入口のはずの引戸には南京錠がかかっていた。
「いや、意味が分からない」
なんで
「入り口ここじゃ無かったっけ?」
引戸はもうひとつ見えるが、あちらは物置だろう。
は人の通れそうにない収納の扉と……
机の上に白い紙がある。
「これ書き置きだったりしないか?」
―――――――――――
鍵を探せ
―――――――――――
あー。そういうことね。完全に理解した。
「どおりで押し入れの扉に変な落書きと
記憶が飛んでいるのは気になるが、ようするにこれは
「ヘルプは確か……」
ARゴーグルのボタンを押したことで、ARシステムのヘルプが呼び出される。
目の前のウィンドウに表示されるタイトルは……
『見馴れた部屋からの脱出』
――あなたのお部屋が密室に大変身!
最新技術によるあなたの部屋に最適な脱出ギミックが構築します。
グローブからもたらされるリアルな質感をお楽しみ――
『閉じる』
「怪しすぎる……」
如何にも『機械翻訳しました!』な説明文もそうだし、ここは玲さんの部屋だぞ?
「流石に女性の部屋でやるのはな……」
倫理的にというか、バレたときの外聞がヤバすぎる。
……ん?
「あれ、え?ゴーグル外れないんだが?????」
というより外
ゴーグルの弦を持とうとするとこう、指が曲がらなくなるというか。
「……ダメだ」
グローブを取ろうとすると指が勝手に開くというか。
『ルナティックモードは攻略まで外れません』
「誰かいませんかー!!!?!?!?!」
◇◇◇
「こちら
いや、違うんだよ。
これくらいしないと覚悟が決まらないんだよ。
何度か叫ぶも誰も来ず、
ゴーグルもグローブも外れず、
引戸は引っ掛かりが浅すぎて手以外では開けられそうにもない。
「ヘルプボタン押しながらなら外せるとかあればよかったんだけどなぁ」
これ以上とやかく言っても仕方ない。
「取り敢えずそこの戸棚から……」
さっきから視界に
戸棚を開けると本来の収納物の手前に、これ見よがしにアイテムがポップする。
「……マイナスドライバーか」
マイナスネジを回したり、隙間に差し込んで抉じ開けたり、モノによっては柄を外してプラスにする、なんてのもある定番のアイテムだ。
某ゲームではこれを鍵穴に差し込むと問答無用でどこでも開けられる、なんてのもあったけど……
「流石に開かないか」
こう、ポリゴンの隙間に差し込んでオブジェクト破壊とか……はい。すんません。そりゃできませんよね。
取り敢えず戸棚を閉めて、反対の戸を開けてみる。
「何も無し、と」
まずはこのマイナスドライバーを使う場所を探して……と言いたいところだが、俺は知っている。こういうのは案外「他のアイテムがないと開けれない場所」だったりするんだ。
つまりは総当たりが最適解!
…………
……
はい。ありましたね。
早速アイテムからマイナスドライバーを出してネジを取り……おっとマイナスドライバーが消失した。
「用が無くなったら消されるタイプか」
太古の脱出ゲームでは当たり前だったらしいが、フルダイブVRだと消えないタイプもある。というか某クソゲーはそのせいで色々できた。
「リアリティ優先した仕様って触れ込みだったが……レンチ一本で何でも壊せたからなぁ」
扉の中には良く分からんカードが1枚。こういうのはだいたいカードキーか組み合わせで隠されたパスワードが読めるタイプだ。
使えそうな場所は……と、
お、本棚がある。
「こういうところは本に鍵が挟まってたり……ん?」
本棚だから書籍ばかりかと思えば、漫画やゲームソフトも並んでいる。名家とは言え、玲さんも高校生だもんな。
シャンフロのやり込みからしても不思議では……
「
いやまあネフホロはルストに
なんで危牧?
「いや、マジかよ……」
疑問とともに何気なく手に取った危牧の
こう運が良いと不安になってくるな。
「まあこの手のゲームは総当たりが基本だし?」
◇◇◇
「……あった」
押し入れの暗号的に、このカードたちは電子ロックのパスに対応してるんだろう。
となると残りは1枚な訳だが……
さっきから視界を右往左往する
おそらくこの後使うアイテムもほとんどある。
となれば、選択肢は1つ。
「残り1桁なら総当たりすればヨシ!」
開いた。
「どうやらアイテムフラグは無かったようだな」
押し入れの扉を開け放つとそこには布団といくつかの段ボール。
そういえば前に来たときは布団が敷いてあったが、和式の布団って寝る時以外はしまうものなんだっけか?
布団を少し持ち上げ間を見る。なにもない。
「まあ本命は段ボールだ」
中身は……封のされた手紙、なにかの空き箱(丁寧にラッピングされていた)、手紙、手紙、空の写真立て、手紙、空き箱、手紙、手紙……まあおおよそ手紙だ。
その奥にひとつ、小さな鍵があった。こらはARシステムで表示された
奥にもう1つ段ボールが見えるが……この鍵を取り敢えず使うとしよう。開けて気づいたが押し入れの段ボールはプライバシーの巣窟だった。
これ以上は探さない方がいいだろう。
さっき入手したアイテムをアイテム欄から選択して確認する。形状からして南京錠の鍵だな。
「ま、開かないよな。アイテム余ってるし」
出口の鍵ではない、となればもう1つの南京錠……衣装箪笥についている鍵の可能性がとても高い。
「……」
開けてない段ボールがもう1つあったよな。
何もなかった。
うん。何もなかった。
少し開いた隙間から
◇◇◇
「誰かいませんかー!?!?!?」
俺は気付けば畳の上に大の字になって叫んでいた。
結局あの後、一通り調べ直したが新規アイテムも情報もなし。残るは友人の女性の部屋にある衣装箪笥と衣類入りの段ボール。あれを開けたら社会的に終わる。
戸を無理矢理開けようにも、専用グローブのせいで戸を掴めないし、襖扉なので腕を引っ掻けることも難しい。
所謂
進行不能バグやらリセットバグは幾つか経験したことはある。そんなものでも(バグだらけだからこそ)解決できることもあった、が今回は別だ。
そもそもこれは俺の問題であってゲームの不具合では……いや不具合だな。
ルナティックにしたら最後、難易度変更もギブアップもできないのはダメだろ。
第一、なんで俺は一人で玲さんの部屋にいるんだ?
「起動してそのあとどうした?」
そうだ、お姉さんにプレイしてもらう当たり障りのないゲームを幾つか買ってみたから試したい。という話になって、元々武道を嗜んでいるなら格闘系のゲームもいいだろう、って話になったんだったな。
玲さんいわく、ARゲームには対戦型の格闘ゲームはほとんど無いらしく――そりゃそうだ、VRと違って実際に相手を殴りかねないからな――一人プレイタイプの格闘ゲームを起動した。
「で、うっかり足が滑って頭を打った、と」
ARヘッドギアに衝撃吸収機能が義務付けられていて助かった、というところか。いつものノリで生身とはいえこれは恥ずかしいな。体を鍛えた方がいいか?いやARはそんな頻繁にやるもんでもないしそこまですることはないか。
それで取り敢えず目を覚ますまで部屋に寝かせられていた、と……なぜ『
その時、唐突に戸が開いて
「りゃっ、楽郎くん、起きまし……」
玲さんが入ってきて
「……あれ?楽郎くんどこにっ、あっ」
部屋の入り口に寝そべっていた俺に躓いて
「あっ、玲さ……」
畳に肘をついて、1回転。着地際に反転してそのまま正座する。
「……完璧な受け身だ」
「りゃっ、らっ、楽郎くん大丈夫れすか?!?!」
手に持っていた水が思いっきり俺にかかってしまったが、まあそこは採点外ってことで。
「いや、こんなとこで寝そべってた俺も悪いし……あ、そうだ」
事情を説明して、ようやくARヘッドギアを外れた。
水がかかったのがヘッドギアではなく、俺の股間で良かった。これほんと高いんだよ。
「いや、大丈夫だから。玲さん」
土下座して謝る玲さんをなだめつつ、やっと自由になった両手でグローブを外す。
「まあ、そういうことだから、『
「本っっっっっ当にすみません!」
「いや、だから大丈夫だって」
「どうしたのですか?玲」
あっお姉さん。お邪魔してます。
…………
……
「なるほど、そういうことですか。」
事情を聞いた
「いや、その、まあ今回は事故みたいなものでして……」
「ほう?」
「こういうものには説明書と言うものがあってですね……」
「それで?」
「読んでいれば避けられたと言いますか、知らないうちに起動していたのが問題と言いますか」
「もしかして、あれでしょうか?」
「……はい?」
「楽郎さんがここに寝ているのを
「ええと、具体的にはどのあたりを……」
「外して近くで見てみようと思ったのですが、うまく行かず、右側のボタンを何度か押してしまいました」
「あの……姉さん、それがゲームの起動ボタンです。」
「あら…………」
「…………」
「…………」
「楽郎さん」
「はっ、はい」
「服が濡れてしまいましたね。」
「いえ、このくらいは……」
いつの間にか女中の人が胴着?を持ってきている。
「乾かしますので、こちらに着替えてください。フリーサイズなので大丈夫です」
あ、別の人が今度は紙袋を――
「下着は新しいものを用意しましたので差し上げます」
「いえ、そこまでしていただかなく、て、も……」
だめだな。目が「決定事項です」と語っている。
「では、ここに置いておきますので、着替えたら呼んで下さい」
「あ……はい。」
…………
……ん?ここ?!
「一度出ますよ。玲」
「えっ、ひゃっ、はいっ!」
玲さんとお姉さんと女中さんが部屋から出ていき、戸が閉められる。
…………
仙「玲、いいですか。き……」
玲「よくないれす」
女中B(仙様、このために下着の買い溜めを……流石です)
女中A(たぶん、ちがいます)
『見馴れた部屋からの脱出』
テーマパークでは、セットに合わせて自動的に脱出ゲームを構築できる便利ソフトという立ち位置。
AR機器を所持している家庭が少なすぎて一般にはほとんど存在を知られていない。
ルナティックモードについては、実はARの安全上の規約に引っかかっているのだが、テーマパークではスタッフが確認のために常駐しているため、問題にならないし、そもそもルナティックモードはほとんど使われていない。
某国製。