クリア特典:Archives   作:豆腐

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これは「もしバイオハザード7が起こる前に『LISA-001』とエヴリンが出会っていたら」というIFストーリー、THE GHOST SURVIVOR 的立ち位置の短編になります。


エヴリンIF -前編-

 

 どうしてみんな私を嫌うの?

 私は家族が欲しかったの。

 

 

 

 

 

 

 

 私の世界は白い檻の中だけだった。

 物心ついた時からずっと、無機質なシロと温もりの無い機械の森の中で過ごしていた。

 

 理由は知らない。思い当たることなんて何もない。

 けれどなんとなく、私が「被検体(わたし)」として生まれたからなんだろうと朧に思う。

 

 E型被検体。それが私に与えられた、温もりの無い記号(なまえ)だった。

 私に心はあるけれど、私をニンゲンとして扱ってくれる人は誰もいなかった。

 防護服越しに私を見る眼は……いつも恐怖で曇っていた。

 

 寂しい。心細い。

 誰も私に触れてくれない。誰も私のことを愛してくれない。

 

 ずっと胸をジクジク蝕む、灰色に似た嫌な痛み。

 こびりついて離れてくれない。擦っても擦っても消えない。

 消えない。消えない。消えない。

 

 

 

 だから友達を作ったの。

 私だけの友達を作って、寂しさを紛らわそうとしたの。

 でもみんなはもっと私を怖がるようになった。「危険だ」「怪物だ」って、酷い言葉を胸の中に秘めていた。

 

 どうしてなの。

 私は寂しかったから、それを紛らわそうとしただけなのに。

 どうして、誰も好きになってくれないの……?

 

 

 

 

 

「もしかして、あなたが被検体?」

 

 それは霹靂のような来訪だった。

 いつものようにつまらない独り遊びをして、いつものように時間を捨てるだけだった私の孤独に、突然ぬるりと異物が入り込んできたのは。

 

 私より少し年上に見える女の子だった。

 全身真っ黒な服を着て、銀の髪がキラキラしていた。

 見たことの無い人だ。なんとなくだけど、この施設の人間じゃないと思う。

 

 彼女はお仕事のためにここへ忍び込んだらしい。

 アニメで見たことがある。きっとニンジャってやつだ。

 

 銀髪のニンジャは私を探しに来たようだ。でも、何だか戸惑ってる様子だった。

 私を見て『わたしにそっくり』と零すように言うニンジャ。

 ……どこが? まず髪の色が違うし、服も全然一緒じゃない。ニンジャの服はなんだかゴツゴツしてて可愛くない。私のお洋服も可愛くないけど。

 

「もしもしゴースト? ちょっと相談したいことがあるんだけど……」

 

 ニンジャは耳に手を当てて、誰かとコソコソ内緒話を始めた。

 微かに耳元から声が聞こえる。電話かな。何を喋っているんだろう。よく聞こえない。

 

 気になったから、頭を覗いてみることにした。

 

 私の得意技だ。友達を作る時の黒いモヤモヤを体に忍び込ませて、脳ミソを触る。

 そうすると考えてることが分かるし、モヤモヤの畑にすることも出来るんだ。

 

 ……ん? 

 えっ。あれ?

 なんで。モヤモヤが消えた。

 

 おかしい。そんなはずない。

 間違いなく入ったのに、水に溶けたみたいに消えちゃった。

 

 もう一度入れる。

 すぐ無くなる。脳ミソまでいけない。

 何度挑戦しても駄目だ。むしろ消えるのがどんどん早くなる。

 なんで? どうして? 

 

「ダメだよ、そんなことしちゃ」

 

 ムッとした表情でニンジャは言った。私が入ったことに気付いてるみたいだった。

 なんなんだろう、このニンジャ。私のモヤモヤが全く効かない。

 

「ところで……えーっと、黒髪のお嬢ちゃん。ここから出たい?」

「……?」

「あなたが望むならお外に連れてってあげる。その代わり、()()は絶対外で使わないこと。約束守れるなら出してあげる」

 

 言って、ニンジャは私にそっと手を差し伸べた。

 恐怖や嫌悪に濡れていない手だった。真っ黒な手袋に覆われているけれど、今までの誰よりも、どこか温かみのある手に感じた。

 

 外に出られる。

 この真っ白な檻の中から解放される。自由になれる。

 私は胸に萌芽した警戒心をギュッと抱きしめながら、ニンジャを見上げつつ呟いた。

 

「ほんとう?」

「うん。約束を守ってくれるなら」

「――守る! 絶対守る! だからお願い。私をここから連れて行って……!」

 

 嘘を言っているようには思えなかった。生まれて初めて直感というものを知った。

 きっと、これは運命の分かれ道なんだ。

 この手を離したら、私は永遠にこのままだという確信がある。

 檻の中でうずくまっているだけの、人形の人生で終わってしまう。

 そんなの嫌だ。絶対嫌だ。

 

 私は縋るように、彼女の両手を掴み取った。

 

 

 

 

 

 

 謎のニンジャ――名前はリサだとか――に連れて行かれた私は、流されるままにどこかの施設へ移された。

 

 最初に色々な検査を受けさせられた。注射は痛かったけれど、自由になれると思えば耐えられた。

 検査を受けてる時、ガラスの向こうでリサが誰かと内緒話をしていたみたいだけど、モヤモヤを使えないから話してた内容は分からない。

 

 リサと話していた男の人は、眉間を指で揉みながら悩ましそうに唸っていた。

 私のことだろう。どうしよう、嫌がられているのかな。今度はここに閉じ込められるのかな。

 嫌だ。いやだ。やだやだやだ。

 

 心が沈む。どうしても前向きになれない。

 どす黒い靄が胸の内でのたうつようだ。

 

 

 検査を終えた私はリサに手を引かれながら、ぽつりと絞り出すように言った。

 

「ねぇリサ。私、また一人になっちゃうの?」

「ううん。少なくともわたしが傍にいる」

 

 混じりけの無い笑顔で彼女は二つ返事に答える。

 嘘を言ってる感じじゃない。例え嘘でも少し気持ちが軽くなった。

 冗談でもこんな風に、優しくしてくれる人なんていなかったから。

 

 

 連れて行かれた先は、施設の地下にある大きな部屋だ。

 リサのお家らしい。私が暮らしてた白い部屋よりうんと華やかで、ふかふかのベッドに立派なシャワールームがついている。

 

「長い検査で疲れたでしょう? シャワー浴びていいよ」

「……いいの? 独りで? 誰の見張りも無く?」

「もちろん。一人が怖かったら私も一緒でいいけど」

「ううん。ひとりで浴びる」

「ふふ、滑らないよう気をつけてね。……あっ、紅茶は好き? 上がったら一緒に飲もうよ」

「こうちゃ……?」

「えーっとね。良い香りのする飲み物のこと」

「甘い?」

「うん。甘いよ」

「飲みたい! 甘いの好き」

「ん。分かった」

 

 シャワーでさっぱりして、服を着替えて、促されるままテーブルに着いた私は、リサから可愛い模様のカップを受け取った。

 薄茶色っぽく濁った液体で満ちている。これが『こうちゃ』というものなのか。

 匂いを嗅ぐ。なんだか上品な香りがした。

 恐る恐る口を着ける。あちっ。べろを少し火傷した。

 ……でも、優しい甘みがじんわりと沁みる。美味しい。

 

「一息ついたところで、ちょっとお話を聞いてくれるかな?」

「うん」

「ありがとう()()()()。まずあなたはあなた自身――いいえ、()()()()()のことを知る必要がある」

 

 紅茶を飲みながら、私はリサの話に耳を傾けた。

 私という存在が人間同士の争いに使われる道具、生物兵器だってこと。

 生まれつき使えるこのモヤモヤも、特殊なバイ菌の力だということ。

 全部、全部、はっきりと言葉で理解した。

 

 ……ぎゅうっと、胸に締め付けられるような痛みが走る。

 

 手が、唇が、瞳が震えていくのが分かった。

 甘かったはずの紅茶から味がしない。 

 鼻の奥がツンとして、目頭が燃えるように熱くなっていく。

 

 酷い。酷いよ。こんなのってあんまりだ。

 だって私が嫌われてたのは、私のせいだったからなんでしょう? 

 わたし、私はっ、こんな風に生んでくれなんて頼んでない。普通の人間に生まれたかった。普通の家族が欲しかった。

 なのに私は生まれた時から、それすら許されなかったっていうの?

 

 

 あの白い部屋に閉じ込められていたのも、みんなに怖がられていたのも、全部私のせいだった。

 ()()()()()()()()()()。人間じゃなくて怪物だから、みんな仲間外れにしていたんだって分かってしまった。

 

 

 ――理不尽という苗床から、どす黒い気持ちが芽吹いてくる。

 

 

 憎い。人間が憎い。

 私利私欲のために私を作った奴らが憎くてたまらない。私から普通を奪い去った奴らが許せない。

 全部壊してやりたくなる。滅茶苦茶に貶めてやりたくなる。

 今まで味わってきた苦痛を味わわせてやっても、千も万も足りないくらいだ。

 

 ……ああそうだ。良いこと思いついた。

 みんなみんな、私の家族にしてやればいいんだ。

 

 頭を掻き混ぜて、私のことを嫌わない素敵な家族に変えてやる。

 そうしたらもう二度と。誰も。私をのけものになんかしな――――

 

「落ち着いて。大丈夫。良い子だから、ね?」

 

 ぐちゃぐちゃになっていた私の頭を、そっと包む柔らかな感触。

 髪を撫でる細い指。とんとんと規則的に背を叩く音。

 真っ黒に沈みかけていた私の意識が、釣り針にかかったみたいにぐいんと引っ張り上げられていく。

 

「こういう時は深く息を吸うの。ゆっくりでいいから、深呼吸、深呼吸」

「……すーっ、はー」

「そうそう。上手だよ」

 

 澱んだ頭を洗い流すように、私は空気を吸い込んだ。

 思考の曇り空が晴れていく。燃え盛るようだった血潮が引いて、早鐘の如く脈打っていた心臓が鳴りを静める。

 

「……落ち着いた?」

「うん」

「よし、良い子」

 

 リサはふんわりと微笑んで、私の頭を二度撫でた。

 ……生まれて初めて、良い子なんて言われた気がする。

 

 尖った神経が丸くなっていくのが分かる。安心するんだ。胸の奥が、陽だまりに当てられたように暖かい。

 力が抜ける。緊張が解れていく。

 だからかな。気付いた時には独りでに、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎはじめていた。

 

「……家族が欲しかったの」

 

 心が決壊して溢れた言霊は、一度堰を切れば止まらない。

 溜まっていた澱みが、鉄砲水みたいに溢れ出す。

 

 嫌われる理由がずっと分からなかったこと。寂しかったこと。普通の生活に憧れていたこと。

 言葉に出来ない苦しみを抱えていたこと。辛くて、泣きたくて、でも許されなくて。心の根っこがグズグズに腐っていくのが分かって、でもそれが止められないのが怖くて。

 最後はそれさえ感じなくなっていく怪物(じぶん)が、何よりも誰よりも嫌いだったこと。

 

 

 

 リサは私の慟哭を、ただただ静かに受け止めた。 

 ――大丈夫。もう独りじゃないよ。

 そっとかけられた言葉のベールは、まるで曇り空に差し込む日輪のようで――

 

 

 

 

 

 

 エヴリン(わたし)の新しい生活が始まった。

 

 美味しいご飯。可愛いお洋服。ちょっとしたお出かけ。リサとのおままごとにゲーム。

 あっと言う間に過ぎ去っていく日々は、黄金のように輝いていた。

 拒絶も嫌悪も無く過ごせる充実した時間。明日に怯えることなくグッスリ眠れる夜。

 

 毎日が楽しくて。くすぐったくて。嬉しくて。

 自然と、笑うことが多くなったと思う。

 

 まだ色々な制約はある。特に、自力で行動できる範囲は狭い。

 お外には一人で行けない。施設の中もそう。

 でも平気だった。リサが傍に居てくれて、私が良い子にしていれば、あの白い檻よりうんと自由に過ごせたから。

 

 そうそう。どうやらリサも私と同じ怪物らしい。

 けどそれは秘密にしてて、ほんの少しの人しか知らない。

 私のこともそうだ。表向きはバイオハザードの被災孤児で、感染症治療中の患者として扱われてる。

 

 そうまでして匿ってくれているのは、リサが私を他人とは思えなかったからだとか。

 私もよく似てると思う。リサも私も、ヒトのエゴで造られた怪物だから。

 だからリサは、自分に管理させることを条件に私を家族として迎えることを組織に承諾させたんだって。

 

 リサには私を止める力がある。モヤモヤは効かないし、ビリビリで焼いて消毒も出来る。

 なにより凄く強い! 私を管理できるかどうか試すための認可テスト? って奴で、私が作ったトモダチを一瞬でバラバラの炭にしちゃったんだ。

 

 手からカタナを出して、クルクル跳び回りながら稲光を纏って戦う姿、すっごくかっこよかった! 本物のニンジャみたいでさ!

 

 バク転の仕方とかも教えてもらったんだ。

 私はあんまり運動が得意じゃないから失敗ばかりだったけど、リサの支えがあれば出来るようになったの。頑張った!

 

 

 

 いっぱい動いてへとへとになって、冷たい水を喉を鳴らしながら飲んでいると、リサがくすくすと優しそうに微笑んでいた。

 なんで笑ってるのと聞くと、「懐かしくなって」と帰ってくる。

 

「わたしもね、戦い方を教えてもらったことがあるんだ」

「それって……リサの師匠からってこと?」

「うーん……そんな感じ。ちょっと複雑なんだけどね」

 

 リサは時々、私にハンクという師匠の話をしてくれた。

 ただの人間なんだけど物凄く強くて、クールで、リサを救ってくれた恩人らしい。

 でも死神なんて呼ばれてたんだとか。死神が命の恩人なんて変な話。

 

 リサはその死神さんから、生きる方法や戦い方を学んだと言った。

 そして今、リサは過去の悲劇を繰り返さないために戦ってる。

 

 話を聞いていると、私の胸に水底から浮かぶ泡のような願望が顔を覗かせてきた。

 

 私も何か力になりたい。誰かの助けになってみたい。

 人を傷つけるために与えられたこの力を、リサみたいに人を救うことで活かせたなら。

 私は、化け物から人になれるかもしれないと、縋るように思ったんだ。

 

 

 

 

 

「力を上手く使えるようになりたいの?」

「うん」

 

 何日か考えて、私は思い切ってリサに相談することにした。

 この力を何か役立てることは出来ないか。どうやったら上手く扱えるようになるのか。

 

 リサは少し悩ましそうに聞いていた。

 というのも、私とリサじゃ根本的に能力の種類が違うからだ。

 

 私は特異菌って呼ばれてるモヤモヤしたバイ菌を操る力を持っている。

 これを人の体に入れて改造したり、頭を乗っ取ったりできる。

 でもリサは違う。リサの能力は電気を操る力だ。体の中のウィルスを操作することは出来ない。

 

 しばらく考えて、リサは「ん」と頷いた。

 

「わかった、一緒に頑張ってみよう。でもこれだけは覚えてて。あなたの力はとっても危険なの。わたしとは比べ物にならないくらい危険な力。一番大切なのは、それを感情のままに振るわないことよ」

 

 リサは私に、能力の危険性を口が酸っぱくなるほど説いた。

 別に不快じゃなかった。こうしてハッパをかけるのは私が心配だからと分かってるから。

 もし私が暴走したら、私を止めるのはリサの役目だ。リサは私を殺したくないと、真剣な眼差しで警告してくれた。

 

 私も嫌だ。リサに嫌われたくない。

 だから受け入れる。私の持つ力が、人に疎まれて当然なものなんだと。

 

 

 まずは心を落ち着かせる訓練から始めた。

 どんな時でも冷静に、常に最善を選ぶこと。そのために思考は巡らせ続けなきゃだめ――リサは私にそうアドバイスした。

 

 思考を回せば激情の粗熱がとれる。深呼吸すれば血が昇った頭が冷えていく。

 私は少しずつ、自分を律する方法を覚えていった。

 

 

 次は本題。能力の制御。これが想像以上に難しかった。

 何の枷もなく解放するのは簡単だ。一瞬のうちに周りを『私』で埋め尽くしてやれるし、人間を加工することだって自由自在。

 

 けどそれじゃ駄目だ。私が目指すべき到達点は、人を傷つけることなく操る力なのだから。

 細胞を過度に侵蝕せず神経系に干渉し、相手の運動機能のみ掌握する。

 分かりやすく言えば、操り人形の糸を手足に着けるような感じだ。

 

 これが出来るようになれば、相手を一切傷つけることなく無力化できるようになる。

 

 ただ、やっぱり言うのは簡単でも実現は難しかった。相手の細胞を侵食し過ぎないようにする精密さと、それを維持する集中力が絶対に必要だったから。

 練習にはリサが付き合ってくれた。リサなら万が一暴走しても細胞が菌を食い尽くしてくれるから心配は要らなかった。

 

 まずは一本の手足を操れるように。

 次は両足、両腕、そして四肢を一度に全部……。

 

 始めは加減が利かなくて、関節を無視した方向へ折り曲げてしまいそうになった。

 痛みに顔を顰めるリサを見て、心臓を凍り漬けにされたような恐怖が襲う。

 

 それでもリサは、「勝手に手足が動くのは不思議な気分」と笑って許してくれた。

 失敗を恐れないよう私に気を使ってくれたんだと思う。

 

 その優しさが、私の向上心支える骨子になった。

 傷つけたくない。傷つけさせない。

 だからもっと練習を。もっと集中を。もっと傷つけない方法を。

 私も人の役に――リサの助けになれるように。

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