──素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。
四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ──
眼前の陣が紅く輝く。念の通りに大業を為さんと、万斛の
──
繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する──
その儀式の要となるは、かの英霊が愛用した大盾。深淵に侵され悠久の時を経て尚その偉容を失わないそれは、己が目的とする者を喚ぶには最適であった。
──告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ──
喚ばんとするは、嘗ての
──誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ────!
蒼黒い騎士が立っていた。
左手には、巨大な剣。
右手には、大型の盾。
全身には、勇猛な狼を感じさせる鎧。
それらには全て、余すことなく細かい傷と黒ずんだ粘着物があった。元は美しく神聖的に照り映えていたのであろうが、今やその輝きは魔に侵され見る影もない。
しかし、その体全体から溢れるオーラは単なる魔とは明らかに異なっていた。どす黒い悪魔的な力、神聖な暖かさ、そして何よりも、純然たる強い意志の波動。その全てが混ざりあって、圧倒的な存在感を作り上げていた。
騎士が惚けて突っ立っている己を見つめる。騎士の顔面は何故だか暗い影に包まれて隠されているが、それでも騎士に見つめられているのを感じていた。
一方己は大層興奮していた。それもその筈、予定通りの英霊を引きあて、それでいてそのステータスは大概のサーヴァントなら捻り潰せるであろう程である。何年も何年も、心の中で描き続けていた復讐が恙無く進んでい。それが今は堪らなく嬉しい。
「──うふふ、ふふ、あはは……! あはははは……!」
堪らず、喜びを声に出す。そうでもしなければ、狂ってしまいそうだった。いや、もしかすると既に己は狂ったのかもしれない。眼前の深淵が己を狂わせたのかもしれない。
しかしそれでも構わない。復讐を成し遂げられるのならば。狂気に堕ちても構わない。
「よろしくね、バーサーカー」
「◼️◼️◼️◼️……」
飢狼の唸り声とも、人間の苦悶に満ちた声とも聞こえる音。普段なら不気味としか言えないそれが、何故だかとても心地よく感じた。
「こんばんは、お兄ちゃん」
突如として悪寒が、衛宮士郎の脊髄を舐め上げた。
聖杯戦争の何たるかを知った、教会からの帰り道中。まったくもって突然に、彼らは姿を現した。
優雅な防寒着に身を包み、光を眩く反射する銀髪と、ルビーのような紅い瞳を持つ少女。それだけでも十分目を惹く存在であったが、それを打ち消して尚有り余る存在が後ろにはあった。
2mは間違いなく超している大柄な体躯。所々青黒く汚れてはいるが、それでも確かな威容を放つ銀鎧。身の丈程もある巨大な剣。それら全ては調和して、強大な存在感を漂わせていた。
「はじめまして、わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。こっちはバーサーカー。よろしくね?」
「アインツベルン……御三家の!」
「ふふ、そうよ。そういう貴女は遠坂凛ね? 同じ聖杯戦争の参加者同士、全力を以て競い合いましょう?」
「……えぇ、此方こそ、よろしくお願いするわ」
心臓が重く鳴り響く。胸が軋むような感覚。息が詰まるような緊張感と騎士が出す威圧感に、情けない話だが自分は完全にあてられていた。
『勝てるわけがない』
その言葉が、己の脳を埋め尽くしていた。
──かしゃり。
足音。それは己のサーヴァントであり、黄色い雨合羽に身を包むセイバーの足音だった。
「──何をした」
合羽が脱ぎ捨てられ、その顏が顕になる。突然不可解な行動をとるセイバーの真意を確かめようとし──息を飲む。
怒り狂う竜。士郎の脳は彼女をそう捉えた。これまでの冷静沈着な面は既になく、唯々純粋なまでの怒りがそこにはあった。
「何をした、
剣を顕現させ、セイバーが吼える。
イリヤと名乗った少女は、面白そうに顔を歪めた。
「見れば分かるでしょう? もう私の者なの。私だけの愛しい僕。私だけの愛しい騎士。
「貴様ァァァァ!!!」
剣を構えて、セイバーが駆ける。壮絶な殺気を、猛烈な怒りをその刃に乗せて。己が止める暇もなく、疾風となって少女の首を刈り取らんと。
ガキィィィン!
「っ!」
瞬間。セイバーは大剣に弾き飛ばされ、青い弾丸となって教会の柵に激突した。
「っセイバー! 大丈夫か!」
「あ、あぁ、ああ……兄さん……」
直ぐ様駆け寄り声をかけるが、反応がない。いや意識はあるのだが、此方の問いには一切反応していない。虚ろな瞳で呟きを続けるその姿は、どうみても異常であった。
「セイバー! おい、セイバー! しっかりしろ!」
「兄さん……なんて痛ましい姿に……。あぁ、もう少しだけ、待っててください……。今直ぐ、《それ》から解放してみせますから……えぇ、解放……解放……解放!!」
「あらあら、お兄ちゃんのサーヴァント随分狂暴ね。いいわ、殺してあげる。そうよ、どんなサーヴァントでも、私のバーサーカーは倒せない。だから──」
──やっちゃえ、バーサーカー。
「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️!!!!」
獣と人間を混ぜ合わせたような音。聞く悉くを畏縮させるそれが、開戦のゴングとなった。
地面に皹を入れ、バーサーカーがセイバーに躍りかかる。バーサーカーの大剣とセイバーの剣が、鈍い音をたててぶつかり合った。
これは、遠い
闇に堕ちた騎士が、復讐を誓う幼子に仕える。そんなお話。
その行方、未だ判らず。